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2006年6月

2006年6月26日 (月)

浜坂灯台(兵庫県)

Botantoudai_23 2005年夏に行った兵庫県日本海側の灯台巡りは、それほど天候には恵まれなかった。豪雨などはなかったが、曇天や雨の日もあり、なかなかお気に入りの写真は撮れなかった思い出がある。そんな中で、夏らしい青空に恵まれたのが、浜坂での早朝であった。とは言え、その日もその後は雲に覆われたのであるが、今回紹介する浜坂の灯台を訪ねたときは、朝の光の中青空に浮かぶ灯台は印象に残った。また浜坂の町自体は、なぜか懐かしいと言う言葉が当てはまる町であった。おまけの記事で書いた、民宿の女将との会話や、夜の駅前コンビニ(と言うか雑貨屋)での買い物など、思い出深い。

前日に浜坂灯台の立つ岬の付け根に当たる方の城山(その昔砲台があった)から訪れるHamasaka02 つもりだったが、道を間違えたらしく、岬先端の灯台にはたどり着けなかったので、日の出と共に岬の横側からアプローチした。歩道も整備されているが、草が覆っており、地元の人がよく訪れていると言った感じではない。しかし、灯台の周囲にはベンチやテーブルが作られており、歩道のコースの終着点と言った感じだった。

灯台に着いたときは、まだ6時台であったが、空の色は既に昼の青空に変わっていた。しかし陽が当たると、まだ少し朝焼けが残っており、白い灯台は、ほんのりと橙色に染まって見えた。前日雨天の中訪ねていたら、おそらく異なった印象を残したに違いない。(写真左は岬先端側から見た灯台、写真右下は、岬の歩道から日本海を背景に見た写真)

民宿での朝食を7時半としていたので、7時には灯台を後にした。しかし離れた場所から灯台の姿を見てみたくて、海を挟んで浜坂港の反対側まで車を走らせ、Hamasaka01 灯台を振り返ってみた。白い建物がそこにあることはわかるが、灯台を連想させる姿ではなかった。前日雨のため近くまで行けなかった浜坂港の西の入り江にある諸寄港の諸寄灯台も、遠方からその姿を収めただけで終わってしまったが、やはり近くまで行くべきだったと少し後悔しつつ、民宿に戻った。

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2006年6月19日 (月)

場違い(写真掲載)

Botanomake_5 嬉しい報告なのですが、ニューズ出版から偶数月に発行されている「デジタル 写真生活」と言うデジカメ初心者の方を応援する雑誌に、私の灯台巡りからいくつかの写真を掲載していただきました。明日6月20日に発売だそうです。

実に光栄なことで、私のような素人のカメラマンで、更に灯台に関しても駆け出しの者が撮った写真を採用していただけたことは、驚きです。 ところが、19日に出版社からその雑誌が送られてきて、ビックリ!!  私の撮影した灯台の写真は4点ほど掲載していただいているのですが、私の横には、あの「日本の灯台」の山谷氏の写真が! それだけでも、なんだか場違いかな・・と思っていたのに、更に前後のページを見ると、ほとんどの方の職業欄には、「カメラマン」とか「写真家」とか書いてあるではありませんか! 「会社員」とか「自営業」と書いてある人を見つけて安心したというぐらいです。

Photo_10写真を撮ることは好きですし、前の記事にも書きましたが、撮るからには気に入った写真を撮りたいと考えていますが、どうもプロの方と一緒に掲載されていると、場違い・・と言った気もして、少し今日は照れくさい感じで過ごしています。

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2006年6月14日 (水)

余部埼灯台(兵庫県)

Botantoudai_22  先日、余部鉄橋の記事をおまけで書いたが、余部を訪ねた一番の目的は、当然灯台であり、最も楽しみにしていた目的地でもある。余部を訪れる前日に宿泊した浜坂で、ガソリンスタンドに立ち寄ったとき、店のお兄さんに余部灯台への道などについて尋ねた。すると、「御埼灯台」と余部灯台のことを呼んでいた。なぜそう呼ぶのか尋ねるべきであったが、地元の人からも親しまれている灯台であるということはわかった。東海地域に住む者なら潮岬や御前埼の灯台を身近に感じて、知っているのと同じなのだろう。事実、他の灯台へのルートも同様に尋ねたが、ほとんどは存在すら知っていなかった。

2005年8月に訪れたのだが、当日の早朝は青空で朝日が眩しかったのに、余部に近づくにつれてどんよりとした雲が空を覆っていた。日本で最も高い位置にある02_8灯台と言うことで、海を見下ろす景色も期待していただけに残念だった。

灯台の立つ岬の頂上まで少し細い道もあるが、車で行ける。頂上に出ると、灯台の姿が見える前方に駐車場も整備されている。私以外には、おそらく地元の人だと思うが、若いカップルが一組車内で語り合っていたが、私が現れたためか、すぐに立ち去ってしまった。駐車場から灯台まで100メートルくらいの地道がつながっている。普通なら駐車場に停めて歩くところであるが、誰もいないため車で灯台の近くまでその地道を進んだ。灯台のすぐ近くに車を停めて、ゆっくりと灯台を味わった。日本一高く、光到達距離も一番であると聞いている。01_8 確かに投光器の部分のガラス面は大きい。(写真右は車を停めた位置からの灯台、写真左は投光器の部分)

曇ってはいるものの、周囲の山々を見下ろして、日本海は十分に見えた。こんな高い位置からの光は、船舶からはどんな風に見えるのだろう・・と想像が駆り立てられた。(写真右下は、海側から見た灯台)

しかし、灯台そのものは、これまで訪れてきた灯台と変わらない。と言うか、正直なところ予想していたモノより地味に感じた。心のどこかでもっと特別な何かを期待していたのかもしれない。しかし、灯台愛好家にはもちろんであるが、地元の人たちから御埼灯台として03_9親しまれているこの余部埼灯台は、昭和26年以来、日本一高い場所から海上の安全のため灯光し続けられてきたのであり、私が期待していた特別な何かがないその姿こそが、期待していた物なのだと灯台を後にする頃になって感じ始めていた。

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2006年6月 8日 (木)

エスティマ(御座埼灯台)

Botanomake_4灯台を巡ると言う行為の中で、私の場合、車の運転(早い話がドライブ)の楽しみや、それにまつわる思い出が多い。先日、灯台巡りの先輩と言える人から御座埼灯台へ行ったというメールをもらい、灯台と共に、車にまつわる思い出がよみがえった。御座埼灯台は、三重県の奧志摩の海水浴場の近くにあり、子供にせがまれて泳ぎに連れて行くところではあるが、私にとって御座埼は冬のイメージが出来上がっている。

2005年1月に、平成元年から16年間乗ってきた車(トヨタのエスティマ)を手放した。Photo_9今では、当たり前となった、家族みんなが一台のワンボックスカーで出かけると言う先駆けとなった車であり、その年長男が誕生したのを機に、初代発売と同時に購入した。 以後家族旅行に、グループでの遠出にと、たくさんの思い出を作ったが、子供の成長に伴うニーズの減少、そして車自体の老朽を理由に手放すことにした。そしてこのエスティマで出かけた最後の地が御座埼であった。

03_7次の車の納車日が決まった、1月の日曜日に御座埼灯台(写真左)を目指した。真冬の言葉がピッタリの北風の強い日で、どんよりした曇が広がっていた。誰もいない海水浴場などを眺めながら、車で出来る限り近くまで近づいた。海水浴場とは逆方向から、整備された道(写真左下)が灯台に続いており、その道を緩やかに登りながら進むと、御座埼灯台が見えてくる。灯台は写真に収 めるには地形的に無理が多く、01_9お気に入りの写真は撮れなかったが、エスティマを手放すと言ったチョッピリ寂しい感傷に浸りながら、冬の海を眺めた景色が印象に残っている。(写真右)

04_2 車にしみ込んだ数々の思い出と同様、訪れる灯台それぞれにも思い出がつまり、どれも大切で懐かしいものになるに違いないと感じた。

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2006年6月 5日 (月)

鉄道ファンにまぎれて(余部鉄橋)

Botanomake_3 灯台を訪れて、その姿をカメラに収めるという行為を行う時、私は完全にアマチュアカメラマンになりきっている。如何にお気に入りの一枚を残すか・・・ そのための構図を考え、露出を考え、イメージを膨らませてフィルターなどを選ぶ。とは言っても、良い写真を撮るための訪問ではないので、時間や天気を気にすることは少ない。勿論、チャンスがあれば朝夕を狙ったりと、できる限り良い写真を撮りたいと思う・・。

灯台以外にも被写体として興味を持っているものはたくさんある。お気に入りは緑の景色や花の近接像であるが、2005年夏に余部灯台を訪ねた後に、有名な余部鉄橋に立ち寄って、カメラに収めた。(写真右上)ネットで見ると、その姿が見られる最後の夏かも知れないと書いてあったことも、理由の一つだった。02_7余部灯台をはじめ、それまで観光客にほとんど出会わなかったが、さすがに鉄橋近くには人が多かった。

しばらく、鉄橋を海岸線から眺めていると、ある事に気がついた。それは、おそらく鉄道ファンであろう人たちは、列車で訪れるからなのか、高台にある駅の方から現れる。おそらく列車時刻なども調べてあり、じっくりと時間をかけて過ごすのであろうが、行動がゆっくりしている。それに比べ、私をはじめ観光気分の者は、車で現れ、写真を撮り、数分の滞在で去っていくのである。

それでも写真を撮るとなると、私は灯台と同じで構図などに欲が出てくる。ほとんどの観光客は鉄橋の下や海岸近くから写真を撮っていたが、それでは満足できない。海岸線や入り江の雰囲気、そして鉄橋や山々が収まるように、是非とも全景を狙いたい。そこで左手の岬の下を海側に向かって歩いた。ふと気がつくと数名が私の後ろに続いてこの場所にやって来た。結局私を含めて6名が、少し海側に進んだ岬から突き出たこの場所でカメラを構えた。数枚の写真を撮り終え、車に戻ることにしたが、他の者達は撮影を終えていないのか、まだ移動する様子はなかった。05 (写真左)

車に戻り、次の灯台へ向かうべく余部を後にした。道は海とは逆の方向に進むため、バックミラーで鉄橋が見える。少し山側に進んだところで、「山側から見る鉄橋の写真も撮っておこう!」と思い立ち、車を停め、田園の真ん中くらいから海側に向かって鉄橋を狙った。

その時だった。ディーゼルのエンジン音と共に鉄橋に伝わる低速の走行音が山間で響き、特急列車らしき姿が鉄橋に現れた。もちろんその姿をカメラに収めたが、先ほど狙っていた鉄道ファンであろうカメラマンは、04_1この列車の通過時間を知っていて狙い続けていたのだと気がついた。 (写真右下)

おそらく、あの場所にいた鉄道ファンの人たちは、列車通過を待たずに、早々に去っていく私を不思議に思っていたかも知れない。しかし、灯台を巡っている自分が、曇り空ではあったが、運良く特急列車が鉄橋を通過するタイミングで写真が撮れたことを、ラッキーと思わずにはいられなかった。

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2006年6月 1日 (木)

加佐岬灯台(石川県)

Botantoudai_20 日本海の灯台を訪ねるときは、夕焼けを狙ってしまう・・と越前岬灯台の記事で書きましたが、この加佐岬も同様です。ところが、狙ってもうまく行かないのが素人の悲しいところ。今回は、夕焼けを背景に狙った加佐岬灯台での記事をまとめます。

2004年7月、土曜の午前の診察が終わってすぐに自宅を出た。何度も利用する鈴鹿峠、八日市を経由して名神高速-北陸自動車道と乗り継いで石川県加賀市に着いたのは、陽もまだ高い4時頃だった。加佐岬は、岬全体が整備されており、01_7観光客こそ少ないが景観もよく気持ちの良い場所だった。駐車場から松の木が点在する公園を抜けていくと、加佐岬の灯台が目に入る。しかしそこからまだ先に、岩場を利用した歩道も作られ、海にかなり近づくことができ、一部は東尋坊の様な 岩場もあり楽しめる。

02_6 (写真右上は灯台背面より、写真左は先端の岩場からの日本海)日没まで周囲の景観を写真に撮ったりしてると、一人のカメラマンが現れ、三脚を固定し始めた。既に撮影ポイントも決めているようだった。話をさせていただくと、地元のプロのカメラマンで、加佐岬の夕陽を狙い続けているそうだ。幸いとばかりにアドバイスをもらうことにした。灯台を巡っており、灯台を入れての夕陽を狙いたいことを伝えると、「難しい」とのコメント。構図的、電線など障害物、そして撮影位置の確保など問題が多く、満足する写真は難しいとのことだった。しかし夕陽を簡単には諦められない。なんとか満足できそうな位置で構えて夕陽を待った。確かに灯台が目線より上にきて、後退すると水平線が入らない。03_6また灯台に延びる電線が画面を横切る。いよいよ夕陽が傾き海面に近づいた。心の中で、「う~ん・・やっぱり・・」と思いながら数枚の写真を撮った。

既に7時を回っており、あまりの空腹に我慢できず、加賀のサービスエリアに飛び込んでカレーライスを一気に食べてから自宅を目指したが、次回は脚立でも持って出かけてみようか・・などと考えていた。

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