2016年9月29日 (木)

鼠ヶ関灯台(山形県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、山形県鶴岡市の西南に位置する鼠ヶ関の灯台である。新潟県との県境に近いこの地は、源義経が兄頼朝の追討を逃れ日本海を海路で平泉に向かうときに上陸した地として有名だ。と書いたが、そんなことは全く知らずにこの地に着いたのであった・・・。

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着いたのは午後3時頃。本当に蒸し暑い気温34度。鼠ヶ関はマリンパークもあり、駐車場周辺には海産物を販売する店もあるが、周辺の雰囲気は観光地ではなく漁港である。カメラリュックを背負って車を離れると、すぐに流れ落ちる汗を背中に感じた。埼に向かう手前に神社が有り、そこに義経の石碑が建っていた。それを読み終え、この地を昔から知っていた気分になって灯台を目指した。神社の右側が平坦路、左側が岩の間を通る道となって灯台に続いている。左側の足下の悪い方から向かうと、ちょうど太陽の方向に灯台と鳥居が見えてきた。弁天島(何処にでもある名前であるが)と地図上に記載されており、神社を含め境内なのだろう。更に鳥居には「金刀比羅神社」と聞いた名前が記されていた。正面に灯台、そして太陽が照るこの構図は、モノクロのイメージである。逆光の太陽が眩しく、白いはずの灯台も岩肌も波すらも黒く見えた。灯台の前まで進むと、水平線も見えて景観は良いはずなのだが、日射しに向かう視野の中では、何もかもが眩しく、青空さえも光ににじんで見えた。帰りは神社の右手につながる道を進んだ。灯台と周囲の岩肌、そして海面が良い構図となるが、やはりこの時間は全てか光に溶けてしまいモノクロのイメージでしか見えなかった。

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山形県の海岸線では、どこからも夕日が素晴らしいと案内されている。ただ西に海があるからなのだろうが、この鼠ヶ関は、岩で盛り上がった埼の上に立つ灯台であり、少し角度を付けた構図で、水平線に消える夕日と共に撮影すれば、茜色のお気に入りの写真が狙えそうである。しかしこの日は他に予定があり、その時間まで待つことも無く灯台を後にすることにした。神社の右側につながる道を戻りつつ、何度も灯台の立つ埼を振り返っては、何枚もモノクロのイメージの写真を撮った。しかし、どの構図でも、確かに夕日は似合いそうであった。

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神社まで戻る頃には、カメラリュックとで挟まれていた背中が汗で気持ち悪い。一度神社の境内に立つ義経の石碑の前でリュックを下ろしてシャツと背中の間に風を通して涼んだ。ふとこの地に上陸した義経を思った。そんなことも知らずに、ここに来たわけであるが、これまで義経を逃避行のイメージで考えたことは無い。どちらかと言えば武勇伝としてのヒーローである。改めて想いを巡らせ境内を歩いている間に少し汗も落ち着いた。それが理由ではないが、ふと思い立って、さい銭を握って、神社に立ち寄りお参りをしてから車に向かった。

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ちなみに、この日私は、庄内空港に近い湯野浜温泉の旅館から、アワビの踊り焼きを食しながら、のんびり日本海に沈む夕日を味わったのである。

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2016年9月 4日 (日)

波渡埼灯台(山形県)

Botantoudai_2ようやく灯台巡りに出かける時間を作ることが出来た。2016年の夏、これまで同様、お盆に仕事をして、その後休みを取って、山形県の灯台を陸路で目指したのである。山形県

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は日本海に、主に酒田市と鶴岡市で面してはいるが、県の多くは内陸に広がっており、到着した山形駅は、むしろ大洋側である仙台に近い。そこから磐梯朝日国立公園の月山を越えるルートでレンタカーで日本海側に進んだ。と言うかこのルート以外に西に向かう道は無いとも言える。一部を除き高速道路でつながってはいるが、ほとんどが対面通行。景色は楽しめたが、山形市や日本海沿いの坂田市や鶴岡市と交通の便が良いとは決して言えそうもないことは感じ取れた。

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日本海側に出て、最初に向かったのが今回紹介する波渡埼灯台である。日本海東北道を利用したため、少し南に下ってから、7号線で北に登ると、ちょうどカーブの正面に灯台が見えてきた。灯台の前には休憩や景観を楽しむための駐車スペースがあって、ありがたかった。

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見晴らしの良い高台の埼である。海原に目を向けると、まず沖の岩礁に立つ標識灯が飛び込んできた。水平線も見える晴天であるのに、先に標識灯に目が行くのが、灯台巡りをしている者の常かもしれないな・・・などと考えながら灯台に近づいた。灯台は、よく見る点滅式で、昭和30年点灯と私より年上である。夏の雲がかかる青空と碧い海を背景に白い灯台は良く映える。私にとっては、よく見る灯台ではあるが、しばらくぶりの灯台巡りがそう思わせていたのかもしれない。しかし仮に灯台に興味が無くて訪ねていたとしても、これと同じアングルで写真を撮ったはずだと確信できた(写真右下)。

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数年前に秋田県を北から南下して山形に入り県境の羽後三崎灯台を巡っている。あの時も暑かったが、今年はとにかく不快指数が高い。とは言っても私が東北地方の灯台を巡るときはいつも晴天である。少なくとも私は勝手に晴れ男と信じはいたが、出発直前まで曇予報で、南には台風の存在、そして今年は北の天気が荒れて

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いたことから考えると、晴れに感謝せずにはいられなかった。久しぶりに灯台巡りに戻れたことに感謝しつつ、そんなことを考えていたら感傷的になっていた自分に気づいて、不思議に懐かしかった。

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2016年7月 2日 (土)

磯津港南堤防灯台(満月の夜に)

Botanomake 今回は、長い間ブログを更新できていないお詫び、そして次回までのつなぎのための記事で有り、全くのおまけ話です。

2015年度から、自分の本業以外に行政の事業に協力した仕事を引き受け、なにかと休日に所用が入り、更に私的な理由で自宅を長期間空けておくことが困難な状況が続いたため、必然的に灯台巡りの時間を持てずにいました。

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行政がらみの仕事は引き続いているのですが、ようやく休みが取れる環境となったため、ボチボチではありますが、灯台巡り再開宣言です。そこで今回は、灯台巡りが出来ずにイライラする中で、せめて灯台巡りを味わいたくて、以前紹介していた三重県四日市にある磯津港南堤防灯台を満月の夜に訪ねましたので、その写真をアップして、『灯台巡りが終わったわけでは無く、しばらくお休みしていました』と案内を兼ねてアップしておきます。

磯津港南堤防は、既にブログで案内していますが、シロチドリ繁殖地で、草原(と言っても四日市コンビナートの近くですが)に隣接した堤防に立つ灯台です。昨年満月の夜(SuperMoon)に、明るすぎる月光の中撮ってきました。後から、『何も満月の日に月を入れなくても、望遠を駆使して、コンビナートを背景に遠近感を消して灯台の灯りを撮るべきだったなー』と反省した記憶は、いつもの灯台巡りでの写真の反省と変わらないな・・・と苦笑いでした。

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2016年4月 4日 (月)

伊豆大瀬埼灯台(静岡県)

Botantoudai_2また、かなりの期間が空いてしまった。多忙を理由にするつもりはないが、なかなかIzuoosezaki2_2灯台を訪ねる機会を持てず、従ってブログ更新も滞っていた。今回は、昨年夏に訪問した伊豆の大瀬埼灯台(右上写真)をまとめることにした。

Izuoosezaki5_3大瀬埼は、伊豆半島の西側で、以前紹介した戸田灯台より北側、つまり伊豆半島の付け根に近い内陸となる。これも以前同じ事を書いたが、伊豆半島の西側は、観光地として確立している東側に比較して明らかに道路整備は遅れていて、道は狭い。この日の天候も影響しているのだろうが、何となく暗いと言う印象を抱いて大瀬埼に到着したのであるが、西側が暗いなんて感じた自分を直ちに否定することになった。

Izuoosezaki1_2車を停めて大瀬海水浴場から大瀬神社に向かって歩き始めると、海水浴を楽しむ家族連れや子供たち(どこかの地区からの団体なのか、同じ海水帽をかぶっている)。そして多くのダイバーが楽しそうに語らう周りには、浜狭しと酸素ボンベが並べられ、活気にあふれている。一気に気分まで明るくなる若い女性ダイバーのはじけるような声、ふざけあって遊ぶ子供たちの笑い声。海に入るという格好ではない自分が逆に目立っているようであった。

Izuoosezaki3_2大瀬神社は歴史も古く、そこを通り過ぎて(写真左上)埼を進むと、ご神木がある。樹齢1500年以上だそうである。そこから海側に向かうと、石がころがる海岸線に出るが、そこに大瀬埼灯台が立っている。正面に見事な富士山・・・とはこの日の曇天ではいかないが、かろうじて山の姿は見える(写真右2.3)。本当に晴天なら正面にその姿が広がっているはずである。

Izuoosezaki4_2ここ大瀬埼(写真左下)は、伊豆半島の付け根の部分で有り、ここから北側は田子の浦として広がっている。その意味では小さな灯台ではあるが、重要な灯台なのだ。そう思いながら、伊豆半島をもう一度頭に描いて考えてみた。清水港や田子の浦漁港、そして沼津港のある駿河湾。熱海、小田原、茅ヶ崎、そして鎌倉に続く相模湾。その間に位置する伊豆半島。人が作った交通網により西と東を意識していたが、それ以前に各々の地形や特色にIzuoosezaki6_2沿って、人が新たな歴史を作ってきただけである。富士から見下ろす伊豆半島は何ら変わっていないはずであった。帰りに大瀬浜方面を見ると、各スポットに向かうダイバーたちが目に入った。陸路を、ただ伝って歩いて移動している自分が小さく感じられた(写真右下)。

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2015年12月19日 (土)

経ヶ岬灯台(京都府:再訪)

Botantoudai_210月末にまとめた記事が手違いでアップされていなかったため、前回記事から間が空いてしまった。今回紹介する灯台は、有名ではあるがここでは再訪であり、記事内容も乏しKyougamisaki201くなってしまった。本来なら「おまけ」に分類すべき内容かもしれないので、先に謝罪しておくことにする。

京都丹後半島の経ヶ岬灯台である。前回の訪問時は曇天で、厚く低い雲に圧倒された(それなりに自分は気にいっているが)写真であったので、今回は快晴が続いたシルバーウイークに青空が背景の写真を求めて向かったのである。今年のシルバーウイーク、東海地方は見事な晴天であったため、この日思い立って経ヶ岬を目指したのであるが、さすがに多雨の丹後半島。近づくにつれて雲が覆い始め、青空もあったが晴天とは言えなかった。Kyougamisaki203

今回は、連休中のドライブであり、渋滞を避けるために、自宅を早朝に出発して午後3時までには自宅に戻る計画で、三重県から北に滋賀県に入り、琵琶湖の東側から日本海に出て、若狭自動車道を西に進むルートを黙々と運転し、午前10時半頃灯台に到着した。駐車場からは灯台が立つ岬まで山登りである。ちょうど同じ頃到着した家族連れ6人、バイカー3人の後ろから出発したのであるが、歩くのが遅い!! 更に横に並んで歩くため、追い抜くのにひと苦労である。バイカーのおじさん(たぶん私くらいの歳)が、私が抜いて行った後ろ姿だけを見て、『やっぱり若い奴は違うKyougamisaki202_2のー』と声を発した。若いと言う形容で、私の足は更に軽やかになったことは言うまでも無い。

連休中のこの日。さすがに有名な灯台であり、写真を撮るためには、人が途切れるタイミングを待たなければならない。構図から人の姿が消えると写真を撮り、また別のアングルで待って・・・としている間に、追い抜いてきた家族連れも、バイカー達も灯台に到着し見学を始めたが、見学は短い時間だった。歩きながら見上げて一周すると、まもなく全員帰路についたようである。彼らが去った後に誰も居ない時間がしKyougamisaki204ばらく続いた。おかげで着いたときより青空が少し広がった背景で灯台の写真が撮れた。ペットボトルのお茶を飲んでから、カメラリュックを背負って帰途についた。帰りは下りであるが、トレッキング用の靴を履いている私のペースは登り以上に速い。結局再び家族連れやバイカー達を追い抜くことになった。『二回も抜かれたぞ~』と、さっき灯台で写真を撮る私を見て、若くないことを知ったためか、嬉しい形容詞は省かれた声を聞きながら駐車場まで一気に歩いた。Kyougamisaki206

帰る途中、バイカーを抜く前に思い出していたのであるが、前回訪ねた時に、次回は投光している姿を夜に訪れて狙いたいと感じ、このブログにもそう書いた気がする。灯台の後方上方から見下ろす形で灯台と共に日本海が広がる位置から撮影できる以上、是非とも狙ってみたいと今回も思った。しかし前回訪ねた時に、丹後半島を探Kyougamisaki205索して、間人蟹(たいざ蟹)などの情報を得てしまっていた私は、冬の丹後半島を一泊で訪ねて、夜撮影した後、宿に戻って蟹を・・・などと考えてしまっていた。

 

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2015年10月19日 (月)

田子の浦港西防波堤灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県富士市の田子の浦海岸に立つ灯台である。繰り返しのお知らせになるが、私の灯台巡りでは、原則として自然の土地に立つ灯台を紹介している。従って防波堤灯台を取り上げるのは珍しい。すぐに思い出せるのは地元三重県の磯津港南堤防灯台 くらいであるが、他に思い当たる灯台であっても島堤灯台であり、一応自然の岩礁の上に立っている。今回の田子の浦港西堤防灯台も、厳密には堤防に立っているのではなく、岩礁の周囲を固定した台座の上に立っており、その意味でも取り上げることにした。(回りくどい言い訳のようであるが・・・)

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天気予報は晴れだったが、見事に裏切られて、雨こそ降らない曇天。本来なら『田子の浦に うち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ』の如く季節は違えど、富士の姿を背後に感じながらこの灯台を楽しむつもりであったが、それはかなわなかった(地図参照)。

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港公園として整備された海岸の端の堤防の先端にその姿はあった。田子の浦の海岸はテトラポットが重なり並べられており、海に近づけないようにされたその風景からは、浮世絵に描かれるような光景を想像するのは難しそうである。それでも曇天の下、灯台から西の海岸を眺めると、テトラポッドに打ち付ける白波、そして遠くに見える煙突の煙が、風で横になびく風景は、私には田子の浦として記憶に残りそうであった(白黒写真)。

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この日は風が強く、海も少し荒れていたためか、灯台に近づくと、かなり高い堤防の上まで波しぶきが舞い上がっている。私が訪ねたとき、若いカップルが灯台に一番近い堤防に座っていたのであるが、波しぶきを浴びたのか、大きな悲鳴と共に立ち去っていった。入れ替わって私が近づくと、堤防の高さは、灯台の真ん中あたりまである。通常、灯台は見上げる写真が多いだけに、同じような高さから眺められて、少し興奮気味に、波しぶきが襲ってきてもすぐにはその場を離れられなかった。田子の浦は砂浜海岸とは言え、すぐに深くなるのだろう。比較的大きな船が、近くを進んでいた。

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少し離れて、港公園から海岸線を見下ろすと、灯台は海岸線に立っているように見える。一首が読まれた光景は無理でも、なんとかイメージを膨らまして、海に出て富士を、そして灯台が見える光景を思い描いてみようとしたが、現実に流される私の頭には、そんなイメージは浮かばなかった。ここに暮らし、この公園をよく訪れる人も多いであろう。そんな人たちは、田子の浦と言ったイメージはどんなものなのか尋ねてみたい気がした。

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つまらないことだが、どうしても付け加えて書いておきたいことがある。到着したのが昼を過ぎていて、田子の浦漁港で、有名なしらす丼を食べられなかったことだ。その後伊豆まで足を延ばしたのだが、ずっと悔いが残った。

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2015年9月15日 (火)

戸田灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県伊豆半島の西北にある戸田灯台である。

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『戸田』はこの周辺の地名で有り、漁港名でもある(地図は右上)。伊豆を訪ねられた方ならご存知であろうが、伊豆半島は西側と東側で大きく雰囲気が異なる。熱海から東伊豆、そして下田につながる東側の海岸線は、西側に比して明らかに賑やかであり、開発されている。西側は自然が残っているとも表現できるが、道もまだまだ狭い箇所も多く、そんな意味では少し寂しくも感じる。

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今回、伊豆半島の西側の海岸線に沿って、この戸田灯台までやって来た。既に何カ所かで対向車とすれ違うのに気を使ったが、夏と言うことも有り、対向する車のナンバーは他府県が多かった。曇天ではあるが、ほとんど雨には降られなかったが、東側の道路でも降雨量が増えると通行が難しい箇所もあり、西側では更にであるが、その意味では曇天といえども、十分天気には恵まれたと言える。

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伊豆半島は、ダイビングスポットや海水浴など海のレジャー施設が多いが、戸田灯台は西側の海岸線に立ち、駿河湾に面しているため波は荒い(地図右二番目参照)。しかし反対側の東側は戸田港に面した湾内で有り、波も穏やかで、御浜海水浴場として、この日もを多くの車が訪れていた。

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少し愚痴になるが、少し残念なこともある。この戸田港を囲むように伸びた御浜岬は、灯台までの間が公共の駐車場となっている。つまり灯台まで車で行くためには、必然的に駐車場に入場しなくてはいけない。訪れるほとんどの人が1日~半日海で遊ばれるわけであり、その料金は、出入り自由とは言え1000円。私のように灯台を訪ねるだけの者にとっては少々お高いのである。

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比較的大きな石が積み重なっている海岸線は、自然の防波堤にも見えて、海岸線が引き締まっている。テトラポットではやはり味気ない。灯台のすぐ近くに車を駐めて、1000円分の写真を撮るべく歩き回った。恵まれた曇天?のおかげで、清水方面などは見渡せない。しかし、駿河湾を望む海岸線で、大きめの石が連なる中に立つその姿は、小型ではあるが、私の目には勇壮に写った。その姿は、きっと点灯した昭和27年から変わらないのだろうな、とも感じた。

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2015年8月17日 (月)

江崎港竜神埼灯台(山口県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、山口県萩から北東に進んだ、島根との県境に近い高山岬の一角、江崎港につながる竜神埼に立つ灯台(写真右上)である。

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と、実は偉そうに書けないのである。実は直接灯台を訪れていないのだ。今回の灯台巡りは、気ままな一人旅ではなく、他の目的もあった旅の中に、灯台巡りを組み込んだため、時間的余裕もなく、更にアプローチ時点で道を間違えたこともあって、灯台を目指せなかったのである。

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この日、前日の雨から一変、見事な青空が広がり、高山岬にある灯台2基を、山歩きを覚悟して訪れたのであるが、完全にアプローチを間違えてしまった。言い訳になるが、昔ながらの方法(打ち出した地図を見る)ではなく、スマホのMAP機能を利用したのが間違いだった。この日帰宅予定で、その前に高山岬灯台へも行く予定だった自分に時間は残されておらず、望遠での撮影のみとなってしまった。

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地図上では道は示されていないが、google earth(写真左上)で見ると、南側に道らしき物が写っていた。昔ながらの地図と、現地での感を頼れば、こんなミスはしなかったと反省しきりであるが、再訪するには少し遠い地であるだけに本当に残念である。

望遠で見ると、灯台手前に灯籠が見えて、そこには道がある様に見える。望遠で写真を撮りながら、そこを歩いている自分を想像できただけに、悔やみきれなかった。

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灯台は、高山岬を回り込んで江崎港に入る船舶からは、岩礁が多そうな東側を示す重要なポイントである(写真左下)。望遠で撮影するために対岸を移動しながら、全体を眺めていて改めてそう感じた。そんなことを感じられたことだけを慰めに、写真を撮り終えると時間を気にしながら車に乗ったのである。

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2015年7月24日 (金)

虎ヶ埼灯台(山口県)

Botantoudai_2前回の神島灯台の記事から間隔が開いてしまったが、今回紹介する虎ヶ埼灯台(写真右上)は、春に訪ねた山口県の萩周辺であり、4月に紹介した玉江港灯台から北東の方向にある。萩の城下町をToragasaki5_2北東から見下ろすようにある笠山がある半島で、その先端が虎ヶ埼である(写真地Toragasaki6_2図左上)。

玉江港灯台でも書いたが、萩を中心に巡った二日間。初日は雨で、二日目は晴天だった。雨の中、どうせ洞窟の中ならと、まず秋芳洞を訪れ(写真右中)、その後に虎ヶ埼灯台に立ち寄ったのである。ここは椿が有名で、ヤブツバキの群生林があって、2-3月の晴天であれば散策すると楽しいはずである。私はと言えば、間違ってこの群生林を巡る道の方に進んでしまい、雨風と戦いながら歩いたので、楽しかったとは言えないのだが・・・。Toragasaki2

間違いに気づいて戻って灯台にたどり着くと、とにかく強風に混じった雨。雨滴がレンズに付いて満足な写真がなかなか撮れなかった。それでも被写体にかぶToragasaki3らないように傘の角度を調節しながら写真を撮った。これが案外大変なのだ。左手でカメラ、右手でシャッターを押すから、脇に挟んだ傘の枝を首筋なども利用して固定する。ところが風が強いと容易に回転しながら被写体の前に現れるのである。

虎ヶ埼灯台は、松などに囲まれ、その向こうに一部砂浜もあるが多くは岩肌で海岸線となる。比較的よく目にする小型灯台の立地条件であるが、ふいに宮城県の岩井埼灯台を強く思い出した。もう6年前に東日本大震災の前に訪ねた灯台で、立地的に気仙沼港につながる南側の埼である。震災でどうなったか、その後訪ねておらず、もう一度訪ねたいとToragasaki4_3思った。しかし、他にもよく似た立地条件の灯台は多くあるのに、なぜ夏空の晴天下で松林の間にそびえる岩井埼灯台を今思い出したのかは自分でもわからなかった。

灯台から海側に進んで、傘を脇とあごで固定し、風に吹かれて岩の上でグラグラ揺れながらも踏ん張って写真を撮り終えると、ゆっくToragasaki1りと来た道を戻って車に収まった。上半身はレインウエアを着ていたが、下半身はずぶ濡れになっていた。風邪をひかないように車内で履き替えている姿が、我ながら滑稽だった。

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2015年5月20日 (水)

神島灯台 再訪(三重県)

Botantoudai_2 三島由紀夫の潮騒の舞台、地元三重県の神島へ、GWに再訪問した。渋滞とならない早朝に出て、連絡船で渡って、島を散策して、午後2時までには自宅に戻れる。GWに外出の予定を入れない私には嬉しい、お手軽なお出かけである。

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実は前回も、同じようにGW期間の晴天の日に訪ねた。しかし前回は霞が強く、せっかくの伊良湖水道を挟んでの伊良湖岬灯台が見えなかったのである。今回こそは、神島灯台と遠くに伊良湖岬灯台が写る写真を撮りたい自分は、そのことばかり考えながら連絡船に乗り込んだ。

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連絡船は、以前より速くなった気がする。イルカのように進み、かなり揺れるが、横揺れでは無く、ジャンプを繰り返す様な感じで海面を少し飛んでいるように感じられた。いつしか、本当にイルカになったような気分で、水面から浮き上がって体が宙に浮く瞬間が待ち遠しく感じられた。ちなみに縦でも横でもGのかかる絶叫系は平気だが、無重力になる乗り物は苦手で、船旅は苦手なはずなのだが・・・。

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朝一番の便は、乗客もまばら。島に着いても散策に向かう人はほとんどいない。私は、今回も港から左周りで島を歩き始めた。最初に急な坂道を登り続けると八坂神社に出る。ここを過ぎてしばらく灯台に向かって歩いていると、正面に伊良湖岬が見えてくる。なんと今回は、はっきりと見えるではないか!! 灯台が確認でき、思わず歓喜の声をあげてしまった。写真に加え、スマホで動画まで撮っている自分だったが、ふと考えてしまった。前回訪ねたときには、まだスマホで動画・・・と言う行為はなかった。「写メル」って行為だけだった気がする。そんなに昔だったのか?それとも時代の変化が速いのか?どちらでも良いことを、こんな時に考えてしまった。

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神島灯台の正面から、青空を背景に写真を撮り終えると、今度は、下がれる後方ぎりぎりまで草木に入り込んで、神島灯台と伊良湖岬灯台が写るアングルを探した。伊良湖岬灯台側であれば、後方に下がれるスペースも有り、間違いなく望遠レンズで遠近差を消して二つの灯台を撮るのだが、こちら側からでは広角で狙うため、象と蟻と言った大きさの違いとなる(写真右3番目)。それでも両灯台の写真が撮れて、私は満足だった。

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その後、神島散策を続け、山道を歩いて有名な観的哨や海岸線の景観を楽しんだのであるが、海岸を見渡せる休憩所に一人の青年が座って本を読んでいた。先ほど灯台で私を抜いて先に進んでいった青年である。まさか?と思ってそれとなく近づいて見ると、表題は手で隠れているが、三島・・と読み取れた。たぶんおそらく、神島に渡って、舞台を歩いてから、もう一度『潮騒』を読み返しているのであろう。他に多くの過ごし方もあるであろうGWを利用して潮騒の本と舞台を味わう青年。その若さと素直さと実行力が、羨ましくも有り、恥ずかしくも感じた。

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私はと言えば、鳥羽港に戻って、海鮮定食を食してから自宅に戻ったのである。

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2015年5月 4日 (月)

玉江港灯台(山口県)

Botantoudai_2「ようやく!」と言っていいくらい灯台巡りに出かける時間が久しぶりに取れた。他の予定に組み込む形で時間を入れて出かけたのだが、理由はともかくも、久しぶりの灯台巡り

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に、気持ちが高まって、雨を呼び込んでしまったようである。あいにくの天気の中、山口県萩市にある玉江港灯台を訪ねた。雨滴がレンズに付くような雨風だったが、写真は修正せずに掲載させていただきました。

新幹線で新山口まで。そこからレンタカーだが、高速道路(現在は無料区間)もあり萩までは随分近く感じた。訪ねたその日は萩市近郊の灯台巡り。一泊して翌日は萩市内観光と島根県境の灯台巡りと考えたが、初日が風雨で翌日は晴天。天は私を見捨てたとのか助けたのか?

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今年はブームとなっている萩。駅周辺や道路を移動していても、大河ドラマとコラボした看板が目に付く。萩市内をぐるっと車で巡った後に、西側に立つ玉江港灯台を目指した。久しぶりの灯台巡り?ってことで勘が働かなかったのか、随分遠くに車を止めて、雨の中歩いて灯台の立つ海岸を目指した。海岸に出ると橋本川を挟んで後方には萩城跡がある指月山が見える(左下地図)。

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灯台は、小さな岩山の上に立っている(写真右下)。遠くから気づいていたが、登り口には鳥居があり、灯台の奥に祠があるのが見える。近づいて驚いた。「厳島神社」なのである(写真左上)。赤い鳥居、赤い祠、そして赤い灯台。ふと京都府に立つ三津港島堤灯台を思い出した。確か同じような赤い小さな灯台で岩山の上に立っていたはずである。

祠にお参りしてから、灯台の写真を撮ったが、風雨が強く、傘をさしても雨滴がレンズに付く。

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灯台巡りでは、滅多に雨に降られない自分なのだが、久しぶりの灯台巡りの喜びが勝ったのか、厳島神社のご利益なのか、楽しくて仕方なかった。

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少し岩山から離れて、萩市内方面に目を向けると、風雨に霞んで歴史ある町並みが広がっている。高い建物がなく、街全体が平坦に見え、そのわずか上空を雨雲が漂っていた。何かしら重いものを感じ、翌日晴天の中萩市内を散策した夏みかんの景観(写真左中)より、この時の情景が心に残っている。

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2015年4月12日 (日)

2014年度の反省、そして2015年の活動へ

Botanomake いつの間にか、2015年度が始まった。このブログに関しては、昨年夏以降新しい灯台を紹介できていない。理由は単純で、本来の医師としての仕事以外に、行政と一緒に行っている事業などが忙しく、更に休みが取れたとしても、家族との行事などが入って、ほとんど灯台巡りにあてる時間が取れなくなっているのである。とは言っても、家内と出かける機会があると、理由を付けて灯台に立ち寄る事があった。

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休日の昼食に、浜名湖まで鰻を食べに出かけようと声をかけ、早朝に出て舞阪灯台に立ち寄ったり、水仙が綺麗だからと、福井県の越前岬灯台を訪ねたりした。しかしいずれも再訪で有り、前回訪ねた時から新たに記事にする内容や写真は得られなかった(写真は、全てその時のもの)。

いや当然なのかもしれない。

いつも灯台巡りは、灯台巡りで出かけていたのであって、ついでに・・・ではなかった。私の中の灯台への思いが強いほど、訪問の意味は大きくなるはずである。初めて舞阪灯台を訪ねた時には、鰻を理由にはしたが、目的は灯台巡りだったし、越前岬灯台にしても、水仙が目当てではなかった。

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同じ再訪の場合でも、お気に入りの立石岬灯台野間埼灯台であれば、ついでに・・・では無かった気がする。心のどこかに、再訪だから・・・とか、最近新たな灯台を訪ねられないから、とりあえず・・・と言った気持ちがあったのかもしれない。灯台を巡り、灯台の立つ風景を追い求めてきた自分としては、反省しなければいけない。けっして灯台のブログ記事を書くために巡っているのではなく、自然の中に唯一許されて立てられた人工産物、その自然に溶け込んだ灯台の姿を追い求めているのである。

新たな年度が始まるこの時期。今年度はどれだけ灯台巡りに時間が回せるか未定であるが、訪ねるからには、これまで同様の、私の灯台巡りの思いを抱いて巡っていきたい。そう思うのである。

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またその後は、このブログを訪ねてきてくれた方に、有意義な情報と灯台を訪ねたくなる様な、興味深い写真を多く提供できるようにしたいと思う。

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2014年11月13日 (木)

猿の集団に囲まれて

Botanomake長らく更新できなかった上に、紹介するのは、既に紹介した灯台で、少し気まずいのであるが、この季節になるとどうしても思い出してしまう灯台巡りがある。今回はおまけOshimawashiomake03話として、そのことをもう一度紹介したいと思う。

海岸線に立つ灯台と鮮やかな紅葉の景色を混ぜて撮影することは難しい。今回紹介する福井県の押回埼灯台を訪ねる山道の行程中にも、鮮やかな紅葉を目にすることはあったが、灯台の周辺は紅葉と言うよりも、散りゆく前の色づいた木々と言った感じだった。確かこの時は、その数日前に、滋賀県の金剛Oshimawashiomake04輪寺を訪ね紅葉狩りを楽しむことができたから、押回埼灯台に紅葉を期待して出かけたわけではなく、また途中の山道での紅葉が記憶に残っているわけでもない。まったく異なった思い出として押回埼灯台は記憶に残っているのである。ちなみに翌日撮影した金剛輪寺の紅葉を、灯台の写真が少ないので載せておくことにする。

さて、押回埼灯台は、限りなく京都府に近い福井県の西に立つ灯台である。自然歩道が整Oshimawashiomake05備されてはいるが、灯台までの道のりは徒歩で半時間ほどかかる。紅葉のシーズンの休日。もっと人がいるかとも思ったが、誰一人出会わなかった。言い換えればひとりぼっちだったわけである。自然歩道としてわかりやすい道が続いているのであるが、一歩踏み込めばまったくの岬の林である。灯台を目指して歩いている途中で、ふと右手奥にきれいに色づいた木々が目に飛び込んだ。多少の草の茂みはあるが、平坦そうに見えたため、私は迷わず道を外れて踏み込んだ。腰の高さほどの草をかき分けて踏みいると、数メートルで突然草がなくなり、そこは小さな広場になっていた。が、そこには数え切れOshimawashiomake01ない猿がいたのである。しかも全員一斉に私の方を見ている。

私は固まってしまった。野生の猿。それほど大きくはないが、これだけの数と私一人である。本能的に動いたらいけないと感じ、同時に逃げてもいけないと感じた。私は群れの中心にいる比較的大柄の猿と目線を合わした。なぜその猿だったのか理由は言えないが、とっさにそいつがボス猿だと感じたからである。次の瞬間数匹の猿が奥の草むらに飛び込むようにして消えた。そして次の瞬間また数Oshimawashiomake02_3匹が消えていった。

この間、私とボス猿とのにらみ合いは続いた。数分にも感じたが数十秒の間にボス猿以外はすべて草むらに飛び込んで消えていった。残されたボス猿と私。だが次の瞬間ボス猿も草むらに飛び込んでいった。私は猿たちとの眼付け勝負に勝ったのである(と思っている)。それにしても群れの猿がいなくなるまでボス猿ととにらみ合いを続けた記憶は強烈である。今でも彼の顔はしっかりと覚えている。

紅葉の季節が来ると、私は猿たちに囲まれた福井県の押回埼灯台を思い出すのである。

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2014年9月19日 (金)

灯台の立つ風景を訪ねてみませんか。

Botanomake 数年前に、産経デジタル『iza』と言うフジサンケイグループのサイトから、ブログの依頼があった。何かを専門的に打ち込んでいる方々のブログサイトに灯台巡りの記事を書いて欲しいと言うのである。責任を感じつつも、お引き受けすることにして、『私の灯台巡り』とは異なった視点で考え、その行程や雑談などは省いて、ただただ感動していただけるような風景写真を中心に、簡単な旅行記でまとめて、読者に灯台を訪ねたくなるようなブログを狙った。タイトルは、「灯台の立つ風景を訪ねてみませんか」であった。

当初アクセス数も伸びず、『私の灯台巡り』でも「灯台好きの皆様に・・・」と言うタイトルでアクセスをお願いしたこともあった。続けている間にコメントをいただいたり、どうやって行ったらよいのか?と行った質問のコメントもいただくようになり、お引き受けしただけの効果はあったかなと実感しつつあった。

しかし、ネット時代の移り変わりは速い。あれだけ依頼されて引き受けたブログだったが、サイト全体としてのアクセスに陰りがあったのだろうか?突然廃止しますから、これまでありがとうございました、の連絡だけでブログサイトは中止となり、更にはその後サイト自体も消去されてしまった。わざわざブログをダウンロードしておらず、今となってはどんな文章や写真を載せていたかさえもわからない。

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さて、回りくどいことを書いてしまったが、この『私の灯台巡り』に、「灯台の立つ風景をたずねてみませんか」と言うサブコーナーを作って、選りすぐりの写真を中心に、記事を少なめにまとめ、一人でも多くの方に興味を持ってもらおうと考えたのである。

私にとって、灯台巡りの醍醐味は、人知れず立っている灯台を、岬の林や埼の岩場を歩いて訪ねて、多くの方が目にすることのない「灯台の立つ風景」に出会うことである。景観がよく、その姿も美しい灯台は名所になって観光地化されていることも多い。しかし日本に三千基以上ある灯台。皆さんが知らない素晴らしい景観に立つ灯台もあります。

これから新たに『灯台の立つ風景を訪ねてみませんか』のコーナーもまとめていきますが、これまで通り灯台巡りの記事(最近は時間の関係でペースが落ちていますが)も続けていきますので、よろしくお願いいたします。

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2014年7月17日 (木)

地蔵埼灯台(香川県小豆島)

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小豆島には有名な灯台が二つあり、一つは以前紹介した大角鼻灯台、そしてもう一つがJizousaki06_2今回紹介する地蔵埼灯台である。どちらも四国側に立っているが、地蔵埼灯台がある三都半島先端の釈迦ヶ鼻は、播磨灘から備讃瀬戸の海域に入る最も狭い場所、つまり一番四国に近い場所であり、重要な海域である(地図左上:Mapfanより)。またここからの景観は讃岐百景にも選ばれている。2014年の春に訪れたのだが、ちょうど桜が終わる頃。地蔵埼灯台周辺は桜の木も多く、少し葉桜となっていたが、淡いピンクが混じった景観は素敵である(写真右上)。夕暮れ時Jizousaki09chizuや早朝ならもっと讃岐百景を楽しめたかもしれない。

灯台の話題から離れるが、私の中では、小豆島と言えばオリーブである。以前岡山県の牛窓港灯台 を紹介したときに、牛窓は日本のエーゲ海と言われ、オリーブ畑も多かったと記事にしたのであるが、小豆島はそんな比ではなく、オリーJizousaki08ブ畑が何処にでも見られた。特に小豆島の南岸は海に下る斜面にオリーブ畑が広がっている景観が多く、少しでも海が見える場所では、更にエーゲ海をイメージできそうであった。以前から、私はオリーブの緑には何か惹かれる物を感じていた。せっかく小豆島に来たのだからと、オリーブ園(写真右二番目)に立ち寄り、育て方などを教えてもらい、いつの日か自分宅の庭に茂る姿を思い浮かべて、苗木を二種類購入したのであった。

Jizousaki07もう一つ余談になるが、『エンジェルロード』(写真左二番目)なる観光地がある。瀬戸の潮の満ち引きによって、島と島の間の砂浜がつながったり無くなったりするのである。恋人同士で手を繋ぎ、この砂浜を渡ると幸せに・・・と言ったキャッチフレーズ。幸い家内と訪ねたので、年齢的に少し恥ずかしさを覚えながらも訪ねてみた。天候や時間などによって雰囲気も異なるではあJizousaki02ろうが、私には普通の海岸にしか感じなかった。と書くとロマンが無いと言われそうであるが、そう感じた理由は他に有り、この時カップルでいたのは私たちだけで、他はご年配の団体や私たちよりも年配の別々に歩かれるご夫婦、そしてご家族連れだったからである。(若い二人連ればかりなら浮いていたはずであるが・・・)恋人達の・・・と言ったイメージを味わう雰囲気ではなかったのである。

Jizousaki05さて話しを戻すが、地蔵埼にたどり着くまでの道は整っており、最後まで車で進入可能であるが、途中かなり人気のない道も進む。しかし南向きの埼に向かう道であり、そのイメージは暗くない。ちょうど灯台の前が広場となって、そこで道が終わっている。灯台へはとても高い門により閉ざされ、更に周囲はかなり広い範囲にフェンスが張り巡らされている。門の前には、海を背景に灯台含めて(写真左三番目)景観を楽しむ展望台が設けられているが、私の興味は灯台でありJizousaki04、なんとか敷地内に入りたかった。しかたなく、少し周囲のフェンスに沿って歩き、一部低くなっている所を見つけて、そこから不法侵入することにした!! やはり敷地内は高低差もあるが、予想以上に広かった。灯台に近づいて横側から海を背景に写真を撮り(写真右三番目)、その後は子供のように自由に敷地内を歩き回っJizousaki03た。灯台の正面は海に向かって下っており、その下には少し葉桜となった桜。桜の間から青空を背景にそびえる白亜の灯塔(写真左右下)。やはり敷地内でないと味わえない情景である。今考えると、灯台も桜もと欲張った露出で写真を撮ってしまったが、桜を中心に灯台は光に滲ませるべきだったのかもしれない。とは言え、この時はカメラ小僧のように写真を撮っていた自分だった。

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