カテゴリー「開業医療あれこれ」の記事

2017年6月 7日 (水)

健康の定義

Coffee_cap  昨年末に声帯ポリープにて全身麻酔で手術を受けたことを、ブログでもまとめたが、先月から頸椎ヘルニアで、再びアクティビティーが下がっている。4月の末頃から、左の後頸部から左肩全体に、凝りのような痛みがあり、そのうちに・・・などと思っている間に、左手母指にしびれ感を感じたため整形外科の友人に診てもらい判明した。自分で作った牽引装置で頭部を日に何回か牽引して、消炎鎮痛剤など服用して改善傾向ではあるが、器質的な変化によるものであることはわかっている。症状は消えたとしても根治とはならない。

我々開業医が外来診療を行っている中で、年齢による変化での訴えは数知れない。腰痛、膝痛、肩が上がらない、食べ物が飲み込みにくい、皮膚が痒い、元気が出ないなど多彩だ。とりあえず、何らかの症状の改善が期待できるため、『病気』として診断名を付けたとしても、その原因が加齢であれば、根本的な治療は不可能である。例えば、老人性皮膚そう痒症は加齢による皮膚乾燥が原因の掻痒である。痒みはある程度抑えられるが、若いときの潤いあるお肌には戻れない。
グルコサミンやコンドロイチンなどよく聞く名前のサプリメント。不思議なもので、ある程度値段が高い方が売れるそうである。薬として効果があると考える気持ちは理解できる。しかし、若い時からそうならないように予防は可能であるが、加齢に伴って生じる器質的変
化を、逆行性に若返らせる手だては無い。
話は変わるが、皆さんは健康をどのように定義されているだろうか?

Body_neck_hone

大昔中学生の頃に、あるコメンテーターがラジオでこう言っていた。『自分の体を意識しないときが健康では無いだろうか?』確かに、昨年声帯ポリープが出来て発声がつらい時に、喉頭、声帯という部位を認識しつつづけた。そして今回頸椎ヘルニアで、頚部の脊椎の形状や変化(医師であるが故に、その形状や発症機序が理解できる)で頸椎を意識した。私自身、この言葉が脳裏に有り、更に医療経験が増すと共に、この言葉を健康の定義のひとつとして利用している。
年齢に伴う変化を完全に消し去ることは出来ない。しかし健康と感じる程度までに症状を抑えることは、医療に於いては重要である。対症療法と原因療法。症状だけをとる治療は、医学では、概して良しとはしないのであるが、少しでも症状を軽減させて、もう一度健康を意識できるのであれば、対症療法も重要だと感じずにはいられない。

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2016年11月17日 (木)

見た目以上に

Anichosinki 先週と今週連続して、ある企業の方々にインフルエンザの予防接種を一斉に行った。80名と55名。診察するのに比べたら、氏名・健康状態・アレルギーなどを確認し、接種部位を説明し、同意を得たらポジションを決めて、消毒、準備された注射器をセットして接種。絆創膏を貼り、接種後の注意を指導して終了。 と一連の流れが有り、同じ事の繰り返し。

診察に比べて様々なケースがあるわけではなく、それほど労力は要らないはずであるが、なぜか凄く疲れる。

考えてみれば、人の体内に何らかの異物を注入するのであるから、それが安全な物とわかっていても、万が一のアナフィラキシーショックなどが常に念頭にある。更に自分もそうであるが、接種後2日ほど微熱が出たり、接種部位が発赤、腫脹したりもする。そう言った接種に対する副反応については、事前に同意を得るための用紙にも詳しく書かれているが、まずそれを熟読される方は少ない。そしてちゃんと読まない人に限ってそう言った反応が現れやすく、そう言った人ほど、怒りにも似た問い合わせをしてくる。20161115

インフルエンザの予防接種。接種したほうがあらゆる面で良いという医学的根拠はそろっているが、私が誰にでも積極的には勧めていない理由がここにあるような気がする。もちろん高齢者や基礎疾患をお持ちの方には時間をかけても有効性を説いて勧めてはいるが・・・。

予防接種、受ける側の人は痛みや緊張があるだろうが、接種する側も、見た目以上に大変な作業だと、少しでもわかって欲しくてまとめてしまいました。(写真は55人接種後の廃棄箱。見た目以上に少なく感じる)

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2016年9月22日 (木)

どっちが怖い?

Anichosinki もう既に、話題となってからかなりの時間が経つし、数年前にもこれに似た報道がなされて、しばらく我々医療界は振り回された。しかし今回の報道は、明らかに週刊誌が売れる記事のネタとして医療に踏み込み、表現や文章のテクニックを用いて読者の不安心理をあおり、それが結果的に売れたことで、続編を狙って記事を書いているとしか思えない。勿論これまでのそれに類いした記事でも同じ手法を用いられてきたが、今回は限度を超えていると、おそらく医療関係者は皆がそう思っているはずである。

飛行機事故の確率は、交通機関の中では最も少ない。しかし搭乗前に心配し、無事目的地に着陸したときの安堵感は誰もが経験されたことではないだろうか?それでも飛行機を利用するのは、個々の人たちが目的とする手段のために必要だからである。仕事のため、旅行のため、遠く離れた人に会うため・・・様々であるが、全てそれを叶えるために必要だから飛行機を利用する。目的も無くただ飛行機に乗っていたいからと言う理由で利用される人は希有であろう。
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では、医療に於いて内服の目的は何であろうか?少なくとも薬が好きだから服用しているのではない。今患っている疾患を治すためと言うのが最もわかりやすい。では、高血圧症や脂質異常症、糖尿病を患っていると思っているだろうか?多くの方は持っているとは言われても、患っているとは言われないだろう。なぜなら、日常生活が問題なく過ごせているからである。しかし言われなくても、多くの人は、高血圧や脂質異常症、糖尿病を放置しておくと脳卒中や心筋梗塞など致死的な疾患になりやすいことを知っている。また死に至らなくても、そのために残りの人生、不自由を背負ったり、介護の世話になる可能性が高いこと(きっと飛行機事故に遭うより何倍も)高いことも知っている。
言うまでも無く、これらの疾患に対しては合併症の予防のための内服である。しかしその時に自覚症状がないと、つい内服している薬による作用、つまり副作用の方が気になる。目的地に着くことよりも無事に飛んでくれることの方が気になるのである。
ちなみに、定期的な診察の上で、薬剤師が管理を行っていれば、仮に副作用が出現しても十分に対処可能で有り、少なくとも致死的なことは無いと言える。
飛行機に乗るのが目的があったからであるが、それでも飛行機事故は心配である。同じように予防として内服する薬であるが、副作用は心配である。それは十分に理解できる。であるなら、正しく通院して医師の診察を受けて定期的に検査を行い、その上で薬剤師に管理してもらえば、副作用など恐れに足らずである。例えるなら、飛行機に乗るときに、十分な整備、そして飛行経路の安全を確保するのと同じではないだろうか?しかしこれが面倒だと思うと通院も検査もおっくうになる。
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高血圧や脂質異常症、糖尿病を管理もせずに放置すれば上述した合併症が生じる確率は10人に1人はくだらないであろう。それに対して正しい管理の下で副作用が問題になる確率は1000人~10万人に1人である。
それでもゼロではない。そのゼロではなかった事象を、さも頻回に生じるように伝えて、恐怖をあおり、結果的に合併症を生じても何の責任もとらない。そんな週刊誌の記事をこれからもあなたは信じますか?

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2016年6月28日 (火)

確かにおっしゃる通りですが・・・

Anichosinki 本日は、愚痴を書きます。と言うよりどうしても発散しておかないと切れてしまいそうなので、ここで失礼します。20166281

自分も昔、勤務医時代には診療マニュアルや診療指針に従い、文献を読んで、医学的に正しいという診療を、患者さんの金銭的負担や日常生活での負担を顧みず行っていました。医師として医学を学び、EBM(ebidence based medicine)を実践するためには必要なことです。
とは言っても、当時から医療がそれだけじゃ無いことは知っていました。可能性はほとんど無い疾患であっても、それを否定することの重要性は十分理解した上で、医療費が少しでもかからないように、或いは時間が少しでもかからないように、患者様に説明して納得いただいた上で検査を省略したり、診断的治療(その薬を使うことで治ったら、それが診断につながるため)を行う事の意味を理解し、それを行われる開業医の先生の手法も了承しておりましたし、自分も勤務医時代から行っていました。
病院であれば、指示をするだけで、どんな検査も直ちに行えます。また少々金銭的に高額になっても、患者様には比較的納得していただきやすいものです。これに対して開業医の先生方が、信頼の上に成り立った医療を行う事で、医療現場がパンクせず、また医療費を抑えられることが十分意味があることだと理解していました。
とは言っても、患者様との信頼関係の上にそれは行われるべきで有り、本人様が当初から不安を訴え、初期から時間や金銭がかかっても精査や高度医療を希望されるのならそうすべきだとも思います。同時に、節約の名の下にリスクがある場合には、そう言った医療を実践したり、検査を省略したりすべきでないことも事実です。何よりも患者様の診断治療を優先して考えるべきであり、親身になって十分経過を診ることがそう言った医療を行う上で重要であることは言うまでもありません。
今回、発熱の原因がはっきりしない患者様を医療センターに紹介したら、担当医から次のような内容の返事が戻ってきました。
・発熱時原因菌検査も行わず抗生剤の投与を行うのは間違っています。今後は原因菌がはっきりするまで使用しないことをお勧めします。
・病名を『不明熱』と書かれていましたが、それは検査にて原因が得られない場合であって、この場合用いるべきではないと考えます。
など、紹介後の経過はほとんど無く、私の医療に対するお叱りの文章がほとんどで、結局その方が最終的にどうなったかは書かれていませんでした。
確かに、その先生がおっしゃる通りです。原因もはっきりしない間に抗生剤は使用すべきではなかったです。そして、たかだか開業医で出来る限りの検査で原因がはっきりしないからと言って『不明熱』と言う病名は用いるべきじゃ無かったでしょう。更に、今考えれば、あの検査をもう一度行っておけば・・・とか、あの検査を行っていたなら診断につながったかも・・・などと言う反省点があるのも事実です。ご指摘いただいた先生のおっしゃる通りです。しかし・・・
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開業医として、親身になって加療・経過観察を行った上で、診断加療に苦慮したから紹介させていただいたのに、私より何十年も経験の浅い医師からお叱りの返事。私も若かりし勤務医時代に、同じように紹介いただいた開業医先生に思いを抱いたことがありますが、上述したことなど諸事情を考え、単に医学知識のみでは進まない開業医医療を理解して、さすがにこんな返事はした記憶がありません。
煮えくりかえった気持ちは、患者様が良くなったことで、水に流そうと決めましたが、収まりきらず、ここで愚痴ってしまいました。

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2016年4月18日 (月)

結果的に忙しくなりそうな新年度

Coffee_cap 平成28年度が始まった。昨年度は、自分として結果的に転換期でもあったと言える。医師会の理事となり、地道に続けてきた在宅医療システムが正規に稼働を開始したことが一番の理由である。これによって、その方面での仕事も大いに増える結果となり、同時に多くの方々から責任ある仕事を依頼されるようになってしまった。同じことが認知症対策関連でも言える。

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まったく路線が変わるが、これまで運転してきたミッションマニュアル車を手放して、ついに自宅の車は全てノンクラッチ車になった。学生時代から運転することが好きで、その後ダートなどにも参戦していた自分からすると凄い決断であった。

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年齢的にもそれなりの役職や肩書きが与えられて、それなりの社会的貢献が更に求められる。日々の診療時間以外は、予定がびっちりとつまり、プライベートな時間を持つのが難しくなってきている。これまでも午後の時間を産業医活動・看護教育・学校保健・在宅医療などに当ててきていたが、いよいよ時間が足らなくなってきた。また夜の診療終了後に会議が続いたり、医療センターの夜間診療を手伝ったり、と夜の時間もプライベートが減った。更に、在宅医療システムの中心的存在である以上、システム上の全ての患者で、主治医が捕まらないときの対応待機となっているから、24時間365日スマホの着信には気を配っている。と、思わず愚痴まがいのことを綴ってしまっている。

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そこで、まずは看護教育を少し免除してもらおうと考えた。実は、勤務医時代に一緒に仕事した看護師から別の看護学校の講師依頼があり、これを機にそちらの看護学校へ移って、これまで講義していた看護学校を減らし、最終的に辞めさせていただこうと考えたのである。継続は新規よりも難しい。意欲のみならず、実質内容も劣化の可能性がある。そう思い決断した事でもあるが、これまで講義してきた看護学校では年間3枠任されており、一挙に無くしてもらうことは不可能であり、まずは2枠にしてもらった。知人看護師に頼まれて引き受けた新規の看護学校では当然1枠予定が入る。結果的に3枠のまま。しかも場所が異なるばかりでなく、当初は勝手もわからず、少し時間的余裕が亡くなるかもしれない。結局楽にするつもりで行動したことが裏目に出て、結果的に忙しくなりそうな新年度である。

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2016年2月24日 (水)

初めての?インフルエンザB型

Anichosinki 不覚にも、2月14日から18日までインフルエンザB型に感染してしまった。インフルエンザ?と明らかに診断されたのは、10歳前後の一週間発熱したとき以来。この時は、症状からその様に診断を受けたが、迅速検査が普及してからは、初めてであり、迅速キットで陽性の印が出たときには、さすがにショックだった。

学校保健・産業保健などの公衆衛生上、インフルエンザに関しては、発症後5日以上、かつ解熱した日を除き二日の自宅安静が一般的である。勿論罰則があるわけではないが、感染予防上重要で有り、たとえ医師であっても守らずに、患者様に感染させたら大問題である。と言う事で、陽性とわかった16日から18日までは休診としたのである。ちなみに抗インフルエンザ薬のおかげで、16日夜には解熱していた。20162241
一言で言えば、約40年ぶりのインフルエンザ感染で有り、ひょっとするとインフルエンザB型は人生初かもしれない。感想を言えば、「感染中はあんなに眠れるんだ!!」である。15日あまりのつらさに、夜に検査を行い陽性と判明、直ちに抗インフルエンザ薬を服用して休んだのであるが、16日は発熱もあり、倦怠の中、寝ていてもすっきりしていなかったが、解熱して17日は、体も楽になった上に、寝られる寝られる!日中に4時間6時間熟睡し、その夜は8時間、総合すると18時間熟睡したのである。これが本当に熟睡なのだ。この歳になると、日頃多くても8時間、ほとんどは7時間以内に目覚めてしまうのに、こんなに眠れるのか?という感じであった。
もう一つ書いておきたいことは、患者様からのその後の対応である。大きく分けて二つである。一つは同情的に、『いつも無理をなさっているし、そう言った患者様ばかり診てみえるから・・・この機会にゆっくり休んで下さい』と言ったもの。もう一つは皮肉っぽく、『先生が風邪ひいとったらあかんはな。休診されたら私らが迷惑やわ!! 医者の不養生やで!』と休診したことを責められるケースである。
同情的に、優しく言葉をかけられた患者様には、これまで以上に親身に対応出来そうである。逆に言えば、医療従事者は、どんなときにも患者様に優しく接してあげないといけないのであると、改めてインフルエンザB型から教えられた。

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2015年11月29日 (日)

記憶が無くなること

Anichosinki  私の話になってしまうが、父の後を継いで開業医となり、看護学校と同時にしばらくの間介護福祉学校の講義を行った。介護福祉関係の方々と知り合い、勤務医時代から抱いていた医療と介護の連携を熱く語った記憶がある。同時に介護保険のモデルケースが始まり、医師会から指名を受けて介護認定に関わり、第一回のケアマネージャーの試験を受け資格を取得して理解を深めた。その後も介護認定の仕事を続ける間に、更に介護と深くつながった気がする。今では、地域医療や包括システムなどの仕事を引き受け、在宅医療システムを行政と一緒に構築し、認知症に優しい町作りのために、認知症サポート医の資格を取得した。こうやって考えてみると、在宅医療や介護との連携、そして認知症への関わりは、私の開業医としての路線上、必然的であったかもしれない。

認知症サポート医として、地域の認知症事例検討会を多職種の方と行っている間に、認知症の患者様が増えてきたのは事実である。このため、現在では土曜日に認知症優先外来を行って対応している。
認知症は、単に診断し処方して終わりでは無い。その方の生活状況や生活史、性格や趣味や嗜好などを把握して、ご家族様や介護に関わる方々、そして本人様とタッグを組んで向き合う病気である。決して医師の、或いは家人の満足のために医療を行うのでは無く、その意味でも多職種で連携して支えることが重要である。
しかし、残念ながら診察室に連れてきていただいた多くの認知症患者様は、既にある程度進行されていることが多く、ご本人様から、不安や不満な点、或いはどうしたいなどの希望を聞かせていただくとは難しい。本人様から具体的な意見がお聞きできない以上、我々関係者が本人様にとって良かれと考える対応をしているわけで有り、本当の患者様の声が、それと一致するか否かを確かめる方法がない。20151129
先日、本当に初期の認知症患者様が受診された。と言うよりも相談にみえたのである。高齢の方であるが、本当に記憶障害のみで、それ以外は全て保たれていた。日常のほぼ全てに自立されてはいるが、短期記憶は障害されていると言う状態であった。
私は、初めて生の声として、記憶が消えていく訴えを聞かせていただいた。覚えていられない事実に向き合ったときの不安。それを周囲から指摘されることの辛さ。近所の人や友人との会話を避けるようになった経緯。理解してくれるご家族への感謝など。
この方は老年発症で有り、今後天命を全うされる間、認知症が進行しないように、そして、この方の今の不安をどのように指導、管理させていただけば良いのかを考えていたのであるが、本人様から、こう言われ、私は私の持てる知識と経験を最大限活用してこの人を親身に支えることが、医療という範疇を超えて大切なのだと思っています。
『先生、私の不安を正しく理解していただいた先生を信じています。少しでも進行しないようにお力を貸して下さい』

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2015年10月15日 (木)

ポリシー

Anichosinki  ご高齢と言うには少し早いかもしれない男性が受診された。これまでに悪性疾患で手術をされ、心機能にも問題があり、体力的にも劣っていると考えられるため、10月をまわり、『インフルエンザのワクチンを打たれた方がいいですよ』と勧めると、『私は、インフルエンザなどのワクチンをしないのが、ポリシーでして・・・』と返された。様々な統計学的推察から、現在はインフルエンザワクチンの有用性は確立している。とは言え、接種するしないは、最終的には本人の意思である。

と、インフルエンザワクチンについて本日は触れるつもりではない。ポリシー(POLICY)について考えてみた。ポリシーをネットなどで調べると、政策、方針、手段なとあるのだが、熟慮とか賢明と言った意味もある。その意味では、『目的に対してよく考えた方針』というイメージになるのかもしれない。そう考えると、単に自分の考えを強がって主張するときに、『私のポリシーだ』と言う使い方は、少し間違っている気がする。
ちなみに、警察を意味するPOLICEと同語源だそうである。政略の上に動く組織と言ったイメージから類推しても、ポリシーと言う言葉は、確かに計画的に策略を展開して用いる言葉であるように思える。20151015
最近、自分の医院のホームページをリニューアルしたのだが、その院長挨拶の締めくくりに、ポリシーと言う言葉を使った。患者様に納得していただける医療を目指すことが、当医院のポリシーだ、とまとめた文章である。書いてネット上で公開すると、少なからず言葉の選択に責任を持つ。氾濫するネット情報の不適切な文面は、非常識な動画や写真のアップと同じくらい気になっているところであり、アップする立場になれば、その語句の持つニュアンスも気になってしまう。思わず、『それが俺のポリシーさ』と使ってしまいそうである。
ポリシーと言う言葉で思いつくまま書いてしまったが、何度も書いてきたように、このブログは診療の合間に、思いつくまままとめている。それがどんな目的のためであろうが、ポリシー、いや違う。このブログのやり方なのだ。

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2015年5月13日 (水)

旬の写真

Anichosinki 私が電子カルテを導入したのは、比較的遅いと言えるかもしれない。2000年までに自分で医院のホームページを作成し公開し、奥行きが気になるブラウン管のモニターを使って、人体の解剖や疾患の説明を患者様に行っていた私からすれば、電子カルテの導入は確かに遅かったと言える。20155121

現在は、どこの外来診療に行かれても大きな液晶画面が並んでいると思うが、私の外来も同様で、電子カルテの画面と、心電図と連動したPCのモニターが並んでいる。電子カルテを導入する以前から、PCの待ち受け画面の写真には気を使ってきた。できる限り旬の写真で、心和むような物を選ぶことで、患者様の緊張感が少しでもほぐれ、また落ち着いた気持ちになっていただくためである。またスクリーンセーバーでは、ほぼその季節の写真が順次スライドショーで見られるようにセットしてある。20155124

紙カルテの時から、カルテ記入時などに患者様との会話が一時的に途切れ、間合いが出来たときなど、モニターに映し出される旬の写真の効果は感じていた。

「きれですね~」とか「和みますね~」と言う評価以外に、「これはどちらですか?」などの質問から少し雑談となって、緊張がほぐれ血圧が安定する、などと言った効果も実際にあった。20155122
電子カルテを導入してからは、旬の写真やスライドショーによるスクリーンセーバー機能は更に必要となった。基本ブラインドタッチで入力できる自分ではあるが、やはり確認のために、どうしてもモニター画面に目線が行く。更に両手でキーボードに向かうため、上半身は電子カルテのモニターに向かっており、首から上だけ患者様に向けることはかなり難しい。紙カルテの時は、記入する時間は要しても、目線は自由だったし、上半身は患者様に向いており、右手のみがカルテの上を動いていたから、そこまで患者様に間を取らせることはなかった。20155125
となれば、患者様が少しでも興味を持って見くれる、旬の写真は重要となってくる。手書きに比べれば圧倒的に入力が早いキーパッド入力であるが、それでも時間の間が空く。そんなときに上手な言葉が出なくても、旬の写真が一瞬の時間稼ぎをしてくれ、時に話が進む。20155123
今回は、最近使用した待ち受け画面写真を載せておく。ちなみに全てオリジナルです。

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2015年5月12日 (火)

学校検診における教師

Anichosinki 春のこの季節、学校検診で午後が更に忙しくなる。私の市の規模からすると小児科や内科医が比較的少ない事もあるが、小中学校4校に加えて、私立の高校からも校医を依頼されている。そして、この時期に、生徒の聴診による検診が一斉に行われるのである。

基本的に午後の空いた時間に、産業医活動や看護学校の講義、介護審査や各種会議にと出席している自分にとっては、かなりのヘビースケジュールとなる。どうしても重なる場合は、産業医先に時間変更を依頼して対処したり、会議など欠席を余儀なくされることもある。
と、忙しいこの時期を嘆くのでは無く、開業医としての風物詩の一つとして受け入れているのであるが、先日私立の高校の検診に出かけて感じることがあった。
検診を行う会議室に通されたのであるが、先生が誰もおらず、ついたての向こう側に、椅子が二つ置いてあり、横のテーブルには、生徒のクラス別の出席名簿が置いてあった。先生は生徒達を教室から誘導して数名ずつその部屋に案内するだけの役目のようであった。
確かに、それで事は足りる。しかし私は、すぐに校長に話しに行き、女性教師を一人立ち会うように依頼したのである。しばらくして女性教師が一人やって来たのだが、挨拶も会話も無く、少し離れた場所に椅子を置くと、黙って座って成り行きを見ている。
男子の次ぎに女子と各クラスやってくるのであるが、本人が自分から言わない場合、出席名簿を見ては、名前と出席番号を確認しなくてはならない。更に女子の聴診では、心音を聴診できるスペースはなんとか確保したいのだが、誰一人としてそんな準備や協力はしてくれない。下着はそのままで服の下から聴診器を入れて心音を聴くのであるが、準備に時間がかかり、更に緩めてくれないので、服が擦れる音などでまともに聴診も出来ない。
2クラス進んだところで、さすがに同席した女性教職員に、女子生徒への聴診を受けるための衣服の対処を促した。すると、その時会場にいた女子学生にだけ、「診やすいように」とひとこと言っただけ。次のクラスからは、また何も言わず、何も指導せず、結局私は、女子学生と向かい合ってから、「シャツの下から聴診器を入れるから、隙間を作って!ブラは外さなくて良いから・・・」と毎回指導して検診を続けたのである。
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学校検診とは言え、密室で女生徒を診るのであるから、今の時代、何を言われるか判らない。女性教師が立ち会うのは当たり前になっている。まず誰も付き添わずに始めようとした事も腹立たしかったのであるが、やって来た女性教師が、本当に傍観者になっているのには驚いた。少しでも、効率よく、検診が行えるように協力してもらえると思ったのだが・・・。
今どきの先生?と表現したくなる対応に、愕然としたのであった。
ちなみに、小中学校では教師も協力して、中学の高学年の女子への衣服の対応もできている。付け加えるなら、出席番号や名前の確認は教師が行ってくれて、実にスムーズに短時間で検診が行えている。この私立高校だけがそうなのだろうか?

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