2012年5月14日 (月)

大失敗(旧境港灯台:鳥取県)

Botanomake今回は、おまけ話としてまとめます。この春に、昨年夏に巡りきれなかった島根県の灯台をいくつか巡りに出かけたときのことです。Sakaiminatokyu3jpg

前回の島根県の灯台巡りでは、主に島根半島に立つ灯台を巡っており、今回はそこからもう少し西に進んで巡ることにしました。と言っても、いつものように時間に余裕はなく、一日だけの行程でしたので、三重県に住む自分は、前日夕方三重を出発し、夜遅くに島根県に入って、一泊して早朝から巡り始めたのです。しかし、どうも島根県とは相性が悪いのか、この日も徐々に雲が厚くなり、やがてポツポツと雨が降り出しました。結局予定していた灯台のうち、二基は諦めました。翌日お昼過ぎには三重県に戻る必要があった自分は、もう一泊島根県内で泊まって、早朝に出発することにしたのです。

Sakaiminatokyu1ところが、朝起きて外を見ると、雨雲がどんどん消えて、徐々に青空が広がり始めているではありませんか。こうなれば多少無理をしても、晴天で美保関灯台を訪ねてみたい。ちょうど例年より少し遅れた桜も、今が満開を少し過ぎくらいだとと聞いていたのです。帰路の途中立ち寄ることに決めて、車を進めることにしました。ちょうど境港を対岸に見る道を走っていると、見事に回復してくれた青空を背景(写真左上)に、満開の桜に囲まれた旧境港灯台の姿(写真右上)が目に飛び込んでくるではありませんか。これから美保関灯台に向かい、昼過ぎには三重県に帰らなければならない自分にとって、そこまで訪ねる時間的余裕はない・・・そう思いました。Sakaiminatokyu4chizu

そこで、狭い道路沿いのスペースに車を停めると、望遠レンズで灯台を撮ることにしたのです。肉眼でははっきりしませんが、レンズの中からは、満開の桜に囲まれた白亜の灯台が本当にきれいに見えました(写真右下)。しかし何故か、その時は美保関灯台に立ち寄って、三重県に戻ることばかり自分に言いきかせ、何枚か写真を撮ると、そのまま美保関灯台に向かったのであります。

Mihonoseki2sakura1美保関灯台では、前回訪ねた時とはかなり雰囲気も異なり、少し満開を過ぎてはいましたが、見事な桜に迎えられたのであります。桜祭りの期間で、紅白の幕も取り付けられていました(写真左下:詳細記事は後日)。時間的には短かったのですが、昨年夏のリベンジとばかりに、多くの写真を撮りました。しかし、やはり時間が気になり、車に飛び乗ると、そのまま三重県に向かって出発したのであります。そして寄り道もせず(本当に休憩することもなく)に、一気に三重県まで車を走らせたのでありました。

戻ってからふと考えたのですが、対岸に車を停めて写真を撮る時間があったのであれば、その時は通り過ぎて、美保関灯台からの帰り道に境水道大橋を渡れば、すぐに旧境港灯Sakaiminatokyu2台に立ち寄れたのです(地図右中:Mapfanより)。

何故帰り道に立ち寄ることを考えなかったのだろう???どうしても昼過ぎには三重県に戻らなければならないという使命感と、美保関灯台に立ち寄りたいという思いが重なって、こんな大失敗をしてしまったのでしょうか?それにしても、立ち寄れば、きっとお気に入りの、満開の桜に囲まれた歴史的な灯台の写真が撮れていたであろうに・・・。大失敗でした。

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2012年4月30日 (月)

島ヶ崎灯台(三重県)

Botantoudaiゴールデンウイーク真っ直中の今日更新する記事は、地元三重県鳥羽市の答志島Shimagasaki05にある島ヶ崎灯台(写真右上)であり、昨日4月28日に訪ねたばかりである。考えてみると、鳥羽の島々には、GWにばかり訪ねている。2007年には神島灯台に、2008年には菅島灯台を訪ねた。GWに遠出をする習慣のない自分にとって、日帰りで県内の灯台を訪ねるのは、最も充実した休日の過ごし方でもある。

Shimagasaki07chizu答志島は鳥羽港に近く、定期船で15分ほどで渡ることが出来る。島は東西に長く、島ヶ崎灯台へは、島の北西に位置する桃取港が便利である(地図左上:Mapfanより)。4年ぶりに鳥羽港を訪ねると、ターミナルが新しくなり、とても利用しやすい雰囲気に変わっていた。GWと言っても地元の利を生かし、早朝に訪ね始発の船で渡るため、駐車場をはじめ、ターミナルなどに人の姿は少ない。Shimagasaki01

桃取港につくと、地図を確認し、桃取小学校を目指した。その裏側からのルートが最も最短だからである。小学校の手前に灯台への道しるべが設置されてShimagasaki03おり、ちょうど小学校の裏側を通って山に向かう(写真右二番目)。すぐに左手に山に向かう道と、右手に畑沿いに進む道があるが(写真左中)、ここは方向的にも、直感的にも右手を選んだ。後で考えると、もし道を間違うとすればここくらいしかない。しばらくはずっと登りであるが、整備された遊歩道がそこから続く。ひとしきり登ると、答志島を縦走する遊歩道と合流している。私は、少し灯台とは反対の東側の遊歩道を登って、桃取港を見下ろしてみた(写真右三番目)。いつの間にかShimagasaki02かなり高くまで登っていたことに驚きつつ、晴天のGW、早朝からの心地よい汗と共に、景観や新緑を楽しみながら灯台を目指した。

一度少し下る途中にかなり巨大な貯水タンクがある。そこを過ぎるとアップダウンを繰り返して高圧電線の鉄塔に出る。船上から灯台を見たときに、その後方に大きな鉄塔が確認できており(写真左下)、もう少し先に灯台があるとわかった。鉄塔の立つ広場では一瞬進む方向に迷ったが、これも直感で進んだ右手奥に案内Shimagasaki08が表示されていた。

ほどなく細い道の右手に海が広がり、その先に灯台の姿が見えた。しかし右手の木々が邪魔して灯台の全景が見えづらい。幸いにも左手の断崖の手前に緑豊かな場所があり(柵を乗り越えて少し危険な場所ではあるが)そこからゆっくりと灯台を味わうことが出来た(写真右下)。灯台は、二段式に立っていて、船上から、つまり北側から見ると下段の部分が見えないため、スリムな形を想像していたが、実際には安定感Shimagasaki04のある形である。木々の隙間から北側の海も少し眺めることが出来る(写真右上)。

この日気温も高く、新緑の季節ですがすがしい。のんびりと写真を撮って時間を過ごしたが、菅島を訪ねたときに、帰りの定期船に飛び乗った記憶がよみがえり、半時間以上前には、港に向かうことにした。自宅には昼前には戻れて、GWの一日を充実して過すことが出来た。

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2012年4月17日 (火)

潜戸鼻灯台(島根県)

Botantoudai今回紹介する灯台は、島根半島の日本海に面した、ちょうど松江市の北に位置Sentohana1する潜戸鼻灯台(写真右上)である。以前紹介した多古鼻灯台の西側にあり、島根原発の東側にあたる(地図左上:Mapfanより)。

多古鼻灯台だけでなく、この時巡った島根県の灯台記事でしつこいくらい書かせていただいたように、時間的制約が厳しい中立ち寄ることができSentohana5chizuた。しかし慌ただしく立ち寄ったにも関わらず、ここを訪ねた思い出は爽やかで、ゆったりと巡れた気がしている。そう感じた理由は、この日巡った灯台の中では、訪ねやすい行程だったことも一因であるが、何よりもその景観から受けたものであるに違いない。Sentohana3

潜戸鼻の付け根部分まで車で行くことが出来、そこから徒歩となるが、鼻を一周する遊歩道が整備されていて、しかも日本海を異なった角度から楽しむ事が出来る(写真右中)。しかもそれほど草木が茂っておらず、見晴らしも良い。私は十分にその景観を楽しみながら灯台周辺を味わうことが出来た。ちょうど灯台の海側Sentohana2は、なだらかな岩場となっていて、少し海に近づく事も出来る。岩場から灯台を見上げると、岩の隙間から延びた夏草の緑と、少しだけ顔を出している青空に映えて立っている(写真左下)。やはり灯台は自然に溶け込めるな~と感じた。灯台の東側に、枯れ木が数本立っていた。日本海から吹き続く風をその姿から感じ取れそうであった(写真右下)。

天候はこの後下り坂で、目的としていた夜の日御碕灯台では雨に降られSentohana4てしまったが、まだこの時は、曇天の合間から青空が顔を出すときもあり、潜戸鼻灯台の爽やかな景観を楽しむことが出来たことに感謝しつつ、慌ただしい灯台巡りの中、少しだけのんびりと過ごしていた。

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2012年4月 2日 (月)

お気に入りの景観:灯台巡りにて

Botanomake 『私の灯台巡り』のコンセプトは、灯台の立つ風景を追い求めることです。灯台ほど風景に溶け込む人工物は無いと思うのですが、今回は、灯台に関係なく私が気に入ったお薦めの風景を紹介することにします。既に灯台記事の中で紹介したり、掲載した写真もあるかもしれませんが、灯台ではなく、周辺の景観として選びました。景観とは、季節や天候によって異なる姿を見せ、受ける印象も変わるものですが、あくまでも私の訪問時での印象と言うことでご理解ください。Sadosekimisaki3

新潟県佐渡、関岬周辺の景観:初秋に渡った佐渡。天候にも恵まれ、存分に灯台巡りを楽しむ中、ここ関岬は灯台より、景観の印象の方が強い。山の頂上は平坦でキャンプ場となっていて、そこからもう少し海側の高台に登った所に灯台が立っているのだが、そこからは、北東、南西に延びる佐渡の日本海が見渡せる。後で訪ねた弾埼灯台周辺の景観も良かったが、あくまでも灯台がセットであり、ここ関岬は景観に惹かれたと言えそうである。

Satamisaki4愛媛県佐田岬周辺の景観:初春に訪ねた。佐田岬灯台は、特にお気に入りの灯台であるが、岬の先端に立つ灯台に至るまでに楽しめるいろんな景観も、お気に入りの要因となっている。特に途中の左手から見える景色は私の目にとまった。海の色や岩肌の色など、初春の日ざしに照らされた配色もすばらしかった。

福井県押廻埼周辺の景観:訪ねたのは、ずいぶん昔になる。猿のOsimawasi04群れと遭遇した記憶が強い押廻埼灯台であるが、そこに至る遊歩道の途中で、右手に音海断崖を見ることが出来る。断崖としての高さは日本有数で260メートルあり、後から知ったのであるが、そこを観光する船も出ているらしい。その時は灯台を目指して歩いていただけで、まったく断崖のことは知らなかっただけに、その景観を見たときは感動であった。写真が今ひとつなのが、残念ですが。

Kamodamisaki08a徳島県蒲生田岬周辺の景観:車で訪ねたのであるが、そこに続く道のりは細く、蛇行している。公共交通機関では、もっと大変かもしれない。しかし岬周辺は意外と整備されていて、駐車場もあり、そこから整備された歩道を歩きながら景観を楽しめる。最後に急な階段を登ると、ポツンと蒲生田岬灯台が立ち、ここから180度以上広がる海が見渡せる。左手には瀬戸内海の入り口にあたる伊島も見え、島の灯台まで確認できた。この景観はパノラマと言う言葉がピッタリである。

三重県楯ヶ埼周辺の景観:私の地元三重県で、知られざる景観のNigishima9名所としてお薦めするのが、二木島灯台が立つ楯ヶ埼周辺である。千畳敷と呼ばれる岩の連なり、そして急峻な崖の埼などすばらしい景観である。特に公共交通機関では訪ねにくい場所であり、車で訪ねることになるが、この景観を見るためには、更に半時間ほどの歩きが必要となる。しかし、汗を流してでも見ていただく価値のある景観です。

今回は、5箇所の景観を紹介しました。選ぶ時に、灯台から風景を思い出しており、その意味では、灯台が風景に溶け込んでいることを改めて確認しました。他にもお薦めの景観があり、お薦めの灯台の立つ風景と同じ意味になるかもしれませんが、今後も『おまけ話』として紹介していきます。

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2012年3月19日 (月)

境港防波堤灯台(鳥取県)

Botantoudai今回は、訪ねたと言うよりは、写真を撮っただけなのであるが、鳥取県境港の防波Sakaiminatobouhateichizu6堤に立つ、2基の灯台を紹介する。ここは、風光明媚な弓ヶ浜海岸から続く先端(地図右上)で、境水道を挟み島根半島に延びた先端部に当たる(写真左上:wikipediaの写真より)。境港市であり、水産が盛んである以上に、ゲゲゲSakaiminatobouhateichizu7の鬼太郎で知られる水木しげる出生地で、鬼太郎関連のオブジェが通りに並んでいる。

今回私は、鳥取県の灯台に立ち寄る余裕が無く、まだ訪ねていない鳥取県の灯台数基を諦め、島根半島を目指す中で境港防波堤灯台の姿をカメラに収めただけである。とは言え、近くまで訪ねたとしても、海上に延びた防波堤の先に立ち、ほSakaiminatobouhatei1_3とんど海の上であることから、改めて訪ねる機会はそうそう持てないと考え、今回紹介することにした。

Sakaiminatobouhatei4今更ここで書くことではないが、"私の灯台巡り"では、原則として岬や埼、岩肌など自然の上に立つ灯台を紹介しており、防波堤や港の人工物に立つ灯台はひかえている。とは言え、自宅近くの四日市市の磯津港南堤防灯台京都府の三津港島堤灯台など、これまでに微妙な立ち位置や訳ありの灯台は紹介してきた。今回防波堤灯台と言う名称ではあるが、ほぼ海上に立っているとも言える灯台であることから、記事としてまとめることにした。Sakaiminatobouhatei3

地図を見れば一目瞭然であり、境水道への入り口にあたる灯台である。船舶は、前回紹介した美保関灯台を右手に見て進めば、この灯りによって水道や境港に導かれるわけであり、その重要性は言うまでも無い。陸地からすぐの所に立つのが境港防波堤灯台であり、外側から延びたテトラポッドが積まれた防波堤の先に立つのが、境港第2防波堤灯台である。島根半島側から眺めると、この日は曇天ではっきりしないが、後方に大山の姿が浮かんでおり、 弓ヶ浜半島の景観と併せて、天候に恵Sakaiminatodai2bohatei5まれれば、高台からその姿を撮りたいと感じさせられた。

立ち寄ったわけではなく、灯台の詳細な情報は書くことが出来ないが、次回鳥取県の残された灯台を巡るときは、最後に境港市の旧境港灯台を訪ねると考えられ、その時に詳細が語れることを願いたい。

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2012年3月 6日 (火)

美保関灯台(島根県)

Botantoudai美保関灯台(写真右上)をようやく訪ねることができた。あいにくの曇天で、しかもMihonoseki3ノ和鼻灯台の記事にも書いたように、急な予定変更があり、あわただしい訪問となってしまったが、以前から、訪ねたい灯台リストの上位にあっただけに満ち足りた時間を過ごせた気がしている。

Mihonosekichizu1説明する必要もないであろうが、美保関灯台は、日本海に突き出た島根半島の東端、地蔵埼(美保之碕とも呼ばれる)に立つ灯台である(地図左上:Mapfanより)。鳥取県の境港からつながる弓ヶ浜、そして大山のいただきを南に、見る場所であり、境港、そして隠岐の島に続く海域を守る重要なポイントである。

鳥取県米子方面から境港を超えて島根県半島に入り、右折して美保関漁港に立ち寄っMihonoseki2て、去ルガ鼻灯台の記事で紹介した常夜灯を訪ねた。時間的に余裕は無かったのであるが、少しここで気持ちを落ち着かせてから美保関に向かいたかったのかもしれない。ここから美保関灯台まではすぐだった。

Mihonoseki5地蔵埼に着くと、広い駐車場が整っていたが、ほとんど車はなく、登り口のすぐ近くに車を止めることが出来た。ちょうどその前に地蔵埼の案内板があり、それに目を通してから、カメラリュックを背負って灯台に歩き出したのであるが、同時にポツポツと雨が落ちてきた。

向かう道の途中から、灯台の立つ埼が見渡せた(写真右二番目)。緑の濃さに反し、曇天のため海と空の境界がわかりにくい。写真を撮るには最悪かもしれないが、ようやく訪ねることがかなった気持ちに押されて、その時はあまり気にしていなかった。まずは灯台に近づいて、ゆっくりと灯台を眺めながら周辺を歩いてみた。灯台は、剱埼灯台禄剛埼灯台経ヶ岬灯台と同じようMihonoseki6に両側に土台部分があり、裏側は真っ直ぐという作りである(写真左二番目)。それでも敷地内から見るのと、一段下の歩道からと見上げるのでは印象が変わる(写真右三番目)。

Mihonoseki4周辺の案内板や景観を楽しむため、かなり長時間ぶらぶらとしたが、その間にも雨は降ったりやんだりしているものの、本格的な雨にはならずにすんだ。お昼も過ぎ、空腹感も強くなってきたため、その存在を訪ねる前からネットなどの情報で知っていた『灯台ビュッフェ』に入ることにした。店内に入ると以前用いられていた大型のレンズが飾ってある(写真左三番目)。私は、灯台の立つ姿を追いかけている割に、灯台のレンズや投光器についてはまったくうとい。それでも現在備えられている小型の投光器とは比べものにならないことはわかる。このレンズから投光している姿を見てみたいものである。Mihonoseki7

雨も混じる曇天の中、初めて美保関灯台を訪ねた。既に多くの写真でその姿を見ていたが、実際に訪ねた今となっては、私が味わった時のみの記憶が残り、他の写真で見た姿は消えてしまったようだ。予定変更で足早に巡った島根県半島の灯台。必ずまた巡りに来るであろうから、その時は季節と天気を吟味して訪ね、もう少しお気に入りの写真を撮りたいと思う(写真右下)。

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2012年2月21日 (火)

アミティ灯台(大阪市北港周辺)

Botanomake 今回紹介するのは、大阪市北港近く(地図左上:Mapfanより)に立つアミティ灯台である。今回Amity2はおまけ話ではあるが、まじめに紹介してみたい。

サメが襲ってくる海域として有名なこの地区で、海上に出た船舶の安全を守る大切な灯台である。私がこの灯台の存在を知ったのは、高校生の頃でAmitychizu5ある。当時、海水浴客やレジャーで開発し、観光地として市の財政を蓄えようと考えるヴォーン市長と、サメの危険性を訴え、安全を守ろうとした街の保安官、ブロディ所長とが言い争っていたのであるが、サメの被害者が続き、海洋学者のフーパーと漁師のクイントと共にブロディ所長がサメを退治しに海に出て行くときに起点となった灯台である。

灯台を訪ねるには入場券が必要である。ゲートから右方向に進むとまもなくアミティタウンが見えてくる。サメの大きな模型の前では、この日も多くの人たちが写Amity3真を撮ったりしていた。灯台に向かうには、船を利用するが、相乗りの客船で操縦士は愛想も良く、すごく笑顔も爽やかであるが、本当によくしゃべる。出発と同時に『カメラが水に濡れないように!』などと親切に注意してくれたので、私は『灯台で記念写真撮りたいんですが、下ろしてくれますか?』と尋ねてみたが、完全に無視された。仕方なく、撮影は船上から行なったのでご了承いただきたい。

橋を通過した向こう側、船からは左手に灯台は見える(写真左下)。もう少し遠景で写真を撮りたかったのであるが、なぜか灯台寄りを船は進んだ。まるで水面下にレールが敷かれているようでAmity1ある。それでも可能な限り写真を撮っていたのであるが、突然操縦士が悲鳴を・・・。

そこからは語るのも恐ろしい、サメの恐怖が待ち構えていました。寒い季節だったので、石油備蓄所の火災は暖かかったのですが・・・。

次回は、夕暮れ迫る頃に訪ねて、灯台が点灯した後に、なんとかお願いして上陸して写真を撮りたいと思ったのでありました。

Amity4蛇足になりますが、"ロシアより愛を込めて"のロバートショーは若くて生き生きしていましたが、"ディープ"や"ナバロンの嵐"の時の役柄の方が似合ってましたよね。リチャードドレイファスは、"未知との遭遇"の印象が強いですが、なんと言っても"グッバイガール"ですよね!! ロイシェーダーは、この印象が強くて、後はブルーサンダーぐらいしか出てこないな・・・ 既に故人となったロイ・シェーダーやロバート・ショーのためにも、アミティタウンのジョーズアトラクションが続きますように。

(USJを、まだ訪ねてない方がおみえでしたら、是非お薦めのスポットです)

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2012年2月 7日 (火)

夜の灯りが見たくて(日御碕灯台)

Botantoudai私は、自然に溶け込んだ灯台の立つ風景が好きであり、だからこそ日中に灯台を訪Hinomisakinight2ねて、その風景を写真に納めたいと思っている。しかし本来の灯台の姿は夜にあると言ってもよい。お気に入りの風景の灯台が、夜の海上に向かって光を放っている光景は格別であり、既にいくつかの灯台を夜に再び訪ねてきた。今回は、以前から再訪を計画していた島根県の日御碕灯台で、夕焼けから日没後の点灯した写真を撮りたくて、昨年2011年の夏に訪ねた時の記事を紹介する。夜であっても、灯台の姿を写す露出では天気は大切である。この日天気は下り坂で、残念ながらお気に入りの写真は撮れなかったのである。

Hinomisakinight1chizu日御碕灯台を前回訪ねたのは、9年も前になる。ブログでは6年前に紹介している。直接的ではないが、この時の訪問は、『私の灯台巡り』を始め、続ける要因の1つとなっている。島根県の出雲地方に立つこの灯台は、周囲の景観の良さや出雲大社からの距離も近く、代表的な観光地となっている(地図左上)。Hinomisakinight3

これまで津ノ和鼻灯台多古鼻灯台でも紹介してきたように、早朝三重の自宅を出発し、美保関灯台などを巡った後に出雲に入り、日御碕灯台で夜景を撮り、翌日早朝に宿を出て昼前に三重に戻るという強行スケジュール。少々疲れ気味で出雲地方に入ったのであるが、夕日はかろうじて見えるものの、厚い雲が空Hinomisakinight5を覆い始めていた(写真右中)。

日没前には、まだ観光客が何人かいたのであるが、日が沈み暗くなり始める頃には、周辺に人の姿はなかった(写真左中)。日が沈むまでに周辺を歩きながら撮影するポイントを選び、暗くなり始めると、その地点で三脚を組んでカメラを構えた。灯台から少し奥には照射灯がある。さすがにそちらの光は一点Hinomisakinight4めざし放たれており、光の筋が浮き出るのだが、灯台の光はなかなか捕らえにくい(写真右下)。しかも小雨が降り始めて、なんだか慌ただしく撮影を行なった。

すっかり暗くなり、しかも雨が強くならないうちにと言う思いもあり、引き上げることにしたのであるが、お土産屋さんが並ぶ通路も暗く、持参したライトで路面を照らしなHinomisakinight6がら車に戻った。

登れる灯台として、観光地として有名な日御碕灯台の夜景。今回の訪問は一言で言えば失敗であった(写真左下)。強行スケジュールの上に、日御碕の夕焼けに染まる写真、そしてその後に点灯した写真などと二兎を追う者・・・であったかもしれない。もう一度近い間にリベンジに訪れたいものである。

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2012年1月24日 (火)

馬島周辺の灯台

Botantoudai今回記事にするのは、しまなみ海道を南下し、四国に入る直前にある馬島周辺のUmajimaaroundchizu1灯台や灯標などである(地図右上参照)。以前、ウヅ鼻灯台だけを先にまとめたが、実は他の灯台には近づく事が時間的、或いは地理的に不可能であったため、写真撮影のみであった。そこで記事と言うよりは、馬島周辺の灯台や灯標、導灯などをまとめて写真で紹介することにした。

Umajima01小浦埼灯台:来島海峡第三大橋を今治側から渡り始めると、左手前方の馬島に立つ姿がすぐ目に飛び込んでくる。歩行者は橋の西側を通行するため、東側に立つウヅ鼻灯台は見えにくい。それに対して小浦埼灯台は、来島海峡展望所からもその姿が確認できる。馬島に近づくにつれて眼下に見えるようになる。

Umajima4_3州ノ埼灯台:同じく橋の左手前方に見えるが、馬島の北側であり少し小さく見えUmajima2る。それでも円柱状の灯台の姿は、島に渡る頃にははっきりと確認できる。私的には、橋から西側に立つ二つの灯台が見下ろせる構図は魅力的であった(写真右中二番目)

Umajima9小島東灯標:ちょうど来島海峡第三大橋の西側にある島が小島であり、その東(場所的には島の北東)にある。(小浦埼灯台、州ノ埼灯台と一緒に写真左側の島に見える赤い灯標)

Umajima5ナガセ鼻灯台:馬島の北東、来島海峡大橋の東側にあるため、歩行者からは見えない。島に渡って島の山を越えた斜面から続く鼻に立っている。時間の都合で近づけなかったが、中渡島潮流信号所の灯台の姿を右手に、左手に来島海峡大橋を背景に立つ姿のロケーションは素晴らしい(写真右三番目)。Umajima8

Umajima3来島中磯灯標:大橋から左手に来島、そして小島が見えるが、この間の海峡を来島瀬戸と呼び、この小島寄りに立っているのが中磯灯標である。遠くからではわからないが周辺には岩礁もあるようで重要な灯標である。

Umajima6中渡島潮流信号所:来島海峡第二大橋を渡るとき、馬島近くで、橋の東側に白い建物が斜面に立つ島が目に入るが、それが中渡島であり、潮流信号所である。馬島のナガセ鼻灯台からその姿がよく確認できた。Umajima11

Umajima10火内鼻導灯:少し離れるが、来島海峡第一大橋に北側からさしかかるときに見える灯台である。橋を渡るときに車内からも導灯が見えており、かなり高い位置にあるはずである。

以上、馬島を中心とした灯台関連の施設写真を中心にまとめた。時間があれば、ゆっくりUmajima12一つ一つ巡って、味わいたかったのはやまやまであるが、それでも私なりに楽しむことはできた。来島海峡大橋は、馬島に渡るには、徒歩か二輪となる。橋の支柱の部分である場所からエレベーターで降りるのである(写真右四番目と下:歩道からエレベーターへつながる車道の下の部分)。しまなみ海道が完成したおかげで短時間の間に馬島に渡り、いくつかの灯台を見ることが出来たが、いつの日がゆっくり時間が取れれば、近くまで行って味わいたいとも思う。

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2012年1月10日 (火)

大浜埼灯台-2(広島県)

Botantoudai今年最初の記事は、昨年最後に取り上げた広島県尾道市の因島に立つ大浜埼Oohamasaki11灯台(写真右上)の続きをまとめることにする。前回は灯台よりも、周辺の状況や地理的な観点からまとめたが、今回は灯台そのものについて紹介することにする。

Oohamasaki15地図などは、前回の記事を参照いただきたいが、潮流の早い来島海峡を避ける航路として明治27年に島々を含め9基の灯台が点灯され、布刈瀬戸の航路に立てられた一つがこの大浜埼灯台である。と知ったかぶりをして書いたが、実は明治43年から昭和29年までの間、ここは潮流観測による船舶通行信号所であり、昭和29年に信号所の業務を停止後再び灯台として稼働しているのだと、訪問して説明案内を読んで初めて知ったのである。灯台の周辺には、観測Oohamasaki12所や信号の後(写真左上)が残され、それぞれ説明の案内もあった。

それにしても因島大橋がつながった事によって、この周辺は間違いなく様変わりしたであろう。初めてこの地を訪ねた私には、橋を背景に大浜埼に立つ灯台Oohamasaki16の姿、そして周辺の情景はとても魅力的に映った(写真右中)。灯台は、平成14年に改築されており、その白亜の姿はまぶしさすら感じる。周辺の公園も整備され(写真左中)、灯台や験潮所、潮流信号所なども見学できるように整備されている。とは言え、灯台が観光地になっていると言った雰囲気はない。あくまでOohamasaki3も訪れた人だけのために整えられている・・・そんな感じである。と、褒めてばかりかもしれないが、前回の記事でも書いたように、危険な箇所もあり、訪問者が増えると問題になりそうな場所も多い。また灯台も改築前の状態がわからないが、台座となる部分からはみ出して立てられていた(写真右下)。

訪ねて初めて知った事ではあったが、明治の時代に立てられ、Oohamasaki13その後灯台はお休みしていて、昭和に入り再び点灯。そして平成に入り改築。灯台だけでなく、験潮所、潮流信号所など敷地内をゆっくり巡っていると、そんな歴史を至る所に感じることが出来る大浜埼灯台巡りであった(写真左下)。

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2011年12月27日 (火)

大浜埼灯台-1(広島県)

Botantoudaiここで語るまでもなく、今年は未曾有の大震災や原発問題などが起こり、社会情勢Oohamasaki1も変動し続けた一年であった。不安や落ち着かない気持ちの中、年末に『絆』という言葉が選ばれたことは救われた思いであり、むしろ嬉しく感じられた。そんな中、たかが私個人のブログではあるが、どの灯台を今年最後の記事として紹介しようかと悩み、選んだのが大浜埼灯台(写真右上)である。瀬戸の因島に立つ、爽やかで印象深い訪問の記憶をまとめることで、ブログOohamasaki9chizu_3も気持ちよく今年を締めくくりたい。尚、書きたいことが多い訪問であり、今回は灯台周辺の情景や訪問の行程を中心に、後日灯台や情報を記事としてまとめたいと考えている。

大浜埼灯台が立つ因島は、しまなみ海道を尾道から南下すると向島の次に渡る島であOohamasaki10chizu_2り、まだ尾道市内であり、広島県であり、中国地方である(地図左上:Mapfanより)。布刈瀬戸と称されるこの海峡は、来島海峡を避けて通る船舶が多いと聞く。私が景観を眺めている間にも、何隻もの船が通過していった。因Oohamasaki8島大橋を振り返る形で因島大橋記念公園の海岸沿いを進むと、浜からつながる前方の埼に灯台の姿が見えた。私は砂浜に出て、しばらく景色を楽しんむことにした。右手に見える因島大橋によって、島はかなり変わったはずである。この公園をはじめ、整備されていない以前であれば、灯台への訪問も容易ではなかったはずである(地図右二番目:Mapfanより)。

灯台周辺も整備されていて、灯台や験潮所などを見て回れる。入り口には使用Oohamasaki7されていた浮標灯が設置され、案内板も掲げられていた。私は、早速順路に従って灯台方面に進むことにした。埼の付け根の部分を登りながら灯台方面に進むと、やがて広場に出る。見晴らしの良い高台であり、そこから少し見下ろす場所に白亜の灯台が立っていた(写真左二番目)。灯台の前面に広がる海峡や右手の因島大橋を見渡すように立つ灯台の後ろ姿は、瀬戸内海という温和なイメージOohamasaki6に反して勇壮な姿に見えた(写真右上)。灯台へ続く道は、整備されているのだが、手すりの隙間などもあり、危険な箇所もある。灯台前でカメラをかまえたとき、後方に木があったため安心して下がると、そこには柵がなく、危うく海に転落するところであった。しかし、太陽を背に灯台を見られ、青空の下、真っ白な灯台が映えてお気に入りの写真を撮ることができた。

通路に従い進むと、次に験潮所に向かう。だがこの途中の竹林は、荒れてOohamasaki4いて倒れた竹が道を遮っていた(写真右三番目)。竹林を下ると海面が近づき岩肌が見える。海側には手すりが作られているものの、やはり注意すべき箇所もある。観光客の多い場所なら、立ち入り禁止にされそうである。験潮所(写真三番目)から振り返るとまぶしい日射しの中に灯台がにじんで見え、その向こうに因島大橋が重なる。更に近くの入り江の海面がキラキラと輝き、写真での表現は難しそうであるが、思わずシャッターを切った(写真右下)。

Oohamasaki2初秋のこの日、しまなみ海道を南下して来島海峡の馬島まで渡ったのであるが、早朝、最初に訪ねた因島の大浜埼灯台は、間違いなく私のお気に入りの灯台となっていた(写真左下)。(灯台や情報の記事は次回に)

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2011年12月13日 (火)

去ルガ鼻灯台(島根県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、通りすがりに、ただ写真を撮っただけと言う去ルガ鼻灯台Sarugahana2(写真右上)であり、言い訳のブログになりそうである。とは言え、多古鼻灯台の記事で書いたように、その時は、急な時間の制約や予定の変更にも関わらずできる限り多く巡りたいという欲求からの行動であり・・・やはり言い訳である。

Sarugahana3chizu『サルガ鼻』は地図上『去ルガ鼻』と書かれている(地図左上:Mapfanより)。近くの洞窟住居跡はサルガとなっている。私はこう言った名称の由来にとても興味を持つのであるが、残念ながらその地で確認しない限り、戻ってから調べることはほとんど不可能であり、これまでにも多くの地名の由来が判らないままとなっている。

お昼前からの半日で島根県の三保関から出雲までの灯台を巡ると言う、慌ただしい予定Sarugahana4chizuの中、まずは境港から美保関灯台を巡って、津ノ和鼻灯台へ向かう途中に、車を止めて去ルガ鼻灯台を望遠で撮っただけである(地図右中:国土地理院より)。灯台巡りの先輩には叱られそうな行為であるが、時間に余裕があった当初の予定では、灯台まで近づくための道も、ちゃんと調べてあった(言い訳である)。

Sarugahana1しかし、ただ遠方から写真を撮るだけなのだが、これが微妙に難しい。これ以上近づくと、湾の内側に入って、灯台が見えなくなる。と言って、もう少し近づきたい。結局かなり離れた場所からの撮影となった(写真左下)。

去ルガ鼻灯台は、境水道を超えて中海に出る重要なポイントではあるが、日本海から水道につながる境港の灯台の方がやはり目立つ。しかし、こう言った水道の出入り口や港内での視界に届く光の重要性は言うまでも無Mihosekiukisimajouyatou1い。ちょうど三保関灯台を巡った後に、美保関魚港の常夜灯にも立ち寄った(写真右下)が、浮島の手前に立つ常夜灯は、灯籠と言った感じであるが、それでも暗闇の中で固定された光は、陸を知らしめる役割は大きいはずである。遠景のみの撮影となったが、少しだけそんな事を考えながら津ノ和鼻灯台を目指すことにした。

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2011年11月28日 (月)

私のお気に入りの灯台Vol.5

Botanomake今回は、2010年の7月に紹介して以来の、『私のお気に入りの灯台』を紹介する。今回で5回目となるが。毎回書かせていただいている様に、あくまでも私が訪ねた時の季節や天候、雰囲気も加わっての判断であり、個人的な意見である。しかし、何らかの魅力を持っていたからこそ選んだ灯台であり、私のお薦めの灯台として理解していただいても問題はない。(過去の記事は、こちら・・・Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4

今回も地域が重ならないように、5基を選んだ。

Satamisaki10佐田岬灯台(愛媛県):今回最初にあげた佐田岬灯台は、今年更に私にとって思い出深い灯台となった。理由はこちらの記事にまとめたように、ここを訪ねた自分を絵画として描いていただいたからである。もちろんSatamisaki8訪ねた時の感動も大きかった。私は細長く突き出た先端に立つ灯台として憧れを抱いて訪ねたのである。

Tsunowahana3津ノ和鼻灯台(島根県):比較的最近訪ねた津ノ和鼻灯台は、島根県の灯台をまだほとんど巡っていない状況であるが、私には十分すぎるくらい印象に残った。真夏には、多少きつい山歩きではあったが、容易に灯台に近づけない場所に立っているにも関わらず、灯台周辺の景観もTsunowahana2良く、ひとときを過ごすには気持ちよい場所であった。訪ねた時にプライベートな印象を持たせてくれる灯台は、評価が高いかもしれない。

Esaki1江崎灯台(兵庫県淡路島):江崎灯台へのリピート率は高い。(初回訪問はこちら明石大橋との記事はこちら)比較的近いからという理由以上に、明石海峡を隔てて対岸の神戸から続く街並み、後ろ姿の綺麗さ、周辺の静けさの中に立つ姿に魅せられているのだと思う。神戸から明Esakinitibotu04_2石海峡大橋を渡られたら、是非とも訪ねていただきたいお薦めの灯台です。

2_3掛塚灯台(静岡県):掛塚灯台へのリピート率も高い。ここも近いという理由もあるが、周辺の雰囲気が何より好きなのである。(日没時の記事はこちら)周辺には風力発電の風車が回り、運動施設の周辺として整Kaketuka24備された公園、そして砂浜の海岸がある。すこし盛り上がった小山の上に立つ灯台は、少し錆も見られるが、歴史を感じさせる。

Hajikisaki1_2弾埼灯台(新潟県佐渡):佐渡の最北端に立つ弾埼(はじきさき)灯台を今回のお気に入りの最後に選んだ。初秋の佐渡に渡り、巡った灯台Hajikisaki3の中で、私に旅愁を味わわせてくれた灯台である。どことなくもの寂しい、だけど力強いその姿。佐渡という島に一人で渡り、最後に訪ねたのがここ弾埼灯台であったからかもしれない。再訪が難しい灯台であるが、もう一度訪ねてみたい。

今回も5基だけ選んだ。まだ訪ねていない灯台にも、もっともっと私を引きつける灯台があるに違いない。これからも全くのマイペースであるが、灯台巡りを続けていくので、Vol.6、7、8・・・とお気に入りも増えて行くに違いない。しかし、お気に入りで取り上げなくても、全ての灯台が私が訪ねた記録であり、そして大切な記憶である。私の灯台巡りなのである。

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2011年11月14日 (月)

カヤトマリ鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai10月の連休を利用して、初めて灯台巡りに出かけたのは、千葉県の館山周辺だっKayatomari2た。特に館山港沖島灯台(今は廃止となったらしいが・・・)では、素晴らしい天気に恵まれ、本当に気持ちよい時間を過ごした。その思い出が良いためか、この時期に灯台巡りに出ることが続いている。今回は、しまなみ海道を南下して愛媛県今治に入り、来島海峡で四国とつながる大島にあるカヤトマリ鼻灯台を紹介する(写真右上)。海道からは少し離れた場所にあり、訪ねる人は少ないが、右手にはしまなみ海道の大三島橋が見え、景観はなかなかである(写真右下)。

Kayatomari1chizu前回のウヅ鼻灯台の記事でも書いたが、しまなみ海道と呼ばれる西瀬戸自動車道の橋は歩行者やサイクリングでも渡ることが出来るため、島々には多くのサイクリング者があふれている。暑いくらいのこの日も、多くの自転車が走っていた。伯方島から大島大橋を渡って入った自分は、すぐに49号線に出て、西の早川方面に進んだ(地図左上:Mapfanより)。周辺には自転車も多かったが、西に向かう数は少なかった。狭い箇所もあるが、対向二車線の道は島に沿って続いていて、どこからの景観も素晴らしい。Kayatomari5

ちょうど早川港を過ぎた海岸線から正面に灯台の姿が目に入った。灯台を数多く見てきた者であれば、それが小型の点灯式であることはわかるのだが、対岸の崖に青空を背景にして白く見える灯台は、私には大きく立派に映った。もちろんその印象は、近づいて道路から正面に見えてくると、薄れてしまったのであるが(写真右中)。

Kayatomari3灯台に近づくと、ネームプレートがどこにもない。反対側(海側)にあるのかもしれないが、まだ夏草が覆い茂り、足下も良くないため、確認できなかった。位置的にカヤトマリ鼻灯台だろうと思いつつも、カヤトマリの名称にその由来が気になった。後で調べたが判明しておらず、知っている方がみえたら教えていただきたい。前の記事のウヅ鼻灯台も、地図では渦ノ鼻と出ていたことから、『茅ノ泊』などと勝手な推測をしながらカメラを構えた(写真左下)。

道のすぐ横に立つ灯台と言えば、最近では熊本県島原の天草埼津港灯台を思い出すが、その形状は異なる。いずれにしても小型であるが、道路を走っているときに、この点滅が見えていることは興味深い。そう言えばAKB48のPVにも使われた千葉Kayatomari4県の州崎灯台を訪ねたときに、近くの民家の頭上を越えて光が海上に延びていく姿を想像したことがある。海のない町にに生まれ育った私としては、こう言った想像が次の灯台巡りへの活力になっている気もする。道もちょうどカーブになるカヤトマリ鼻灯台の点滅は、道路上の安全にも役立っているのかも・・・(写真右中)。

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2011年11月 1日 (火)

ウヅ鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai広島県の尾道から愛媛の今治に続く島々のいくつかは、しまなみ海道によってつUduhana2ながった。とは言え、これらの島の周りは潮の流れが速く、船舶にとって難所であることには変わりがない。特に来島海峡の潮流は有名であるが、今ではそんな潮の流れを眼下に見ながら海峡大橋を渡り馬島に渡ることもできる。2年前の春、佐田岬灯台を巡った帰りに、この海峡を展望台から眺めて、近いうちに馬島に渡ろうと心に決めていたのであるが、この秋に訪ねることが出来た(地図左Uduhana6chizu上:Mapfanより)。今回は、馬島に渡って訪ねた渦ノ鼻(ウヅ鼻)灯台(写真右上)を、長くなるがこの日の行程も思い出してまとめてみた。

しまなみ海道を以前ブログ記事で、しまなみ街道と書いたが、本当に島の街と街を結び、Uduhana8瀬戸大橋や明石海峡大橋とは雰囲気が異なる。歩行者や自転車が通過できるため、格好のサイクリングやウオーキングコースでもある。私は尾道から灯台を巡りながら、最後に来島海峡にやって来た。お昼を回り、日射しが強くて暑い。徒歩で今治側から来島海峡大橋を渡ったのであるが(写真右2番目)、これまでの灯台巡りでかなりの距離を歩いており、気持ち良い汗を通り過ぎて、少々きつく感じた。Uduhana7更に早い朝食以後何も食べておらず、かなりお腹も空いてきた。それでも周辺の島々や遠くに見える灯標、行き交う船舶などの景観を楽しみながら歩き、半時間ほどで馬島に着いた。なんと島へはエレベーターで降りることができる(写真左2番目)。驚いたが、歩き疲れていた私にはとても嬉しかった。

馬島の名前は、江戸時代に今治藩が馬の放牧をしていたことから来ているが、草原が広がっているわけでもないこの島に、そんなイメージは全くない。私は、東にあるナガセ鼻灯台を確認してから民家がある南の方、ウヅ鼻灯台を目指すことにした。島に渡ってから誰とも出会わず、もちろん1頭の馬も見ていない。しかし、ウヅ鼻灯台を目指して歩いていると、ハイペースで歩くウオーキングスタイルのカップUduhana4ルが背後から近づいてきた。ちょうど灯台が正面に見え始めた海岸の手前で、缶ジュースの自販機があったため、空腹に耐えきれず、昼食代わりにジュースを2本買って、一気に飲んでいる時だった。「こんにちわ~」の声かけに返事をしようとしたら、思わずゲップが出てしまい、メチャクチャ恥ずかしかった。

Uduhana5灯台は、馬島神社の建つ南の丘に立っている(写真右3番目)。その階段を上ろうと近づくと、手前右に海岸に出られる堤防の階段があるのだが、そこに先ほどのカップルが腰を下ろしていた。来島海峡に架かる大橋を正面に見ながら左手には灯台の姿、そして砂浜が手前に広がっている。帰りにここで撮影しようと思いつつ、まずは神社の階段(写真左3番目)を登ると、社の右手奥に灯台が立っていた。

もう何度となくこのブログでも書いているが、本当に灯台と神社は近くにあることが多い。こUduhana1の社にどんな由縁があるのかまでは追求しなかったが、これまで見てきたのと同じく、神社と灯台が一緒に写っていても、私はその存在に全く違和感を覚えなかった(写真右4番目)。境内右手から灯台に近づける。昭和初期に立てられた重要な灯台であり、その存在を感じる以上に、『ウヅ鼻燈臺』と右から書かれた灯台のプレートに歴史を感じた(写真左4番目)。地図には、渦ノ鼻と載っていたことを思い出しながらしばらく灯台を見上げていた。

神社の階段を下りると、先ほどのカップルは、海岸へ降りる堤防の階段で、お弁当を広げて食べていた。ジュースで空腹は満たされていたが、少し羨ましく思いながらその横を通りUduhana9抜けようとしたとき、タイミング悪く!?先ほど飲んだジュースが胃から腸へ流れ込んだのか、大きなお腹の音となって聞こえた。カップルにも聞こえたかどうかはわからないが、再び恥ずかしい気持ちで海岸に出た私は、恥ずかしさも手伝い、黙々とレンズを広角に付け替えて灯台や大橋の姿をカメラに収め始めたのだが、時間は午後1時前。太陽はほぼ南にあり、逆光での撮影となり、お気に入りの写真は撮れそうにUduhana3無かった(写真右下)。

結局、馬島に滞在中カップル以外には、馬にも出会わなかったが、一匹のヘビが私の前を横切っていった。当たり前かもしれないけど、陸続きで無くてもヘビはいるんですね。ただマムシじゃ無くて良かった~。

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