2012年1月24日 (火)

馬島周辺の灯台

Botantoudai今回記事にするのは、しまなみ海道を南下し、四国に入る直前にある馬島周辺のUmajimaaroundchizu1灯台や灯標などである(地図右上参照)。以前、ウヅ鼻灯台だけを先にまとめたが、実は他の灯台には近づく事が時間的、或いは地理的に不可能であったため、写真撮影のみであった。そこで記事と言うよりは、馬島周辺の灯台や灯標、導灯などをまとめて写真で紹介することにした。

Umajima01小浦埼灯台:来島海峡第三大橋を今治側から渡り始めると、左手前方の馬島に立つ姿がすぐ目に飛び込んでくる。歩行者は橋の西側を通行するため、東側に立つウヅ鼻灯台は見えにくい。それに対して小浦埼灯台は、来島海峡展望所からもその姿が確認できる。馬島に近づくにつれて眼下に見えるようになる。

Umajima4_3州ノ埼灯台:同じく橋の左手前方に見えるが、馬島の北側であり少し小さく見えUmajima2る。それでも円柱状の灯台の姿は、島に渡る頃にははっきりと確認できる。私的には、橋から西側に立つ二つの灯台が見下ろせる構図は魅力的であった(写真右中二番目)

Umajima9小島東灯標:ちょうど来島海峡第三大橋の西側にある島が小島であり、その東(場所的には島の北東)にある。(小浦埼灯台、州ノ埼灯台と一緒に写真左側の島に見える赤い灯標)

Umajima5ナガセ鼻灯台:馬島の北東、来島海峡大橋の東側にあるため、歩行者からは見えない。島に渡って島の山を越えた斜面から続く鼻に立っている。時間の都合で近づけなかったが、中渡島潮流信号所の灯台の姿を右手に、左手に来島海峡大橋を背景に立つ姿のロケーションは素晴らしい(写真右三番目)。Umajima8

Umajima3来島中磯灯標:大橋から左手に来島、そして小島が見えるが、この間の海峡を来島瀬戸と呼び、この小島寄りに立っているのが中磯灯標である。遠くからではわからないが周辺には岩礁もあるようで重要な灯標である。

Umajima6中渡島潮流信号所:来島海峡第二大橋を渡るとき、馬島近くで、橋の東側に白い建物が斜面に立つ島が目に入るが、それが中渡島であり、潮流信号所である。馬島のナガセ鼻灯台からその姿がよく確認できた。Umajima11

Umajima10火内鼻導灯:少し離れるが、来島海峡第一大橋に北側からさしかかるときに見える灯台である。橋を渡るときに車内からも導灯が見えており、かなり高い位置にあるはずである。

以上、馬島を中心とした灯台関連の施設写真を中心にまとめた。時間があれば、ゆっくりUmajima12一つ一つ巡って、味わいたかったのはやまやまであるが、それでも私なりに楽しむことはできた。来島海峡大橋は、馬島に渡るには、徒歩か二輪となる。橋の支柱の部分である場所からエレベーターで降りるのである(写真右四番目と下:歩道からエレベーターへつながる車道の下の部分)。しまなみ海道が完成したおかげで短時間の間に馬島に渡り、いくつかの灯台を見ることが出来たが、いつの日がゆっくり時間が取れれば、近くまで行って味わいたいとも思う。

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2012年1月10日 (火)

大浜埼灯台-2(広島県)

Botantoudai今年最初の記事は、昨年最後に取り上げた広島県尾道市の因島に立つ大浜埼Oohamasaki11灯台(写真右上)の続きをまとめることにする。前回は灯台よりも、周辺の状況や地理的な観点からまとめたが、今回は灯台そのものについて紹介することにする。

Oohamasaki15地図などは、前回の記事を参照いただきたいが、潮流の早い来島海峡を避ける航路として明治27年に島々を含め9基の灯台が点灯され、布刈瀬戸の航路に立てられた一つがこの大浜埼灯台である。と知ったかぶりをして書いたが、実は明治43年から昭和29年までの間、ここは潮流観測による船舶通行信号所であり、昭和29年に信号所の業務を停止後再び灯台として稼働しているのだと、訪問して説明案内を読んで初めて知ったのである。灯台の周辺には、観測Oohamasaki12所や信号の後(写真左上)が残され、それぞれ説明の案内もあった。

それにしても因島大橋がつながった事によって、この周辺は間違いなく様変わりしたであろう。初めてこの地を訪ねた私には、橋を背景に大浜埼に立つ灯台Oohamasaki16の姿、そして周辺の情景はとても魅力的に映った(写真右中)。灯台は、平成14年に改築されており、その白亜の姿はまぶしさすら感じる。周辺の公園も整備され(写真左中)、灯台や験潮所、潮流信号所なども見学できるように整備されている。とは言え、灯台が観光地になっていると言った雰囲気はない。あくまでOohamasaki3も訪れた人だけのために整えられている・・・そんな感じである。と、褒めてばかりかもしれないが、前回の記事でも書いたように、危険な箇所もあり、訪問者が増えると問題になりそうな場所も多い。また灯台も改築前の状態がわからないが、台座となる部分からはみ出して立てられていた(写真右下)。

訪ねて初めて知った事ではあったが、明治の時代に立てられ、Oohamasaki13その後灯台はお休みしていて、昭和に入り再び点灯。そして平成に入り改築。灯台だけでなく、験潮所、潮流信号所など敷地内をゆっくり巡っていると、そんな歴史を至る所に感じることが出来る大浜埼灯台巡りであった(写真左下)。

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2011年12月27日 (火)

大浜埼灯台-1(広島県)

Botantoudaiここで語るまでもなく、今年は未曾有の大震災や原発問題などが起こり、社会情勢Oohamasaki1も変動し続けた一年であった。不安や落ち着かない気持ちの中、年末に『絆』という言葉が選ばれたことは救われた思いであり、むしろ嬉しく感じられた。そんな中、たかが私個人のブログではあるが、どの灯台を今年最後の記事として紹介しようかと悩み、選んだのが大浜埼灯台(写真右上)である。瀬戸の因島に立つ、爽やかで印象深い訪問の記憶をまとめることで、ブログOohamasaki9chizu_3も気持ちよく今年を締めくくりたい。尚、書きたいことが多い訪問であり、今回は灯台周辺の情景や訪問の行程を中心に、後日灯台や情報を記事としてまとめたいと考えている。

大浜埼灯台が立つ因島は、しまなみ海道を尾道から南下すると向島の次に渡る島であOohamasaki10chizu_2り、まだ尾道市内であり、広島県であり、中国地方である(地図左上:Mapfanより)。布刈瀬戸と称されるこの海峡は、来島海峡を避けて通る船舶が多いと聞く。私が景観を眺めている間にも、何隻もの船が通過していった。因Oohamasaki8島大橋を振り返る形で因島大橋記念公園の海岸沿いを進むと、浜からつながる前方の埼に灯台の姿が見えた。私は砂浜に出て、しばらく景色を楽しんむことにした。右手に見える因島大橋によって、島はかなり変わったはずである。この公園をはじめ、整備されていない以前であれば、灯台への訪問も容易ではなかったはずである(地図右二番目:Mapfanより)。

灯台周辺も整備されていて、灯台や験潮所などを見て回れる。入り口には使用Oohamasaki7されていた浮標灯が設置され、案内板も掲げられていた。私は、早速順路に従って灯台方面に進むことにした。埼の付け根の部分を登りながら灯台方面に進むと、やがて広場に出る。見晴らしの良い高台であり、そこから少し見下ろす場所に白亜の灯台が立っていた(写真左二番目)。灯台の前面に広がる海峡や右手の因島大橋を見渡すように立つ灯台の後ろ姿は、瀬戸内海という温和なイメージOohamasaki6に反して勇壮な姿に見えた(写真右上)。灯台へ続く道は、整備されているのだが、手すりの隙間などもあり、危険な箇所もある。灯台前でカメラをかまえたとき、後方に木があったため安心して下がると、そこには柵がなく、危うく海に転落するところであった。しかし、太陽を背に灯台を見られ、青空の下、真っ白な灯台が映えてお気に入りの写真を撮ることができた。

通路に従い進むと、次に験潮所に向かう。だがこの途中の竹林は、荒れてOohamasaki4いて倒れた竹が道を遮っていた(写真右三番目)。竹林を下ると海面が近づき岩肌が見える。海側には手すりが作られているものの、やはり注意すべき箇所もある。観光客の多い場所なら、立ち入り禁止にされそうである。験潮所(写真三番目)から振り返るとまぶしい日射しの中に灯台がにじんで見え、その向こうに因島大橋が重なる。更に近くの入り江の海面がキラキラと輝き、写真での表現は難しそうであるが、思わずシャッターを切った(写真右下)。

Oohamasaki2初秋のこの日、しまなみ海道を南下して来島海峡の馬島まで渡ったのであるが、早朝、最初に訪ねた因島の大浜埼灯台は、間違いなく私のお気に入りの灯台となっていた(写真左下)。(灯台や情報の記事は次回に)

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2011年12月13日 (火)

去ルガ鼻灯台(島根県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、通りすがりに、ただ写真を撮っただけと言う去ルガ鼻灯台Sarugahana2(写真右上)であり、言い訳のブログになりそうである。とは言え、多古鼻灯台の記事で書いたように、その時は、急な時間の制約や予定の変更にも関わらずできる限り多く巡りたいという欲求からの行動であり・・・やはり言い訳である。

Sarugahana3chizu『サルガ鼻』は地図上『去ルガ鼻』と書かれている(地図左上:Mapfanより)。近くの洞窟住居跡はサルガとなっている。私はこう言った名称の由来にとても興味を持つのであるが、残念ながらその地で確認しない限り、戻ってから調べることはほとんど不可能であり、これまでにも多くの地名の由来が判らないままとなっている。

お昼前からの半日で島根県の三保関から出雲までの灯台を巡ると言う、慌ただしい予定Sarugahana4chizuの中、まずは境港から美保関灯台を巡って、津ノ和鼻灯台へ向かう途中に、車を止めて去ルガ鼻灯台を望遠で撮っただけである(地図右中:国土地理院より)。灯台巡りの先輩には叱られそうな行為であるが、時間に余裕があった当初の予定では、灯台まで近づくための道も、ちゃんと調べてあった(言い訳である)。

Sarugahana1しかし、ただ遠方から写真を撮るだけなのだが、これが微妙に難しい。これ以上近づくと、湾の内側に入って、灯台が見えなくなる。と言って、もう少し近づきたい。結局かなり離れた場所からの撮影となった(写真左下)。

去ルガ鼻灯台は、境水道を超えて中海に出る重要なポイントではあるが、日本海から水道につながる境港の灯台の方がやはり目立つ。しかし、こう言った水道の出入り口や港内での視界に届く光の重要性は言うまでも無Mihosekiukisimajouyatou1い。ちょうど三保関灯台を巡った後に、美保関魚港の常夜灯にも立ち寄った(写真右下)が、浮島の手前に立つ常夜灯は、灯籠と言った感じであるが、それでも暗闇の中で固定された光は、陸を知らしめる役割は大きいはずである。遠景のみの撮影となったが、少しだけそんな事を考えながら津ノ和鼻灯台を目指すことにした。

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2011年11月28日 (月)

私のお気に入りの灯台Vol.5

Botanomake今回は、2010年の7月に紹介して以来の、『私のお気に入りの灯台』を紹介する。今回で5回目となるが。毎回書かせていただいている様に、あくまでも私が訪ねた時の季節や天候、雰囲気も加わっての判断であり、個人的な意見である。しかし、何らかの魅力を持っていたからこそ選んだ灯台であり、私のお薦めの灯台として理解していただいても問題はない。(過去の記事は、こちら・・・Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4

今回も地域が重ならないように、5基を選んだ。

Satamisaki10佐田岬灯台(愛媛県):今回最初にあげた佐田岬灯台は、今年更に私にとって思い出深い灯台となった。理由はこちらの記事にまとめたように、ここを訪ねた自分を絵画として描いていただいたからである。もちろんSatamisaki8訪ねた時の感動も大きかった。私は細長く突き出た先端に立つ灯台として憧れを抱いて訪ねたのである。

Tsunowahana3津ノ和鼻灯台(島根県):比較的最近訪ねた津ノ和鼻灯台は、島根県の灯台をまだほとんど巡っていない状況であるが、私には十分すぎるくらい印象に残った。真夏には、多少きつい山歩きではあったが、容易に灯台に近づけない場所に立っているにも関わらず、灯台周辺の景観もTsunowahana2良く、ひとときを過ごすには気持ちよい場所であった。訪ねた時にプライベートな印象を持たせてくれる灯台は、評価が高いかもしれない。

Esaki1江崎灯台(兵庫県淡路島):江崎灯台へのリピート率は高い。(初回訪問はこちら明石大橋との記事はこちら)比較的近いからという理由以上に、明石海峡を隔てて対岸の神戸から続く街並み、後ろ姿の綺麗さ、周辺の静けさの中に立つ姿に魅せられているのだと思う。神戸から明Esakinitibotu04_2石海峡大橋を渡られたら、是非とも訪ねていただきたいお薦めの灯台です。

2_3掛塚灯台(静岡県):掛塚灯台へのリピート率も高い。ここも近いという理由もあるが、周辺の雰囲気が何より好きなのである。(日没時の記事はこちら)周辺には風力発電の風車が回り、運動施設の周辺として整Kaketuka24備された公園、そして砂浜の海岸がある。すこし盛り上がった小山の上に立つ灯台は、少し錆も見られるが、歴史を感じさせる。

Hajikisaki1_2弾埼灯台(新潟県佐渡):佐渡の最北端に立つ弾埼(はじきさき)灯台を今回のお気に入りの最後に選んだ。初秋の佐渡に渡り、巡った灯台Hajikisaki3の中で、私に旅愁を味わわせてくれた灯台である。どことなくもの寂しい、だけど力強いその姿。佐渡という島に一人で渡り、最後に訪ねたのがここ弾埼灯台であったからかもしれない。再訪が難しい灯台であるが、もう一度訪ねてみたい。

今回も5基だけ選んだ。まだ訪ねていない灯台にも、もっともっと私を引きつける灯台があるに違いない。これからも全くのマイペースであるが、灯台巡りを続けていくので、Vol.6、7、8・・・とお気に入りも増えて行くに違いない。しかし、お気に入りで取り上げなくても、全ての灯台が私が訪ねた記録であり、そして大切な記憶である。私の灯台巡りなのである。

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2011年11月14日 (月)

カヤトマリ鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai10月の連休を利用して、初めて灯台巡りに出かけたのは、千葉県の館山周辺だっKayatomari2た。特に館山港沖島灯台(今は廃止となったらしいが・・・)では、素晴らしい天気に恵まれ、本当に気持ちよい時間を過ごした。その思い出が良いためか、この時期に灯台巡りに出ることが続いている。今回は、しまなみ海道を南下して愛媛県今治に入り、来島海峡で四国とつながる大島にあるカヤトマリ鼻灯台を紹介する(写真右上)。海道からは少し離れた場所にあり、訪ねる人は少ないが、右手にはしまなみ海道の大三島橋が見え、景観はなかなかである(写真右下)。

Kayatomari1chizu前回のウヅ鼻灯台の記事でも書いたが、しまなみ海道と呼ばれる西瀬戸自動車道の橋は歩行者やサイクリングでも渡ることが出来るため、島々には多くのサイクリング者があふれている。暑いくらいのこの日も、多くの自転車が走っていた。伯方島から大島大橋を渡って入った自分は、すぐに49号線に出て、西の早川方面に進んだ(地図左上:Mapfanより)。周辺には自転車も多かったが、西に向かう数は少なかった。狭い箇所もあるが、対向二車線の道は島に沿って続いていて、どこからの景観も素晴らしい。Kayatomari5

ちょうど早川港を過ぎた海岸線から正面に灯台の姿が目に入った。灯台を数多く見てきた者であれば、それが小型の点灯式であることはわかるのだが、対岸の崖に青空を背景にして白く見える灯台は、私には大きく立派に映った。もちろんその印象は、近づいて道路から正面に見えてくると、薄れてしまったのであるが(写真右中)。

Kayatomari3灯台に近づくと、ネームプレートがどこにもない。反対側(海側)にあるのかもしれないが、まだ夏草が覆い茂り、足下も良くないため、確認できなかった。位置的にカヤトマリ鼻灯台だろうと思いつつも、カヤトマリの名称にその由来が気になった。後で調べたが判明しておらず、知っている方がみえたら教えていただきたい。前の記事のウヅ鼻灯台も、地図では渦ノ鼻と出ていたことから、『茅ノ泊』などと勝手な推測をしながらカメラを構えた(写真左下)。

道のすぐ横に立つ灯台と言えば、最近では熊本県島原の天草埼津港灯台を思い出すが、その形状は異なる。いずれにしても小型であるが、道路を走っているときに、この点滅が見えていることは興味深い。そう言えばAKB48のPVにも使われた千葉Kayatomari4県の州崎灯台を訪ねたときに、近くの民家の頭上を越えて光が海上に延びていく姿を想像したことがある。海のない町にに生まれ育った私としては、こう言った想像が次の灯台巡りへの活力になっている気もする。道もちょうどカーブになるカヤトマリ鼻灯台の点滅は、道路上の安全にも役立っているのかも・・・(写真右中)。

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2011年11月 1日 (火)

ウヅ鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai広島県の尾道から愛媛の今治に続く島々のいくつかは、しまなみ海道によってつUduhana2ながった。とは言え、これらの島の周りは潮の流れが速く、船舶にとって難所であることには変わりがない。特に来島海峡の潮流は有名であるが、今ではそんな潮の流れを眼下に見ながら海峡大橋を渡り馬島に渡ることもできる。2年前の春、佐田岬灯台を巡った帰りに、この海峡を展望台から眺めて、近いうちに馬島に渡ろうと心に決めていたのであるが、この秋に訪ねることが出来た(地図左Uduhana6chizu上:Mapfanより)。今回は、馬島に渡って訪ねた渦ノ鼻(ウヅ鼻)灯台(写真右上)を、長くなるがこの日の行程も思い出してまとめてみた。

しまなみ海道を以前ブログ記事で、しまなみ街道と書いたが、本当に島の街と街を結び、Uduhana8瀬戸大橋や明石海峡大橋とは雰囲気が異なる。歩行者や自転車が通過できるため、格好のサイクリングやウオーキングコースでもある。私は尾道から灯台を巡りながら、最後に来島海峡にやって来た。お昼を回り、日射しが強くて暑い。徒歩で今治側から来島海峡大橋を渡ったのであるが(写真右2番目)、これまでの灯台巡りでかなりの距離を歩いており、気持ち良い汗を通り過ぎて、少々きつく感じた。Uduhana7更に早い朝食以後何も食べておらず、かなりお腹も空いてきた。それでも周辺の島々や遠くに見える灯標、行き交う船舶などの景観を楽しみながら歩き、半時間ほどで馬島に着いた。なんと島へはエレベーターで降りることができる(写真左2番目)。驚いたが、歩き疲れていた私にはとても嬉しかった。

馬島の名前は、江戸時代に今治藩が馬の放牧をしていたことから来ているが、草原が広がっているわけでもないこの島に、そんなイメージは全くない。私は、東にあるナガセ鼻灯台を確認してから民家がある南の方、ウヅ鼻灯台を目指すことにした。島に渡ってから誰とも出会わず、もちろん1頭の馬も見ていない。しかし、ウヅ鼻灯台を目指して歩いていると、ハイペースで歩くウオーキングスタイルのカップUduhana4ルが背後から近づいてきた。ちょうど灯台が正面に見え始めた海岸の手前で、缶ジュースの自販機があったため、空腹に耐えきれず、昼食代わりにジュースを2本買って、一気に飲んでいる時だった。「こんにちわ~」の声かけに返事をしようとしたら、思わずゲップが出てしまい、メチャクチャ恥ずかしかった。

Uduhana5灯台は、馬島神社の建つ南の丘に立っている(写真右3番目)。その階段を上ろうと近づくと、手前右に海岸に出られる堤防の階段があるのだが、そこに先ほどのカップルが腰を下ろしていた。来島海峡に架かる大橋を正面に見ながら左手には灯台の姿、そして砂浜が手前に広がっている。帰りにここで撮影しようと思いつつ、まずは神社の階段(写真左3番目)を登ると、社の右手奥に灯台が立っていた。

もう何度となくこのブログでも書いているが、本当に灯台と神社は近くにあることが多い。こUduhana1の社にどんな由縁があるのかまでは追求しなかったが、これまで見てきたのと同じく、神社と灯台が一緒に写っていても、私はその存在に全く違和感を覚えなかった(写真右4番目)。境内右手から灯台に近づける。昭和初期に立てられた重要な灯台であり、その存在を感じる以上に、『ウヅ鼻燈臺』と右から書かれた灯台のプレートに歴史を感じた(写真左4番目)。地図には、渦ノ鼻と載っていたことを思い出しながらしばらく灯台を見上げていた。

神社の階段を下りると、先ほどのカップルは、海岸へ降りる堤防の階段で、お弁当を広げて食べていた。ジュースで空腹は満たされていたが、少し羨ましく思いながらその横を通りUduhana9抜けようとしたとき、タイミング悪く!?先ほど飲んだジュースが胃から腸へ流れ込んだのか、大きなお腹の音となって聞こえた。カップルにも聞こえたかどうかはわからないが、再び恥ずかしい気持ちで海岸に出た私は、恥ずかしさも手伝い、黙々とレンズを広角に付け替えて灯台や大橋の姿をカメラに収め始めたのだが、時間は午後1時前。太陽はほぼ南にあり、逆光での撮影となり、お気に入りの写真は撮れそうにUduhana3無かった(写真右下)。

結局、馬島に滞在中カップル以外には、馬にも出会わなかったが、一匹のヘビが私の前を横切っていった。当たり前かもしれないけど、陸続きで無くてもヘビはいるんですね。ただマムシじゃ無くて良かった~。

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2011年10月19日 (水)

田後灯台(鳥取県)

Botantoudai私の灯台巡りは、本当に下調べが乏しい。国土地理院の地図に灯台のマークがあTaziri3ると、とりあえずそこに行ってみようと考える。それだけである。最近は他の先輩方のサイトで情報を得てから向かう場合もあるが、それもまれであり、海上保安庁のサイトなどで灯台を確認すると言ったことはほとんどしてない。そのために現地では無駄な苦労が絶えないのであるが、自分のこのスタイルをあまり変えようとも思わない。無駄も多いが、ハンドメードを感じて灯台へ旅することで得られる自己満足からかもしれない。

兵庫県の日本海側の灯台を巡ったときに、県境がわからず鳥取県の大羽尾灯台Taziri5chizuを巡ったことは既に紹介した。今回紹介する田後(たじり)灯台(写真右上)は、そこからすぐ西であり、今思うとその時に立ち寄っていてもおかしくない(地図左上:Mapfanより)。だが兵庫県の灯台を巡ると考えて地図を見ていた私の目に、田後灯台は写っていなかったのだろう。今回はそんな田後灯台を真夏の青空の下訪ねた。Taziri6

港に接した小島に立つ灯台で、迷うこともない。ただ灯台へ続く小さな橋には、損壊箇所もあるという安全上の理由で、厳重な鍵がかけられ渡ることができない(写真右中)。反対側からなら、積まれたテトラポッドを通って行けそうであるが、そこに出る手前にも柵が設けられていた。結局灯台の立つ小島に渡ることを諦めて、港を歩Taziri2きながら灯台を眺めた。振り返って灯台を見ると、港側にだけある木が邪魔をして灯台の全景は見えない(写真左下)。ちょっと足を伸ばしてまたげば島に渡れそうなのであるが・・・。つい数時間前に、長尾鼻灯台で敷地に入れなかった記憶がよみがえった。

港の入り口まで戻って、もう一度灯台の立つ小島を振り返ると(写真右下)、長く延びた堤Taziri4防の一部となっているのがよくわかる。ずっと昔、堤防も港も無かったとして、あの島だけがある景色を思い浮かべるのは比較的容易であった。だとしても、あの小島にずっと灯台が立っているように思えた。

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2011年10月 5日 (水)

多古鼻灯台(島根県)

Botantoudai灯台巡りと言うからには、灯台にたどり着いて初めて評価されるものかもしれない。Takohana3しかし、いくつかの灯台を、たどり着くことも無く遠景から姿のみを撮影し、記事として紹介してきた。私の中ではこれは違法とも言える行為なのであるが、実際その灯台を目指している時は、自分が納得する様な理由(後から言えば”言い訳”に過ぎないが・・・)があってたどり着けていないのである。今回もそんな言い訳と共に多古鼻灯台(写真右上)を紹介する。

Takohanachizu5_28月末にまとめた津ノ和鼻灯台の記事でも書いたように、急遽予定が変更となった慌ただしい行程の中、多古鼻灯台を訪ねた。ここを訪ねた灯台巡りの先輩方のサイトや書き込み、さらには国土地理院の地図(地図左上)からも灯台に向かうルートはわかっていた。灯台の立つ山の、海とは反対側の道の途中から登るのである。しかし、私に残された時間は少なく、更に早朝に三重県を出て島根にたどり着いて(地図右中:Mapfanより)、昼から二度目となる、真夏の草木が覆い茂る道に入っての山登りをする元気も出なかった。そんな時、私の脳裏を横切ったのは、ある灯台巡りの先輩がまとめたホームページの記事であった。隣の山にあるキャンプ場の展望台から灯台がTakohanachizu4見えることを紹介してある記事である。葛藤はなかった。後からその違法行為を深く反省することになるのであるが、この時は、納得の行動であったに違いない。私はキャンプ場に向かった(地図左上)。

天気は下り坂。強い風がキャンプ場にも吹いていて、家族連れのテントがパタパタと揺れ、お父さんが固定してある杭を更に強化して回っている。今夜ここで過ごすのなら、大変そうTakohana2である。そんな光景を見ながら、私は望遠レンズを付けたカメラだけ手にして展望台に向かった。

展望台からは、ほぼ正面に灯台の左横を見ることが出来た。すぐ近くにも感じるし、遠くにも思える。レンズを通してみると遠近感が無くなり、海すらすぐ近くに感じてしまう(写真左中)。灯台の上に避雷針、更に左右に灯台の三倍くらいの高さの電柱が立ち、その上にも避雷針が着いている。そしてその電柱に電線が渡して張ってある。よほど落雷が多い場所なのだろうか?灯台そのものは、近寄っていないのに語れる立場ではないが、能登半島輪島の竜ヶ埼灯台北海道の汐首岬灯台に似ている。勿論周辺は全く異なる立地条件であるのだが。Takohana1

今夜日御碕に行き、明日の昼には三重県に戻らなければならなくなった夏の灯台巡り。この時は仕方ないからと、納得の行動であったが、いつものように今となっては後悔しか残っていない。しかし遠景だからこそ、灯台の立つ風景として楽しめたと言えば楽しめた(写真右下)のであるが、両方手に入れること出来たわけであり・・・嗚呼!もっと時間が欲しかった。

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2011年9月21日 (水)

安宅灯台(冬の思い出)

Botantoudai今日台風15号が日本列島を駆け抜けた。豪雨にも関わらず、東海地方ではあるAtaka25jpgが、幸い私の町では被害が無かった。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。
台風が去った後に、秋の空が少し顔を出した(写真右上:携帯より)。季節はこれから秋本番・・・そんな事を考えていたら、冬の景色を求めて訪れた安宅灯台を思いだした(随分ずれて、強引な振り方かもしれないが・・・)。既に紹介した加佐岬灯台のAtaka24早春を思わせる記事にまとめたように、真冬に訪ねたのに、その日だけぽかぽか陽気だった北陸。今回はその後に立ち寄った安宅灯台を紹介する(写真左上)。

前に安宅灯台を紹介した記事は、5月半ばに訪れたものである。海岸線に流れ着いたゴミの山に、嘆かわしく感じた記事だった。今回は冬のイメージを求めたのであるが、加佐岬灯台と同様に、真冬のイメージからは少し離れていた(写真右中)。しかし、加佐Ataka22_4岬に比べて曇り空であった分だけ冬のイメージは伝わるかもしれない。

安宅と言えば、やはり安宅の関。義経・弁慶で有名な勧進帳の舞台のはずであるが、何故かTVなどで描かれるシーンは山の中のイメージが強い気がする。前回訪ねた時も、日本海を見渡してそんなことを考えていたことを思い出した(写真左下)。

Ataka23前回訪ねた時は、見事な日本晴れで、その後美川灯台近くに沈む日没ショーを楽しんだ記憶がある(産経iza専門家ブログより)。この日は曇っていたが、晴れた冬の日に同じように夕日を味わうことができたら、どう異なっているのだろう?と次回の課題を思いつきながら安宅灯台の周囲を散策した。

事後談になるが、戻って現像した写真は、やはり冬のイメージが薄かった。思Ataka21い切って寒冷調に仕上げた写真(写真右下)は、あまりに強調しすぎていたのだが、心はこんなイメージを求めていたに違いない。

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2011年9月 9日 (金)

網代埼灯台(鳥取県)

Botantoudai今回は、2011年7月に訪ねた鳥取県の網代埼灯台(写真右上)を紹介する。日曜とAjirosaki02海の日の2連休(世間は3連休なのか?)であったが、日曜午後には自宅に戻らなくてはならず、土曜仕事を終えてから鳥取に向かい、一泊して翌早朝、夜明けと共に行動を開始した。既に紹介した長尾鼻灯台の後に、ここ網代埼灯台を訪ねたのである。

思い返せば、2005年の夏に兵庫県の日本海側の灯台を巡った。余部埼灯台Ajirosakichizu1浜坂港矢城鼻灯台、そして今は変わってしまった余部鉄橋など思い出深い。実は、この時鳥取県と知らずに大羽尾灯台だけ訪ねているのであるが、網代埼灯台は、その羽尾埼の反対側にあたる。今回6年の歳月が過ぎて、しかも鳥取県側からここを目指すと、なんだか感慨深かった。

網代埼(地図左上:Mapfanより)に着いたのは、まだ7時を少し回った時間なのに、とにかくAjirosaki04_3暑い。埼への登り口がわからずうろついたのであるが、埼の山に入っていく道を見つけて(写真右二番目)、草が覆い茂っているその光景を見てから車に戻り、いつものようにマムシ対策で長袖・長ズボンと言う服装に着替えて山に入った。登り口こそ道がありそうであったが、すぐに道は無くなり、ただ何となくと言う方向に進んだAjirosaki05(写真左中)。10分ほど登っていくと、突然遊歩道らしき道に出た(写真右三番目)。

どうやら、まったく別方向から灯台に続いて遊歩道が延びていたようで、私はその途中に横から登って合流したようである。合流地点から灯台は右手に進むはずであるが、あえてAjirosaki06左手に向かって、遠景で灯台が見える場所を探してみた。少し行くと、木々の間から灯台の姿が見えるが、やはり夏。葉が茂ってほとんど全景を見ることは出来なかった(写真左下中)。もう一度来た道を戻り、合流地点から右手に向かって灯台へ進んだ。

Ajirosaki03すぐに灯台に着いたのだが、少し離れると木々の葉が邪魔をする。夏に最も灯台巡りに出かける時間が取りやすい私にとって、茂った葉はこれからも問題である。なんとか正面だけは、木々が邪魔をせずに写真を撮ることができた(写真右下)。

ネット上で知り合った灯台巡りをされている方々も、多かれ少なかれこAjirosaki01のような苦労をされているはずであるが、どうも私は灯台へのルートを探す時に、最短ルートを探そうとして逆に苦労しているような気がする。「急がば回れ」小学校の時から知っているフレーズであるが、実践できていない自分に少し反省しつつ、結局登ってきた道なき道を下る自分であった。

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2011年8月31日 (水)

絵画「私の灯台巡り」

Botanomake今回は、おまけ話の内容なのですが、まずは絵画を見ていただきたい。

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灯台を巡っている方なら愛媛県の佐田岬灯台だとわかるかもしれないが、今回は、そういう話ではなく、ただ素直にこの絵を自慢したいのである。絵と言っても写真として紹介しているのだから、この雰囲気は伝わらないかもしれない。とにかく奥行き、広がりが素晴らしい!メガネをかけずとも、3Dとして見る者を引き込んでくれる。けっして厚塗りの油絵ではないのに、写真では表現しにくい臨場感があるのだ。

灯台にやって来た!と立つ人物は自分であり、早い話が、私の灯台巡りを描いてもらった絵画である。描いていただいたのは、画家の棚倉樽さんだ。彼や彼の作品は是非こちらのブログをご覧いただき、直接感じ取って欲しい。

彼との出会いはネット上である。たまたま私のブログにコメントを書き込まれたのがきっかけで知り合い、私も彼のブログを通じて作風などを知り、いつの日か絵を描いていただこうと思ったのである。私は、灯台が立つ風景として写真を撮っているが、芸術的センスがあるなどとは一度も思ったことが無い。そんな私が棚倉氏にお目にかかって絵を依頼するとき、多少の緊張があった。うまく伝えられるだろうか?普通に希望を言えば描いていただけるのだろうか?などなど。しかし、実際に棚倉氏に会うと、彼は淡々と私の絵に対する希望を引き出してくれ、同時に私が灯台を訪ねたときの情景やそのときの感情を巧みに聞き出してくれた(後から酒の席で聞き出した内容も含めるが・・・)。

絵を描き始めると、彼はその世界に入り込むと言う。実際にそこを訪ねているように、あるいはその人に会っているように、あるいはその場で一緒に楽しんでいるように、対象がなんであれ心はそこにいるのだと話した。そうなのだと本当に思う。出来上がった絵が届き、その奥行きや広がりなどに感動した以上に、訪ねた時の私の心が、この絵を見ているような錯覚にとらわれた。実際に私がこの佐田岬を訪ねたのは春であり、そのとき海上は霞んでいた。『きっとこの海の向こうに、九州大分県の関崎があるんだよな・・・』そう思いながら灯台、そして海上に目を向けていたのである。この話は、彼にはしていない。しかし絵には海の向こうに対岸の地が描かれていた。彼に資料として渡した写真のどこにも陸地は写っていないのに。

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絵を依頼するに至った経緯や、棚倉氏とのあれこれ紹介は、産経izaの専門家ブログ『灯台を立つ風景を訪ねてみませんか』の方でまとめておきますので、よろしかったらご覧ください。お部屋に絵を飾りませんか?と語る棚倉氏も産経izaの専門家ブログを書かれています。

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2011年8月23日 (火)

津ノ和鼻灯台(島根県)

Botantoudai島根県の灯台を紹介するのは、日御碕灯台以来である。三重県に住む自分は、Tsunowahana2土曜の午後まで仕事があるため、日曜日を利用しても、車で訪ねることが出来る範囲は限られてくる。島根県はその圏外であると考えてきた。今回は夏期休暇を利用して、ようやくのんびりと巡れる・・・と思っていたのであるが、仕事がら急遽お休みが短くなり、翌日昼までに自宅に戻らなければならなくなった。とは言え、予約した出雲の宿をキャンセルしたくないし、何よりもこの機会に島根県の灯台を巡るきっかけを作りたいと言う思いが強かった。そこで、早朝に自宅を出て灯台をいくつか巡り、翌朝出雲を出発して昼までに自宅に戻ると言う、強行スケジュールで出かけることにしたのである。今回はそんな慌ただしい行程の中で、更にたどり着くまでに、最も汗をかいた津ノ和鼻灯台(写真右上)を紹介する。

Tsunowahanachizu1_2鳥取県境港付近や美保関灯台などを巡って、津ノ和鼻に着いた(地図左上:Mapfanより)のが、午後1時過ぎであった。灯台まで山歩きとなるため、笠浦漁港に車を止めて、マムシ対策で長ズボン長袖に着替えて歩き始めた。ところが、漁港の入り口付近に車を止めたため、港の岸に沿って10分くらい歩Tsunowahana6かないと山道に入れなかった。もっと近くに止めることも出来たのだが、よそ者意識が働き、遠慮して遠くに車を止めてしまったことを少し後悔した。灯台に続く山道の入り口は、周囲の雰囲気からわかったが、残念ながらどこにも灯台の案内板はなかった。

道はそれほど険しくなく、ある程度整備されているが、途中崩れたままの山肌や倒れた木によって小さな迂回路が出来上がっている箇所もあった(写真右二番目)。真夏と言うことで、草木の葉が茂り、そこにクモの巣がはって、何度も行く手を遮られたが、傾斜には階段が設けてある所もあり、比較的容易に15分ほどでたどり着けた。但し、暑かった!疲れはしないが、汗だくになってしまった。

Tsunowahana7この日、島根は曇り空に近かったのであるが、ここを訪ねたときだけ青空が広がっていた。最後の下り坂には階段が設置されているが、そこを下りると、右手に灯台が立ち、海が広がる景観が目に飛び込む(写真左中)。周囲を散策しながら何枚かお気に入りの写真も撮れた(写真左下)。灯台の真下は断崖となっているが、安全柵を越えると、少し丸みを帯びた断崖となっており、下をのぞき込むのにかなり勇気がいる。なんとか海面を見下ろすと予想以上の断崖なのだが、現実味が湧く高さ故に、逆に海面から灯台を見上げた姿まで想像することができた。灯台の左手奥に、岩場に囲まれた入り江状になっている場所がある(写真右下)。波も穏やかで、汗だくとなった暑さも手伝い、思わず飛び込んで泳ぎTsunowahana1たくなった。と同時に、先ほど見下ろした灯台の真下まで泳いでいって、海に浮かんだ状態から灯台を見上げてみたいと言う考えが横切った。いつもならすぐに払拭されるそんな衝動なのだが、何故だかこの時は、危険とか常識とか言う私の理性より少しだけ上回っていたような気もする。もちろん最後は理性が勝ったのであるが・・・。

Tsunowahana4慌ただしい予定となったこの日、一つでも多くの灯台を巡って、日没時には、数年前に訪ねた日御碕灯台へ行き、点灯後の夜景の写真を撮ろうと考えていたため時間も無いから、と自分に言い聞かせて、海に飛び込むと行った愚行を出来ずに灯台を後にする自分を慰めていたような気もする。もう若くないんだ。

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2011年8月10日 (水)

鳥取港灯台(鳥取県)

Botantoudai前回に引き続いて鳥取県の灯台・鳥取港灯台(写真右上)を紹介する。鳥取港は、Tottorikou01_4鳥取砂丘のおよそ1km西側に千代川を挟んである(地図左上:Mapfan参照)。川を挟むと言っても砂丘から続く海岸線であり、平地の港に作られた堤防上に立つ灯台だと思ったのであるが、地図で見てみると、鳥ヶ島と言う島に立っていて、陸とはつながっていないようであった。と言うことで、最初から対岸から写真を撮ることにして、港町と言う地名の東側堤防に向かうことにした。

Tottorikouchizu01この日、鳥取駅近くで宿をとり、夜明けとともに行動して2基の灯台を巡ってから鳥取港へたどり着いたのであるが、ひとつ前の灯台では徒歩で埼を登ったこともあって時間を費やし、鳥取港灯台に着いたのは既に7時半を回っていた。海の日の休日前の日曜日。灯台が見える堤防沿いには釣り客が所狭しと並んでいた。以前『釣り人と灯台』と言うタイトルでブログにまとめたことがあるが、基本的に私は、釣り人の姿は景観の一部と考えて撮影しているが、時にはその姿を避けて灯台のみを写したいと思うこともある。灯台が立つ鳥島へは、テトラポットなどでつながっている様にも見えるがTottorikou02(写真右中)、島に釣り人の姿はなく、望遠で灯台の姿のみを写すことが出来た(写真左中)。

Tottorikou05_2それにしてもこの日鳥取は暑かった。既に気温は30度に達するところで、早朝宿を出たときの清々しさは既に消えて、磯の香りと共に湿った熱い風が汗をにじませている。私は、次の灯台に向かう前に、建物で陰になった場所に腰を下ろし、先ほどコンビニで買った朝食を食べながら釣り人の背中越しに灯台の立つ鳥島、そして鳥取港を眺めていた(写真右下)。車で釣りが楽しめる場所まで来て釣り糸を下ろしている人たちを眺めながら、改めて釣りを楽しむことと自分の灯台巡りを比べてみた。良い釣り場を求めるところは、良い撮影スポットを求めるのに近いかもしれない。しかし、対象が何よりも異なる。灯台は一つであり、動き回ることも無い。こちらが求めればどこまでも近づけ、対岸に見えるテトラポットを渡って灯台に近づく事Tottorikou04_2だって出来る。(もちろん、最近はそんな無茶をしなくなったが)その意味では、せっかちな私には、灯台巡りが合っているのかな・・・などとくだらないことを考えていた。確かに、昼過ぎには三重の自宅に戻って、午後からバイクで再び出かけた自分には合っているのかもしれない。

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2011年7月27日 (水)

長尾鼻灯台(鳥取県)

Botantoudaiもう数年前になるが、夏に青森県の灯台を巡った。陸奥湾を望む陸奥大島灯台Nagaohana1も訪ねたのであるが、早朝から汗を流し、更に夜露の草木にまみれながら訪ねたにもかかわらず、なんとも心地よい記憶となっている。灯台が立つ岬周辺を『夏泊』と言うが、夏好きの私は、その地名に心躍るものを感じて訪ね、夏空広がる景観も加わり感動したに違いない。今回は同じ『夏泊』と言う地名に立つ、鳥取県の長尾鼻灯台を紹介する(写真右上)。

鳥取市の西に、日本海にちょこんと突き出た埼が夏泊である(地図左上:Mapfanより)。鳥取駅近くに宿泊した自分は、早朝5時に宿を出て、夏泊に向かった。ちなみに、宿泊したビジネスホテルは価格もお手ごろで、対応も良かったのであるが、中日ドラゴンズの岩瀬投手がオフのトレーニングで利用する部屋だと聞かされ、ドラゴンズファンの私はひそかに喜んでいたのである。鳥取空港を過ぎてNagaohanachizu01海に沿って9号線を西に向かうと、旧9号線に分岐する交差点に出る。ここを右折すると夏泊に入る。ここまで砂浜が断続的に続く海岸線で、夏泊へ右折する手前には白兎伝説の白兎海岸がある。「海の日」の前日の日曜日、きっと賑わうに違いないと考えながら右折すると、道は埼を登り始める。すぐに「魚見台」と言う見晴らしの良さそうな展望所があり、車を止めてみた。ここから鳥取市内はほぼ見渡せることができる。夏の朝日に照らされた景色は、日中の暑さだけを連想させた(写真右中)。Nagaohana3

長尾鼻灯台へ進入する道に、目立たない小さな看板があった。後でわかったことであるが、これはどうやら釣り客のための案内でもあるようだ。そこを大きく右折すると、ちょうど車一台分の道が続く。すぐに灯台前の広場に出るが、なんと入り口に小さな小屋が建っていて、中からおじさんが出てきた。「何時まで?」と尋ねられ、「灯台の写真を撮るだけだから、30分もいませんよ」との返事に、「釣りじゃないの?・・・・じゃーお金はよろしいわ」とのこと。どう見ても公共のスペースなのに駐車料金?と思ったが、確かに既に釣り客のNagaohana4車が数台駐まっていて商売にはなるようだ。

灯台は固く門が閉ざされている(写真左下)。出来ることなら乗り越えたい・・・と思いつつ近づくと、後方から「中へは入れないよ」と先ほどのおじさんの声。駐車代払っていたら、門を乗り越えても見逃してもらえたかもしれないが、とにかくその一言で乗り越えることもままならない状況に陥ってしまい、そのことが無性にむかついた。「わかってますよ・・・。」振り向きもせずカメラを門越しに構えた。Nagaohana2_2

まだ茜色した朝日を背景に右後方と右横から写真を撮った(写真右下)が、門を乗り越えない限り灯台の左側や後方に行くすべはなく、お気に入りの写真は撮れなかった。『夏泊』の響きに、青森と同じ浮かれ気分で訪ねた自分であったが、駐車料金徴収のおじさんのおかげ?で満足の行く訪問とはならなかったようである。

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