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2017年7月に作成された記事

2017年7月 1日 (土)

求められるからこそ

Anichosinki 昨日看護学校で講義した『医学概論』の試験の答案を渡された。まだ全て目を通していないが、半分程度目を通して驚いたことがあった。問題の【3】では、生徒に点数をあげるためにこんな問題を出したのである。『最近、マスコミで報道されたニュースや記事で、あなたが一番気になった事についてまとめなさい』 で、ほとんどの生徒が小林麻央さんの死について書いていたのである。その関心度の高さは驚くことでは無いが、生徒のまとめた内容が、あまりにも似かよっていたことに驚いたのである。

ブログを綴り続けた行為についての賞賛や感想、ご主人の海老蔵さんの言葉や行動に対する感銘や同情など。みなさんマスコミの報道から得た情報で、それぞれの感想をまとめてくれていました。
私は、医学概論の講義で、死への対応や看護、尊厳死や安楽死と言った内容などを話していますが、いつも『答えなど無いとも言えます。けっしてひとつの事実や事象でのみ判断するのでは無く、多面的に捉えて、それぞれの立場や状況からいつでも問題意識を持って取り組み考え続けて下さい』と話している。私自身まだまだ未熟な医師。これまでに何百人と看取ってきたとは言っても、哲学者でも無ければ、宗教学者でも無い。医師として良識を踏まえて死に向き合うこと以外は、何も語れない。
驚いたことと言うのは、マスコミに対しての感想も書かれていたが、そのほとんどが悲しみに包まれている海老蔵を報道するマスコミに対して批判的であったことだ。確かに、今回のケースに限らず、マスコミの報道に関しては、誰でもがいろいろ思うところである。
しかし芸能界という特殊な社会。周知されることによる社会的責任、周知による共感や反感があり、それらを意識しつつ背負って生きていかなければならない。華やかな世界である反面、そう言った責務と義務が暗黙の上に課せられている社会でもある。
そして、大衆という意思や意見を発する存在。何かについて語り合うことが人としての使命ともなっている現代。意見や主張をすることに飢えていたかのように広がったSNSの自己主張は、必然的な状況としか思えない。
さらに、その大衆のために情報を提供する立場のマスコミ。モラルが存在はするが、それ以上に大衆が求める力は大きい。また隠された情報をマスコミが明かしたことで、社会が一変することもある。201771
全てが互いに求められるからこそ存在する立場である。報道を批判した生徒たちの多くは、少なくとも興味を持ってその報道を見て、何かを感じていたのであるから、報道に影響されていた大衆の1人であると言える。
マスコミに規制をかけるなら、大衆も最低限度を知り、その上で個人が想いの中で展開するだけで良いはずだ。つまり、亡くなったという報道のみを知り、心の中で哀悼の意を抱けば、それで良いではないか、と言う事になる。しかし残念ながらそれでは、互いに求め満たされていくそれぞれの立場が許さないであろうし、大局的に見れば、なんとつまらない世界かもしれない。
何かをまとめる立場では無いが、結局、互いにいつも思いやりの心で行動することが大切で有り、それこそが求め求められていることの最重要点であるのかもしれない。

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