2019年5月 1日 (水)

平成最後と令和最初の診察

Anichosinki昨日は平成31年4月30日、平成最後の日であった。TVが特別番組として平成をまとめ振り返り、そして天皇・皇后の歩んでこられた30年を報じていた。おそらく誰しもが一人の日本人として、心から感謝し、その労をねぎらったと思う。そして今日から令和である。

さて、GWが近づくまでの話題は、元号もあったが、庶民の関心の中心は10連休だった気がする。10連休と決まったときから、ずっと休む・・・など開業医では考えられなかった。片田舎のちっぽけな医院とは言え、かかりつけの患者様が、何かしら体調を崩すものである。勿論すべてに対応は無理ではあるが、だからと言って救急病院や当番医に全て任せてはおけない。かかりつけ医として、できる限り診療することが大切なのだと思っている。ということで、平成最後の日と令和最初の日、そして明日5月2日まで通常の診療をおこなうことにしている。

内心「患者様は少ないだろうな」と思っていた。が、平成最後の30日の午前中は、体調を崩された新患の方に加え、診察していると知っていたかかりつけの患者様も多数来院された。27日土曜日まで診療を行ったとは言え、28.29日と連休だったわけで、やはり少し体調を崩したという方が多く、中には遠方から診療していた当院を探して受診されている。

毎年、看護学校の講義でGW前に話す、昔の思い出話がある。医師となって5年目に、初めて5月3.4.5日の三日間、当直も待機番も当たらず、まだ幼かった子供たちと一緒に・・・などと考えて信州のペンションを予約した。ところが、29日の当直で入院した若いアルコール性肝硬変から食道静脈瘤が破裂して入院した患者様、単に状態が悪いというのではなく、アルコール禁断症状も現れ、かなり対応が大変だった。それでも3.4.5日の当直医に頼もうと思っていたのだが、その前にどの先生からも『この患者さんは、よう診ないわ!当然残るんだろう!』と言われた。三日間 とも自分より目上の先生である。結局出発前日の2日にペンションにキャンセルの電話をしたのだ。当然向こう様も収入が落ちて困ることは理解できる。とは言え、宿泊もしていないのに全額キャンセル料として取られたのには涙が出た。親子4人で二泊三日の宿泊費、しかもGW期間 であり・・・想像つくと思う。Favorite-phote454

と言うこともあり、世間が休みである連休にはなるべく休みを取らないと言う考えが私に定着したのだが、いつの間にか、患者様の利便性を考えて、世間が連休の時こそかかりつけ医は診療を行うべきだと考えるように、結果は同じでも変わってきた。勿論、日曜祭日にはお休みもいただくし、お盆期間をずらして夏期休診もいただいており、『休まない』を肯定しているのではない。職員をリフレッシュさせることも大切で職員旅行なども企画しており、『休み』を決して否定はしていない。ただ、10連休などと国民の1/3しか取れない休みが、本当に必要だったのか?と、深く上皇に感謝するとともに労をねぎらい、そして新たな天皇への期待などとは別に、ささやかな疑問を抱いて診療している。

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2019年3月21日 (木)

桜の開花とインフルエンザ

Coffee-cap
本日3月21日は、休日の当番診療。お彼岸であり、TVでは東京で桜の開花が発表され、一気に気分は春である。
いつもなら、木曜日は午前中のみ診療で、午後は看護学校の講義や医師会の会議などで飛び歩くことが多いだけに、同じ診療を行うにしても何となく勝手が違う。
昨日から急に気温が全国的に上がり(週末はまた少し寒いらしいが・・・)、これから更に桜の話題が賑やかとなる。私には、勝手に『私の桜』と名付けて、花咲く頃だけでなく、一年中見守っている桜の木がある。近くを流れる川の河川敷にあるのだが、交通に使われる場所ではないため、ひっそりとしていて、毎朝のランニングコースの途中にある。TVで開花の話を聞き、密かに『明日の朝は、私の桜を通るルートでランニングしよう!』と思いつつ診察を始めた。
休日当番診療と言っても、暖かくなり始めたこの時期、患者さんは多くないだろうと時間を迎えると、数人の方が次々に来られた。
更に、その最初の2人は、・高熱・全身倦怠感を訴えており、インフルエンザを疑えるのだ! 
『えー!春だな- 桜が開花だな- って思っていたのに?』と検査をすると、なんとそのお二人ともインフルエンザ。しかも一人はA型で一人はB型である。
今日は、多くは語らないが、医療というのはこちらの気分通りに進むはずがないと改めて思ったのだ・・・。
写真は、私の桜です。Favorite-phote159

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2018年12月18日 (火)

『悪化』とか『持続』に敏感

Coffee_cap インフルエンザのワクチンの入荷がなかなか入ってこない。当初から全般的に遅れているものの、数量は十分あると聞いていたが、ここに来て年内の入荷は難しいかも?とのこと。例年、規定量で終了した医院さんで受けられなかった人の駆け込み寺的に注射していてあげたからか、いつまでも問い合わせが多く、しかも年内接種を、お約束できない状況。勝手な推測だが、製造メーカーが小出しにして在庫残らないように調整しているとしか思えない。

さて、今回記事にするのは、そんなインフルエンザとも多少関係あるかもしれないが、いわゆる『風邪』の治療についてである。と言っても医学的なことではなく、私的な思いである。

風邪は、一般的には急性上気道炎、つまり鼻腔から咽頭、喉頭にウイルスが感染し生じた炎症を指す。インフルエンザウイルスであればインフルエンザ、コクサッキーなどだとヘルパンギーナなど特殊な例もあるが、基本はそうである。

インフルエンザに対しては、抗インフルエンザ薬があるが、その他のウイルスでは、基本ウイルスを排除するための薬はなく、結局のところ自分の免疫力でウイルスを排除するのである。参考までに付け加えると抗生剤は細菌に効かせるものであり、単に風邪で使用しても効果はない。従って風邪薬というのは、あくまでも症状に対して行う治療、つまり対症療法である。咳がひどいと去痰させて少しでも改善させ、全身症状が強ければ抑え、喉が痛ければ鎮痛消炎である。

逆に言えば、特効薬はなく、対症療法であるから投薬した処方で、少しでもその症状が楽になってくれれば・・・と言う思いで処方を行う。Gahag00476541751

しかし、患者様の立場からすると、その症状が楽になっていても、他の症状が気になっていたら『良くなった』とは言ってくれにくい。それどころか『悪化した』とさえ言われる方もみえる。実際には食事もとれて、仕事もできて、日々をいつも通り暮らしているのであれば悪い状態ではないはずなのだが、症状が持続しているというと、『良くならない』のである。

これは、臨床医であり開業医としてはとても気になるところである。数日前に風邪で受診された方が、『悪化してきた』とか『良くならない』と言う訴えで再受診されると、肺炎や気管支炎、あるいは他の合併症などを一瞬にして思い巡らせ患者様を迎える。多くの場合、上に書いたようなことで、実は風邪としての症状が変わっただけであることが多いのであるが・・・。

開業医にとって『悪化』とか『持続』は、とても緊張を誘う言葉である。

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2018年9月12日 (水)

人と人との付き合い

Coffee_cap 先日、あまり嬉しくない話を聞いた。自分が所属している医師会事務所の方が、医院に立ち寄って、話してくれたのである。

『先生、最近患者さんと、何かトラブルあった?』と尋ねられて、全く思い当たる節のない自分は、「いや、特に何も・・・」と答えると、医院を受診した人から、診療拒否されたと電話が入ったというのである。ご存じのように、患者様は医師を選べるが、医師は患者様を選べない。受診すればどんな方でも親身に対応して診察する。診療拒否などあり得ないのであるが、それだけに思い当たる人が数日前に受診されたことを思い出した。
数日前に、初診でみえたその方は、これまでの経過と言っても、医学的ではなく単に自分がどうしていたかを語っただけで、以前からもらっている処方をしてほしいと訴えた。これまでかかっていた総合病院での別の科の診療が終了したのに伴い、他の医院で診てもらうように言われたとのことで(それ自体変な話で、普通は他科が終わっても、継続して診てくれるはずである)、既に別の医院受診したが、そこの医師の反応が気に入らなかったようで結局通院せず、新たに当院へ来たのである。
私は、いきさつはどうであれ、当方でこれから処方しましょう、という気持ちで診察を始めようと、問診(医学的な)を始めたのである。ところが、すぐに『ごちゃごちゃいらないから、薬出してほしいんだけど』と話され、こう続けた。『俺は、シンプルに薬だけほしいだけだから、ごちゃごちゃ細かいこという医師は合わんのや』Favorite_phote347
その言葉を聞いても、まだ素直に、私がこれから処方していくつもりでいた。ただどうしても、自分の考えは知っておいてほしいために説明を話し始めた。
「じゃあ、基本的には、私とは相性は良くないかもしれないね、私は十分な説明して納得してもらってから医療行うから・・・」その後、だから少なくとも説明は聞いてから処方させて、と言う内容を伝えるつもりだったが、その言葉を発する前に、突然『わかったわ!じゃあもうえーわ、そんな医者には診てもらわんでも』そう言って、さっと診察室を出て行った。
あまりに素早い行動に、『薬、無いんでしょ・・・』だけ背中に向かって伝えたが、戻ってくることはなかった。
確かに、私とは相性が良くないかも?は、他の説明をした後で言うべき言葉だったと反省しているが、少なくとも診療拒否ととられるような態度や口調ではなかったはずであり、むしろ突然出て行かれた行動に、その時は理由がわからなかったくらいである。
とは言え、診療拒否されたと医師会に電話するくらいであり、相当ご立腹だったのかもしれない。改めて、人と人との対応で成り立つ医療・診療。どれだけ親身に、素直に相手を考えて診療しても、意思疎通の手段が会話しかない以上、言葉一つ一つ注意しなければいけないと、改めて思った。

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2018年8月 9日 (木)

伝えたいこと

Coffee_cap  また、少し間隔が空いてしまった。いつのまにか猛暑を通り越した酷暑の日々が続く真夏となっている。暑さだけじゃなく、その直前には西日本豪雨など、被災者の方にはお見舞いを申し上げたい。その一方で、この地球をわがもの顔で好きかってして、温暖化をはじめ地球を汚してきた人間の反省と早急な対策を考えずにはいられない。

さて話は、全く変わるが、看護学校の医学概論の試験問題に、昨年同様の『最近気になったニュースや報道をまとめなさい』と言う点数をあげるための問題を出した。昨年は8割以上の子が真央さんの死について書いたことをこのブログでも紹介したが、今年はいくつかの話題に分散した。

そんな中、私の目を惹いた内容を書いてくれた学生がいた。沖縄出身のその子は、こちらに来て、『慰霊の日』をほとんどの人が認識していないことに驚き、沖縄県民として、いや日本人として、すべての人に終戦日・広島、長崎の原爆投下日と共に知っていてもらうべきだと感じたと言った内容をまとめてあった。私も詳しくは知らなかった。日本人として、すごく恥ずかしく感じ、同時にそのことをまとめた学生が誇らしくも思えた。そこで、後日その子を呼び出し、5-10分で良いので教室で全生徒の前でプレゼンテーションしないか?と持ちかけると、同じ沖縄出身の三人でやると即答だった。Okinawa_irei

たまたま、今年は7月の私の授業が学校の行事で中止となり、その一枠が8月の初旬に振り替えられた。私だって8月の夏休み期間に講義したくないが、学生はそれ以上であろう。そこで、この日講義を短時間で終えると、男子生徒に買いに行かせた数個入りのアイスキャンディーを全員で食べながら、私が準備したスライドを見せたり、どんな内容でも良いからと集めた質問に答えたりして残り時間を過ごした。そして、その途中に沖縄出身の3人に慰霊の日のプレゼンテーションを行ってもらった。

慰霊の日とは?、関連する種々の写真の説明、沖縄では、この日をどのように迎えているか、などをまとめてスライドにして発表してくれた。他の学生たちも真剣に聴き入り、大きな拍手で終了した。Okinawa_irei2

中心となった沖縄出身の子が、iPADでスライドをつなぐと、インスタグラム向けに作ったと言う友人との写真などが一瞬映った。教室内で笑いが生じたが、私はSNSを日常で使いこなす若者が、こうして伝えたいことを、調べた上で、正しく伝えてくれたことがとても嬉しかった。

2500円かかったアイスキャンディー代ではあるが、私は十分支払う価値のある講義を行えたし、聴かせてもらったと感じている。

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2018年5月21日 (月)

リーダー

Coffee_cap 今年も新年度が始まり、看護学校の講義が始まった。もう、ずいぶん長く引き受けているが、やはり毎回新鮮である。こっちは変わらなくても、生徒さんはずっと18歳が中心。毎年、どんな子たちがいるのか、どんな反応が返ってくるのか楽しみである。

と、考えてみると毎年その学年で明らかに個性が異なる。ぺちゃくちゃ話す学年、とにかくよく寝る学年、眠いだろうに一生懸命目を開けて聴こうとする学年など。だが、そうやって学年の個性が定着してくるのは、夏前である。当初はみんなまだ仮面を取っていないからだと思っていたが、どうも、そのキャラは、ほぼ卒業まで続く。
教務や担任先生などと話していて、いわゆるリーダーの存在に気づいた。
18歳と書いたが、中には少し、だいぶ年配の人もいる。違う学校から来た子、一度社会に出てから来た子、中にはバツイチとなってこれからのために頑張る子もいる。何もそんな子たちだけでなく、現役の子でもなり得るが、やはり大きなグループに分かれて行き、その中でリーダーが誕生してくる。そしてその子たちがグループを、そしてクラス全体を牽引する構図ができあがってくる。と言っても、本人たちは、そんな気は全くないのであろうが、少なくとも、看護専門学校である。これまでの一般的な教育とは大きく異なり、どの子も経験していないし、またこれからどうやって行けば良いのか自信もないわけであり、誰かの勉強の姿勢や受講などを模倣しようとする。となると、リーダー的な子の影響を受けやすい。Photo
恥ずかしい話であるが、だいたい同じ内容の講義をするわけであり、時に数年前に使ったネタの笑い話や雑談を用いてしまう。しかし、その反応こそがその年の個性を物語ってくれる。単純に受け入れる学年、無反応な学年、過剰に反応する学年、遠慮気味にうなずいてくれる学年・・・
さて今年も、そろそろ学年の個性が決まって来る頃。どんな反応をするのか楽しみでもある。

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2018年1月27日 (土)

毎年の光景

Anichosinki  毎年この時期になると、この話題が上がる(ほぼ半年更新していなかったことは、棚に上げて・・・)。その名はインフルエンザ。

我々の年代の医師はインフルエンザに関して多くの変遷を経ている。①抗インフルエンザ薬が登場する前の医療 ②抗インフルエンザ薬が登場してからの医療 ③インフルエンザ迅速検査が登場してからの医療 ④タミフルが行動異常を引き起こすと報じられてからの医療 ⑤新型インフルエンザの登場などやたらインフルエンザ報道が多くなってからの医療
人間様の方で、インフルエンザに対していろいろ対応するが、インフルエンザは素直にこの地球上で存在し続け、繁殖していくことだけが使命である。少し難しい話となるが、インフルエンザはウイルスである。ウイルスはそれ自体は遺伝子情報のみを持った生命体で、繁殖するためには多種動物などの細胞を利用しないと繁殖できない。細菌のように、栄養さえあれば繁殖すると言ったものではない。つまり鳥や人に感染して初めて細胞を利用して増殖するのである。
さて前置きは別にして、インフルエンザに感染すれば、細胞を利用されてウイルスが増殖して更なる細胞に感染し細胞障害を生じるから、喉の痛みや鼻水、全身の疼痛など諸症状が出現する。しかし、人は通常ならウイルスを自由にはさせておかない。体内で抗体を作り、インフルエンザウイルスを閉め出そうとする免疫が働く。だから予防接種を打つし、医師は繰り返すインフルエンザウイルスの侵入で抗体をしっかり持っているからかかりにくいわけである。
つまり、ウイルスが侵入したから全員発症するわけではない。ウイルスが体内の免疫力に打ち勝って増殖繁殖を始めることが問題なのである。これによってウイルスは体内から容易に検出されるようになる。つまりウイルスが人の細胞を利用して増えてきた状態が感染で有り、ウイルスが相当数存在しているから簡易検査で見つけることが可能なのだ。

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インフルエンザが大流行中の先日、立て続けに4名同じ訴えで受診された。『家族がインフルエンザなので、心配で調べて欲しくて』と話されるが、咳も鼻水も喉痛も発熱もなにも自覚症状がない。つまり発症していないのである。心配だからと言う気持ちはわかる。だから『何も症状がない、つまり発症していない状況で検査してもウイルスは検出されませんから、陰性だから大丈夫とは言えないのです。検査は必要ないとお思いますよ』と丁寧に説明。しかしこの日は、4名とも、それでも良いから調べて欲しいとのこと。もう一度言葉を変えて説明したがやはり検査希望。で、実施して当然4名とも陰性だった。
ところが、4名とも結果を聞くと同じように『あー良かった~』
だから、検査で陰性だから大丈夫とは言えない!とぼやきたかったが、丁寧に、感染していないとは言えませんから、必ず経過見て、症状が出てきたら再検査して下さいね、と説明した。毎年繰り返す光景のような気がする。

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2017年7月 1日 (土)

求められるからこそ

Anichosinki 昨日看護学校で講義した『医学概論』の試験の答案を渡された。まだ全て目を通していないが、半分程度目を通して驚いたことがあった。問題の【3】では、生徒に点数をあげるためにこんな問題を出したのである。『最近、マスコミで報道されたニュースや記事で、あなたが一番気になった事についてまとめなさい』 で、ほとんどの生徒が小林麻央さんの死について書いていたのである。その関心度の高さは驚くことでは無いが、生徒のまとめた内容が、あまりにも似かよっていたことに驚いたのである。

ブログを綴り続けた行為についての賞賛や感想、ご主人の海老蔵さんの言葉や行動に対する感銘や同情など。みなさんマスコミの報道から得た情報で、それぞれの感想をまとめてくれていました。
私は、医学概論の講義で、死への対応や看護、尊厳死や安楽死と言った内容などを話していますが、いつも『答えなど無いとも言えます。けっしてひとつの事実や事象でのみ判断するのでは無く、多面的に捉えて、それぞれの立場や状況からいつでも問題意識を持って取り組み考え続けて下さい』と話している。私自身まだまだ未熟な医師。これまでに何百人と看取ってきたとは言っても、哲学者でも無ければ、宗教学者でも無い。医師として良識を踏まえて死に向き合うこと以外は、何も語れない。
驚いたことと言うのは、マスコミに対しての感想も書かれていたが、そのほとんどが悲しみに包まれている海老蔵を報道するマスコミに対して批判的であったことだ。確かに、今回のケースに限らず、マスコミの報道に関しては、誰でもがいろいろ思うところである。
しかし芸能界という特殊な社会。周知されることによる社会的責任、周知による共感や反感があり、それらを意識しつつ背負って生きていかなければならない。華やかな世界である反面、そう言った責務と義務が暗黙の上に課せられている社会でもある。
そして、大衆という意思や意見を発する存在。何かについて語り合うことが人としての使命ともなっている現代。意見や主張をすることに飢えていたかのように広がったSNSの自己主張は、必然的な状況としか思えない。
さらに、その大衆のために情報を提供する立場のマスコミ。モラルが存在はするが、それ以上に大衆が求める力は大きい。また隠された情報をマスコミが明かしたことで、社会が一変することもある。201771
全てが互いに求められるからこそ存在する立場である。報道を批判した生徒たちの多くは、少なくとも興味を持ってその報道を見て、何かを感じていたのであるから、報道に影響されていた大衆の1人であると言える。
マスコミに規制をかけるなら、大衆も最低限度を知り、その上で個人が想いの中で展開するだけで良いはずだ。つまり、亡くなったという報道のみを知り、心の中で哀悼の意を抱けば、それで良いではないか、と言う事になる。しかし残念ながらそれでは、互いに求め満たされていくそれぞれの立場が許さないであろうし、大局的に見れば、なんとつまらない世界かもしれない。
何かをまとめる立場では無いが、結局、互いにいつも思いやりの心で行動することが大切で有り、それこそが求め求められていることの最重要点であるのかもしれない。

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2017年6月18日 (日)

水面に映る

Coffee_cap 今回は、医療とはまったく関係のない話になるかもしれない。と思いつつ書き始めた今回のブログ。

実は、これまでも紹介してきたが、ここ数年、在宅医療と認知症に力を入れている。必然的とも言える状況から、自分も中心となって動かなければ我が町の高齢医療が崩壊すると言った危機感も有り、医師会の理事に選出されたこともあって、この仕事に力を注いで、行政とタッグを組んで多くの施策にも力を入れている。
実際、認知症も在宅医療もアカデミックでスマート(表現が間違っているかもしれないが)な医療ではなく、多職種との連携や家人との関係構築も重要となり、手間暇ばかりが増える。医術を施し、医学知識に沿って加療すると言った医療では、いわゆる雑用は思いの外少ない。それだけに、多くの開業医が、認知症や在宅医療に一歩踏み出せない理由ともなっている。実際、認知症や在宅を親身になって行っていることが、多職種の間で知れ渡ると、前向きのケアマネさんなどは、私への受診を勧めるためなのか、認知症の患者様がこの数年で激増した。しかし、認知症の患者様が増えて喜ばしいことは何も無い。ただ時間と手間がかかる。別の言い方をすれば、その間一般の患者様の診療が中断してしまう。そのため土曜日の午前11時から13時半までの間を認知症優先外来として、予約診療を行うようにして一年近く経つ。
昨日の土曜日も予約の認知症の方が4名受診されたのだが、最後の方が一番進行していて、問題行動も多い。鏡に向かって自分に挨拶をしたり喜んだりけんか腰になり、鏡に手をあげることもある。そんな方を診終えて、診察を終了した。20176182
次の日の日曜日が午後から日直当番であったため、急に美しい光景の中安らぎたい気分になり、車を跳ばして京都に向かった。新名神が直結する我が亀山市から京都は1時間である。京都東インターを降りると、大原三千院に向かった。着いたのは16時。閉門の17時半まで、のんびりと庭園やあじさいを楽しんだのだが、水面に映る木々を眺めていて、そこに自分の姿、と言うより人の姿は映って欲しくないと思った。
京都の山奥の三千院。静寂の緑に包まれていると、ただその中に溶け込んだ存在になりたくなる。人の存在を感じたくない。水面に映る緑を見ていて、鏡に映る自分と対応する患者様のことを思い出していた。20176181
自分は、人の香りがするから、自然の中に立つ灯台の姿が好きなはずである。しかし人の中にいて、人の悲しさを感じる日には、自然に溶け込んでいたいと感じた。やはり少し疲れていたのかもしれない。

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2017年6月 7日 (水)

健康の定義

Coffee_cap  昨年末に声帯ポリープにて全身麻酔で手術を受けたことを、ブログでもまとめたが、先月から頸椎ヘルニアで、再びアクティビティーが下がっている。4月の末頃から、左の後頸部から左肩全体に、凝りのような痛みがあり、そのうちに・・・などと思っている間に、左手母指にしびれ感を感じたため整形外科の友人に診てもらい判明した。自分で作った牽引装置で頭部を日に何回か牽引して、消炎鎮痛剤など服用して改善傾向ではあるが、器質的な変化によるものであることはわかっている。症状は消えたとしても根治とはならない。

我々開業医が外来診療を行っている中で、年齢による変化での訴えは数知れない。腰痛、膝痛、肩が上がらない、食べ物が飲み込みにくい、皮膚が痒い、元気が出ないなど多彩だ。とりあえず、何らかの症状の改善が期待できるため、『病気』として診断名を付けたとしても、その原因が加齢であれば、根本的な治療は不可能である。例えば、老人性皮膚そう痒症は加齢による皮膚乾燥が原因の掻痒である。痒みはある程度抑えられるが、若いときの潤いあるお肌には戻れない。
グルコサミンやコンドロイチンなどよく聞く名前のサプリメント。不思議なもので、ある程度値段が高い方が売れるそうである。薬として効果があると考える気持ちは理解できる。しかし、若い時からそうならないように予防は可能であるが、加齢に伴って生じる器質的変
化を、逆行性に若返らせる手だては無い。
話は変わるが、皆さんは健康をどのように定義されているだろうか?

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大昔中学生の頃に、あるコメンテーターがラジオでこう言っていた。『自分の体を意識しないときが健康では無いだろうか?』確かに、昨年声帯ポリープが出来て発声がつらい時に、喉頭、声帯という部位を認識しつつづけた。そして今回頸椎ヘルニアで、頚部の脊椎の形状や変化(医師であるが故に、その形状や発症機序が理解できる)で頸椎を意識した。私自身、この言葉が脳裏に有り、更に医療経験が増すと共に、この言葉を健康の定義のひとつとして利用している。
年齢に伴う変化を完全に消し去ることは出来ない。しかし健康と感じる程度までに症状を抑えることは、医療に於いては重要である。対症療法と原因療法。症状だけをとる治療は、医学では、概して良しとはしないのであるが、少しでも症状を軽減させて、もう一度健康を意識できるのであれば、対症療法も重要だと感じずにはいられない。

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