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2006年11月

2006年11月15日 (水)

刈又埼灯台(徳島県)

Botantoudai_39 05年のNHK大河ドラマで義経を放映していたが、その中で「阿波水軍」という名称がたびたび登場していた。蒲生田岬の北の対岸にある椿泊に進み、刈又埼灯台を目指している時、頻回に「阿波水軍」の言葉が書かれた看板が目に入った。源平の合戦で、大きな影響を与えた阿波水軍は、このあたりを拠点としていたのだろうな・・などと考え、椿泊の町に入ると、港を過ぎたところから先に民家の軒先が連なる細い道となっている。地図上でもまだまだ灯台までは距離がありそうである。Karimatasaki3自分の車で進めないこともないが、 本当にぎりぎりで、とてもよそ者の車でそこに進入する気にはなれず、この時は諦めて先に対岸の蒲生田岬へ向かった。

翌早朝、夜明けと同時に再びこの場所を訪ね、港に車を停めて、折りたたみ自転車を組み立て先へ進んだ。すぐに民家は無くなるのかと思ったが道の両側にはしっかりと民家が軒を連ね、食料品店、酒屋、雑貨屋などもあり、進んでいくと医院もあった。さらに進んでいくと小学校も見えてきた。港から進みKarimatasaki2_1 始めた道からは想像できないくらいその細い道に沿って大きな町を形成していた。

ようやくたどり着いた道の先は一件の民家で終わっていた。そのお宅の飼い犬二匹が見慣れない私に尻尾を振ってくれる中、すぐ近くに押し迫った堤防を歩いて埼の先端を目指した。数 十メートル進むと、崖の上に灯台の姿が見え、その前方には雲間から朝の日差しがこぼれていた。(写真左)

崖を登り灯台近くに立つと、すぐ近くを何艘もの漁船が通り過ぎていく。灯台から南東を見ると、(写真右上)太平洋が広がり、右手方向は昨日訪ねた蒲生田岬方面で、正面には舞子島が見える。ここまでの細い道に沿った集落や漁船の往来、Karimatasaki1そしてこの地形を見ていると、阿波水軍の言葉を思い出さずにはいられなかった。山育ちの私にはあこがれにも近い、海に生きる人の力を感じさせられた。同時に、そこに存在するこの刈又埼灯台にも、人の香りを強く感じていた。

できる限り埼の先端に足下に注意しながら灯台を振り返って撮影した写真が右下である。

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