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2006年5月

2006年5月29日 (月)

日御埼灯台(島根県)

Botantoudai_19 私が本格的に灯台を巡ることを考えたのは、最初の記事にも書いたように、2002年に自動車のレースをやめてからだ。ちょうどその時にこの日御埼灯台を訪れた。ドライブの目的地として灯台を思いついたという、不純な側面もあるのは事実であるが、この日訪れた日御埼灯台から受けた灯台巡りへの影響はかなり大きいと言えそうだ。

2003年8月に家族で島根を旅したときに訪れた。夏休みシーズンで、多くの観光客のいると言う、最近では味わったことのない訪灯台であったが、夏空の下、白亜の灯台の姿は雄大であり、美しかった。01_6

さすがに観光地化されており、周囲の整備をはじめ、案内表示や説明看板(写真左上)も充実しており、また広い駐車場にはお土産屋さんまであった。家族4人で来たのだが、私一人、ま04ず灯台を見上げながら周囲をぐるっと歩いて回った。海側に突 き出した岸壁から陸地側を振り返って灯台を見ることができる。(写真右)他の3人は先に灯台を登っていたが、自信を持って先に周囲を回ることを薦めたい。後で灯台に登ったときに、そのイメージが更に広がるはずだ。

そう言えば、登れる灯台へは最近訪れていない。整備され、管理可能な灯台に許された楽しみだろうが、やはり素直に視点を変えられる楽しみは嬉しい。とは言え、写真を狙う場合は、海を背景にしたいのが私のス03_5 タイルだ。(写真左下)

その日、その時の状況を大切にして、素人なりに写真に収めるよう努めている私であるが、いくつかの灯台は、天気とタイミングを狙ってカメラを向けてみたいと素直に感じる。この日御埼灯台は、点灯後に海へ放つ光を追ってみたいと感じた。

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車で来たのですが・・・

Botanomake_2 私の灯台巡りは、その移動はほとんど自家用車である。今後遠方を訪ねるときには、他の手段も必要となるだろうが、それでもレンタカーなどを利用するものと思っている。車での思い出話はたくさんあるが、2005年の夏に山陰地方を車で訪れたときの笑い話を紹介します。

山陰を3日かけての行程で、最初の宿泊地である浜坂に近づいた。頼んでおいた民宿の位置がはっきりしないので、電話をすると「どうやって、来られますか?」の問いに「車です」と答え、民宿までの道を教えてもらった。迷わずにその通り行くと、民家が両側に建ち並ぶ細い道に、その民宿はあった。駐車場を尋ねなければ・・と思い、脇に寄せて中に入った。おかみと思われる、先ほど電話に出てくれた女性が応対してくれた。Photo_7「先ほど電話した者ですが、駐車場は何処でしょうか?」と尋ねると、「あっ!お車でいらしたのですか~!」と答えてから駐車場を教えてくれた。民宿の裏側に駐車場はあり近かった。しかし確かに電話で、「車で」と答えたつもりなのに・・と考えながら部屋へ案内された。

近くのヘルスセンターのような大浴場で汗も流し、美味しく夕食もいただき、早々に休んだ。翌朝4時半に起きて浜坂港を見下ろす岬の灯台まで車で出かけた。朝日に映える灯台を満喫して7時頃に再び民宿に戻った。戻ると「早くからどちらへ行ってきたんです?」の問いに灯台へ行っていたことを伝えた。すると「えっ!あんな遠いところまでどうやって?」と尋ねられた。質問の意味を少し考えてしまったが、やはり「車です」と答えるしかなかった。

朝食後8時15分頃には、余部灯台など香住に向かって移動するため発つことにした。玄関口まで見送りに出てくれたその女性は、「気をつけて。駅まで歩いて10分くらいですから・・」と言葉をかけてくれた。「車です」と一応訂正はしてみたが、もうどうでも良かった。

Photo_6よほど車で来る客は少ないのだろう・・・などと考えつつ、自然に笑顔になる自分を感じながら余部を目指して運転した。(写真右上は浜坂港を見下ろす、写真左下は余部灯台からの景色)

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2006年5月26日 (金)

越前灯台(福井県)

Botantoudai_18子供の頃、日本海側の地方が好きだった。今でも勿論好きだが、当時は漫画「夕焼け番長」で読んだ夕焼けのシーンに感動して、イメージを膨らませていた記憶がある。そのためか、日本海側の灯台を訪れるときは、何度か夕焼け時を狙って出かける。今回も同様、自宅を出るまで夕焼けのイメージを抱いていた。しかし海に近づくにつれて、空は霞み、徐々に白い雲に覆われイメージ通りにはいかなかった。

2004年の9月の土曜午後から、いつものように車を飛ばして福井に向かった。敦賀インターで北陸自動車道を降り、そこから海岸線を走って日本海沿いを北上した。河野自動車2_6 道は景観もよく、気持ちの良いドライブ。その後305号線に入り、途中以前紹介した干飯埼に立ち寄った。そのまま北上して越前岬に着いたのは、5時10分前だった。ところが、越前岬灯台は、越前岬水仙ランドに近接しており、車で上って行く道があるのだが、そのためには入場料を払わなくてはいけない。更に5時で閉鎖になると言う。下に停めて歩いても良かったが、とりあえずゲートにいたおじさんに説明した。すると灯台へ行くだけならかまわないというのだ。更にお金はいらないとのこと。ただあんまり時間はもらえなかったが、灯台を味わい、写真を撮る時間には十分だった。写真は、白い雲が背景で苦労したが、数十分の滞在で越前岬灯台を感じることはできた。灯台の姿、海に対しての位置などから、夜に来てみたいと久しぶりに感じた。

帰りにおじさんに十分礼を述べて帰路についた。帰り道で右手に見える海と太陽を路肩に停めて写した。(写真右下白い雲に覆われた日本海だった)1_5

描いていた夕焼けの写真は次回にお預けとなったが、予定していた二カ所の灯台を味わうことができて、心地よく帰りのドライブを楽しんだことを覚えている。

 

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2006年5月25日 (木)

舞阪灯台(静岡県)

Botantoudai_17 私は、灯台巡りの一つの楽しみとして、山歩きを求めているところもあり、比較的容易にたどり着ける整備灯台などは、先延ばしになることが多く、訪れる場合でも他に何か目的があることが多い。今回訪れた舞阪灯台は、美味しい鰻が食べたくなって浜松へ出かけることにしたため、一緒に訪れることにした。

2006年5月の本当に久しぶりの晴天の日曜日に早朝から浜松に向けて午前7時頃に家内と出かけた。現在三重県から伊勢湾岸道路の開通で、東名高速豊田ジャンクションまで直通で行け、浜松まで2時間かからない。浜松西インターで降りて、海沿いの舞阪を目指した。2_4 舞阪灯台は、近くからはその姿が確認できることもあり、地図に従い海岸に近づくと、その後も迷わずに到着することが出来た。

青空に満足して、灯台を味わいながら写真を撮ったりしていると、朝のジョッギングしている人や、犬の散歩する人たちに出会った。自分はお昼近い感覚でいたが、まだ午前9時であることに気がついた。朝ご飯をほとんど食べずに出かけてき1_4たので、既に空腹である。しかしこの時間では、まだ鰻屋さんも開いていない。しかたなく、他の灯台を目指すことにして、お昼前まで時間を過ごした。幸いちょうど良い距離に有名な灯台があり、そちらを訪ねた。その後11時半頃には、事前にネットで調べておいた鰻屋さんに到着し、美味しい鰻に満足して浜松を後にした。

帰りも順調で、2時頃には自宅に戻っていた。店で鰻をおみやげに作ってもらい持ち帰った。つまらないことかもしれないが、夕食時、子供たちが鰻を喜んでくれたことで、灯台への訪問がとても意味のあるように思えたのは、きっと勝手な自己満足なのだろう。

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お兄さん

Botanomake_1 陸地から確認できない岬の先に立つ灯台や、森の中に立つ灯台、あるいは断崖の下に立つ灯台など、時に地図だけを頼りにして出かけてもたどり着けないことがあります。そんなとき、地元の人に灯台の位置を尋ねることが多いのですが、案外知らない場合も多く、「そんな所に灯台なんてあったか?」と逆に質問されたりします。また漁師の方ですと、「船からなら、あの岬の先に見えているんだけど・・」と徒歩で行く私には、あまり役立たない場合も多いです。

京都府にある千本松鼻灯台に行ったときのことです。霧がかかった早朝にここを目指しました。いつものように国土地理院の地図で灯台のおおよその位置を確認して、その場所に近づきました。海から20メートルくらいの急な斜面には草木が覆い茂り、海岸線を見ることができないのです。それでも自分のいる道から上方、そして下方を探しましたが、灯台の姿は見つかりません。半ば諦めて地図を再確認すべく車に戻る途中、一人の70歳くらいの釣り人と出会い、挨拶と共に灯台を尋ねてみることにしました。あまり確かな返事は1_6もらえなかったのですが、海岸線に降りられる場所を教えていただき、そこへ向かいました。 かなり急な斜面でしたが、海岸線に降りられ、海に沿って岬先端を目指すと、灯台がありました。

帰りに再びその釣り人に会ったため、お礼を述べに近づくと、私が釣りではなくカメラを持っていたことで、話がはずみました。その時、「お兄さんは、どちらから来たんやな?」と尋ねられ、久しぶりにお兄さんと言われたことに気分良くして、次の灯台を目指したことを覚えています。

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2006年5月22日 (月)

大羽尾灯台(鳥取県)

Botantoudai_16 2005年の夏に兵庫県の日本海側の灯台を巡った。この大羽尾灯台から日本海側の兵庫県にある灯台を東に向かって巡り、浜坂と香住で2泊する3日の行程を企てた。と言いつつ、この大羽尾灯台は鳥取県であると言うことを訪れるまで気がつかなかったのだから、いい加減な計画だったかもしれない。

朝6時前には三重県の自宅を出て、大羽尾灯台に向かった。中国自動車道を利用し、9号線に入り福知山を通り、温泉町を抜けて日本海に出た。2_3 但馬牛の美味しそうなステーキの看板などが目に入り、空腹を感じた昼頃には日本海を見ていた。あいにく小雨が降ったり止んだりの天気。それでも大羽尾灯台近くの海岸はサーファーでにぎわっていた。サーファー達の間に車を停めて小高い岬と言うより山に向かった。(左写真は海岸線から見える灯台の建つ山。この頂上に灯台がある)

3_2 ところが山を登る道などどこにもないのである。しかし最初の灯台で諦めるわけにもいかず、草をかき分け、木々につかまり何度か足を滑らしながら山を登った。20分ほどで灯台には着いたが、そこからが大変!汗をしっかりかき、1息も切れているため一休みしてから・・と思っていると、ヤブ蚊がブンブンと寄ってくるのである。仕方なくカメラを構えたが、 動きが止まると蚊が刺すため、ぐねぐねと動いては、写真を撮るという、実に落ち着きのない状態。写真を撮り終えると、汗も拭きたいし、シャツも着替えたいため、早々に下山した。

車に戻り、サーファー達がサーフスーツを脱いで楽しそうに、裸で過ごしている横で、私は、ただ汗をかいたシャツを着替えるために裸になっていた。きっとその姿に、サーファー達は首をかしげていたに違いない。

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2006年5月19日 (金)

美川灯台(石川県)

Botantoudai_15 三重県から北陸自動車道に入り、そのまま福井県を過ぎると石川県・・と言う簡単な理由で石川県も近くに感じる。以前から北陸自動車道を走っていると、「美川県一の町」と書かれた建物の近くに細長い灯台があることは知っていた。今回はその灯台に立ち寄ってみた。

実は、安宅の関で有名な安宅灯台を訪ねた後に立ち寄ったのである。2005年5月の土曜午後から訪れたのであるが、実に天気の良い穏やかな日で、灯台近くの海岸でのんびりしている間に夕焼けが始まった。美川灯台そのものは、北陸自動車道脇にあり、多くの人が目にしているそのままの姿であったが、海岸線側から見ると、03_4その姿は親しみがあって似合っていると感じた。 (写真右上、左)

01_5 夕焼けを海岸線でのんびり眺めていたのだが、陽が水平線に近づき、夕焼けの色が濃くなり始めるにつれて、近くの子供連れの家族やカップルも集まってきた。いつの間にか自分の回りだけでも十数名のギャラリーとなり、みんなで日の入りを眺めた。標識灯が海岸線にあり、その向こう側に日が沈んでいく姿を何枚かカメラに収めた。(下右写真)

日が沈むとすぐ暗くなり(あたりまえだが・・)、明日もきっと天気が良いと考え、急きょ、小松市内のビジネスホテルへ泊まることにした。明日も能登半島までの海岸線沿いを回ろうと02_5考えたたのである。朝早くからの移動を考え、コンビニ弁当を食べて寝た。ところがなんと、翌日5時過ぎに起きると、真っ黒な雲に覆われた雨なのである。結局金沢港近くの灯台だけ回り、昼過ぎには三重に戻っていた。 元来晴れ男だと信じている自分なのだが・・・。

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2006年5月16日 (火)

滝埼灯台(石川県)

Botantoudai_14 以前の記事にも書きましたが、私が灯台を訪れるようになった一つの理由に、車の運転をして目的地に向かうというものがあり、当初灯台は、その目的地の一つに過ぎなかったのですが、いつの間にか灯台そのものが目的となっていて、足を伸ばして出かけたとしても、灯台以外は立ち寄らないと言うことも増えています。

2005年の9月に訪れた滝埼灯台も、そんな形での行程でした。土曜午後から、家内と共に金沢に向かい、ホテルに着き、夜は金沢市内で美味しいものを!と食べ飲み歩きましたが、翌朝日課のジョッギングで金沢城を走った以外、金沢市内はどこも観光せず、01_3 能登半島道路に向かいました。途中渚ドライブウエイも以前来たからと通らず、能登半島の南西の灯台をいくつか巡りました。滝埼灯台は、港近くにある喫茶店の脇に車を停めて、海岸沿いの道を徒歩で10数分のところに見えますが、そこから草木が茂る土手のようなところを越える必要があります。蜘蛛の巣がそこら中に広がっており、何度も顔を巣に引っかけましたが、灯台が見えているだけに迷うことはありません。(写真右は滝埼灯台、この後雨が降り始めました)

昼過ぎには帰路につき、自宅には夕方頃戻りました。自宅に着いた時03_3 に、家内が「金沢まで食事に出かけたって感じ・・」と言ったことが印象に残っています。左の写真は海岸沿いの道から灯台を撮ったものです。

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2006年5月15日 (月)

博奕岬灯台(京都府)

Botantoudai_13 灯台。その設置場所は公の場所が多いと思っているが、時に私有地だったり、私有地と限りなく接していたりする。発電所の敷地内にあることも多い。金網で進入を拒んでいる所も多いが、行ってみるまで立ち入り禁止区域なのかどうかもわからず、近くまで行けば、やはり灯台までたどり着きたい。今回紹介する博奕岬(ばくちみさき)は、その意味では不法侵入を侵して訪れました。実は、その時アクシデントもあり、痛い目をしたから、不法侵入は許していただけると信じて紹介させていただきます。

2005年の秋に訪れました。地図に従い順調に博奕岬の海岸までたどり着いたのですが、岬をそのまま車で上れる様な道があるものの、頑強な柵で進入が拒まれていました。車を停めて近づくと、「自衛隊所有地につき進入禁止」とあります。しかしここまで来て帰るわけにはいきません。柵は道路にのみ築かれ、周囲の林は何もないため、ならば・・と林の中から岬の頂上目指して登り始めました。最初はなだらかな斜面も徐々に急になり、木々や岩を必死の思いでつかまり登っていきました。02_3 かなり登り、登り切ったような所で道路に出ました。と言っても数メートル下なのですが、ここからなら灯台も近いと感じ、その道路に出るため、崖を下ることにしました。近くの木の枝を持って体を下の岩に降ろそうとした瞬間、枝が折れて完全に無防備の状態で右肩から下方に転落・・・。幸い、2メートルくらい下にあった木に肩をぶつけて転落を免れました。この木より下は4メートルほど岩の崖が続いており、本当にこの木のおかげで助かりました。肩の痛みはあるものの大事には至らず、気を取り直して、その後道路を少し歩くと、灯台が見えてきました。(写真右、この写真は灯台の後ろ側、つまり登ってきたときに見える姿です)

博奕(バクチ)岬の灯台、名前通り、大きな賭をして灯台にはたどり着いたものの、一つ間違えれば怪我で済まなかったかも知れず、今後注意しなければ・・と反省でした。帰りは、結局自衛隊所有の道を歩いて下まで降りたのですが、かなり長時間かかり、如何に真っ直ぐに急な斜面を登ってきたのかがよくわかりました。

03_2 左の写真は、灯台の海側奧から撮ったものです。この近くに航空機用の設備があるようでしたが、見つからないうちにさっさと下山したので詳細はわかりませんが・・・。不法侵入は大目に見ていただけることを願っています。

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2006年5月11日 (木)

ボス猿との決闘!?

Botanomake 何度か記事にも書きましたが、整備されていない灯台を訪れるためには、林を進み、崖を登り・・などと言うことは当たり前ですが、その行程も楽しい?思い出です。今回は、京都との県境に近い福井県の押回鼻灯台に行ったときのおまけ話です。

舞鶴で宿泊して、京都府内の灯台を二カ所巡った後に、車で海岸線沿いに東へ進んだ。紅葉の時期で、京都府内は大渋滞であるとラジオが伝えていた。日本で一番高低差があると言う音海断崖と押回鼻灯台へは、車を停めた所から徒歩で、往復1時間くらいかかるものの、共通の遊歩道が整備されていて、早速荷物を背負って歩き始めた。案内看板も充実しており、日本一の断崖・・と言われるからには観光地か?と言うと、他には誰もおらず、一人で歩道を進み始めた。

歩き始めてすぐの案内看板こう記してある。 「この周囲は野生猿の生息地ですので、ご注意ください」  あまり気にせず進んだが、徐々に猿が食べた実の跡や糞が目につくようになってきた。更に空が見えないように覆い茂った両側の林を通ると、猿の鳴き声や木々の揺れる音が聞こえてくる。思わず近くに適当な木の棒を探した。もし襲ってきたら戦わねば・・・などと本気で考えていた。01_4

20分くらい進んだ所で、音海断崖が見える場所にたどり着いた。もう少しで灯台までたどり着けるはずである。(右写真、逆光で断崖が見えにくいですが) そこから10分くらい進んだ所で、視界が開けた。思わず一人で歓声を上げた。右手に若狭湾、左手に内浦湾と日本海が開けた押回鼻に着いたのである。しかも、青空がきれいで、その澄み切った青空の下灯台があった。(写真左下が押回鼻灯台:灯台の紹介は後日)

03_1 何枚か写真を撮り、日本海、澄み切った青空、そして灯台を堪能して帰路についた。いつものことだが、帰りは道を知っているだけに気が楽であった。猿の気配を感じつつも、来るときのような緊張はなかった。断崖の見える地点を過ぎてしばらく進んだ時だった。ちょうど上り坂で、しかも右にカーブしていたため前方が見えなかったのだが、カーブを曲がった所で、突然前方が開けた。と同時に立ちすくんでしまった。

30匹以上の猿が道に出てきており、何かを口に運んだ状態で止まって、一斉にこちらを見ているのである。全ての猿と目があったような気がした。と同時に心の中で「まずい・・」とつぶやいた。しかしそれは向こうも同じらしかった。完全に動きが止まった状態で、私は30匹の猿と見つめ合った。その時一匹の体の大きな猿が動きを見せた。体を完全にこちらに向けたのである。私はまだ一歩も動かなかった。すると小さい猿たち数匹が林の中にAnisarukieteiku_2 飛び込むように消えた。そしてまた次の瞬間数匹の猿が林の中に消えた。まだその大きな、おそらくボスであろう猿は動かずにこちらをじっと見ている。私も負けずに、微動だにせずそのボス猿を見つめた。その間にも他の猿たちは数匹ずつ林の中に消えていく。長く感じたがおそらくまだ十数秒しか経っていないであろう。最後にボス猿と私だけが道に残った。しかし互いにまだ見つめ合っている。私が先に行動を起こした。右手に持っていた、来る途中に拾った棒をほんの少しだけ握り直したのである。その瞬間ボス猿は林の中に逃げ込んだ。

私は勝ったのである。(と、思いたかった!) しかし素直に緊張した。いや正直怖かった。しばらくその場から動けなかった。猪や熊でなく、猿でよかった・・などとは思えなかった。猿でも確かに恐怖に近い物を感じた。しかし私は勝利したのである。ボス猿に勝ったのである。目でしか戦わなかったが、ボス猿との決闘だったのだ。(と、思いたかった・・・)

その後木々の揺れる音は何度か聞こえたが、猿に会うこともなく、車にたどり着いた。(写真右は、猿と遭遇した場所の近くである)02_2

押回鼻灯台の記事は改めて書かせていただきますが、この日は、他の灯台を訪れたときにもハプニングを体験しており、思い出深い灯台巡りとなった。

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島勝灯台(三重県)

Botantoudai_12 私が住む三重県は、伊勢志摩から南紀にかけて数多くの灯台を有している。しかし、逆に近いから、いつでも行けるから・・などとあまりそちらへは出かけない。また、近いからこそ写真的にも良い条件を求めてしまい、天気を考えたり、季節を考えたり、夜明けを狙ったりと、その機会を延ばしている。大王崎や小説「潮騒」で有名な神島灯台などは、心して出かけたいと考えてしまう。特に大王崎は、町全体が、絵画の町として活動しており、多くの芸術家の卵が灯台を含め、町並みや海を望む景観を描いている姿を目にする。それだけに何となく、訪れるときは、私も芸術を意識して出かけたいと考えてしまう。(気取り過ぎなのだが・・)

そんな中、県内の灯台として2004年6月の梅雨の中休みで、晴れた日に島勝灯台を訪ねた。日曜日だが、梅雨の時期のためか車は少なく順調に1_3 灯台に近づいた。トンネル前を左折し、旧道に入り、そこから灯台へ行けるはずである。旧道は海が見え隠れする小高い岬中腹を走っているが、案内標識などはなかった。ちょうど古い小屋のような物がある手前に、海側の林に入っていく道を見つけた。その小屋に、スキー靴が逆さま向いて掛けてあるのが印象に残っている。(なぜ?あそこにスキー靴って感じ)旧道の脇に車を停めて、その林の道に踏み込んだ。

道はきちんとあるのだが、うす暗くて寂しい。10分もかからなかったが、どことなく不安で、かなり歩いていたような感じだった。しかし目の前に灯台の姿が入った時には、気持ちが良かった。私が灯台の姿として描いている一つのパターンに当てはまる構図で、灯台・木々・そして海が視界に入ったからだ。(下左写真)ただ、朝は雲もなかったが、いつの間にか雲が増えていたことが残念だった。

2_2 いつの日か、もう一度訪れたいと感じる灯台だった。帰りに近くにあるシーズン前の誰もいない海水浴場に立ち寄った。砂浜ではなく、石や砂利の海水浴場で、海の光がその砂利に反射する海岸線のコントラストに誘われ、波打ち際でしばらく読書を楽しんだりして、のんびりと時間を過ごした。空腹に負けて海を3_1後にしたのは、午後1時くらいだった。 (右が海水浴場での写真、右手に見える側に島勝灯台がある)

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2006年5月 9日 (火)

干飯埼灯台(福井県)

Botantoudai_11 灯台にもいろいろあるが、岬の木々の中で、或いは見え隠れする景色の中からその存在を探す場合、塔状の白い建物を探してしまう。しかし、民家と同じように並ぶ建物が灯台であったり、灯台とは思えない形であったりと、その存在を探しだすのに苦労することが多い。この干飯埼灯台も、探すのに苦労した灯台として思い出がある。

干飯埼灯台・・・何と読むのか悩んだ。カレイサキ灯台だそうである。2004年の9月に01_2地図を頼りに、車で福井県日本海岸沿いを北へ進んだ。海に突き出した小さな岬・・と言うより丘を海側に回るように道があり、どうやらこの丘の上に灯台があることをつきとめた。 民家が道沿いに並んでいるが、駐車スペースもなく、まだ灯台の存在が確認できないので、回りきった所にある公衆トイレの駐車スペースに停めて、その丘を眺めてみた。どこを探しても灯台らしき建物が見えない。悩んでいても始まらないので、とにかくその丘に登ることにしたのだが、ルートらしき物がない。結局、畑のあぜを通り、崖を登り・・と子供の遊び感覚で丘を登ると、狭い敷地を利用して畑が作られている。(見つかったら、叱られそうな子供の気持ちになっていた)その間を進んで、海側の斜面まで進むと、灯台とは認識していなかったが、既に視界にとらえていた煙突状の建物の全景が見えた。灯台だった。あまりに小さく、しかもその形から灯台と気がつかなかったのだ。

02_1 当日は、蒸し暑い曇り空で、この丘から眺めた日本海の写真が左である。小さく灯台が写っている。時間的には短い時間だったが、残暑の中汗をかいて探したこの小さな灯台にも、周囲の畑も手伝って、人の香りを感じずにはいられなかった。

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2006年5月 7日 (日)

立馬埼灯台(愛知県)

Botantoudai_10 愛知県の渥美半島の灯台と言えば伊良湖岬の先に立つ灯台は有名である。サーファーも多く、観光客も多く、また伊勢志摩との海路の港でもある。今回訪れたのは、同じく渥美半島の先端にあるが、北側(つまり内陸側)に位置する立馬埼灯台である。こちらは全く観光の雰囲気はなく、工場なども多く、更に灯台の近くは火力発電所があり、ほとんど訪れる人はいない。

私がここを訪ねたのは、2005年の4月のことだった。土曜の午後から時間ができ、地図を見て行くことを思い立った。午後4時頃には近くに着いていたが、そこからが大変な苦労。実は国土地理院作成発行の地図は、灯台の位置は正確でも、道路地図としては実用的ではない。しかし岬や山の中で灯台を探すのは、この地図の方が便利なのである。この日もこの地図を見て出かけたため、灯台まで海岸線沿いに行ける道があるのを知らずに、直線的に近いルートを考え、火力発電所の近くの方から徒歩で向かったのだ。後で思えば、なぜもう少し車でルートを探さなかったのか後悔だが、Photo_5 進み出した以上仕方ない。ところがそこは平地とは言え、火力発電所の管理区域で、人の胸くらいまである草木やツタが一面続いている。その上、不法投棄された電化製品なども所々に転がっている。直線でなら300メートルくらいなのだろうが、一時間近くかけて進んだ。ようやく海が近づき草木の背が低くなったところで、灯台の姿を見つけてたどり着いた。車を停めた位置からだいぶ弧を描いて進んでいたらしく、帰りも同じく草木の中を戻ったが早くに着けた。車に乗ってから一度北東を回って海岸線に出て、細いが車が通れる道を進んで、再び灯台近くに来られることがわかったときには、「あの苦労は何だったんだ?」と笑いがこみ上げてきた。今でも、この時草木の汁が着いた、カーキ色のズボンを見ると、この灯台を思い出してしまう。

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2006年5月 5日 (金)

常神岬灯台(福井県)

Botantoudai_9 私が灯台を訪ねるときは、ほとんどが一人である。しかし他に目的などがあると家内が一緒することも多いが、それでも灯台を目指すときは、たいていの場合家内は車内で本などを読んで待っていることが多い。

2004年の5月に出かけた常神岬は、三方五湖を訪ねた後に立ち寄った。家内と三方五湖の景色を楽しみ、その後常神岬へ向かったのが昼前であった。03 岬へ通じる道は、車通りも少なく、しかし景観の良い海岸線を走り気持ちが良かった。漁港の駐車場に車を停め、近くの人に常神岬灯台を尋ねると、かなりの登山になると言う。当然家内は、車内で待つこととなり、出かけた。教えてもらった民家の奧にある畑の横にある獣道に近い様な斜面を登り始めたが、本当にこの道なのかと不安に抱かれながら登った。途中ヤマホウシが目に飛び込み、カメラに収めた。

30分は登ったであろう。かなり汗をかきたどり着いた岬の頂上に常神岬灯台はあった。そ02 こから見下ろす海はかなり下に見えた。(写真左) 灯台の近くに案内板などを見つけたが、草木に覆われていて、整備されているとは言えない。おそらく以前はある程度訪れる人がいたのだろう。01

下山後、着替えて近くの食事処で昼食を取ったが、本日のお薦めの刺身定食を頼んだ。当日捕れた魚を出してくれるらしいが、運動後という意味ではなく、本当に魚が美味しく、ご飯が進んだ。

岬を後にした海岸線の道で、道路上に猿がいたことを記憶している。前の記事にも書いたが、福井県は案外自宅から近く、夕方4時過ぎには戻っていた。

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2006年5月 4日 (木)

観音岬灯台(石川県)

Botantoudai_8 観音岬、多くの県に存在する名前ですが、今回は石川県能登半島の南東、つまり富山県近くに位置する観音岬を紹介します。私は写真の被写体として灯台を訪れるのとは違うため、その日その時の天気など状況を素直に受け入れるようにしていますが、時に近づくことを諦めなくてはならないような場合もあります。この観音岬灯台は、訪れた後に豪雨にみまわれ、その後の行程をキャンセルしたばかりか、三重まで戻るのに苦労した記憶がある灯台です。

2004年の9月に訪れました。右の写真が観音岬灯台です1_2が、空の色はまもなく降り出す豪雨を連想させると思います。

2_1ちょうど季節は秋が深まり始めるところで、灯台への道(細いけど道はきちんとあります)の途中には栗の実がたくさんなっており、また灯台の脇にはコスモスが咲いていて、天気が良かったらまた違った印象を持ったかもしれません。しかし嵐の前の静けさとでもいいましょうか、あたり一帯が静かで、海面からかなり高い位置にいるにもかかわらず、海の音が聞こえてきたのが印象的でした。 3

また見下ろせる小島に観音様がまつってあると思われる祠があり、その名を感じたのも記憶に残っています。

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2006年5月 2日 (火)

釣島鼻・高崎灯台(兵庫県)

Botantoudai_7 2005年の4月に、急用があり四国の徳島まで行くことになった。土曜日であったので、徳島で用事を済ませた後に、淡路島で宿を探して泊まることにした。鳴門大橋寄りの灯台を3ケ所ほど、訪ねてみようと思ったからだ。

まず釣島鼻灯台に向かった。灯台の位置は、少し見えたその姿からだいたいわかるのであるが、どこからアプローチするのか、残念ながらそのルートを見つけられなかった。しかたなくカメラに収めようと海岸線からその姿を狙1_1 ったが、かなり遠くからとなってしまい、とても満足できない。やはり灯台の所まで行かないと気がすまない。

右の写真が釣島鼻灯台であるが、350mmの望遠で撮影しても、こんな感じで離れてしか狙えなかった。

もう一つ高崎灯台を目指した。近くにもう一つ灯台があるはずなのだが、地図を頼りに探したが、時間も限られて見つけることができなかった。諦めて高崎灯台に向かった。入り組んだ道や細い道を進んだが、結局車で近くまで行くことができた。しかし灯台の真下まで行きたくても、海が灯台の建つ丘を囲んでおり、いわゆる小島になっていた。結局こちらも離れたところからの撮影となった。

2左が高埼灯台である。 私の灯台巡りは灯台の真下まで行って、その灯台を感じることであり、その意味では淡路島のこの二つの灯台はおおいに不満の残るものであり、たどり着けなかったもう一つの灯台と共に、必ず再び訪れたいと思っている。

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