2020年4月14日 (火)

江崎灯台(誰にも会わない灯台巡り)兵庫県

Botantoudai_2_20200414201401随分と久しいアップだ! 今、世界中が新型コロナウイルスの脅威にさらされている。なぜそんなときに灯台巡りのブログをアップ? ここ数年仕事の負担と、プライベートな事情で灯台巡りはめっきりと減った。しかし続けてはいる。ただ年に数基の灯台しか訪ねられないからこそ、できる限りまだ訪ねていない灯台を目指している。当然遠方の灯台が多く、なかなか訪ねにくく、結果として記事が書けなEsakisakura06 かったのである。で、今回は再訪問である兵庫県淡路島の江崎灯台をアップする。その理由は、3密(きっと今年の流行語大賞クラスの周知である)が新型コロナウイルスの感染拡大防止に求められている状況。必然的に外出の機会も減る。人に会わずにとりあえず休日を楽しみたい!・・・灯台巡りしかないじゃない!って感じで、一人車を飛ばし(サービスエリアに立ち寄ることもせず、誰にも会わず)一気に江崎灯台を訪ねたと言うのが理由である。更に、桜が満開のはず(今年花見も多くの地域で自粛だった)であり、桜を入れて灯台の写真が撮りたかったのである。

江崎灯台まで、数年前に比較すると更に近くなった。ほぼ新名神がつながり、私の住む三重県亀山からだと、3時間程度である。更に自粛のためなのか、マイカーが少なく、物流トラックが中心。流石、彼らは不必要な右車線走行もないため、順調に走れる。4月最初の週末(この週明けに緊急事態宣言が発出されたのだ)、うららかな日差しの中、誰もいない江崎灯台に着くと、阪神淡路大震災の爪痕が残ったEsakisakura04階段を駆け上って、灯台後方の広場に出た。予想通り桜は満開である。

Esakisakura03 ウグイスの鳴き声が響く静寂の中、いろんなことを思い出した。はじめてこの地を訪ねたとき、夕暮れのこの地を訪ねたとき、明石大橋の対岸から、この灯台の光を撮影したときなど。そして時間が流れた。予想もしなかった、新型コロナウイルスの脅威。誰もが、この時期TOKYOU2020オリンピック・パラリンピックに向けて盛り上がる興奮を抑えていたに違いなかった。開業医である私も、ここ数日の間に何度も、発熱患者様で疑いのある方に対応するため、防護服、防護マスク、防護シールド、手袋で診察室を出て車越しに診察することもあった。

いったいどうなったんだ!って多くの人が不安に押しつぶされそうになっている。しかし灯台に来て、その姿を見ると、人間だけが慌ただしく、愚かだと思えてくる。誰も言わないが、形こそ変化すれウイルスは人類よりずっと先に地球上に存在してきた。そんな地球を、自然を、我Esakisakura02が物の様に破壊してきたのは人間だ。地球が、いや、この世界が怒っているようにも思う。

Esakisakura01 その反面、この世界は優しさにあふれているとも感じた。桜は咲き誇り、ウグイスは自慢げに鳴いている。この自然に、世界に目を向け耳を傾けたら、優しさは至る所から感じられた。今一度、人は小さな存在であると言うこと自覚しなくては・・・

そんな、哲学者にでもなったようなことを思っている間、結局誰一人として灯台を訪ねる人はいなかった。つまり誰にも会わずに、目的を達成できそうだ。コンビニも寄らないために持参したお茶を飲み、駐車場のトイレで用を足し、しっかりと手洗い、アルコール洗浄をして車に乗り込み三重Esakisakura05 に戻ったのである。ここまで誰にも会わなかった灯台巡りは、ある意味初めてかもしれない。

 

 

 

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2019年8月24日 (土)

尻屋埼灯台(再訪)

Botantoudai_2_20190824175601随分しばらくぶりの更新です。灯台巡りは現在も続いているのですが、なかなか昔のように自由がきかなくなり、年間訪ねられる回数も減っていますが、今後も新たな灯台の記事はアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

さて、そんな中、今回は青森県下北半島の最東北端の尻屋埼灯台をまとめます。既に2007年に記事にしており、今回は再訪です。機会があればもう一度訪ねたいと思っている灯台が十数基ありますが、尻屋埼灯台はその上位で、今回その機会を持てたことは非常に幸運でした。更に今回訪ねてみると、なんと上れる灯台に2018年から変わっていました。と言うことで、もう一度記事にして紹介します。Shiriyasaki201908

 

尻屋埼がある下北半島は、青森観光でも訪ねる人は決して多くないと思います。今回青森県を、下北半島だけでなく、津軽地方、八甲田方面、三沢八戸方面も巡った旅であっただけに、そう感じました。下北半島での観光地も限られているからでしょうが、行く先々で同じ人に何度も会いました。

 

そんな中で尻屋埼を訪ねたのは、全くの偶然なのですが、前回と同じ時間帯でした。同じように夏の青空でしたが、いくつか前回と異なっていました。そのひとつが風です。今回はほとんど風が吹いてなかったのですが、前回は海の音しか聞こえない静寂の中で風が強かったため、耳元を流れていく風の音が異様に大きく感じたことを覚えていました。と同時に、前回は風に乗って漂う寒Shiriyasaki201911 立馬の糞臭がかなり気になりましたが、今回はほとんど気にならなかったと言うのが前回との違いです。

そして何よりも大きな違いは、灯台の上に人がいるじゃありませんか!!前回と同じように、灯台に近づきながらシャッターを切っていると、ファインダーの中に燈塔の上部のドアが開いていて、人がいるのがわかりました。足早に近づいて敷地内に入ると、寄付といった形で入場料を払う受付が出来ていました。思わず係の女性に『いつから上れるようになったのですか?』と尋ねると、『昨年からですよ~』と教えてくれた。前回訪問したときは下から眺めて、その美しい姿に感動していたのですが、今回は上れると知り、早速らせん階段を上って燈塔を上ることにしました。Shiriyasaki201906

 

Shiriyasaki201905

私が上ったときには二人みえたのですが、すぐに降りられ、しばらくの間一人で上からの景色を楽しむことが出来ました。ぐるっと一周見渡しながら回ってカメラに景観を収めたのですが、風が本当に穏やかで、波の音がかすかに聞こえてきます。気分的には夕方前と思っていたのですが、燈塔の影が海面に映る姿はそれほど伸びておらずに、まだ陽が十分に高いことを感じていました。

 

ここで書くことではないかもしれませんが、燈塔に上って、太平洋を眺めていると考えていました。前回2007年にここ尻屋Shiriyasaki201903 埼はじめ青森の灯台を、そしてその後2回にわたって宮城、福島、茨城と太平洋側の灯台を訪ね終えた翌年の2011年に、東日本震災があったのです。その時、ここ尻屋埼はどんな状況だったのだろう・・・と

 

前回訪ねてから、12年の歳月が流れていました。自分の中ではついこの間に来た・・・と言う感覚だっただけに、改めて年月を考えたとき、驚いてしまいました。自分が歳をとったということではなく、尻屋埼灯台が、あのときと同じくここに立ち、この景観を作っていることにです。当然のことですが、私にはそれが嬉しく感じました。あのとき訪ねて感じたいくつかの感動を思い出すことが出来たのです。ただし、その感動こそが旅愁だったとすれば、今回味わった感動はそれとは異なります。旅愁は、初めて、一人で、若いときに味わえるものだと、その昔国語の授業で教わった記憶がありますが、そうなんだと思いました。しかし、だからこそ異なった感動が湧き上がってきた気がし、それShiriyasaki201909が年月を経たことによってもたらされたものであるなら、この世界を生きている自分の存在を改めて意識させられていました。

尻屋埼の写真に付きものの、寒立馬たち。前回も灯台の近くにはいてくれず、灯台の写真に一緒に写ってくれませんでしたが、今回も南の方に集まっていて、灯台の写真には一緒に入ってくれませんでした。この寒立馬の数頭は、以前訪ねたときにもいたと思うのですが、『今回も一緒に写ってくれないんだ~』と愚痴ったときに、こちらに目線を向けた馬がそうだったのでしょうか?

 

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2019年4月20日 (土)

屋久島灯台(鹿児島県)

Botantoudai_2 久しぶりに、ゆっくりと灯台を味わった。とは言うものの、今回はそれ以上の目的を持って屋久島を訪ねたのである。

実は、かねてから還暦を迎えたら、屋久島の縄文杉を是非とも訪ねたい!と考えてきた。そう思った理由は後半で触れるとして、還暦を迎えたYakushima09chizu_1歳に屋久島行きが実現できたのである。私の住む三重県から中部国際空港まで1時間半、鹿児島まで手続きも含め約2時間、乗り継いで約1時間で屋久島に着く。2019年4月4日は早朝に出て、鹿児島で待ち時間はあったものの、午前11時に屋久島に到着した。晴天の中のフライトは、飛行機が得意ではない私にも楽しく、地図で見ているような高知室戸岬の形や、鹿児島開聞岳の上空からの姿に感動していた。

Yakushima06 前日まで、春とは思えない強い寒の戻りで震えていたのであるが、屋久島に到着しタラップを出た瞬間から、全身で南国を感じて、思わず笑顔があふれた。いかにも島の空港と言える様な出口を抜けて、出迎えのレンタカー会社の車に乗り込む頃には、これから始まる屋久島の旅をいろいろと考え、少し緊張を覚えた。今回は単純な観光ではなく、縄文杉を訪ねるための山歩きなどが大部分を占め、更に天候も大きな要素となるからである。とは言え、まずはレンタカーに乗り込むと、迷わず北西に車を進め、屋久島灯台を目指した。屋久島の主要道路は島をぐるっと回る道で、北西から南西の1/5ほどが整備されていないが、北西から南西までの東側4/5の外周は道も走りやすく、いくつかの主要な町が点在している。Yakushima01_1

島の北側を回りながらウミガメの産卵地で有名な海岸を過ぎて島の北西に向かうと、徐々に道が狭くなり、車一台分程度となった。しかし、対向車もなく順調に進むことができて、やがて正面に、数ヶ月前に噴火した口永良部島が見え、島を背景に屋久島灯台の白い姿が見えてきた。既に屋久島に行くことが決まっていたときに噴火のニュースを聞いたが、その後全く情報が無く、今ここから見る限りでは、落ち着いているように感じた。灯台の前に広い敷地があるが、その手前に数台分の駐車スペースもある。やはり立派な観光地として整備されていると言って良いだろう。車を降りると、青い空藍色の海を背景に白亜の灯塔が見えるため、気持ちが焦るが、いつもの灯台巡りに戻って、まずはカメラリュックを背負った。大きな門が施錠されて閉まっているが、その横に小さな門が開きっぱなしとなっている。仮に閉まっていたとしても乗り越えたであろうが、今回は小さな門を通り抜けて気持ちよく敷地内に踏み入れた。

Yakushima03_1 灯台は、敷地内のかなり海側に立っており、海側から照射灯を含めて写真を撮るのは難しい。海を背景に灯塔の後方から写真を撮りながら久しぶりの灯台巡りの時間をゆっくりと味わった。灯台を正面に左手には島の海岸線を追うことが出来る。黒潮の流れは、晴天もあり穏やかだ。新緑が森の緑を更に生命力をあふれさせている。その視線を更に左上方、島の中心方向に向けると、屋久島の神々が宿る山々が連なって見える。素晴らしい晴天で、雲一つかかってなかった。

なぜ還暦に縄文杉と考えたのか、理由は一つではない。仕事柄、長期の休みが取れないのであれば、何も海外に目を向けず、Yakushima04_1限られた日数の中で訪ねることができる国内の地で、是非とも訪ねておきたい場所をリストアップし始めた。日本に生まれたのである、日本のことは全て知っておきたいと思い始めていた。そしてその一つに屋久島があったのだ。また、誰でもそうであると思うが、歳を重ねるたびに人生に対して、自分が納得する答えを見つけたくなる。そんなときにTVで紹介された樹齢四千年以上と言われる縄文杉を見ることで、何かしら答えが得られるような気がしたのである。ちなみに、ここで簡単に言えることではないが、縄文杉を見ることだけではなく、屋久島、そして縄文杉を知り、歩いて訪ね、実際にすべてを見て感じたことが、私の求めていた答えを少しだけ与えてくれた気がしている。

Yakushima08_1 ここ屋久島灯台を訪ねたその後から屋久島の理解を深めた。縄文杉や雲水峡の苔むす森などを見て、感じ、そして知るべき知識を得たのである。もし、その後で、この灯台を訪ねたとしたら、更に異なった感動を与えてくれたに違いない。今は心からそう思っている。一度編集を終えてからではあるが、やはり苔むす森の雲水峡の写真を掲載することにした。Kokemusunomori  

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2018年12月30日 (日)

2019年のカレンダー作り

Botanomake 長らくアップしてない上に、今回は全くのおまけです。以前にも理由は説明したが、灯台巡りを続けてはいるものの、仕事上自由がきかず、訪ねる機会が減っている。

しかし、今後も続けていく以上に、これまでのたまりにたまった灯台の写真を整理しつつ、もう一度画像ソフトで編集して、少しインパクトのあると言うか、強調した画像に作り替えて、来年の自作カレンダーを作ってみた。なにげにFBにアップしたら、お世辞とは言え、悪い評価はなかったので、今回はおまけ話で候補になった写真を一挙掲載して、一言説明を付けてみた。
08822ooaraisakihama04震災の数年前に、既に廃棄となった茨城県の大洗の磯浜に立つ灯台の姿です。ちょうど夏の嵐が過ぎた翌朝でした。波に耐えて立つその姿に、役割を終えたとは言え、感動してました。
Kasamisakiwinter1冬の石川県加佐岬の灯台です。少し積もった雪でしたが、暖かい日差しで、日本海らしくない冬の光景かもしれません。
Sadohajikisaki06新潟県佐渡島の弾埼(はじきさき)灯台です。初秋に訪ね、バイクの一人旅中のお兄さんと一緒に語りながらこの景色を眺めたことは忘れない想い出です。
06北海道地球岬です。あいにくの天気でしたが、その雨雲の向こうに広がる水平線を想い描きながら時の経つのも忘れて見下ろしていました。
08821hitachi16嵐が近づく中撮った、茨城県日立灯台です。竜巻警報が出ている中、体を固定するのもやっとという状態でシャッターを切ったことが昨日のことのようです。
Iwaisaki08震災前に訪ねた宮城県気仙沼につながる岩井崎灯台です。その後もう一度訪ねたいと思いつつかなっていません。
Oshimatoudai22福井県雄島灯台です。梅雨の晴れ間に訪ね、幸い夕暮れ時の空を背景に撮ることが出来ました。
Toda4静岡県伊豆半島の戸田灯台です。富士も姿を隠す雲でしたが、力強さを感じます。
0872020ad和歌山県天神埼丸山灯台です。広がる平らな岩場にぽつんと立つ天神埼。ここはあまり有名ではありませんが、本当に穴場のスポットだと思います。
Esakitoudai201007兵庫県淡路島に立つ江崎灯台です。明石海峡を淡路島側から照らしています。写真は後ろ姿になります。
1ページ分の容量を超えそうなので、続きは次のページにまとめます。

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2018年8月27日 (月)

日和山灯台(北海道)

Botantoudai_2随分アップするのが遅くなったが、2017年夏に巡った北海道西北部の灯台巡りから、小樽に立つ日和山灯台を今回は紹介する。日和山は小樽中心部から北北西に位置する高島岬にあり、小樽水族館の北側である。神威岬、積丹半島方面から訪ねたが、当日はお盆すぎの日曜日でもあり、水族館に向かう車で予想以上に混雑していた。幸い灯台側の空き地を駐車場として開放(と言っても料金がかかるが)しており、灯台に近い場所に車を停めることができ、水族館には遠くなるが、私にとっては好都合だった。Hiyoriyama01

車を停めて、カメラリュックを背負って外に出ると、気温は30度以下だが、日差しが強く暑い。背中ににじみ出る汗を感じながら、灯台の立つ日和山を上がった。見下ろすと岬の南側(小樽中心部方面は、祝津のヨットハーバーや海水浴場があり、夏の海辺を絵に描いたような光景が広がっている。少し沖に目をやると、積丹ブルーに近い青い海から紺碧の海が広がる。背中は暑いが、視覚的には涼しさを感じる光景だった。Hiyoriyamachizu09
Hiyoriyama04
灯台は白亜に紅色が混じる灯台で、青森県の高野埼灯台を訪ねたときのことを鮮明に思い出した。あのときは、小高い丘を上ると、突然視界が開け、背景に紺碧の海があり、その全面に白と紅色の灯台が立っていたのである。しかし今回は、見上げた日和山に既に灯台の姿が見えていた。Hiyoriyama03
後で案内板を見て知ったのであるが、往年の邦画で、灯台守を描いた『喜びも悲しみも幾年月』のロケ地だったそうである。現在国内の灯台はすべて無人化されているが、灯台の敷地は広く、住居スペースがあったのかもしれない。さらに燈塔部分以外にも建物が隣接しており、その昔は、ここを人が守っていたことを感じさせた。Hiyoriyama07
灯台の敷地内に入ると、周囲の海が一望できる。青に近い海の色が印象的である。灯台の東側に回ると、少し下った場所から、岸壁の上に立つ灯台と、その右側(北側)に広がる海を構図に写真が撮れた。一隻のヨットとボートが進んでいくその景観は夏のものであり、北の小樽に立つ灯台のイメージは無かった。

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2018年5月27日 (日)

地球岬(北海道)

Botantoudai_2 2017年夏に訪ねた北海道の灯台記事がアップできないままに、また月日が流れてしまった。長く灯台巡りを続けた成果として、未踏の灯台が減ってきた現在、新たな灯台の多くは遠方や離島であり、訪ねる機会は多くない。だからこそ初めて訪ねた記事はしっかりまとめなければ、と反省しきりである。

Chikyuumisaki01

神威岬など積丹半島に向かう前に、千歳から室蘭に向かい地球岬を訪ねた。実はここの灯台には、強い思い入れがある。以前函館の葛登支岬灯台を訪ね、記事にしたとき、幼少期にお父様が灯台守としてこの灯台にみえて、一緒に過ごしたと言う女性から、想い出のメールをいただいたのである。(その記事の紹介はこちら)その時私が返信に、早く行きたい灯台の一つとして、今回の地球岬をあげると、その数年後にその女性が訪ねられ、私が来たときの目印にと、黄色いリボンをどこかに結びつけていただいたと聞いたのである。あれから訪ねる機会はずっと持てず、10年弱経ってしまった。今回雨がぱらつく曇天の中訪ねたが、まずはその黄色いリボンを探して歩き回った。『もう、あるわけ無い』と思いつつも、やはり見つけられなかったのが残念で、もっと早く訪ねられたら、と。まずは心の整理をしてから灯台に目を向けた。

Chikyuumisaki02

Chikyuumisaki05chizu

地球岬は、通常は灯台が立つ敷地まで降りていけず、丘の上から、視野に入る水平線を背景に、眼下にその姿を見る形となる。1920年に立てられたこの白亜の灯台の形状は、比較的多く目にするが、私が一番好きな形状かもしれない。安定していて力強く、それでいて美しい。

天気に恵まれず、『地球が丸い』と感じるような水平線を背景に見られないばかりか、近づけない。さらに私的には、黄色いリボンが無かったことも加わり、なんとなく重い雰囲気で灯台を味わった。

Chikyuumisaki04

ちなみに、観光地でもあり、駐車場も整備され、立派な展望台もある。私はレンタカーでやってきたが、TVなどの旅行記でも取り上げられる様に、列車で訪ねて駅から徒歩で登ってきたときには、広がる海が見えたときは、地球岬という名前通りの感動を味わうに違いないと感じた。

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今回、曇天だったことと、回収できなかった黄色いリボンの想い出を自分の中で整理して写真に珍しく加工を加えてしまったことを付け加えておきます。

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2017年9月12日 (火)

神威岬灯台(北海道)

Botantoudai_2今回紹介するのは、地球岬と共に、必ず訪れたいと思っていた北海道の灯台の一つ、神威岬灯台である。晴天に恵まれ、多くの観光客に驚きながら訪ねたと言う印象も強かったが、それ以上に積丹ブルーの海に突き出た岬の絶景は忘れられない訪問となった。

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洞爺湖方面から、ニセコを通り抜けて北上して、徐々に神威岬に近づくと、車やバイクの数が増えてくる。バイクで北海道を走ってる姿には、この歳になっても憧れがあるためなのか、私は、前に車がいない状態で後方からバイクの集団が近づいてくると、窓から手を出し『いいね!』をして、そのまま抜いていくよう促してしまうのだ。挨拶を返して抜いていく姿を見送りながら、今更ながら、若いときにバイクでこの地を走ってみたかったと思うのである。

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ただ訪ねたのは8月19日、夏休み期間である。とにかく凄い人だった。神威岬と看板が出た交差点を曲がると、既に数台の車が駐車場手前で並んでいる。結局少し時間がかかったが、幸いにも出て行く車を見つけてそこに駐車した。岬に向かって歩き出すと、徐々に細くなって一列になった人の波は数珠つなぎ。渋滞まで発生している。更に日本語よりも中国語の方が圧倒的に多く飛び交っている。灯台巡りで中国人と一緒なのは、鹿児島の長崎鼻灯台でも経験したとは言え、私にとっては異様である。

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気温は28度で風が心地よいのだが、日差しは強い。しっかりと汗をかきながら人の波に従って進むこと半時間。ようやく先端の灯台にたどり着いた。私としては灯台が目的だが、多くの人は岬の先端からの景観が目的である。しかし灯台が日陰を提供しており、その前から人が消えてくれない。不本意ながら多くの人が写り込む写真となった。それ以前に、灯台にカメラを向けていたのは、私だけだった気がしている。

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神威岬灯台は明治21年が初灯で、北海道に最初に立てられた灯台20基の内、5番目に古い灯台である。この絶景の中に立つ神威岬、改めて感じたのだが、灯台ほど人工の建造物で、自然に受け入れられた物はないと思う。おそらくこの地を訪ねてきた多くの観光客の誰一人として、神威岬灯台を邪魔な物、余計な物としては見ていないはずである。

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灯台を取り終えた自分も、この積丹ブルーの景観を見逃すはずはない。灯台の写真を撮り終えると、いろんなアングルでこの絶景をカメラに収めた。だが、この景観は写真に残さずとも、忘れるはずがないと思っていたことも間違いない。

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付け加えておくと、岬の先端までの歩道は整備されているとは言え、アップダウンはかなり多い。駐車場に戻ったときに、ヒール姿のボディコンのワンピースをまとった女性が彼氏?と中国語で話しながら岬に向かったが、少し無謀だと感じた。また岬までの道は、本当に狭い場所もある。今回のように人が多いと、立ち止まって写真を撮ることすら迷惑となる。この景観を背景に写真を撮りたいという気持ちはよくわかるから、少なくとも先に行かせてあげたり、人の列が切れるのを待つなど、タイミングを計って欲しいものだ。しかし、そう考えない人たちが平気で立ち止まって渋滞を引き起こしつつも、景観を背景に自撮りしていた。この時の一団は中国語を話していたが。

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2017年8月24日 (木)

積丹出岬灯台(北海道)

Botantoudai_2今回は、旅から戻り一週間も経たない間に記事を書いている。2017年8月19日に神威岬から積丹岬を経て小樽に旅して灯台を巡った。今年天候不順が各地で続き、北海道も例年より雨が多かったそうであるが、この日は快晴。気温は27度と涼しいのだが、日の当たるところでは肌に刺すような日の光が降り注ぐ快晴だった。

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積丹ブルーと言う言葉は、この地を旅するからこそ知った言葉であるが、その言葉が必要だと感じる碧い海。神威岬から感動の言葉を発し続け、この積丹岬まで続いたこの感動を忘れない間に記事にしてみた。ちなみに積丹ブルーの原因は特産とも言われるウニが海藻の新芽を食べるために白い岩肌となったことも一因で独特の青みが生まれているとネットで読んで驚いた。

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神威岬を訪ねて、その素晴らしさでhighになった状態のまま積丹岬を訪ねたが、神威岬に比べて道案内は無く、ナビが無ければ通り過ぎてしまうような細い道に入った。上る道も狭く、たどり着いた駐車場も狭い。しかし頭上の岬に灯台の姿が見えており、おとなしく車の列に並んで、少し待って駐車場に車を納めた。駐車場から歩き始めるとすぐに、『日本の渚100選』と書かれた案内番が目に入ったが、そちらとは異なる上り坂方面に灯台がある。観光客の列から離れ、一人上り坂に向かった。結構きつい坂道を上ると、やがて白と赤の灯台が見えてきた。先端は黒ずんで見える。一見すると古く見えるが初灯は昭和40年と私よりも若い。適度に古いためそう見えるのかもしれないと思った自分であるが、そんな自分も古びれて、いや老いぼれて見えるのだろうか。

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人の姿は少ない。満車から降り立った人はほとんど全員が、駐車場からトンネルをくぐってたどり着ける渚100選の島武意海岸に向かったようだ。おかげで、灯台の奥にある絶景を独り占めできた(写真最右下)。この景観も島武意海岸の一部である。

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先に訪ねた神威岬灯台では、観光客の人混みに埋もれていた。観光客がいる、と言うよりも人がいる灯台巡りになれていない自分は、ここでようやく居場所を見つけたようにリュックを下ろして灯台、そして周囲の景観をゆっくりと味わった。積丹岬であるが、灯台名は積丹出岬灯台である。地図で見ると少し東側の出っ張った部分は積丹出岬となており、納得である。灯台の姿は、少し頭でっかちであるが、安定感があった。北海道と言えば我々東海に住む者は冬をイメージする。しかしこの日の晴天からそれは難しかった。

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しばらくして、人の姿が近づいてきたのを機にリュックを背負って、多くの人が訪ねている海岸線に向かった。しかし高い場所から下りていけると思ったが、そのまま横への移動のみ。随分高く、海岸を見下ろす形となった。それでも人が点にしか写らないこの高さから海岸全体をカメラに収めることが出来たのはラッキーだった。積丹ブルーを十分に味わい、満足して車に戻ったのである。

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2017年7月22日 (土)

高山岬灯台と白瀬照射灯(山口県)

Botanomake 今回は、おまけですが、一応灯台の写真もあるので、カテゴリーは中国地方の灯台として記事をまとめました。1年以上経ったのですが、たどり着けなかった後悔が心のどこかにあって、とりあえず記事にしておくことを思いつきました。そうです、今回はたどり着けなかった高山岬灯台と、その途中に立つ白瀬照射灯を紹介します。

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島根県との県境に近い日本海側に高山と言う名の山がそのまま岬を形取った様な丸い岬があり、その先端が高山岬と名付けられています。道は西側からのアプローチとなりますが、そのほぼ終点の道から、遠方に高山岬灯台を見つけたのですが、そこへの道を探している間に、帰りの時間が来てしまい、遠方からの写真のみとなってしまいました。この時、萩からレンタカーを跳ばして是非とも訪ねたいと思って来ただけに、凄く残念で、しかも姿が見えただけに、後ろ髪を引かれる思いで引き返したのをしっかり覚えています。(ちなみに、この日時間を気にして新山口駅まで戻ったのですが、駅で1時間以上時間を潰しており、十分訪ねる時間があったというオチをここで書いておきます)

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高山の西を進む道は、すれ違うのも困難な細い道で、実際2台(少ないか多いかは別として)とすれ違い、かなり苦労した。それでも進むと、左手に白い灯台?が見えた。いや、近すぎると思って、車から降りて訪ねてみると、照射灯だった。白瀬照射灯と立派なプレートまで入った、白亜の灯塔を持つ照射灯である。少し後方に下がって照射先を見ると、確かに岩礁が海から突き出ている。しかしどう考えても光の進む方向には木があり、枝に光が当たっているのでは?と思えた。これから葉が茂る季節になると照度が下がりそう・・・などと思いながら、車に戻り更に道を進んだ。途中左手に高山岬灯台の姿が見え隠れしたが、直線的では無くルートがあるとは思えないため、更に車を進めた。すると田畑の向こうに前方の小高い山の頂上に高山灯台が見える場所に到着した。もう少しとばかり車を進めたが、行き止まり。徒歩で向かおうとしたが、アプローチする道がわからない。時間など気にしないいつもなら、まずは方角が決まれば、誰かが通ったと思う山道に踏み込むのであるが、時間を気にしているとその決断さえできない。結局タイムオーバー(と、この時は思った)。写真を望遠で撮り、悔しさを何かにぶつけることもできず車に戻り、来た道を引き返した。

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事後談になるが、多くの灯台好きの方がアップしている灯台のサイトで、高山岬へのルートを紹介しており、途中の灯台が見えるところから道があるとありました。つまり私がアプローチしようかと思っていたルートは全くの獣道になっていた可能性があったわけです。

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それでも、これまで幾度となく、本来の道とは別のルートででもたどり着いてきた灯台。思い出せば京都の博奕岬灯台(ばくち岬)では、自衛隊の敷地内であり、不法侵入を意識して道を進まず、崖を登って転落しかけたこともあった。歳をとって勘が鈍ったのだろうか?それとも時間というプレッシャーに負けたのか。再訪は今のところ考えていないのだが・・・。

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2017年7月17日 (月)

都井岬灯台(宮崎県)

Botantoudai_2 今回紹介する灯台は、雨天の中訪ねた宮崎県の都井岬灯台である。幸い訪ねた時間帯は薄日も射してはいたが、放牧された岬の斜面で草を食べる馬たちや水平線を背景に灯台の壮大さを味わうにはあいにくの天気だった。

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さすがに観光地である。向かう道路標識も親切で迷うこともない。都井岬は宮崎県としては最南端の灯台であるが、それ以上に景観が素晴らしい。できるだけ考えないようにしたが『天気が良ければ・・・』と幾度となく頭を横切った。それでも放牧された馬たちが、車にも慣れているのか、道路に出てきて窓越しに相手になってくれて、私の心の雲は少し取り除かれた気もした。

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登れる灯台は既に紹介しているが、日本に15基あり、この都井岬は登れる灯台である。今回で13基目を征服したことになる。あと残すは静岡県初島灯台と沖縄の平安灯台である。登れる灯台と言うことは、お金がかかる灯台という意味もある。日本中の灯台を巡ってきた自分にとって、灯台は自由に訪ねられる場所であってほしいが、登れるとなると入場料は目をつむる。しかしそこが観光地となると駐車場代がかかるところもある。都井岬は駐車場代は必要ないが、一帯に侵入する際に寄付と言った形で通行料が必要である。しかし放牧された馬たちの挨拶を受けると、当然とも思えるから不思議である。

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天気のためと平日の午後と言うこともあり駐車場には車は2-3台だった。前方に灯台の姿も見えている。早速灯台を目指し入場料を払って敷地内に入った。ソテツが並ぶ斜面の上に灯台があり、まっすぐに階段が付いている。階段を見上げた記憶は、愛媛県の佐田岬灯台が印象深いが、灯台の形状や周囲の雰囲気は全く異なる。階段を上り右手に海が広がり、左手(灯台後方)は展望台となっている。来る途中降り続いた雨も止み、少し薄日が奇跡的に射してくれた。この機会とばかりシャッターを切った。晴天なら水平線と青空を背景に灯台が引き立つのに・・・と、どうしても考えてしまった。

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昭和四年の初灯。歴史ある灯台であり、観光地。宮崎県の自然が満喫できるこの都井岬。鹿児島県の佐多岬とセットにして、必ずもう一度訪ねようと心に決めていた気がする。

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2017年4月25日 (火)

長崎鼻灯台(鹿児島県)

Botantoudai_2今回は、竜宮伝説がある鹿児島県長崎鼻に立つ長崎鼻灯台を紹介する。

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竜宮伝説と言っても、各地に残る浦島太郎の物語のひとつと思って訪ねたが、詳細な説明看板を読み、竜宮門と言われる穴の空いた岩礁や、少し離れた砂浜がアオウミガメ産卵地であることを知り、ここが本物と思い込んでいる自分に気づいて少し口元が緩んだ。しかししっかり観光地となっていて、土産物屋さんが並び、竜宮神社や浦島太郎の銅像もある。もっと驚いたことは、中国からの観光客も訪ねてくることである。指宿温泉や開聞岳など観光地が多いとは言え、日本の昔話にまつわるこの地まで・・と少し驚かされた。

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晴れ男と周囲から認められている私であるが、この日は雨。開聞岳も雲の合間から時々見える程度の中、長崎鼻に着いた。無料駐車場は、鼻につながる道のかなり手前にあるため、奥の土産物屋の人が手招きして有料駐車場に誘い込もうと必死であるが、私は観光では無く、灯台巡りであり、駐車場代を払うことを良しと思っておらず、悩むことなく無料駐車場に駐めた。

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晴天であれば広がる海を背景に、小さいが長崎鼻灯台はもっと絵になるかもしれない。しかしこの日の天気は、玉手箱を開けたときの煙のように雨に霞んで景観はきわめて悪い。今回本土最南端の佐多岬には足を伸ばしておらず、二番目に最南端である長崎鼻灯台からの景観を楽しみにしていただけに残念であった。それでも周囲の岩礁で形成された地形はなかなかのもので、灯台下から岩肌で続く平坦な場所もある。天気が良かったら、きっと降りて見上げて灯台の写真撮るだろうな~、と思いつつ近づくと、中国からのカップルが雨にも負けずにその場所に降りて、海を背景に自撮りに励んでいた。

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鹿児島に来たのは、遠い昔高校の時の修学旅行以来である。開聞岳はしっかり記憶に残っているが、長崎鼻の記憶は無い。確かに修学旅行で訪ねる場所ではない。ただ、池田湖から開聞岳を見た記憶がある。この池田湖は、ネッシーならぬイッシー恐竜が居るとして有名になったが、それは修学旅行よりずいぶん後のこと。今であれば、間違いなくイッシーの話をするはず。だとすれば、長崎鼻を訪ねてこそいないが、バスガイドさんであれば、竜宮伝説として長崎鼻について、きっと話をしていたに違いない・・・。そんなことを考えつつ、空を見上げて雨雲を少しだけ恨んで灯台を去ることにした。灯台の写真を狙うと言う目的も有り、雨の中で長い時間いたと思ったのであるが、さきほどの中国からのカップルは、私が去るときにも棒に付けたスマホで自撮りを行っていた。

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2016年12月21日 (水)

大王埼灯台(三重県)

Botantoudai_2私が灯台の立つ風景に憧れてから、何度も大王埼灯台(写真右上)へは足を運んでDaiousaki02_2いる。大王埼灯台は登れる灯台であり、そこからの景観は見事で、地球が丸いことを実感できる。近くに立つ安乗埼灯台も登れる灯台であり、英虞湾を見下ろす横山展望台からの景観(写真2番目)と合わせた三つは、景観を求める人への私のお勧めである。

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と言いつつも、実はこれまで大王埼灯台の記事は一度もアップしていなかった。どうも志摩地方に私は気に入られていないのか、安乗埼や大王埼で朝日を狙いに行っても雲で覆われていたり、中途半端な青空であったり、満月の夜を狙ってDaiousaki05
いくと、月そのものが隠れてしまっていたり・・・と、とにかく地元の灯台で有名な大王埼であるからこそ、お気に入りの一枚が撮れていない状況で、記事にアップするわけにはいかなかった。

今回アップする気になったのは、少なくとも雲ひとつ無い青空と水平線をバックに写真が撮れたからである。と言っても自分の中では、まだ満足は出来ていない。方角的に夕日は難しいが、西日を浴びて茜色に染まる灯塔の姿や満月の夜に投光する姿など狙

Daiousaki04いたいと思っている。

大王埼灯台の情報は今更取り上げる必要はないと思うが、志摩半島の南側で岩礁が入り組んだこの地域。遠州灘と熊野灘の混じる場所でもあり安全航行のために灯台の果たす役割は大きい。登れる灯台として、観光地としても整備され、更に大王町が画家の町としてPRしていることもあり、訪れる人は案外と多い。とは言っても犬吠埼野島埼灯台潮岬灯台の様な観光地では無い。確かに真珠や海産物の

Daiousaki03土産物が並ぶ商店もあるが、海の見える町の小道を灯台に向かって歩くと言った感じである。画家の町と言う名が示す様に、起伏に富んだ地形の光景は、平面的では無くどこを切り取っても奥行きが存在する。

Daiousaki07灯台は、資料館もあり立派である。らせん階段を上って照射灯の下に着くと、北東から西まで180度以上のパノラマが広がり、地球が丸いこともわかる。とそのくらい今回の訪問は晴天に恵まれたとも言える(だから記事にする気になったのであるが・・・)

灯台は、対面にある公園から見る景色が有名であり、今回私もお気に入りの一枚をアップし

Daiousaki01_3ておく(写真下)。ちなみに、その上の写真は、海女さんをイメージした萌キャラのポスターで、良く目にする。三重県人としてPRも兼ねて、一緒にアップしておきます。

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2016年9月29日 (木)

鼠ヶ関灯台(山形県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、山形県鶴岡市の西南に位置する鼠ヶ関の灯台である。新潟県との県境に近いこの地は、源義経が兄頼朝の追討を逃れ日本海を海路で平泉に向かうときに上陸した地として有名だ。と書いたが、そんなことは全く知らずにこの地に着いたのであった・・・。

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着いたのは午後3時頃。本当に蒸し暑い気温34度。鼠ヶ関はマリンパークもあり、駐車場周辺には海産物を販売する店もあるが、周辺の雰囲気は観光地ではなく漁港である。カメラリュックを背負って車を離れると、すぐに流れ落ちる汗を背中に感じた。埼に向かう手前に神社が有り、そこに義経の石碑が建っていた。それを読み終え、この地を昔から知っていた気分になって灯台を目指した。神社の右側が平坦路、左側が岩の間を通る道となって灯台に続いている。左側の足下の悪い方から向かうと、ちょうど太陽の方向に灯台と鳥居が見えてきた。弁天島(何処にでもある名前であるが)と地図上に記載されており、神社を含め境内なのだろう。更に鳥居には「金刀比羅神社」と聞いた名前が記されていた。正面に灯台、そして太陽が照るこの構図は、モノクロのイメージである。逆光の太陽が眩しく、白いはずの灯台も岩肌も波すらも黒く見えた。灯台の前まで進むと、水平線も見えて景観は良いはずなのだが、日射しに向かう視野の中では、何もかもが眩しく、青空さえも光ににじんで見えた。帰りは神社の右手につながる道を進んだ。灯台と周囲の岩肌、そして海面が良い構図となるが、やはりこの時間は全てか光に溶けてしまいモノクロのイメージでしか見えなかった。

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山形県の海岸線では、どこからも夕日が素晴らしいと案内されている。ただ西に海があるからなのだろうが、この鼠ヶ関は、岩で盛り上がった埼の上に立つ灯台であり、少し角度を付けた構図で、水平線に消える夕日と共に撮影すれば、茜色のお気に入りの写真が狙えそうである。しかしこの日は他に予定があり、その時間まで待つことも無く灯台を後にすることにした。神社の右側につながる道を戻りつつ、何度も灯台の立つ埼を振り返っては、何枚もモノクロのイメージの写真を撮った。しかし、どの構図でも、確かに夕日は似合いそうであった。

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神社まで戻る頃には、カメラリュックとで挟まれていた背中が汗で気持ち悪い。一度神社の境内に立つ義経の石碑の前でリュックを下ろしてシャツと背中の間に風を通して涼んだ。ふとこの地に上陸した義経を思った。そんなことも知らずに、ここに来たわけであるが、これまで義経を逃避行のイメージで考えたことは無い。どちらかと言えば武勇伝としてのヒーローである。改めて想いを巡らせ境内を歩いている間に少し汗も落ち着いた。それが理由ではないが、ふと思い立って、さい銭を握って、神社に立ち寄りお参りをしてから車に向かった。

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ちなみに、この日私は、庄内空港に近い湯野浜温泉の旅館から、アワビの踊り焼きを食しながら、のんびり日本海に沈む夕日を味わったのである。

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2016年9月 4日 (日)

波渡埼灯台(山形県)

Botantoudai_2ようやく灯台巡りに出かける時間を作ることが出来た。2016年の夏、これまで同様、お盆に仕事をして、その後休みを取って、山形県の灯台を陸路で目指したのである。山形県

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は日本海に、主に酒田市と鶴岡市で面してはいるが、県の多くは内陸に広がっており、到着した山形駅は、むしろ大洋側である仙台に近い。そこから磐梯朝日国立公園の月山を越えるルートでレンタカーで日本海側に進んだ。と言うかこのルート以外に西に向かう道は無いとも言える。一部を除き高速道路でつながってはいるが、ほとんどが対面通行。景色は楽しめたが、山形市や日本海沿いの坂田市や鶴岡市と交通の便が良いとは決して言えそうもないことは感じ取れた。

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日本海側に出て、最初に向かったのが今回紹介する波渡埼灯台である。日本海東北道を利用したため、少し南に下ってから、7号線で北に登ると、ちょうどカーブの正面に灯台が見えてきた。灯台の前には休憩や景観を楽しむための駐車スペースがあって、ありがたかった。

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見晴らしの良い高台の埼である。海原に目を向けると、まず沖の岩礁に立つ標識灯が飛び込んできた。水平線も見える晴天であるのに、先に標識灯に目が行くのが、灯台巡りをしている者の常かもしれないな・・・などと考えながら灯台に近づいた。灯台は、よく見る点滅式で、昭和30年点灯と私より年上である。夏の雲がかかる青空と碧い海を背景に白い灯台は良く映える。私にとっては、よく見る灯台ではあるが、しばらくぶりの灯台巡りがそう思わせていたのかもしれない。しかし仮に灯台に興味が無くて訪ねていたとしても、これと同じアングルで写真を撮ったはずだと確信できた(写真右下)。

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数年前に秋田県を北から南下して山形に入り県境の羽後三崎灯台を巡っている。あの時も暑かったが、今年はとにかく不快指数が高い。とは言っても私が東北地方の灯台を巡るときはいつも晴天である。少なくとも私は勝手に晴れ男と信じはいたが、出発直前まで曇予報で、南には台風の存在、そして今年は北の天気が荒れて

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いたことから考えると、晴れに感謝せずにはいられなかった。久しぶりに灯台巡りに戻れたことに感謝しつつ、そんなことを考えていたら感傷的になっていた自分に気づいて、不思議に懐かしかった。

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2016年7月 2日 (土)

磯津港南堤防灯台(満月の夜に)

Botanomake 今回は、長い間ブログを更新できていないお詫び、そして次回までのつなぎのための記事で有り、全くのおまけ話です。

2015年度から、自分の本業以外に行政の事業に協力した仕事を引き受け、なにかと休日に所用が入り、更に私的な理由で自宅を長期間空けておくことが困難な状況が続いたため、必然的に灯台巡りの時間を持てずにいました。

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行政がらみの仕事は引き続いているのですが、ようやく休みが取れる環境となったため、ボチボチではありますが、灯台巡り再開宣言です。そこで今回は、灯台巡りが出来ずにイライラする中で、せめて灯台巡りを味わいたくて、以前紹介していた三重県四日市にある磯津港南堤防灯台を満月の夜に訪ねましたので、その写真をアップして、『灯台巡りが終わったわけでは無く、しばらくお休みしていました』と案内を兼ねてアップしておきます。

磯津港南堤防は、既にブログで案内していますが、シロチドリ繁殖地で、草原(と言っても四日市コンビナートの近くですが)に隣接した堤防に立つ灯台です。昨年満月の夜(SuperMoon)に、明るすぎる月光の中撮ってきました。後から、『何も満月の日に月を入れなくても、望遠を駆使して、コンビナートを背景に遠近感を消して灯台の灯りを撮るべきだったなー』と反省した記憶は、いつもの灯台巡りでの写真の反省と変わらないな・・・と苦笑いでした。

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