2017年9月12日 (火)

神威岬灯台(北海道)

Botantoudai_2今回紹介するのは、地球岬と共に、必ず訪れたいと思っていた北海道の灯台の一つ、神威岬灯台である。晴天に恵まれ、多くの観光客に驚きながら訪ねたと言う印象も強かったが、それ以上に積丹ブルーの海に突き出た岬の絶景は忘れられない訪問となった。

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洞爺湖方面から、ニセコを通り抜けて北上して、徐々に神威岬に近づくと、車やバイクの数が増えてくる。バイクで北海道を走ってる姿には、この歳になっても憧れがあるためなのか、私は、前に車がいない状態で後方からバイクの集団が近づいてくると、窓から手を出し『いいね!』をして、そのまま抜いていくよう促してしまうのだ。挨拶を返して抜いていく姿を見送りながら、今更ながら、若いときにバイクでこの地を走ってみたかったと思うのである。

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ただ訪ねたのは8月19日、夏休み期間である。とにかく凄い人だった。神威岬と看板が出た交差点を曲がると、既に数台の車が駐車場手前で並んでいる。結局少し時間がかかったが、幸いにも出て行く車を見つけてそこに駐車した。岬に向かって歩き出すと、徐々に細くなって一列になった人の波は数珠つなぎ。渋滞まで発生している。更に日本語よりも中国語の方が圧倒的に多く飛び交っている。灯台巡りで中国人と一緒なのは、鹿児島の長崎鼻灯台でも経験したとは言え、私にとっては異様である。

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気温は28度で風が心地よいのだが、日差しは強い。しっかりと汗をかきながら人の波に従って進むこと半時間。ようやく先端の灯台にたどり着いた。私としては灯台が目的だが、多くの人は岬の先端からの景観が目的である。しかし灯台が日陰を提供しており、その前から人が消えてくれない。不本意ながら多くの人が写り込む写真となった。それ以前に、灯台にカメラを向けていたのは、私だけだった気がしている。

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神威岬灯台は明治21年が初灯で、北海道に最初に立てられた灯台20基の内、5番目に古い灯台である。この絶景の中に立つ神威岬、改めて感じたのだが、灯台ほど人工の建造物で、自然に受け入れられた物はないと思う。おそらくこの地を訪ねてきた多くの観光客の誰一人として、神威岬灯台を邪魔な物、余計な物としては見ていないはずである。

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灯台を取り終えた自分も、この積丹ブルーの景観を見逃すはずはない。灯台の写真を撮り終えると、いろんなアングルでこの絶景をカメラに収めた。だが、この景観は写真に残さずとも、忘れるはずがないと思っていたことも間違いない。

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付け加えておくと、岬の先端までの歩道は整備されているとは言え、アップダウンはかなり多い。駐車場に戻ったときに、ヒール姿のボディコンのワンピースをまとった女性が彼氏?と中国語で話しながら岬に向かったが、少し無謀だと感じた。また岬までの道は、本当に狭い場所もある。今回のように人が多いと、立ち止まって写真を撮ることすら迷惑となる。この景観を背景に写真を撮りたいという気持ちはよくわかるから、少なくとも先に行かせてあげたり、人の列が切れるのを待つなど、タイミングを計って欲しいものだ。しかし、そう考えない人たちが平気で立ち止まって渋滞を引き起こしつつも、景観を背景に自撮りしていた。この時の一団は中国語を話していたが。

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2017年8月24日 (木)

積丹出岬灯台(北海道)

Botantoudai_2今回は、旅から戻り一週間も経たない間に記事を書いている。2017年8月19日に神威岬から積丹岬を経て小樽に旅して灯台を巡った。今年天候不順が各地で続き、北海道も例年より雨が多かったそうであるが、この日は快晴。気温は27度と涼しいのだが、日の当たるところでは肌に刺すような日の光が降り注ぐ快晴だった。

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積丹ブルーと言う言葉は、この地を旅するからこそ知った言葉であるが、その言葉が必要だと感じる碧い海。神威岬から感動の言葉を発し続け、この積丹岬まで続いたこの感動を忘れない間に記事にしてみた。ちなみに積丹ブルーの原因は特産とも言われるウニが海藻の新芽を食べるために白い岩肌となったことも一因で独特の青みが生まれているとネットで読んで驚いた。

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神威岬を訪ねて、その素晴らしさでhighになった状態のまま積丹岬を訪ねたが、神威岬に比べて道案内は無く、ナビが無ければ通り過ぎてしまうような細い道に入った。上る道も狭く、たどり着いた駐車場も狭い。しかし頭上の岬に灯台の姿が見えており、おとなしく車の列に並んで、少し待って駐車場に車を納めた。駐車場から歩き始めるとすぐに、『日本の渚100選』と書かれた案内番が目に入ったが、そちらとは異なる上り坂方面に灯台がある。観光客の列から離れ、一人上り坂に向かった。結構きつい坂道を上ると、やがて白と赤の灯台が見えてきた。先端は黒ずんで見える。一見すると古く見えるが初灯は昭和40年と私よりも若い。適度に古いためそう見えるのかもしれないと思った自分であるが、そんな自分も古びれて、いや老いぼれて見えるのだろうか。

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人の姿は少ない。満車から降り立った人はほとんど全員が、駐車場からトンネルをくぐってたどり着ける渚100選の島武意海岸に向かったようだ。おかげで、灯台の奥にある絶景を独り占めできた(写真最右下)。この景観も島武意海岸の一部である。

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先に訪ねた神威岬灯台では、観光客の人混みに埋もれていた。観光客がいる、と言うよりも人がいる灯台巡りになれていない自分は、ここでようやく居場所を見つけたようにリュックを下ろして灯台、そして周囲の景観をゆっくりと味わった。積丹岬であるが、灯台名は積丹出岬灯台である。地図で見ると少し東側の出っ張った部分は積丹出岬となており、納得である。灯台の姿は、少し頭でっかちであるが、安定感があった。北海道と言えば我々東海に住む者は冬をイメージする。しかしこの日の晴天からそれは難しかった。

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しばらくして、人の姿が近づいてきたのを機にリュックを背負って、多くの人が訪ねている海岸線に向かった。しかし高い場所から下りていけると思ったが、そのまま横への移動のみ。随分高く、海岸を見下ろす形となった。それでも人が点にしか写らないこの高さから海岸全体をカメラに収めることが出来たのはラッキーだった。積丹ブルーを十分に味わい、満足して車に戻ったのである。

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2017年7月22日 (土)

高山岬灯台と白瀬照射灯(山口県)

Botanomake 今回は、おまけですが、一応灯台の写真もあるので、カテゴリーは中国地方の灯台として記事をまとめました。1年以上経ったのですが、たどり着けなかった後悔が心のどこかにあって、とりあえず記事にしておくことを思いつきました。そうです、今回はたどり着けなかった高山岬灯台と、その途中に立つ白瀬照射灯を紹介します。

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島根県との県境に近い日本海側に高山と言う名の山がそのまま岬を形取った様な丸い岬があり、その先端が高山岬と名付けられています。道は西側からのアプローチとなりますが、そのほぼ終点の道から、遠方に高山岬灯台を見つけたのですが、そこへの道を探している間に、帰りの時間が来てしまい、遠方からの写真のみとなってしまいました。この時、萩からレンタカーを跳ばして是非とも訪ねたいと思って来ただけに、凄く残念で、しかも姿が見えただけに、後ろ髪を引かれる思いで引き返したのをしっかり覚えています。(ちなみに、この日時間を気にして新山口駅まで戻ったのですが、駅で1時間以上時間を潰しており、十分訪ねる時間があったというオチをここで書いておきます)

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高山の西を進む道は、すれ違うのも困難な細い道で、実際2台(少ないか多いかは別として)とすれ違い、かなり苦労した。それでも進むと、左手に白い灯台?が見えた。いや、近すぎると思って、車から降りて訪ねてみると、照射灯だった。白瀬照射灯と立派なプレートまで入った、白亜の灯塔を持つ照射灯である。少し後方に下がって照射先を見ると、確かに岩礁が海から突き出ている。しかしどう考えても光の進む方向には木があり、枝に光が当たっているのでは?と思えた。これから葉が茂る季節になると照度が下がりそう・・・などと思いながら、車に戻り更に道を進んだ。途中左手に高山岬灯台の姿が見え隠れしたが、直線的では無くルートがあるとは思えないため、更に車を進めた。すると田畑の向こうに前方の小高い山の頂上に高山灯台が見える場所に到着した。もう少しとばかり車を進めたが、行き止まり。徒歩で向かおうとしたが、アプローチする道がわからない。時間など気にしないいつもなら、まずは方角が決まれば、誰かが通ったと思う山道に踏み込むのであるが、時間を気にしているとその決断さえできない。結局タイムオーバー(と、この時は思った)。写真を望遠で撮り、悔しさを何かにぶつけることもできず車に戻り、来た道を引き返した。

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事後談になるが、多くの灯台好きの方がアップしている灯台のサイトで、高山岬へのルートを紹介しており、途中の灯台が見えるところから道があるとありました。つまり私がアプローチしようかと思っていたルートは全くの獣道になっていた可能性があったわけです。

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それでも、これまで幾度となく、本来の道とは別のルートででもたどり着いてきた灯台。思い出せば京都の博奕岬灯台(ばくち岬)では、自衛隊の敷地内であり、不法侵入を意識して道を進まず、崖を登って転落しかけたこともあった。歳をとって勘が鈍ったのだろうか?それとも時間というプレッシャーに負けたのか。再訪は今のところ考えていないのだが・・・。

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2017年7月17日 (月)

都井岬灯台(宮崎県)

Botantoudai_2 今回紹介する灯台は、雨天の中訪ねた宮崎県の都井岬灯台である。幸い訪ねた時間帯は薄日も射してはいたが、放牧された岬の斜面で草を食べる馬たちや水平線を背景に灯台の壮大さを味わうにはあいにくの天気だった。

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さすがに観光地である。向かう道路標識も親切で迷うこともない。都井岬は宮崎県としては最南端の灯台であるが、それ以上に景観が素晴らしい。できるだけ考えないようにしたが『天気が良ければ・・・』と幾度となく頭を横切った。それでも放牧された馬たちが、車にも慣れているのか、道路に出てきて窓越しに相手になってくれて、私の心の雲は少し取り除かれた気もした。

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登れる灯台は既に紹介しているが、日本に15基あり、この都井岬は登れる灯台である。今回で13基目を征服したことになる。あと残すは静岡県初島灯台と沖縄の平安灯台である。登れる灯台と言うことは、お金がかかる灯台という意味もある。日本中の灯台を巡ってきた自分にとって、灯台は自由に訪ねられる場所であってほしいが、登れるとなると入場料は目をつむる。しかしそこが観光地となると駐車場代がかかるところもある。都井岬は駐車場代は必要ないが、一帯に侵入する際に寄付と言った形で通行料が必要である。しかし放牧された馬たちの挨拶を受けると、当然とも思えるから不思議である。

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天気のためと平日の午後と言うこともあり駐車場には車は2-3台だった。前方に灯台の姿も見えている。早速灯台を目指し入場料を払って敷地内に入った。ソテツが並ぶ斜面の上に灯台があり、まっすぐに階段が付いている。階段を見上げた記憶は、愛媛県の佐田岬灯台が印象深いが、灯台の形状や周囲の雰囲気は全く異なる。階段を上り右手に海が広がり、左手(灯台後方)は展望台となっている。来る途中降り続いた雨も止み、少し薄日が奇跡的に射してくれた。この機会とばかりシャッターを切った。晴天なら水平線と青空を背景に灯台が引き立つのに・・・と、どうしても考えてしまった。

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昭和四年の初灯。歴史ある灯台であり、観光地。宮崎県の自然が満喫できるこの都井岬。鹿児島県の佐多岬とセットにして、必ずもう一度訪ねようと心に決めていた気がする。

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2017年4月25日 (火)

長崎鼻灯台(鹿児島県)

Botantoudai_2今回は、竜宮伝説がある鹿児島県長崎鼻に立つ長崎鼻灯台を紹介する。

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竜宮伝説と言っても、各地に残る浦島太郎の物語のひとつと思って訪ねたが、詳細な説明看板を読み、竜宮門と言われる穴の空いた岩礁や、少し離れた砂浜がアオウミガメ産卵地であることを知り、ここが本物と思い込んでいる自分に気づいて少し口元が緩んだ。しかししっかり観光地となっていて、土産物屋さんが並び、竜宮神社や浦島太郎の銅像もある。もっと驚いたことは、中国からの観光客も訪ねてくることである。指宿温泉や開聞岳など観光地が多いとは言え、日本の昔話にまつわるこの地まで・・と少し驚かされた。

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晴れ男と周囲から認められている私であるが、この日は雨。開聞岳も雲の合間から時々見える程度の中、長崎鼻に着いた。無料駐車場は、鼻につながる道のかなり手前にあるため、奥の土産物屋の人が手招きして有料駐車場に誘い込もうと必死であるが、私は観光では無く、灯台巡りであり、駐車場代を払うことを良しと思っておらず、悩むことなく無料駐車場に駐めた。

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晴天であれば広がる海を背景に、小さいが長崎鼻灯台はもっと絵になるかもしれない。しかしこの日の天気は、玉手箱を開けたときの煙のように雨に霞んで景観はきわめて悪い。今回本土最南端の佐多岬には足を伸ばしておらず、二番目に最南端である長崎鼻灯台からの景観を楽しみにしていただけに残念であった。それでも周囲の岩礁で形成された地形はなかなかのもので、灯台下から岩肌で続く平坦な場所もある。天気が良かったら、きっと降りて見上げて灯台の写真撮るだろうな~、と思いつつ近づくと、中国からのカップルが雨にも負けずにその場所に降りて、海を背景に自撮りに励んでいた。

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鹿児島に来たのは、遠い昔高校の時の修学旅行以来である。開聞岳はしっかり記憶に残っているが、長崎鼻の記憶は無い。確かに修学旅行で訪ねる場所ではない。ただ、池田湖から開聞岳を見た記憶がある。この池田湖は、ネッシーならぬイッシー恐竜が居るとして有名になったが、それは修学旅行よりずいぶん後のこと。今であれば、間違いなくイッシーの話をするはず。だとすれば、長崎鼻を訪ねてこそいないが、バスガイドさんであれば、竜宮伝説として長崎鼻について、きっと話をしていたに違いない・・・。そんなことを考えつつ、空を見上げて雨雲を少しだけ恨んで灯台を去ることにした。灯台の写真を狙うと言う目的も有り、雨の中で長い時間いたと思ったのであるが、さきほどの中国からのカップルは、私が去るときにも棒に付けたスマホで自撮りを行っていた。

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2016年12月21日 (水)

大王埼灯台(三重県)

Botantoudai_2私が灯台の立つ風景に憧れてから、何度も大王埼灯台(写真右上)へは足を運んでDaiousaki02_2いる。大王埼灯台は登れる灯台であり、そこからの景観は見事で、地球が丸いことを実感できる。近くに立つ安乗埼灯台も登れる灯台であり、英虞湾を見下ろす横山展望台からの景観(写真2番目)と合わせた三つは、景観を求める人への私のお勧めである。

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と言いつつも、実はこれまで大王埼灯台の記事は一度もアップしていなかった。どうも志摩地方に私は気に入られていないのか、安乗埼や大王埼で朝日を狙いに行っても雲で覆われていたり、中途半端な青空であったり、満月の夜を狙ってDaiousaki05
いくと、月そのものが隠れてしまっていたり・・・と、とにかく地元の灯台で有名な大王埼であるからこそ、お気に入りの一枚が撮れていない状況で、記事にアップするわけにはいかなかった。

今回アップする気になったのは、少なくとも雲ひとつ無い青空と水平線をバックに写真が撮れたからである。と言っても自分の中では、まだ満足は出来ていない。方角的に夕日は難しいが、西日を浴びて茜色に染まる灯塔の姿や満月の夜に投光する姿など狙

Daiousaki04いたいと思っている。

大王埼灯台の情報は今更取り上げる必要はないと思うが、志摩半島の南側で岩礁が入り組んだこの地域。遠州灘と熊野灘の混じる場所でもあり安全航行のために灯台の果たす役割は大きい。登れる灯台として、観光地としても整備され、更に大王町が画家の町としてPRしていることもあり、訪れる人は案外と多い。とは言っても犬吠埼野島埼灯台潮岬灯台の様な観光地では無い。確かに真珠や海産物の

Daiousaki03土産物が並ぶ商店もあるが、海の見える町の小道を灯台に向かって歩くと言った感じである。画家の町と言う名が示す様に、起伏に富んだ地形の光景は、平面的では無くどこを切り取っても奥行きが存在する。

Daiousaki07灯台は、資料館もあり立派である。らせん階段を上って照射灯の下に着くと、北東から西まで180度以上のパノラマが広がり、地球が丸いこともわかる。とそのくらい今回の訪問は晴天に恵まれたとも言える(だから記事にする気になったのであるが・・・)

灯台は、対面にある公園から見る景色が有名であり、今回私もお気に入りの一枚をアップし

Daiousaki01_3ておく(写真下)。ちなみに、その上の写真は、海女さんをイメージした萌キャラのポスターで、良く目にする。三重県人としてPRも兼ねて、一緒にアップしておきます。

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2016年9月29日 (木)

鼠ヶ関灯台(山形県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、山形県鶴岡市の西南に位置する鼠ヶ関の灯台である。新潟県との県境に近いこの地は、源義経が兄頼朝の追討を逃れ日本海を海路で平泉に向かうときに上陸した地として有名だ。と書いたが、そんなことは全く知らずにこの地に着いたのであった・・・。

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着いたのは午後3時頃。本当に蒸し暑い気温34度。鼠ヶ関はマリンパークもあり、駐車場周辺には海産物を販売する店もあるが、周辺の雰囲気は観光地ではなく漁港である。カメラリュックを背負って車を離れると、すぐに流れ落ちる汗を背中に感じた。埼に向かう手前に神社が有り、そこに義経の石碑が建っていた。それを読み終え、この地を昔から知っていた気分になって灯台を目指した。神社の右側が平坦路、左側が岩の間を通る道となって灯台に続いている。左側の足下の悪い方から向かうと、ちょうど太陽の方向に灯台と鳥居が見えてきた。弁天島(何処にでもある名前であるが)と地図上に記載されており、神社を含め境内なのだろう。更に鳥居には「金刀比羅神社」と聞いた名前が記されていた。正面に灯台、そして太陽が照るこの構図は、モノクロのイメージである。逆光の太陽が眩しく、白いはずの灯台も岩肌も波すらも黒く見えた。灯台の前まで進むと、水平線も見えて景観は良いはずなのだが、日射しに向かう視野の中では、何もかもが眩しく、青空さえも光ににじんで見えた。帰りは神社の右手につながる道を進んだ。灯台と周囲の岩肌、そして海面が良い構図となるが、やはりこの時間は全てか光に溶けてしまいモノクロのイメージでしか見えなかった。

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山形県の海岸線では、どこからも夕日が素晴らしいと案内されている。ただ西に海があるからなのだろうが、この鼠ヶ関は、岩で盛り上がった埼の上に立つ灯台であり、少し角度を付けた構図で、水平線に消える夕日と共に撮影すれば、茜色のお気に入りの写真が狙えそうである。しかしこの日は他に予定があり、その時間まで待つことも無く灯台を後にすることにした。神社の右側につながる道を戻りつつ、何度も灯台の立つ埼を振り返っては、何枚もモノクロのイメージの写真を撮った。しかし、どの構図でも、確かに夕日は似合いそうであった。

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神社まで戻る頃には、カメラリュックとで挟まれていた背中が汗で気持ち悪い。一度神社の境内に立つ義経の石碑の前でリュックを下ろしてシャツと背中の間に風を通して涼んだ。ふとこの地に上陸した義経を思った。そんなことも知らずに、ここに来たわけであるが、これまで義経を逃避行のイメージで考えたことは無い。どちらかと言えば武勇伝としてのヒーローである。改めて想いを巡らせ境内を歩いている間に少し汗も落ち着いた。それが理由ではないが、ふと思い立って、さい銭を握って、神社に立ち寄りお参りをしてから車に向かった。

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ちなみに、この日私は、庄内空港に近い湯野浜温泉の旅館から、アワビの踊り焼きを食しながら、のんびり日本海に沈む夕日を味わったのである。

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2016年9月 4日 (日)

波渡埼灯台(山形県)

Botantoudai_2ようやく灯台巡りに出かける時間を作ることが出来た。2016年の夏、これまで同様、お盆に仕事をして、その後休みを取って、山形県の灯台を陸路で目指したのである。山形県

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は日本海に、主に酒田市と鶴岡市で面してはいるが、県の多くは内陸に広がっており、到着した山形駅は、むしろ大洋側である仙台に近い。そこから磐梯朝日国立公園の月山を越えるルートでレンタカーで日本海側に進んだ。と言うかこのルート以外に西に向かう道は無いとも言える。一部を除き高速道路でつながってはいるが、ほとんどが対面通行。景色は楽しめたが、山形市や日本海沿いの坂田市や鶴岡市と交通の便が良いとは決して言えそうもないことは感じ取れた。

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日本海側に出て、最初に向かったのが今回紹介する波渡埼灯台である。日本海東北道を利用したため、少し南に下ってから、7号線で北に登ると、ちょうどカーブの正面に灯台が見えてきた。灯台の前には休憩や景観を楽しむための駐車スペースがあって、ありがたかった。

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見晴らしの良い高台の埼である。海原に目を向けると、まず沖の岩礁に立つ標識灯が飛び込んできた。水平線も見える晴天であるのに、先に標識灯に目が行くのが、灯台巡りをしている者の常かもしれないな・・・などと考えながら灯台に近づいた。灯台は、よく見る点滅式で、昭和30年点灯と私より年上である。夏の雲がかかる青空と碧い海を背景に白い灯台は良く映える。私にとっては、よく見る灯台ではあるが、しばらくぶりの灯台巡りがそう思わせていたのかもしれない。しかし仮に灯台に興味が無くて訪ねていたとしても、これと同じアングルで写真を撮ったはずだと確信できた(写真右下)。

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数年前に秋田県を北から南下して山形に入り県境の羽後三崎灯台を巡っている。あの時も暑かったが、今年はとにかく不快指数が高い。とは言っても私が東北地方の灯台を巡るときはいつも晴天である。少なくとも私は勝手に晴れ男と信じはいたが、出発直前まで曇予報で、南には台風の存在、そして今年は北の天気が荒れて

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いたことから考えると、晴れに感謝せずにはいられなかった。久しぶりに灯台巡りに戻れたことに感謝しつつ、そんなことを考えていたら感傷的になっていた自分に気づいて、不思議に懐かしかった。

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2016年7月 2日 (土)

磯津港南堤防灯台(満月の夜に)

Botanomake 今回は、長い間ブログを更新できていないお詫び、そして次回までのつなぎのための記事で有り、全くのおまけ話です。

2015年度から、自分の本業以外に行政の事業に協力した仕事を引き受け、なにかと休日に所用が入り、更に私的な理由で自宅を長期間空けておくことが困難な状況が続いたため、必然的に灯台巡りの時間を持てずにいました。

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行政がらみの仕事は引き続いているのですが、ようやく休みが取れる環境となったため、ボチボチではありますが、灯台巡り再開宣言です。そこで今回は、灯台巡りが出来ずにイライラする中で、せめて灯台巡りを味わいたくて、以前紹介していた三重県四日市にある磯津港南堤防灯台を満月の夜に訪ねましたので、その写真をアップして、『灯台巡りが終わったわけでは無く、しばらくお休みしていました』と案内を兼ねてアップしておきます。

磯津港南堤防は、既にブログで案内していますが、シロチドリ繁殖地で、草原(と言っても四日市コンビナートの近くですが)に隣接した堤防に立つ灯台です。昨年満月の夜(SuperMoon)に、明るすぎる月光の中撮ってきました。後から、『何も満月の日に月を入れなくても、望遠を駆使して、コンビナートを背景に遠近感を消して灯台の灯りを撮るべきだったなー』と反省した記憶は、いつもの灯台巡りでの写真の反省と変わらないな・・・と苦笑いでした。

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2016年4月 4日 (月)

伊豆大瀬埼灯台(静岡県)

Botantoudai_2また、かなりの期間が空いてしまった。多忙を理由にするつもりはないが、なかなかIzuoosezaki2_2灯台を訪ねる機会を持てず、従ってブログ更新も滞っていた。今回は、昨年夏に訪問した伊豆の大瀬埼灯台(右上写真)をまとめることにした。

Izuoosezaki5_3大瀬埼は、伊豆半島の西側で、以前紹介した戸田灯台より北側、つまり伊豆半島の付け根に近い内陸となる。これも以前同じ事を書いたが、伊豆半島の西側は、観光地として確立している東側に比較して明らかに道路整備は遅れていて、道は狭い。この日の天候も影響しているのだろうが、何となく暗いと言う印象を抱いて大瀬埼に到着したのであるが、西側が暗いなんて感じた自分を直ちに否定することになった。

Izuoosezaki1_2車を停めて大瀬海水浴場から大瀬神社に向かって歩き始めると、海水浴を楽しむ家族連れや子供たち(どこかの地区からの団体なのか、同じ海水帽をかぶっている)。そして多くのダイバーが楽しそうに語らう周りには、浜狭しと酸素ボンベが並べられ、活気にあふれている。一気に気分まで明るくなる若い女性ダイバーのはじけるような声、ふざけあって遊ぶ子供たちの笑い声。海に入るという格好ではない自分が逆に目立っているようであった。

Izuoosezaki3_2大瀬神社は歴史も古く、そこを通り過ぎて(写真左上)埼を進むと、ご神木がある。樹齢1500年以上だそうである。そこから海側に向かうと、石がころがる海岸線に出るが、そこに大瀬埼灯台が立っている。正面に見事な富士山・・・とはこの日の曇天ではいかないが、かろうじて山の姿は見える(写真右2.3)。本当に晴天なら正面にその姿が広がっているはずである。

Izuoosezaki4_2ここ大瀬埼(写真左下)は、伊豆半島の付け根の部分で有り、ここから北側は田子の浦として広がっている。その意味では小さな灯台ではあるが、重要な灯台なのだ。そう思いながら、伊豆半島をもう一度頭に描いて考えてみた。清水港や田子の浦漁港、そして沼津港のある駿河湾。熱海、小田原、茅ヶ崎、そして鎌倉に続く相模湾。その間に位置する伊豆半島。人が作った交通網により西と東を意識していたが、それ以前に各々の地形や特色にIzuoosezaki6_2沿って、人が新たな歴史を作ってきただけである。富士から見下ろす伊豆半島は何ら変わっていないはずであった。帰りに大瀬浜方面を見ると、各スポットに向かうダイバーたちが目に入った。陸路を、ただ伝って歩いて移動している自分が小さく感じられた(写真右下)。

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2015年12月19日 (土)

経ヶ岬灯台(京都府:再訪)

Botantoudai_210月末にまとめた記事が手違いでアップされていなかったため、前回記事から間が空いてしまった。今回紹介する灯台は、有名ではあるがここでは再訪であり、記事内容も乏しKyougamisaki201くなってしまった。本来なら「おまけ」に分類すべき内容かもしれないので、先に謝罪しておくことにする。

京都丹後半島の経ヶ岬灯台である。前回の訪問時は曇天で、厚く低い雲に圧倒された(それなりに自分は気にいっているが)写真であったので、今回は快晴が続いたシルバーウイークに青空が背景の写真を求めて向かったのである。今年のシルバーウイーク、東海地方は見事な晴天であったため、この日思い立って経ヶ岬を目指したのであるが、さすがに多雨の丹後半島。近づくにつれて雲が覆い始め、青空もあったが晴天とは言えなかった。Kyougamisaki203

今回は、連休中のドライブであり、渋滞を避けるために、自宅を早朝に出発して午後3時までには自宅に戻る計画で、三重県から北に滋賀県に入り、琵琶湖の東側から日本海に出て、若狭自動車道を西に進むルートを黙々と運転し、午前10時半頃灯台に到着した。駐車場からは灯台が立つ岬まで山登りである。ちょうど同じ頃到着した家族連れ6人、バイカー3人の後ろから出発したのであるが、歩くのが遅い!! 更に横に並んで歩くため、追い抜くのにひと苦労である。バイカーのおじさん(たぶん私くらいの歳)が、私が抜いて行った後ろ姿だけを見て、『やっぱり若い奴は違うKyougamisaki202_2のー』と声を発した。若いと言う形容で、私の足は更に軽やかになったことは言うまでも無い。

連休中のこの日。さすがに有名な灯台であり、写真を撮るためには、人が途切れるタイミングを待たなければならない。構図から人の姿が消えると写真を撮り、また別のアングルで待って・・・としている間に、追い抜いてきた家族連れも、バイカー達も灯台に到着し見学を始めたが、見学は短い時間だった。歩きながら見上げて一周すると、まもなく全員帰路についたようである。彼らが去った後に誰も居ない時間がしKyougamisaki204ばらく続いた。おかげで着いたときより青空が少し広がった背景で灯台の写真が撮れた。ペットボトルのお茶を飲んでから、カメラリュックを背負って帰途についた。帰りは下りであるが、トレッキング用の靴を履いている私のペースは登り以上に速い。結局再び家族連れやバイカー達を追い抜くことになった。『二回も抜かれたぞ~』と、さっき灯台で写真を撮る私を見て、若くないことを知ったためか、嬉しい形容詞は省かれた声を聞きながら駐車場まで一気に歩いた。Kyougamisaki206

帰る途中、バイカーを抜く前に思い出していたのであるが、前回訪ねた時に、次回は投光している姿を夜に訪れて狙いたいと感じ、このブログにもそう書いた気がする。灯台の後方上方から見下ろす形で灯台と共に日本海が広がる位置から撮影できる以上、是非とも狙ってみたいと今回も思った。しかし前回訪ねた時に、丹後半島を探Kyougamisaki205索して、間人蟹(たいざ蟹)などの情報を得てしまっていた私は、冬の丹後半島を一泊で訪ねて、夜撮影した後、宿に戻って蟹を・・・などと考えてしまっていた。

 

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2015年10月19日 (月)

田子の浦港西防波堤灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県富士市の田子の浦海岸に立つ灯台である。繰り返しのお知らせになるが、私の灯台巡りでは、原則として自然の土地に立つ灯台を紹介している。従って防波堤灯台を取り上げるのは珍しい。すぐに思い出せるのは地元三重県の磯津港南堤防灯台 くらいであるが、他に思い当たる灯台であっても島堤灯台であり、一応自然の岩礁の上に立っている。今回の田子の浦港西堤防灯台も、厳密には堤防に立っているのではなく、岩礁の周囲を固定した台座の上に立っており、その意味でも取り上げることにした。(回りくどい言い訳のようであるが・・・)

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天気予報は晴れだったが、見事に裏切られて、雨こそ降らない曇天。本来なら『田子の浦に うち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ』の如く季節は違えど、富士の姿を背後に感じながらこの灯台を楽しむつもりであったが、それはかなわなかった(地図参照)。

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港公園として整備された海岸の端の堤防の先端にその姿はあった。田子の浦の海岸はテトラポットが重なり並べられており、海に近づけないようにされたその風景からは、浮世絵に描かれるような光景を想像するのは難しそうである。それでも曇天の下、灯台から西の海岸を眺めると、テトラポッドに打ち付ける白波、そして遠くに見える煙突の煙が、風で横になびく風景は、私には田子の浦として記憶に残りそうであった(白黒写真)。

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この日は風が強く、海も少し荒れていたためか、灯台に近づくと、かなり高い堤防の上まで波しぶきが舞い上がっている。私が訪ねたとき、若いカップルが灯台に一番近い堤防に座っていたのであるが、波しぶきを浴びたのか、大きな悲鳴と共に立ち去っていった。入れ替わって私が近づくと、堤防の高さは、灯台の真ん中あたりまである。通常、灯台は見上げる写真が多いだけに、同じような高さから眺められて、少し興奮気味に、波しぶきが襲ってきてもすぐにはその場を離れられなかった。田子の浦は砂浜海岸とは言え、すぐに深くなるのだろう。比較的大きな船が、近くを進んでいた。

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少し離れて、港公園から海岸線を見下ろすと、灯台は海岸線に立っているように見える。一首が読まれた光景は無理でも、なんとかイメージを膨らまして、海に出て富士を、そして灯台が見える光景を思い描いてみようとしたが、現実に流される私の頭には、そんなイメージは浮かばなかった。ここに暮らし、この公園をよく訪れる人も多いであろう。そんな人たちは、田子の浦と言ったイメージはどんなものなのか尋ねてみたい気がした。

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つまらないことだが、どうしても付け加えて書いておきたいことがある。到着したのが昼を過ぎていて、田子の浦漁港で、有名なしらす丼を食べられなかったことだ。その後伊豆まで足を延ばしたのだが、ずっと悔いが残った。

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2015年9月15日 (火)

戸田灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県伊豆半島の西北にある戸田灯台である。

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『戸田』はこの周辺の地名で有り、漁港名でもある(地図は右上)。伊豆を訪ねられた方ならご存知であろうが、伊豆半島は西側と東側で大きく雰囲気が異なる。熱海から東伊豆、そして下田につながる東側の海岸線は、西側に比して明らかに賑やかであり、開発されている。西側は自然が残っているとも表現できるが、道もまだまだ狭い箇所も多く、そんな意味では少し寂しくも感じる。

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今回、伊豆半島の西側の海岸線に沿って、この戸田灯台までやって来た。既に何カ所かで対向車とすれ違うのに気を使ったが、夏と言うことも有り、対向する車のナンバーは他府県が多かった。曇天ではあるが、ほとんど雨には降られなかったが、東側の道路でも降雨量が増えると通行が難しい箇所もあり、西側では更にであるが、その意味では曇天といえども、十分天気には恵まれたと言える。

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伊豆半島は、ダイビングスポットや海水浴など海のレジャー施設が多いが、戸田灯台は西側の海岸線に立ち、駿河湾に面しているため波は荒い(地図右二番目参照)。しかし反対側の東側は戸田港に面した湾内で有り、波も穏やかで、御浜海水浴場として、この日もを多くの車が訪れていた。

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少し愚痴になるが、少し残念なこともある。この戸田港を囲むように伸びた御浜岬は、灯台までの間が公共の駐車場となっている。つまり灯台まで車で行くためには、必然的に駐車場に入場しなくてはいけない。訪れるほとんどの人が1日~半日海で遊ばれるわけであり、その料金は、出入り自由とは言え1000円。私のように灯台を訪ねるだけの者にとっては少々お高いのである。

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比較的大きな石が積み重なっている海岸線は、自然の防波堤にも見えて、海岸線が引き締まっている。テトラポットではやはり味気ない。灯台のすぐ近くに車を駐めて、1000円分の写真を撮るべく歩き回った。恵まれた曇天?のおかげで、清水方面などは見渡せない。しかし、駿河湾を望む海岸線で、大きめの石が連なる中に立つその姿は、小型ではあるが、私の目には勇壮に写った。その姿は、きっと点灯した昭和27年から変わらないのだろうな、とも感じた。

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2015年8月17日 (月)

江崎港竜神埼灯台(山口県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、山口県萩から北東に進んだ、島根との県境に近い高山岬の一角、江崎港につながる竜神埼に立つ灯台(写真右上)である。

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と、実は偉そうに書けないのである。実は直接灯台を訪れていないのだ。今回の灯台巡りは、気ままな一人旅ではなく、他の目的もあった旅の中に、灯台巡りを組み込んだため、時間的余裕もなく、更にアプローチ時点で道を間違えたこともあって、灯台を目指せなかったのである。

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この日、前日の雨から一変、見事な青空が広がり、高山岬にある灯台2基を、山歩きを覚悟して訪れたのであるが、完全にアプローチを間違えてしまった。言い訳になるが、昔ながらの方法(打ち出した地図を見る)ではなく、スマホのMAP機能を利用したのが間違いだった。この日帰宅予定で、その前に高山岬灯台へも行く予定だった自分に時間は残されておらず、望遠での撮影のみとなってしまった。

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地図上では道は示されていないが、google earth(写真左上)で見ると、南側に道らしき物が写っていた。昔ながらの地図と、現地での感を頼れば、こんなミスはしなかったと反省しきりであるが、再訪するには少し遠い地であるだけに本当に残念である。

望遠で見ると、灯台手前に灯籠が見えて、そこには道がある様に見える。望遠で写真を撮りながら、そこを歩いている自分を想像できただけに、悔やみきれなかった。

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灯台は、高山岬を回り込んで江崎港に入る船舶からは、岩礁が多そうな東側を示す重要なポイントである(写真左下)。望遠で撮影するために対岸を移動しながら、全体を眺めていて改めてそう感じた。そんなことを感じられたことだけを慰めに、写真を撮り終えると時間を気にしながら車に乗ったのである。

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2015年7月24日 (金)

虎ヶ埼灯台(山口県)

Botantoudai_2前回の神島灯台の記事から間隔が開いてしまったが、今回紹介する虎ヶ埼灯台(写真右上)は、春に訪ねた山口県の萩周辺であり、4月に紹介した玉江港灯台から北東の方向にある。萩の城下町をToragasaki5_2北東から見下ろすようにある笠山がある半島で、その先端が虎ヶ埼である(写真地Toragasaki6_2図左上)。

玉江港灯台でも書いたが、萩を中心に巡った二日間。初日は雨で、二日目は晴天だった。雨の中、どうせ洞窟の中ならと、まず秋芳洞を訪れ(写真右中)、その後に虎ヶ埼灯台に立ち寄ったのである。ここは椿が有名で、ヤブツバキの群生林があって、2-3月の晴天であれば散策すると楽しいはずである。私はと言えば、間違ってこの群生林を巡る道の方に進んでしまい、雨風と戦いながら歩いたので、楽しかったとは言えないのだが・・・。Toragasaki2

間違いに気づいて戻って灯台にたどり着くと、とにかく強風に混じった雨。雨滴がレンズに付いて満足な写真がなかなか撮れなかった。それでも被写体にかぶToragasaki3らないように傘の角度を調節しながら写真を撮った。これが案外大変なのだ。左手でカメラ、右手でシャッターを押すから、脇に挟んだ傘の枝を首筋なども利用して固定する。ところが風が強いと容易に回転しながら被写体の前に現れるのである。

虎ヶ埼灯台は、松などに囲まれ、その向こうに一部砂浜もあるが多くは岩肌で海岸線となる。比較的よく目にする小型灯台の立地条件であるが、ふいに宮城県の岩井埼灯台を強く思い出した。もう6年前に東日本大震災の前に訪ねた灯台で、立地的に気仙沼港につながる南側の埼である。震災でどうなったか、その後訪ねておらず、もう一度訪ねたいとToragasaki4_3思った。しかし、他にもよく似た立地条件の灯台は多くあるのに、なぜ夏空の晴天下で松林の間にそびえる岩井埼灯台を今思い出したのかは自分でもわからなかった。

灯台から海側に進んで、傘を脇とあごで固定し、風に吹かれて岩の上でグラグラ揺れながらも踏ん張って写真を撮り終えると、ゆっくToragasaki1りと来た道を戻って車に収まった。上半身はレインウエアを着ていたが、下半身はずぶ濡れになっていた。風邪をひかないように車内で履き替えている姿が、我ながら滑稽だった。

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