« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

2007年7月30日 (月)

猫埼灯台(兵庫県)への道

Botanmichi Nekosakiway03 灯台への道として、記事を書こうと決めた理由の一つに、この猫埼灯台(写真右上)をあげる事が出来る。05年8月のお盆過ぎに夏期休暇を利用して廻った兵庫県日本海側の数カ所の灯台。最後にこの猫埼灯台を目指したのであるが、地図からは考えられない困難を克服して訪ねたと言っても過言ではなかった。私の場合、この時の経験が現在の灯台巡りに生かされているNekosakiway07 と感じており、是非紹介しておきたいと感じていた。

猫埼は、兵庫県の北東、城崎温泉に近い竹野町にある(写真左上)。地方3号線が海岸近くを通るので、迷うことはない。猫埼の東側には竹野浜があり、海水浴場となっている。猫埼の1/3位まで車で入ることができ、ホテルで行き止まりとなっている。ここから先は徒歩となるが、自然歩道の案内表示(写真左2番目)があり、この表示では 道が先端の灯台まで整備されているように描かれていた。そこで私は、短パンにスニーカー、Tシャツ姿でカメラバッグを背負って進んNekosakiway02だ。確かに途中の公園までは道も整備されていたのであるが、そこから先は、壊れかけた柵や意味をなさない踏み石など、『以前は整備されていたのかも?』と感じる物はあるものの、まったく整備などされていなかった。道は草木に覆われ、トンネルのような所もある(写真右2番目)。更に道その物が消えてしまっている場所もあった。細長い猫埼であるから進む方向を間違えることはないが、両側は傾斜が強く、一部断崖の所もあり、不用意にNekosakiway01近づくと危険である。

公園を過ぎてからは草木と戦いながら、足元に注意しながら進むWaynekosaki1_2ことになる。地図(写真右3番目)の如く、先端までに2つの山を越えなくてはならず、実際に見た形もそうなっている(写真右4番目) 写真でわかるように海寄りを通るのは危険であり、まっすぐ埼の中心部を上り下りを繰り返すしかない。

Nekosakiway05_2公園を過ぎてから20分くらい進むと、先端の急斜面の上に出る。とは言って もすぐ下に波の割れる音が聞こえてはいるが、木々のトンネル(写真左3番目)で見えない。ただ右下が急な崖になっていて危険であることはわかる。そこを注意深く進むと、突然視界が開けて日本海が、そして灯台が眼下に見える。灯台まで階段が付いている(写真左4番目)が、写真で見るよりかなり急であり、真っ直ぐ下に降りている感じだ。帰りも同様30分強時間がかかるが、帰りは道に見覚えがある分気楽であNekosakiway06る。来るとき拾って利用してきた杖代わりの丈夫な枝を元の場所に戻してから車に戻った。汗がひき、帰路について運転を始めた頃に足がヒリヒリと痛むし、痒みも感じた。見ると足のいたる所にすり傷が出来、また虫に刺されたような跡が数カ所あった。

Nekosakiway04_2 整備されていない灯台や埼に立つ灯台を目指すとき、登山ほどでなくても、足場の悪い道や道なき草木の中を進んだり、あるいは急な斜面を登らなくてはならないことは十分にありえる。地図上では1km以下であっても、上り下りをすると危険も増え、更に予想以上に体力も消耗する。また虫に刺されたり蛇に咬まれたりする危険もある。クモの巣が顔にまとわり付いて不快になることもある。草木の中には容易に皮膚を傷つける物もあり、草木の汁はアレルギーの原因ともなる。

この猫埼灯台を訪ねたときの経験から以下の点を学んで、私は次のことを守るようにしている。・登山用の杖を持参すること ・虫除けスプレーをしていくこと ・夏であっても長いパンツで裾は隠すこと ・水分を持参すること ・コンパスを持参すること ・出来れば登山用の靴を履くこと ・連絡通信機器を携帯すること などである。

少々大げさに聞こえるかも知れないが、この猫埼灯台以外でも何度か木々に覆われた林の中で苦労をした。高知県の白ノ鼻灯台を目指したときには、山中で完全に迷ってしまった。距離が短いからとか、海に近いからなどと言って安易に考えず、登山と同じような準備が必要であると思う。そして実際にその後の灯台巡りに利用し、私自身はかなり安心して、そして実際に楽になったと感じている。 

この灯台の記事はこちら→ http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/08/post_5bf7.html

| | コメント (0)

2007年7月29日 (日)

古和浦灯台(三重県)への道

Botanmichi 新たに作成したカテゴリーの『灯台への道』での初めての記事である。この日TVをつけると選挙結果番組ばかりと言うことで、PCに向かって記事をまとめ始めたが、たどり着けなかった灯台を選んでしまった。Kowaura3

三重県の古和浦に立つ灯台である。(右は灯台写真、左上は地図(国土地理院より))三重県の南勢に位置するこの近辺は、典型的なリアス式海岸が続く。牛肉で有名な松坂から大台町、そして尾鷲に続く国道Kowaura1 42号線の途中から、通称紀勢インター線の68号に入り南下すると国道260号線に合流し、東に向かい、古和浦の町に続くトンネル前で海岸線側の細い道に入る。北野神社を通り古和浦町に続く道の途中に灯台があるのであるが、残念ながら道は高い場所を通り、灯台近くまで下る道は見つけられなかった。いや無いのかも知れない。装備があれば降りて行けそうではあるが、高台に立つ展望台から灯台の姿を見て、その困難さを感じ、結局あきらめてしまった。

以前から記事にも書いてきたが、灯台は海上を航行するための物であり、私たち灯台を訪ねる者のためでは決してない。それを承知で陸側から灯台を訪ねようとするとき、自然の厳しさに負けずに立つ灯台に改めて魅せられてしまうのも事実だ。そしてそこを目指す行為の中に、私は自然と向き合える喜びを感じている。

Kowaura2 とは言え、この日は厳しい傾斜や崖、そして多い茂った木々にあっさりと負けて断念した灯台への道であった。蛇足となるが、古和浦はハマチの養殖など行われており、浦内に見える養殖のいかだが夏の日差しに眩しかった。(写真左下)

| | コメント (0)

2007年7月14日 (土)

三木埼灯台(三重県)

Botantoudai_56 予定していた伊豆の灯台巡りが都合で中止となり、灯台巡りの先輩から誘わ れた舞鶴へのお出かけは仕事で行けず、7月の最初の日曜日だけ時間が空いた。そこで早朝に自宅を出て、三重県の尾鷲の南にある三木埼に立つ灯台(写真左上)を目指すこと にした。(右上goo地図より)Mikisakitizu

Mikisaki2三木埼はリアス式海岸の入り組んだ埼の一部で、東西、南北に3km程度の岬である。朝6時に自宅を出て、飛ばしたつもりはなかったのだが、車で入れる最終ポイントに8時過ぎには到着した。ここからは山歩きとなる。蒸し暑い日で、青空も一部見えるが濃い雲も広がっていた。いつもの装備を身につけ、カメラ機材を背負って、熊鈴まで付いた杖を持って山に踏み込んだ。山道は整備されていて、まったく迷うことはない。一般公開も行われている灯台であり、ルートの整備もされているに違いないと言う確信があったのも事実である。Mikisaki6

青緑と表したい色のシダが覆い茂る山道だが、不思議と地面には茶色の枯れ葉が積もっている。 下を見ながら歩いていると、季節を間違いそうだ。(写真右中) 半時間ほどで案内表示がある分岐に出る。そこを案内Mikisaki4 に従い右へ進むとやがて海に近づいた形で下り坂となり、その途中に灯台の姿が見えてくる。正確には、灯台の敷地内に立てられたソーラー発電が先に目に入る。その奥に灯台の姿が見えるが、裏口から入ったような、何か違和感を感じる。近づいてわかったが、本当の灯台への入り口はもう少し斜面の下にあり、そこに三木埼灯台と書かれた門も構えていた。おそらく以前の出入り近くの斜面が崩れたため、現在の場所を利用するようになったのであろう。(写真左中は使われていない門から見た灯台)

急に思い立って訪ねた三木埼灯台であるが、昭和3年から石油を利用して点灯した灯台であり、熊野灘を行き来する船舶にとって重要な灯台である。もっと早くに足を運んでいても不思議ではなかった。言い訳となるが、三重県は縦南北に長く、尾鷲や熊野へ出向くには意外と時間がかかる。更にリアス式海岸であり、埼や岬の山歩きをしないと灯台にたどり着くのは難しい。そんな意味で南紀から和歌山県の灯台は訪ねにくいのである。蛇足に なるが、成田空港からあらゆる手段で各地を訪ねるとき、最も時間がかかる場所の一つが南紀だそうだ。

Mikisaki3ソーラー発電(写真左下)の装置と灯台の間にコンクリートで固められた敷地がある。灯台の姿をカメ ラに納めた後、そこでしばらく過ごした。霞んだ海が眼下に見えるが、海の音は全く聞こえない。水面から150メートルの位置Mikisaki1だ。いつも灯台を訪ねると、しばらくそこでたたずみ、そして船舶から見る灯台の光を思い浮かべる。海にまったくつながりのない自分であるが、その時だけは海の男になる。入り組んだこの地形の中で放たれる三木埼灯台の光を自分なりに感じてから灯台を後にした。(写真右下)

| | コメント (0)

2007年7月13日 (金)

灯台までの道(行程)

Botanmichi 新しいカテゴリーを作りました。タイトルは『灯台までの道』です。Waykamodamisaki1

ホームページ版『私の灯台巡り』のサイトに、アプローチするための位置やルート、あるいは歩きとなる場所の情報、注意事項などは紹介してページを新たに掲載していくのですが、ここでは、灯台を目指すルートの概略だけでなく、その過程での出来事や自分の感想を紹介していきます。(HP版とリンク)(写真右は蒲生田岬灯台への登り階段)

有名な灯台や整備された灯台は、車ですぐ近くまで行けますし、案内表示なども多く、迷うことはないでしょう。しかし埼や岬の山中に立つ灯台や整備されていない灯台へは、海からよく見えても、陸路で向かう者Waymikisaki1にとっては迷うことが多く、結局たどり着けないと言うこともあります。灯台に興味ない人にとってはどうでもよいことですが、灯台を目指す者にとって、そのルートを知ることは大切です。そして実際にそのルートを歩いてみて初めて知り得る情報や理解できる感動があります。このカテゴリーでは、そう言った灯台を目指す行程を紹介するとともに、私が感じたことを気ままにまとめていきます。(写真左は、三木埼灯台への途中の道)

もちろんこれまで通り、灯台の記事、おまけ話の方も続けて行きますので、よろしくお願いいたします。

| | コメント (0)

2007年7月 6日 (金)

灯台巡りで得たもの

Botanomake_11 本格的に灯台を巡るようになってから3年が過ぎた。 運転好きの私が、ドライブの行き先として選んだ灯台が、いつの間にか目的となり、ドライブは移動手段となっていた。訪ねる度に灯台の姿に引き込まれていAmarube_with_meるのは確かであるが、他にも灯台巡りの中にいくつかの魅力を感じている。そこで今回は、『おまけ話』として、私が"灯台巡りで得たもの"について語ってみたい。(右写真は、餘部灯台を訪ねたときの自分)

まず、とにかく地図を読むようになった。見るのではなく読むのだ。出来る限り車で近づくためのルートはもちろんだが、山間に立つ灯台を目指す場合、急な斜面は危険であり、例え直線でも無駄な登りも避けたい。それを事前に地図で知る意味でも等高線は重要だ。特にリアス式海岸線に立つ灯台は、埼や岬など入り組んだ山間に多いため、頭の中で山道を想像しながら地図を入念に読むようになった。同時にそれが楽しくも感じる。しかし実際に訪ねてみると、僅かでも人が通った跡が残っている場合には、地図よりもそちらを優先しているのが現状ではあるのだが・・・。

Mugisakiama 灯台の立つ近隣の市町村に関する歴史や地理、或いはその地域にまつわる昔話や逸話などに興味を持つようになった。これは、Yoroisakiyoake歳を重ねた人に共通することなのだろうが、心の何処かで人生の深みを歴史上に求めたくなる感情なのかもしれない。 気取った表現になるが、悠久の歴史を感じながら夜明けや陽が沈む光景を灯台近くから眺めるとき、自然と時間に抱かれている自分を感じずにはいられない。(左上写真は麦埼の海女伝説の看板、右下は鎧埼での夜明け)

他にも多くのものを得たが、実際に残っている物としては、灯台以外のお気に入りの写真である。私自身カメラを趣味とは思っていないが、撮影している私や機材を見て、友人は立派な趣味だと評する。おそらく人並み以上の写真知識は持っていると思うし、できる限りお気に入りの写真を撮る努力は惜しまない。幸い灯台の近くには風光明媚な、あるいはJoujinmisakiyamahousi_1Izutakebayashi_1絶景と言える場所も多く、そこに立ち寄ることも多い。また偶然見つけた被写体にカメラを向けることもある。 (写真は左上から常神岬灯台へ向かう山道で撮影したヤマホウシ、伊豆の灯台を訪ねるため宿泊した修善寺の風景、神島灯台近くで見つけKamisimayatsude_2 Gokasyotutuji_1 た新緑眩しいヤツデ、五ヶ所湾のツツジ )

旅であればみな同じであろうが、苦労してたどり着いた灯台には思い出が深い。その意味では、車ですぐ近く行ける灯台よりも、山の中でさまよいつつ、汗まみれになってたどり着いた灯台の方が、たとえ整備された、あるいは歴史のある灯台よりも訪れた感動は、私にとっては深いとも言える。

| | コメント (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »