« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月30日 (日)

白糠(物見埼)灯台(青森県)

BotantoudaiShironuka3_2 青森県の灯台を巡る最終日は、尻屋埼から太平洋岸を南下して八戸で終えたが、その途中にこの白糠灯台(写真右上)に立ち寄った。白糠灯台は地元では物見埼灯台と呼ばれていると、案内板には書いてあったが、私が地図で調べたときには物見埼と言う名が載っており、白糠灯台の名称の方が私には馴染みがなかった。と言ってもこの辺りの地名は白糠と言い、灯台の北側の漁港は白糠港である。その白糠港に最初到着して灯台を眺めたのだが、埼の手前にある標識Shironuka1灯なども確認でき、物見埼が斜めに海に突き出して、対岸周囲の堤防とで港が守られてい ることがよくわかる(写真左上)。

灯台には白糠港を抜けて南へ続く道の途中から入っていくことが出来る。と言っても案内などなく、しかも急な登り坂でカーブの地点で、民家の間から道に入るため、最初は少し迷った。私も、一度通り過ぎて少し上から全体を眺め、あの道だと確信を得てから戻ってその道に侵入した。細いが道は灯台の手前まで続いている。灯台の水Shironuka4 面高は38メートルであるが、灯台に向かって右側は断崖であり、それ以上に感じた。(写真右中)

この日は前日に比して雲が多く蒸し暑く、太平洋から吹く風を浴びながらも汗をかいた。前日までの爽やかな感じがなくなったことも影響してShironuka5 いたが、私にはこの白糠灯台で過ごす時間がどことなく落ち着かないものとなってしまいそうだった。そう感じることが嫌で、周囲を散策しいろんな角度から灯台を眺めていると、不意に海鳥が私の後方から頭上をかすめるように飛んで行き、しばらく灯台の周囲を旋回した。(写真左下)

天気やその日の体調など、後から振り返ったとき、その思い出を左右する条件は運であるとも言える。しかし、この日そうはさせまいと自分が考え、そして海鳥が灯台の周囲を舞い飛ぶ姿に和まされ、ここ白糠灯台ならではの思い出Shironuka2が出来たことを考えると、灯台を巡り、灯台と出会うと言う中にも邂逅を感 じてしまった。一番お気に入りの写真が右下であるが、この写真の思いでは、蒸し暑いが風が吹いている。

| | コメント (0)

2007年9月28日 (金)

経ヶ岬灯台(京都府)

Botantoudai

Kyougamisaki1灯台に興味を持つ人ならもちろん、そうでなくても経ヶ岬灯台を知る人は多い。私も灯台に興味を持つ以前からその存在を知っており、灯台に関する情報や写真などは幾度か見たことはあったが、これまで訪ねる機会を持てずにいた。今回京都府丹後方面の灯台を巡る中、この有名な灯台を初めて訪ねることができた。残暑が厳しいお彼岸の時期、曇り空のもと初めて訪ねた経ヶ岬灯台を今回は記事にまとめた。

Kyougamisaki2 今更語る必要もないが、経ヶ岬灯台は明治31年12月初灯である。第一灯フレネル式のレンズや回転機、そしてそのデザインなど灯台マニアには有名なところであるが、私にとっては、周囲の地形を含めたその姿や景観こそが足を運ばせた全てである。残念ながら低い雲がどんよりと日本海を覆い、灯台の姿はコントラストに欠けて写ってしまうが、まずは訪ねてその姿を味わうことができた。

Kyougamisaki4さすがに観光客も多いが、特に若いカップルが多かった。近くの観光地は景色をゆったり と楽しむところが多く、二人きりでのドライブコースとしては最適かもしれない。灯台の立つ経ヶ岬は、近畿地方では最も北に位置する。丹後ちりめんにとって都合が良いと言われる多雨多湿の地方であると言うことは聞いていたが、この日は本当にそう感じる曇り空で、湿った空気だった。幸い駐車場から灯台を訪ねる間は雨に降られることもなかった。

Kyougamisaki3 本来灯台は灯光している姿があるべき姿と言える。しかし訪ねるのはどうしても日中が多く、灯台の姿を周囲の景観にあわせて写す楽しみは日中にしか行えない。だが実際にこれまで訪ねた灯台のいくつかで、ぜひ夜間に灯光している姿をカメラに納めたいと感じてきた。この経ヶ岬灯台は、灯台の姿が見えたときから強くそう感じた。日本海がぐるっと眼前に広がり、灯台の照射部の後方から眺める事ができるその撮影ポイントは、灯台の写真を撮りたい者からは魅力的である。既に多くのカメラマンや灯台好きの方々はそうやって写真に納めてきたと思うが、次回この地を訪ねるときは、私も必ずそうしようと決意してこの地を後にした。

| | コメント (1)

2007年9月27日 (木)

大間埼(弁天島)灯台(青森県)

Botantoudai なにがしの肩書きが着く灯台は、灯台好きの者としては、必ず抑えておきたいところである。今回記事にする大間埼灯台(写真右上)は、本州最北端の地としOomasaki1て、津軽海峡東端の基点として、更にはTVドラマの舞台となった地として(自分 は知らなかったのであるが・・・)有名である。(左上はgoo地図より)大間埼灯台と言っても、灯台は沖にある弁天島に立つ。 当然陸続きではなく、灯台に近づくOomachizu1事は出来ない。通常訪ねることが出来ない灯台へ行ける機会があれば、やはり行ってみたいと思う気持ちは、一つの前の記事にもしたが、灯台マニアの仲間入りをさせてもらったかなと感じる。

もちろん大間埼は観光地となっていて、灯台や遠く函館が見える海岸周囲は、きれいに整備され道沿いにはお土産屋さんや海産物を売る店も多い。駐車場から続く道沿いを歩くと、香ばしいイカ焼きの匂いが漂う。それほど空腹を感じていなかった自分であるが、昼食をまだ取っておらず、『帰りに絶対イカ焼きを食べよう』と決意しながら、匂いが漂う中を埼に向かって歩いた。Oomasaki3

当初天気予報はあまり良くなかったのだが、青森に来てから晴天が続いている。この日も雲はあるものの青空が広がり、海もきれいに輝いていた。ゆっくりと灯台を撮影するポイントを探して、三脚を構えた。とは言っても旅行用の軽量の三脚である。400mmの望遠はかなり大きく重いため足を伸ばして構えることはできない。私Oomachizu2 は腹ばいになって三脚に固 定したカメラをのぞき込んで構図や焦点を合わせた。ところがやはり誰でもその位置が良いと考えるのであろう。それほど多くはないのであるが、他の観光客の人が、私が構えた視界にひっきりなしに入ってくる。なかなかシャッターを切ることが出来ず、15分くらい腹ばいで寝ていた。

灯台の立つ弁天島は、こちらから見ると横に広く見えるが、実際には奥に少し広い。(左下地図:国土地理院)望遠で見ると遠近感は全く異なり、函館山も灯台のすぐ後ろに見える。広角にして広く見渡すと、津軽海峡を意識することができた。(写真右中)Oomasaki2

弁天島までは浅瀬なのだろう。海の色が変わっており、前の日に訪ねた高野埼灯台で見たようなエメラルド色をしていた。夏であるから感じることであるとわかっていたが、やはり南国の海を想像できる。思いっきり広角にして撮った写真が今回の一番のお気に入りの一枚となった。(写真右下)

荷物を置きに車に戻り、その後再びイカ焼きを買うため埼の方に向かった。誰も並んでいないライトバンの後部で店を出しているおばさんの店で買うことにした。すると『さっき、通り過ぎたのに、戻ってきてくれた?』と私を覚えていたようである。しかも半額にしてくれた。しばらくそのおばさんと、灯台やこのあたりの話などを楽しんでから車に戻り、大間埼に別れを告げた。

| | コメント (0)

2007年9月26日 (水)

灯台?灯明台(京都府)

Botanomake 以前、ユニバーサルスタジオに行ったとき、灯台仲間から、アミティー近くに灯台があるから・・・などと言われ、ジョーズのアトラクションに立つ灯台を教えられたことがあった。不思議なもので、なんとなく目をやり、カメラに納めていた自分がいたのだが、京都府丹後地方を巡っているとき、同じような経験を二回した。今回はそのことを、おまけ話として記事にした。

Taizakou15間人港を巡った後、経ヶ岬灯台を目指すべく車を走らせていると、前方に灯台が見えてきた。 しかも経ヶ岬の灯台にそっくりだ。まだ経ヶ岬に着くはずもなく、徐々に近づいて驚いた。近代的な建物のてっぺんに灯台の照射灯があるではないか。(写真右上)きっと知る人の間では話題になったのであろうが、丹後町役場の建物の上に灯台の照射灯が作られTaizakou14ているのだ。おもしろいな・・・と思ってカメラを向けてビックリ!本当に光を灯せるような照射灯なのだ。(どなたか、詳細を知っている方がこのブログを見られたら、教えて下さい)

(写真左上)実際にレンズのような照射部が望遠レンズを通して見える。建物自体綺麗で新しい感じであり、その上にこれまた綺麗な照射灯が乗っかっていたのには驚かされた。とは言いつつ、車を止めてカメラを向けている自分にも驚かされたが・・・

その後経ヶ岬を経て、ここまで来たのだからと天橋立(写真左中)に立ち寄った。以前にも訪ねたこと はあったのだが、今回は新たな発見をした。文殊堂に近い場所に、古い灯台を連想させる灯籠が、天橋立に続く橋の手前、道の Monjukoutoumyoudai51_2 端に立っているのである。(写真右下)近づくと説明があり、文殊港としてこの地が賑わっていた時代に活躍していた灯明台なのだそうだ。横には説明の案内表示Monjukoutoumyoudai53もあった。(写真左下)

私は、灯台を目指し、そして訪ねて写真に納めることに喜びを感じており、他の知り合った灯台仲間?に比して明らかに灯台の情報や知識が乏しい。灯台に関連した知識を貪欲に入手しようとする行動も少ないと反省したこともあったが、自分のスタイルは、灯台を巡ることや写真に撮ることだと割りMonjukoutoumyoudai52切っているところもある。しかし、それでも灯台に関連した被写体となりうる物を見つけると興味を示してしまう自分を今回感じて、少しは灯台愛好家の仲間入りできたのかな・・・などと感じてしまった。

| | コメント (0)

2007年9月25日 (火)

三津港島堤灯台(京都府)

BotantoudaiMitsukou03私が灯台巡りで目的としている灯台は、基本的には自然の中に立つ灯台であ る。港の堤防や海岸線の防波堤などに建てられた灯台などは、原則として目的地から外しているし、このブログでも紹介していない。今回紹介する京都府の三津港(写真右上)や間人港の 灯台は、堤防に立っているようにも見えるのだが、実際には自然の岩の上に建てられており、今回紹介することにした。灯台の役割や姿から言えば、堤防に立っていようが、自然の埼に立っていようが同じなので、区別することは、真に灯台を愛する人からお叱りを受けるかも知れない。しかし私が灯台を追い求めるきっかけとなった自然の中で人の香りがすると言った意味合いからは少し離れるため、自分ではそう決めているのだ。

Mitsukou14 三津港は、京都丹後地方でも兵庫県に近い。兵庫県の日本海側に立つ灯台を05年の夏に巡ったが、その時の雰囲気にこの周囲はよく似ている。三津港は埼を海に沿って巡る道沿いに見える小さな入り江にある。港の奥はほぼ全体が、そのまま船を陸地に牽引して引き上げる斜面となっている。海に向かって左手は自然の埼がそのまま岩場となってつながっており、その岩場の先端に灯台が立っている。(写真左上)

一度港の左手の埼の上に登る形となり、そこからは港の全景も見えMitsukou08、正面には灯台に続く階段が延びていた。(写真右中)灯台の立つ岩場では港の方の入り江に向かって釣りをしているおじさんがいた。港の入り口を隔てて対岸の人工の堤防でも釣りをしている人がいたが、数は少ない。後で訪ねた間人港周囲には、もっとたくさんの釣り人がいた。小さな入り江の港とは言え、この灯台の向こう側はそのまま日本海であり、この日は少し天気も悪く、波も荒く、うねりの間にも白い色が見える。灯台に近づくと、しっかりと岩場に固定されて建てられており、荒れた天気の中でも、港の入り口を守っている姿をすぐに思い描くことができた。

Mitsukou16 車は灯台とは反対側の人工の堤防側の埼の中腹にある道沿いに置いたのだが、そこからでも灯台の姿は近くに見ることが出来た。(写真左下)車に乗り込む前に、もう一度ゆっくりと灯台に目を向けてみた。岩で砕ける波が、曇った空の下でも白く輝くようにしぶきを上げている姿は、自然の中で人の香りを感じる灯台の一つの情景に似合っていると感じながら、最近出会っていなかった赤い姿の灯台を、波の数を数えるようにしながら見つめていた。

| | コメント (0)

2007年9月22日 (土)

鮫角灯台(青森県)

Samekado1Botantoudai_2 八戸港のシンボル的な鮫角灯台(写真右上)は、岩手県魹ケ埼灯台と、私がこの時前日に 訪ねた下北半島東の尻屋埼灯台の中間に位置する海洋航行上重要な灯台である。水面高も58メートルと高く、実際に訪ねると海から離れた丘の上に立ち、車で徐々に近づいて見えてくるその姿には、重厚な雰囲気が漂っていた。

しかし車から出ると、その雰囲気は一転し、灯台の後方に広がる牧場、そこに遊ぶ馬、私以外人気のない敷地、更に 敷地内には、アパートの ような住居があり、のどかと言うより、平凡な印象を私にAomorikuruma2_3抱かせた。(写真左上)住居は、灯台の職員と言うことは現在考えられず、敷地内に建てられた一般の住まいなのだろうか・・・などと考えつつ灯台を眺めて歩いた。整備された有名な灯台によく見られるように、銀盤の船舶振興会補助の案内板とは別に案内板がもう一つ設置されていた。

Samekado5敷地内は灯台を中心に、住居も含めて低い塀で囲まれ、邪魔に ならない程度の雑草が周囲を囲んでいる。少し雲が増えてきた蒸し暑い青空を背景に灯台を見上げると、よく見る形の灯台ではあるが、均整の取れた綺麗な形でSamekado2_2ある。しかも塗装されて白色も綺麗だ。知らない人が見れば比較的新しい灯台にも見えるが、初灯を刻んだプレートには右から文字が書かれ、周囲は青く錆びており、歴史をここに感じられる。(写真右二番目)

この敷地からでは、海は遙か遠くにわずかに見えるだけである。(写真左二番目:わずかに海面が見える)灯光部から見る景観は随分異なるのであろうが、残念ながらそれを知ることはSamekado4出来ない。しかたなく高いところを探したが、灯台の立つ地点を境に海とは反対側も少し下っているため、せっかく登った木の上からでも景観は変わらなかった。その代わり随分 汗をかいた・・・。

疲れて、汗を拭きながら草の上に座り込んで灯台を見上げると、不思議と満たされた気持ちになった。(写真右下)八戸港への入出港船舶にとってシンボルとなっている、と案内板にも記されていたが、その姿はどことなく安心を与えてくれるのだろうか・・・などと無駄な苦労をした自分を慰めつつ、次の目的地に向かって準備を始めた。

| | コメント (0)

尾崎日出岩照射灯(青森県)

Botantoudai 青森県の灯台を巡る旅は、最終日に下北半島から太平洋側を南下し、八戸をHachinohesyousya1 終点とした。この日は、これまで二日間感じていた東北地方の涼しさは消え、真夏の暑さが戻っていた。階上灯台を訪ねる前に八戸の灯台を巡ることにして、鮫角灯台と、ここ日出岩の照射灯(写真右上)に立ち寄った。灯台に付随した物を除き、照射灯を記事にするのは初めてである。八戸の港はかなり開発された商工業地帯であるが、この照射灯は港の南東に位置し、この付近まで来ると岩肌や草木の中から海を眺めることが出来る。

Hachinohesyousya3 幹線道路から民家の間にある細い道を海に向かって傾斜を下りながら進むと、左手に八戸港へとつながる海が視界に入る。そしてもう少し下ると、照射灯の後ろ側である箱の部分が見えてくる。照射灯の真後ろに立って、海を見ると、海上にぽっかりと突き出た岩に向かって光が放たれている様を思い描くことが出来る。(写真右)

昭和40年点灯とあり、青森の南東の都市として発展する時期 に立てられたと考えられ、この照射灯は八戸港の発展を見守ってきたわけである。この照射灯の後Hachinohesyousya2方に鮫角灯台が、東北の重要な灯台として光を放っており、まさしく青森の東の玄関と言える。そしてここ八戸港日出岩の照射灯は、足元灯として活躍しているのであろう。

しばらく眺めた後、私はしたたり落ちる汗を拭きながら、八戸港のシンボルとも言える鮫角灯台に向かった。

| | コメント (0)

2007年9月20日 (木)

雄島灯台(福井県)

Botantoudai 私の住む東海地方が、ぐずついた天気だった土曜日の午後、日本海側は晴Oshima5 れていると知って、午後から福井県の雄島灯台(写真右上)を目指した。夕日を期待したわけではないが、それなりの夕焼けをどこか願っていたが、台風が中国や韓国方面へ進んでいたため、夕焼けと言うわけにはいかなかった。

雄島は、有名な東尋坊のすぐ近くである。もう少し北上すると石川県に入る。東海地方に住む私は、何度か訪ねたことがあるこの地であるが、その記憶は古く、むしろ最近訪ねた石川県の加佐岬の印象が強く、周囲の景観は似ているように感じた。雄島へは、朱に塗られた橋を渡って渡る。Oshima1(写真左上) もともと神社として雄島は信仰されている島であり、橋を渡ると鳥居が立ち、島の入り口左手に神社がある。以前から『おまけ話』のブログ記事にも書いてきたが、灯台の近くに本当に神社は多いと感じつつ、橋を渡った。http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/02/post_5b97.html

橋を渡り鳥居をくぐった正面に森の中に続く階段があるが、そこを登って左右から島を巡Oshima3 る道となり、真っ直ぐ行くと灯台に向かう。もちろん左右とも島を廻って灯台にはつながっているが、まずは真っ直ぐに灯台に向かった。もう少し距離があるのかと思ったが、すぐに灯台に着く。灯台に着いてまず残念に感じたのが、灯台の背後は木々に囲まれているため海を背景に撮影するのは難しそうであると言うことであった。結局歩いてきた道で、灯台のすぐ後ろから広角で海を入れるより他に海を背景に撮影するのは難しそうであった。空が赤くなることを祈って、まずは灯台の周囲を巡り、いろんな角度から写真を撮った。(写真右2番目)

Osimatoudai6 やがて6時近くになり、徐々に日が傾き始めたが、同時にしっかりと西の方には雲が広がってきた。青空も見えるのに、色の黒い低い雲が西南から広がっていた。(写真左2番目)どうやら夕焼け空は難しいなと思いつつ、最初に決めた灯台の背後に回った。やはり夕焼けと言うより雲間からこぼれる夕日程度でしかなかった。その上、枯れ木や電線が視界には入る。(写真右3番目)夕焼けではなかったため、突然周囲が暗くなり始めた。しかし頭上にはまだ青空も残っており、灯台もまだ点灯されOshima4 ていない。もう少し暗くなるまで留まろうかと悩んでいると、大きなスズメバチが私の周りでブンブンと飛び始めた。虫除けスプレーをしてきて、蚊の攻撃からは避けられていたが、スズメバチは別だ。あっさりと撤退を決意して、逃げるように島の入り口、鳥居の所まで戻った。

これから釣りを楽しむという人たちが何人か橋の周囲にいたが、島の中へ向かう人はいない。信仰の厚い島だけに、夜は踏み込むのは遠慮しないと、などと自分なりの言い訳を考えて、帰途につくことにした。

| | コメント (0)

2007年9月13日 (木)

高野埼灯台(青森県)

Botantoudai 07年夏に青森件の灯台を巡った中で、最も自分が感動したのが、今回紹介する 高野埼灯台(写真右上)である。灯台自体が特別というわけではなTakanosaki5い。当日の青空や灯台を目にする条件など全てが重なって私は感動したのだと思う。

高野埼は青森市から津軽半島を陸奥湾に沿って北に向かい、平館灯台を過ぎてから20分ほどで着く。龍飛埼ほど北に津軽海峡に突き出していない埼である。平館を過ぎてから車を運転していると、徐々に起伏のある道が増えてきて、埼の上の方、海面から高い位置を走っていることTakanosaki2 は感じていた。しかし全く海が見えないため、そろそろ着く頃と思いつつ道を走っていて、突然高野埼の案内表示を見つけ、慌てて駐車場に入ったと言う感じだった。駐車場の奥に一軒のみやげ屋兼食堂の店があり、その周囲はキャンプ場として解放されている。しかしここからでもまだ海は見えない。芝生の敷地を海の方に向かって歩いていくと、正面に灯台の先端が見えた。そしてすぐにその背後の海が視界に広がった。(写真左上)遠くに雲がかかっているが、上空は見事に晴れている。そしてその青空よりも碧く海が広がっていた。思わず『ウオー』と声を出してしまうほど感動した。思えば、以前に同じように声を出した福井県の押回埼灯台も、突然目の前に広がった日本海と灯台の姿に感動したものだった。どうやら突然広がる景色に私は感動しやすいらしい。灯台は紅白だった。白色の灯台であればまた違った趣であったとは思ったが、紅白の色に全く違和感は持たなかった。

灯台に近づくと、埼の右手の海面近くに小さな岩場が広がっている。そしてその周囲の海Takanosaki3 の色が私の気持ちを更に高ぶらせてくれた。北の海と言うより、南国を想像するようなエメラルドに近い色をしているのである。(写真右中)岩場には橋が架かっており、釣り人や家族連れの姿があった。

Takanosaki4 灯台に向かって左手に少し埼の先端へ行ける場所があり、そこから陸側に目を移すと、丘を越えてこの埼に続いていることがよくわかる。丘を越えると同時に海が広がって見えた地形に納得させられた。(写真左下)

西の方向に目を移すと龍飛岬の山々が連なっている。龍飛の命名の由来は知らないが、岬を龍Takanosaki6 の飛ぶ姿に例えれば、間違いなく龍飛埼は龍の尾の部分に当たるのであろうと思った。

灯台周囲はもちろんのこと、海面近くまで降りて岩場にも足を踏み入れ、ゆっくりと高野埼を味わったつもりであったが、後にする時、駐車場に戻るために歩きながら、丘を越えるまでに何度も何度も振り返って灯台を、そして津軽海峡の海を眺めていた。(写真右下)

| | コメント (0)

2007年9月11日 (火)

常神岬灯台(福井県)への道

Botanmichi 青森県の灯台の記事が続いたので、今回は以前訪ねた常神岬灯台への道を記事にすることにした。福井県の南西より、滋賀県の琵琶湖と日本海に挟まれた場所にある三方五湖Joujinmisakiway02から北西に向かって若狭湾に着き出したような岬が常神岬である。 (写真右上)岬の南西側に地方道216号線が走っているが、海に面しており気持ち良いドライブが楽しめる。常神の地図を見るとソテツと記されており、ここに育つ蘇鉄は樹齢1300年とされ有名なのだそうだ。(ソテツの記事は↓ココ)

http://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/kankou/sitesheeing/sotetu/

Joujinmisakiway01_2 道の終点まで行くと、港があり駐車場がある。係の人に灯台を尋ねると、民家の間の細い道を抜けて山に登る道から行けると説明してくれた。詳しく書くと、港から少し左手に港を、右手に民家を見ながら少し、ソテツのある場所に向かって歩き、途中民家の方、つまり山の方に向かって細い道を入る。山に向かって民家の裏庭みたいな所を通り抜けると、畑の間を通って登りの道が見える。最初は登山道という感じの道ではない。いかにも畑の間を通る道のような感じであるが、他に山に向かう道がないので、迷うことはなかった。そこから登Joujinmisakiyamahousiり始めると徐々に本格的な山道となり、この道で良かったんだと思えるようになる。道は細いがちゃんと続いており、迷うことはない。山肌をジグザグに登っていくのがわかる。私が訪ねたのは、夏前で、ヤマホウシが途中綺麗だった。(写真右二番目)

Joujin02 30分ほどの登りであるが、一気に登ると結構きつい。滑りやすい場所もあり注意が必要である。杖を持っていた方が安心だ。頂上に登ると、小さいが平地になっていて、その中心に灯台が立っている。以前は整備されていたのであろうが、私が訪ねたときは、荒れており、草の中に周囲の景観を示した案内板が埋もれていた。(写真左二番目)Joujin01

灯台は、以前にも紹介しているが、 四角の形をしており立派だ。またこの日は曇っていたが、それでも三方五湖方面も見え、また日本海もぐるっと広がっており、もう少し周囲の手入れがされていれば、かなり楽しんで時間が過ごせそうな場所であり、残念だった。(写真右三番目)

灯台のブログはこちら↓

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/05/post_8c72.html

| | コメント (0)

2007年9月 3日 (月)

龍飛埼灯台(青森県)

Botantoudai_2 龍飛埼と言うより龍飛岬という方が、親しみやすい。津軽海峡冬景色を思い出すが、訪ねたのは夏。爽やかな風が吹く中、津軽海峡そしてその向こうに見えTappimisaki17 る北海道、右手に目を移して下北半島方面を眺めながら、本当に気持ちの良いひとときを過ごさせてもらった。今回は、この夏2007年に青森の灯台を巡る中、大きな目的地であったここ龍飛埼灯台(写真右上)を記事にした。訪ねたのが2007年のお盆過ぎの日曜と言うこともあり、観光客の人も多かったが、この周囲はそれに対応する観光地でもある。冬に訪ねたら全く違うであろうことは想像が付くが、あまりにすがすがしいこの日、冬を意識することは難しかった。

Tappimisaki01 ちょうどお昼時に着いた。駐車場に車を止めて、まずは灯台の反対側の高台に向かった。あじさいが色あせながらも咲いており、それも含め灯台の立つ丘全体の景観をカメラに収めようと思ったからだ。ところが訪ねた側の建物の二階に食堂があり、『ホタテラーメン』の文字につられて、灯台へ向かう前に先に腹ごしらえをすることにした。(写真左上)

ホタテラーメンに満足しつつ、灯台の立つ丘に向かった。まず右手に高野埼や下北半島 方面の景色が目に飛び込んできた。遠くは霞んでいるものの、秋色しTappimisaki07た夏空が広がり、平館海峡が確認できた。(写真右2番目)灯台は埼の先端と言うよりも真ん中に建てられた形で、周囲には広いスペースが広がっている。灯台その物もあまり高くなく、まずは一番奥に設置されているレーダー施設近くまで行って見渡した。振り返って灯台を見ると、次に向かう予定のTappimisaki04 権現埼(小泊岬)が見えた(写真左2番目:小泊岬は写っていません)。観光客の多くは、灯台の敷地にはあまり踏み込まず、レーダー施設近くにある展望台の場所に集まっている。私は、展望台で南東の景色をもう一度楽しんでから、灯台の敷地に踏み込んだ。

灯台の西側は草が覆っており、そこから見る灯台が一番綺麗に見えた。しかし残念ながらここには高い場所が無く、背後の景観と一緒にカメラに納めることは出来なかった。(写真左3番目)冬のイメージを膨らませてはみたが、青空が灯台の背Tappimisaki11後に広がっているこの時は、やはり想像することは不可能であった。龍飛埼を十分味わった後、龍泊ラインを通って小泊岬に向かった。地図でもナビにも途中に展望台があることが示されていたため、ここに立ち寄って龍飛埼、そして津軽海峡を眺めることにした。 車を走らせていて、周囲の木々の枝が全て陸地側にのみ伸びている景 色が気になった。おTappimisaki18_2そらくは海からの強い風でこう言った形になるのであろう。しかし緑眩しく葉を付けた木々からは、やはり冬をイメージすることは出来なかった。(写真右3番目)

展望台に着くと数名の人たちが同じように津軽海峡の景色を楽しみに立ち寄っていた。私も一番高い位置まで登って見渡した。当たり前であるが、地図で調べてきたとおりの地形をしている。以前北海道に飛んだとき、上空から津軽海峡が見えたが、展望台で見ている方が、ぐるっと見渡せる分だけ立体感がある。龍飛埼の手前に立つ風力発 電の装置と共に、龍飛埼の灯台が白く輝き、そしてその向こうに北海道の白神岬方面も見えた。(写真左4番目)

Tappimisaki19_2天気に恵まれ龍飛埼周辺を十分味わうことが出来たが、何度か書いたように冬のイメージは描けなかった。きっと私が考える以上の痛いような冬がそこにはあるのであろうが、夏の津軽半島を十分に味わうことができた事に感謝し、いつの日か冬のこの地を訪ねたいと考えながら小泊に向かって車を走らせた。

| | コメント (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »