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2006年8月

2006年8月27日 (日)

猫崎灯台(兵庫県)

Botantoudai_31 灯台に限らず、その地名やその場所を示す名称の由来に興味を持つことがある。観音崎とあれば、きっと観音様にまつわる由来のある名称だろうと推測するし、常神岬とあると、常に神様に見守られている?・・などと考え、Nekosaki02地方に伝わる神話などを聞いてみたくなる。その答えを確認できないことの方が多いが、この猫崎灯台は、確認こそ出来なかったがその地形から付いたものだと信じて木々の間を進んだ記憶がある。

Nekosakisankou5 2005年の夏に訪ねた。竹野浜の西に突き出た細長い約1kmの半島が猫崎である。(写真左上)崎の付け根周囲には史跡や県の天然記念物に指定された波食鷗穴群などがあるが、その先は木々が茂った岬の森となっていて、草木に覆われた中を先端目指して進んだ。まず木々の中、緩やかな登りが続き、次いで下って行く。登った分くらい下ると、木々はなくなり、そこは幅2mほどの草が茂った場所で、両端は崖となり海に下っている。明らかに窪んだ部分だ。次いで木々の中急な登りとなり、その後急な下りを過ぎると突然視界が広がり日本海が広がる崎の先端に出る。そこから直角に降り(階段が付いている)た岩場の狭いスペースに灯台は立っている。(写真右上、下)

Nekosakisankou2帰りに、くぼみの部分から崎の先端、そして陸側に目をやると、いかにも猫の背中の部分と頭の部分の丸みに似て見えた。そのことから勝手に猫崎と呼ばれているのだと信じて再び草木を払いながら進んだ。 Nekosaki07 (写真左下)

車で立ち去るとき、もう一度振り返って猫崎の全景を見てみた。その名の由来を勝手に確信していたが、崎の先端に立つ灯台の姿は陸側からは見ることは出来ない。ただ訪ねただけであったが、不思議と満足した達成感の中で、車を進めた記憶がある。

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2006年8月24日 (木)

江崎灯台(兵庫・淡路島)

Botantoudai_29 2006年の夏の休暇を利用して四国地方へ向かった。お盆は仕事をして、次の週に休みをとると言った形がここ数年続いているが、今年は台風も通過して幸いであった。

以前、淡路島の灯台を巡ったことがあるが、時間もなくゆっくり回ることがかなわなかった。しかしEzaki3 今回も四国に渡ることを主に考えていたため、ここ江崎灯台と門崎灯台という、淡路島の南北の灯台を訪れただけとなった。セミの声が痛いくらいに聞こえ、灯台が立つ高台の上まで登っただけであるが、汗が噴き出る暑さだった。

江崎灯台の歴史は古く、明治4年にブラントンにより建てられた洋式灯台として有名である。同時に先の阪神淡路大震災で被害を受けた場所でもあり、当時の被害の程度や復旧のための案内も看板に示されていた。

明石海峡を見守る形のこの独特の形であるが、私にはなぜだか寂しく写った。向こうを向いている・・と言った感じがあるからなのかも知れない。震災のために塗り直された白色がEzaki4 輝いていることが、逆にそう思わせた原因かも知れない。いずれにしろ私が生まれるずっと以前からこの明石海峡を見守ってきた灯台。ここを訪れた多くの人同様、対岸の明石や神戸方面に目を向けて人の力強さと同時に自然の偉大さを改めて感じてしまった。

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2006年8月15日 (火)

橋田鼻灯台(愛知県)

Botantoudai_28 以前の記事にも書いたが、灯台は整備された海岸沿いに立っているとは限らない。岬の山の中であったり、立ち入り禁止区域にあったり・・・。今回訪れた橋田鼻灯台は、西浦温泉街の先端に立っているのであるが、温泉旅館の敷地に限りなく近接しており、更に海側はそのまま断崖となっている。またしても不法侵入を犯してしまうことになった。

02_9 2006年6月梅雨の中休みの晴天時に訪れた。土曜午後から自宅を出たが、3時頃には到着していた。しかし海岸線を歩き、灯台にたどり着くのに時間がかかった。海岸線は、橋田鼻として遊歩道が整備されており、途中から見上げる形で灯台はすぐに見つかる。しかし灯台の近くまで行く道、と言うより手段が見つからないのである。写真左は、既に私有地に踏み込んで撮った写真である。03_10

結局、温泉旅館の裏庭的な敷地を通り抜けて、灯台の側面と裏面に近づいた。 右写真は真裏の庭から撮影した。ちょうどあじさいが見頃だった。三重県の石鏡灯台は、宿泊施設の横に並んで立っていて、初めて訪れたときは驚いたが、考えてみると海から見る光であり、この橋田鼻灯台は、当然と言える場所に立っているのかも知れない。もし温泉街がなかったら、きっと山歩きに加え、危険な崖の近くを進むことになっていたのだろうと、あらぬ事を考えて苦笑をしてしまった。

04_3などといろいろ考えつつ不法侵入を犯して写真を撮ったが、温泉旅館の方に感謝をこめて、私有地を抜ける途中に撮影した左の写真が、今回撮影した中で一番のお気に入りであることを付け加えておく。

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2006年8月 1日 (火)

掛塚灯台(静岡県)

Botantoudai_27 灯台と略して書いているが、燈台と書くと、いかにも火をともして海上からの陸地の目印としていた、当時の燈台の姿を思い描くことが出来る。1_7初灯が昭和の物であれば、既に電化されていたものが多いが、この掛塚灯台の歴史は古く、改心燈台としての初灯は明治30年とのことである。 座礁する船に心を痛め、私財で作られた灯台がはじまりだそうだ。

5月のある晴れた日に訪ねた。抜けるような青空で本当の五月晴れだった。私は、白い灯台が、闇夜に浮かんで見えるか、こうして青空を背景に立つ姿が好きだ。お気に入りの写真を収めることができて満足しつつ、歴史ある灯台を味わった。

私の通った小学校の校庭に、ある仇討ちの記念碑が立っていたが、十数年ぶりに訪れたとき、それが別の場所に移転していた。少し寂しい気持ちになったことを記憶しているが、この掛塚灯台も何度か移転している。整備などに伴う地形の変化など必要に迫られたことは理解できるが、地元の人はどんな思いで見てこられたのだろうと老婆心が働いてしまった。以前建っていた場所には記念碑が作られている。

3_3とは言え、歴史ある灯台であり、周囲の景観が灯台に合わせているよ うに私には写った。海から見て右後方に風力発電の風車があるが、灯台の歴史を強調するために、その大きな羽が回っているように感じたのは、私の思いこみだけかもしれないが・・。

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