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2007年8月

2007年8月31日 (金)

レンタカー

Botanomake これまで、ほとんどの灯台を自分の車で訪ねてきた。もともと運転好きの自分が、目的地として灯台を選んだことがきっかけで灯台に引き込まれたわけであり、当然とも言える。しかし今回初めて列車で移動して、レンタカーを借りて移動Aomorikuruma するという巡り方を青森県で行った。車で移動することに変わりないのであるが、車好きの人には理解できると思うが、レンタカーの場合、それは移動手段の足でしかない。ドライブとか運転を楽しむという要素は全くと言って良いほど存在しない。(右写真は陸奥大島に渡るため駐車したレンタカー)

今回、青森で借りたのはトヨタのRAV4であった。カメラなど必需品以外持参しなかった自分は、着替えのTシャツなど量販店で求めて、車の後部座席全体を押し入れ兼物干し場の様に利用したのだが、十分な広さでありがたかった。とは言えボディーはコンパクトで扱いやすく、更に四駆。一度だけ三沢市の塩釜で、国土地理院の地図にある灯台を探し砂浜の海岸に迷い込み、四駆を借りておいて良かったと感じた。ただ発進するときに、後輪左から異音がするのだけ気にはなった。(左写真は鮫角灯台前の牧場を背景に撮ったスナップ)

Aomorikuruma2 これまで家族での旅行や職員旅行、遠方での仕事がらみなどではレンタカーを利用してきたが、今回初めて灯台巡りにレンタカーを利用して、自己評価は良好だった。まずトヨタ系のカードを持っているだけで割安になり(と言っても高いと思う人も多いだろうが)、ナビは最新の情報が入っているという点、ほとんど乗り捨てが可能という点、そして何よりも、汚れが気にならない。(キズは査定されるの注意ですけど・・・)

ところが、不思議なもので、3日間行動を共にしていると、情が移ってくる。最終日ガソリンAomorikuruma3 を満タンにしてレンタカー営業所に向かう途中、ハンドルを軽く叩きながら、『ありがとう。無事に回れたよ』と車に語りかけている自分がおかしかった。今後遠方の灯台を巡る場合は必然的にお世話になるであろうレンタカーであるが、頼んだ車種の中には当たり外れもあるであろう。しかしそれも出会いの一つとして楽しんでいきたいと思った。(写真右は龍飛岬の駐車場)

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2007年8月29日 (水)

平館灯台(青森県)

Botantoudai 07年8月の青森灯台巡りの最初に訪ねたのが、 この平館灯台である。当初は東側から巡り津軽半島は後半の予定であったが、中越沖地震の影響で帰りの寝台特急日本海が運休のため、Tairadate11青森市を拠点に前半に津軽周辺を巡る事に変更した。(中越沖地震の被災者の方々にお見舞い申し上げます)

Aomorichizu 自分の住む東海が連日34度以上の猛暑の中、この日青森市は28度。津軽半島全般に快晴でからっとした爽やかな天気であった。レンタカーの窓を全開にして青森市を出発して津軽半島を陸奥湾に沿って北上した。主要道路ではバイパスなども整備されており、順調に進み1時間少しで着いた。灯台は走ってきた海岸線の道沿いに立ち、更に周囲は整備されている。灯台を車内から見上げ、適当な松林の空き地に車を止めた。車を降りて目の前に灯台が、そして海が見える。三重県をはじめ、灯台が岬や埼の木々に囲まれた場所にあるのに慣れている自分は、車を灯台のすぐ近くに止めて訪ねられることは、憧れ的な行為であり、なんだかそれだけでワクワクしてしまった。Tairadate04

天気にも恵まれ、対岸の下北半島までの平館海峡が目の前に広がり、左手北側に津軽海峡方面、そして右手南側に陸奥湾が広がっていた。この日はお盆後の最初の日曜日で、周囲には前日からキャンプをしていた人たちなど数名が海岸線で楽しんでいた。Tairadate08

平館灯台の歴史はもちろん古く、明治32年4月1日初灯であり、当初は六角形の白色灯であったそうだ。現在の形への改築が昭和35年とのことであるが、塗装されたばかりなのであろうが、白色が輝いて眩しかった。

Tairadate14 青森市を出発して最初の灯台訪問。車を止めて、すぐ灯台と言う私にとって嬉しい状況。しかも快晴で気候も爽やか。しばらく気分は軽く、持参していなかった着替えのTシャツを近くのホームセンターで購入したのだが、いつもより派手なものを選んでいた気がする。

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2007年8月25日 (土)

陸奥大島灯台(青森県)

Botantoudai 2007年8月に、青森県の灯台を訪ねた。どの灯台も印象深いが、最も訪ねるのに苦労した灯台が、今回記事にする陸奥大島の灯台(右上写真)である。他の灯台がほとMutsuoosima07んど車から歩いてすぐの所にあったのに対して、ここは、島を通り抜けするのに 登り下りも多く、汗をかき、草木にかなり邪魔されたどり着いた。しかし私の性格上、こうして苦労して訪ねることが出来た灯台に思い入れも強く、今回最初に記事にすることにした。

Waymutsuooshima01青森市から国道4号線を東に向かい、途中夏泊に向かう地方9号線に入る。青森に来て知ったことであるが、陸奥湾はホタテが有名で、この9号線も別名 を『夏泊ほたてライン』と言う。夏泊まで海沿いを走り、景観も抜群である。夏泊埼の先端に大島はある。島は海で隔てられているが、橋が架けられていて(右中写真)歩いて渡ることが出来る。駐車場(有料しかない)に停めるとき、守衛のおじさんに、灯台まで歩いて行けるかと尋ねると、大きく首を縦に振ってうなずいてくれた。Mutsuoosima02

駐車場から島へ続く道沿いに数件のおみやげ屋や海の家らしい建物もある。釣り客や海で遊ぶ人たちが休日には多いに違いない。しかしこの日は平日で、まだ朝が早いためなのか、駐車場から島まで人はいなかった。かわりに橋の周囲に海猫 がたくさんいたが、私の通過をきっかけに一斉に飛び立って、そして誰もいなくなった?! 島はこちら側から見える以上に細長く(写真左上地図、国土地理院より)奥に続いている。まず登って島の高いところを北西に向かって進む。草木は多いが、道があり問題はなMutsuoosima05い。しかし、途中少し下り出すところから、道の周囲は背丈ほどの草に覆われ、しかも夜露で葉が濡れている。両手で草を払いつつ進むのだが、Tシャツに短パンだった私は、全身濡れてしまった。灯台の姿は、先にある丘の上に見えていた(写真左中) 。周囲の草が背が高いため灯台が低く見えたが、近づくと灯台自体も高くはなかった。灯台のすぐ奥に弁天神社があるが草が凄く行く気にはなれなかった。灯台側から来た道を振り返ると、細長い島であることがわかる(写真右下)。Mutsuoosima12

灯台に着くと、短パンもTシャツも脱ぎ、強い日差しの中乾かすことにして、リュックから雨用のウエアを出して着替えた。この日天気も良く、 陸奥湾の波は穏やかで、静かだが、灯台の周りの草が高すぎて、灯台にいると海は見えない。少し離れた灯台や海が見える場所(写真左下)で、衣類が乾くのを待ちつつ、陸奥湾を眺めて灯台を味わった。

Mutsuoosima10 駐車場に戻ると、守衛のおじさんが近づいてきて『灯台まで○○○○だったけ?』と話しかけてきた。やはり東北弁、聞き取れなかったのだが、たどり着けたか?と言う意味だと感じ、草が大変だったが着けた事、だが神社まではとても行く気になれなかった事を話した。すると、『やっぱ、○○までぇに○○さしないと』と言って笑った。やはり聞き取れなかった。ひょっとして草の手入れをしないと、と言っていたのだろうか?だとしたら、私は下見に行かされたみたいなものだと思いつつ、灯台まで行けたことで満足していた私は、笑いながら汗を拭いていた。

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2007年8月 7日 (火)

吉津灯台(三重県)

Yoshizu1Botantoudai このところ、遠方まで灯台を訪ねる時間が持てず、日曜日に短時間で訪ねるく らいなので、どうしても地元三重県の灯台が多くなっている。まだ三重県の灯台を行き尽くしていなかったのは、ある意味幸いだったかもしれない。だからと言う訳ではないのであるが、ブログの方でも三重県の灯台を紹介することにした。五ヶ所湾の西に位置する吉津灯台(写真右上)である。

吉津港は、その昔大阪商船も寄港していた港であり、古くから伊勢湾に出入りする船にとって大切な港であったらしい。現在は漁港なのかと思っていたが、実は近くで取れる石灰石の搬出の船が最も多いとのことであった。そんな吉津港の南西側の埼の上に吉津灯台は立ってYoshizu3いる。その姿は、港のどこからでも目に入る。そのため最初に、港から真っ直ぐに灯台に向かって行ってしまったが、それでは急な山の斜面を登らないとたどり着けない。実は灯台の立つ埼を通って南伊勢町を抜けて260号線につながる旧道があり、吉津灯台のすぐ脇を通っている。(写真左上は、道路から灯台をのぞき見たところ)私は港にそのまま車を停めて、徒歩でその旧道を灯台の立つ埼の頂上まで行くことにした。

残念ながら周囲の木々が覆い茂っていて、海を背景に灯台は撮影できなかった。どうしても埼や岬の中に立ち、整備されていない灯台は、海を背景にした、いわゆる絵になる写真を狙うことが難しい(写真右下など)。特に三重県のようにリアス式海岸に点在する灯台の場合、安乗埼や大王埼など有名な整備灯台を除いて顕著かも知れない。Yoshizu2

しかし考えてみると、自分が灯台に興味を持ったというか、ひかれ始めた理由は、整備されていない自然のままの埼や岬に立つ灯台が、海上を航行する船のためにただ灯光している姿に、人の香りを感じたからであり、そう言った灯台を訪ねる事こそが私を満たしてくれているのである。

この日も夏の日差しの中、汗を流して訪ねた吉津灯台に、人の香りを感じることができた。

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2007年8月 4日 (土)

飛島灯台(徳島県)

Botantoudai 恥ずかしい話であるが、以前鳴門大橋を観光として訪れたとき、孫崎の灯台を除いて他の灯台は記憶にない。今回紹介する飛島灯台も全Tobishima02く記憶に残っていない。今回記事にする訪問では、夏の日射しを浴びながら立つ、孫崎、門埼、そしてこの飛島灯台の姿が、眩しく、そして印象深い。灯台に興味を持ったから当然なのであろうが、今回はそのことを記事にしてみた。(写真右上は鳴門大橋の向こう側の飛島灯台)

鳴門大橋の上からでも確認できる飛島であるが、今回は訪ねていないが、徳島側から橋に徒歩で入れる施設があったと記憶しており、そこからであればより近くにみえると思う。Tobishima03_2(もちろん船で行けばもっと近いのであるが・・・)今回私は、孫崎に向かう埼の途中から海岸線に下りることが出来る場所を見つけて、そこから眺めた。水面近くでは有名な鳴門の渦潮 ははっきりしない。その後孫崎に向かう埼を歩きながら何度か飛島に目を向けたが、飛島よ り瀬戸内海側で渦が巻いていた。(写真左上)

最初にも書いたが、以前訪ねたときに飛島の灯台、いや飛島そのものも記憶に薄い。その時はいわゆる観光旅行であり、鳴門の渦潮見学で、船にも乗った記憶があり、必ず飛島は目に写っていたはずである。 大橋を渡りながら海面を眺め、船に乗って海面を眺めてと言うように渦潮ばかり気にしていたのかもしれない。今回門埼を訪ね、そして飛島灯Tobishimachizu 台を眺めつつ、孫崎灯台でのんびりと時間を過ごした。いつも灯台を訪ねるとすることであるが、周囲の景色を眺めながら船上から見る灯台の光りを思い浮かべていた。正面に見える門埼灯台、門埼に向かってつながる鳴門大橋、自分のすぐ後ろに立つ孫崎、そして正面に見える飛島灯台。ふと、よくある家庭の玄関を想像してしまった。(写真右下は周囲の地図(国土地理院より))

Tobishima01 門埼灯台と孫崎灯台が、玄関の両側で点灯している門灯、大橋が玄関ドア、そして飛島灯台は玄関に続く段差を照らし出す足元灯に思えてきたのである。海に生きる人や真に灯台好きの人に話せば叱られるような、あるいは一笑に付されるような発想だが、私には三つの灯台が作る三角形がそのように写ってしまった。(写真左下は飛島灯台の望遠写真)

どうであれ、周囲の景観からこう言った発想が生まれると言うことは、十分堪能できた証拠なのかな?と思いつつ、徳島を南西に向かい移動を始めた。

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