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2014年3月12日 (水)

いよいよ稼働する在宅医療システムについて(その1)

Anichosinki  またまたブログ更新に時間がかかってしまった。自院での診療が忙しいという理由も少しはあるが、二回前のブログで取り上げた在宅医療システムがいよいよ運営を開始するにあたって、何かと時間を奪われていたからである。本当に言い訳がましいが、このための準備や雑務は半端ない。

さて、在宅医療という概念は古くからあったが、これまで時代はそれを求めておらず、病気になったら入院加療、死期が近づいたら病院で加療を受け、最後は病院で、と言うのが普通だった。まさかこれほどの高齢社会になって、医療保険がパンク寸前で、更に死を迎える病院のベッドが不足する時代になるとは、医師になって研修を積んでいたときには考えることも無かった。その後勤務医として病院での医療を行っているときですら同じである。在宅医療を意識し始めたのは、父の後を継いで開業医となってからのことであるが、それでも当時は、往診であり、在宅医療システムと言ったものではなかった。20143123
往診と在宅医療は別物である。わかる人から言えば当たり前のことであるが、区別されていない人がまだ医療従事者の中にもいる。ましてや一般の方をや、である。
『これからは、在宅医療が中心となるらしいから、風邪をひいても医者の方から来てくれるらしいよ』などとネット上の書き込みを見たことがある。もちろんこれは往診業務で有り、おそらくはほとんどの医師がこの手の往診は受けないであろう。
20143122 私の父方の祖父母は、お二人とも自宅で息を引き取った。医師であった父は、入院させずに自然な経過を選んだのである。祖父の時は大学生で遠方にいたため詳細は知らないが、祖母が逝ったときは、当時中学生だった。その時の私が記憶している死までの症状は、医師となった今推測すると、間違いなく脳卒中であった。普通突然意識障害を生じて麻痺もあれば、救急入院であるが、父は何もせずに、床に寝かせた状態で経過をみた。食事も飲水も出来ないので有り、呼吸も不安定だった。結局倒れてから二日後に、祖母は駆けつけた親族みんなに看取られて他界したのである。私が主治医であれば、間違いなく入院させていたはずであるが、結果延命は図れても、死は免れなかったであろう。
私が医師になって数年した、あるときに、父にそのことを尋ねてみた。先端医療のみに目を向けた医師では無く、患者様を診るという臨床医として経験も積み始めていた自分であり、その答えはある程度予想出来るものであった。しかし、それを話す父の口調は、医師では無く、祖母の子供としての言葉だった。20143121
『意識も無く、呼吸も不安定。広範囲の脳出血だと思った。CTもなく根本治療どころか診断も難しいあの時代だぞ・・・。もう無理だとわかった時点で、畳の上で、住み慣れた我が家で、自然に逝かせてあげたかった。あの頃はそれが普通だった。』
これからの時代の中で、在宅医療システムで出来ること、求められていること・やらなければいけないこと、そして在宅医療システムと、システムが付いている理由をまとめてみたい。

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