カテゴリー「旅立たれた方の思い出」の記事

2009年4月14日 (火)

深夜の面会

Anichosinki

スペインでオリンピックが開催された時だから、もう15年以上昔のことだ。

広範囲脳梗塞で意識不明状態となった男性が救急車で搬送され、私が主治医となった。細い体型で少し色黒く、角刈りの頭と言った容姿以上に、両肩から胸・背中にかけての見事な入れ墨があり、その方面の人であることを推測させた。付き添っている方は、和服姿の穏和な口調な方だけであった。

同日の夕方に呼吸が止まり、人工呼吸を開始した。奥さんだと思っていたその女性に病状の説明をしたところ、今夜遅くに、患者さんの大切な人が神戸から来るので、その人にも説明して欲しいと希望された。医局でオリンピックの開会式を見ていた私に、看護師から面会の方がみえたと連絡があったのは、本当に深夜だった。

病室に行くと、黒いスーツ姿の男性二人が立っており、ベッドの脇で椅子に座って患者さんを見つめているグレーのスーツ姿の60前後の男性がいた。私に丁重に挨拶をして、私からの病状説明を聞いた。何も口を挟まず終わるとこう語った。Suzukagawasakura01


『もう無理なことはわかってます。ただこの人は、私にとってかけがえのない人ですので、毎日この時間しか来ることが出来ないが、必ず毎日来るから、先生、その日の状態を来たときに教えてもらえますか。』

私にも都合があるのだが、断れるような雰囲気ではなかった。その日からその男性は毎日深夜に面会に来た。いつも大型の黒い車2台で4~5人を引き連れて病院にやってきた。結局約2週後の夕方に亡くなられたのだが、その日の深夜まで面会は続いた。

最後の面会の時に、『先生、この人に変わって、礼を言いますわ。よう診てくれました。』と労をねぎらわれた。思えば神戸からここまで夜でも2時間はかかる。往復で4時間通い続けた方も大変であったろう。

医療的には、特別な処置など何も出来ない状態であり、治療上経過を見るだけであった。しかし毎日面会に神戸から訪ねてきたその方面の人のおかげで、人一人が生き、様々な人間模様を織り成し、そして亡くなり旅立って行かれたのだと言うことを再認識させられた。

ようやく自宅へ戻って休んだ日には、オリンピックは終わっていた。

(廃止した旅立たれた方々のブログより転載)(写真は近くの川岸の桜2009年4月)

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