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2007年10月

2007年10月31日 (水)

布良鼻灯台(千葉県)

Furahana03_2Botantoudai_2土曜夜に東京で行われた研究会の翌日、特急列車に飛び乗り、レンタカーを借りて巡った南房総であるが、ほとんどの灯台は観光地化されており、迷うことなく巡ることが出来た。ただ今回紹介する布良鼻(めらはな)灯台(写真右上)だけは、少し訪ねるのに苦労した。とは言え、私の灯台巡りが岬や埼の山の中を歩くことから始まっており、ある意味楽しめた灯台であったとも言える。

州崎灯台を巡った後、南東に車を進め、右手に平砂浦ののんびりした景観を楽しみながら到着した布良港の南側に灯台がある(写真左上地図:国土地理院より)。細い道に入って港近くを通り抜けると、山の上に灯台の白い姿が見えた。が、そのまま登ってたどり着けるような感じではない。車を適当Furahanaway1 な場所に停めて、灯台の裏側に回り込むように民家の中を歩いた。灯台に続くであろう脇道にはいると、三人の初老の男性がいた。一人がすわって仕事しているのを囲むように二人が立って話をしていた。私に気づくと一斉に不審そうに目を向けた。私は出来る限りの笑顔を浮かべて、『こんにちわ。灯台へ行きたいのですが、この道で行けますか?』と尋ねた。すぐ返事はなかったが、間をおいて一番後方で立っていた男性が、『行けるけど、道は荒れてるよ』と教えてくれた。ただ灯台を訪ねるだけの善良な訪問者であることを伝えようとして、もう一度十分な笑顔を浮かべながら、『かまわないです。灯台の写真を撮りに行くだけですから』と明るく答えた。どうやらその思いが伝わったらしく、『滑りやすいから気を付けて。右にFurahana01右に進めば行けるから。』と他の男性も笑顔で教えてくれた。地元の人にも受け入れられた訪問となり、気持ちよく灯台を目指すことになった。

灯台までの距離はたいしたことはなかったが、一部足下が崩れていたり木々が覆っていて歩きにくかった。しかしそれ以上にクモの巣が大変だった。かなり大きなクモが至る所に巣を作っていて、私は巣を避けたり、枝木に絡ませて取り除いたりしながら進んだ。灯台周囲は荒れていて、草木に覆われそのまFurahana02 までは海は見えない。幸い灯台の敷地を柵が囲い、門(と言っても草に紛れているが・・・)が設置されていた。この上によじ登り、高い位置から見渡すことが出来た。そこから見ると灯台の向こう側に広がる太平洋がしっかりと見え、秋の日射しに輝く砂浜も見ることが出来た。(写真右下)そこから海を背景に逆光であったが、灯台のお気に入りの写真も納めることができた。(写真左下)

帰りに一人の男性がその場で仕事を続けていた。私が『ありがとうございました』と、大きな声で礼を言うと、男性も大きな声で、『はい。どうも』と返してくれた。爽やかな秋晴れであったが、気分も晴れやかに次の灯台へ向かうことができた。

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2007年10月28日 (日)

諸寄港灯台(兵庫県)

Botantoudai 2005年の夏に兵庫県日本海側の灯台を巡った中で、今回紹介する諸寄港灯台(写真右上)と居組港灯台の記事はまだ書いていない。この2つの灯台は、直接灯台を訪ねることができなかったからだ。居組港灯台(写真左上)は、陸続きMoroyori01ではなく、更に渡れたとしても相当苦労するであろう急な山の頂上に立ち、仕方ないと感じたが、諸寄港灯台は近くまで行きながら、急に降り出した雨のため結局諦めた形となってしまった。灯台の雰囲気や感想を伝えるブログで、訪ねていない灯台を書く気にもなれず、今に至っていた。今回紹介する気になったMoroyori04 のは、その後多くの灯台を訪ね、時に灯台のすぐ近くまで行くことが不可能なこともあると悟ったからであるが、実際には、「そろそろ時効かな」と言う我ながら甘い考えが働いたからだろう。

鳥取方面から国道178号線で居組に近づいた自分は、港の手前で左斜めにつながる旧道に入ったが、結局港近くで国道と合流する。しかも港の西側に灯台を国道からも確認でき、旧道に入る必要はなかった。港の西側に続く少し細い道を向かうと、狭いが駐車スペースもあり、そこに車を止めて灯台へ向かおうとした。ところが港に入った頃から降り始めた雨が強さを増し、少なくとも土の斜面を登ることを考えたとき、私は後回しにして先に東の対岸に見える浜坂町にある城山(実際に山である)に向かうことにしたのだ。城山から浜坂港矢城Moroyori03鼻灯台を目指そうと思っていたのだった。城山に向かい始めるとすぐに雨は小降りになり、着く頃には完全に雨はあがっていた。もう少し待っていれば良かったなどと思いつつ、車を出ると、なんと対岸の諸寄港灯台がきれいに正面に見えたのである。(写真左下、右下)私は思わず、望遠レンズを引っ張り出し、三脚を組んで400mmで撮影した。その後浜坂港矢城鼻灯台を目指して歩き出したのであるが、迷ってしまい城山の頂上に出てしまった。結局浜坂港矢城鼻灯台は翌朝に浜坂港側から行くことにして、車に戻った。

Moroyori02 いざ車に乗り込むと、すごく空腹を感じる。おまけに雨上がりの山歩きのせいで、服が濡れ、体は汗まみれ。結局写真を撮れたという満足感も手伝い、諸寄港灯台に向かう使命を忘れ、予約した民宿に向かってしまったのである。民宿での楽しい?思い出は、おまけ話のカテゴリー「車で来たのですが・・・」に書きましたので、良かったら諸寄港灯台の代わりに読んで下さい。なんとも計画性のない灯台巡りの一部分となってしまった。

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2007年10月24日 (水)

沖島灯台(千葉県)

BotantoudaiOkinoshima4沖島灯台と書いたが、正確には館山港沖島灯台(写真左上)である。初灯は昭和46年1月と新しい。館山駅から西に向かい海岸線を南西に走ると海上自衛隊館山航空基地を回り込むようにつながる道を走り、この沖島(島は、沖ノ島と表示されている)に着く。砂浜で島とつながっている景観は、なかなかお目にかかれず、当日の青空も手伝って感動した。(写真右上)

Okinoshima1 島に渡る砂浜は、およそ200mくらいあり、とにかく左右に波が寄せてくる間を歩けるその雰囲気は心地よい。10月中旬のこの日、見事な快晴であったが夏でなかったことで、南国のイメージと重なることなく感動できて良かったのかも知れない。島に渡ると島の案内看板が出ている。灯台は島の向こう側に位置する。帰りに島を廻ることにして、まずは真っ直ぐ灯台に向かった。

灯台は、よく見る形ではあるが、点灯部後方に受け皿のようなものが着いている。その上にはソーラーパネルが設置されているのであるが、最初私は、黒いその姿を烏が留まっているものと勘違いしていた。灯台の正面からの左側には砂浜 が広がり、奇岩が所々にある。この日は、日曜日の午前と言うこともあり家族連れやカップルが海岸でひとときを過ごしていた。砂浜からでは、小さく見える灯台ではあるが、しっかりとその存在感は示していた。(写真右下)

この日は、早朝に東京から特急列車に乗り、9時過ぎに館山に着Okinoshima3いたのであるが、市内では秋祭りが行われ、御輿も目にしながら、秋を感じつつ気持ちよくレンタカーを運転して沖島に着いた。この後野島埼灯台方面へ向かったのであるが、最初に訪ねたここ沖島灯台、そして周囲の景観だけでも十分満足し、南房総まで足を伸ばしたことに納得している自分であった。

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2007年10月18日 (木)

階上灯台(青森県)

Botantoudai 海岸線に沿って北から八戸市内に進入し、工場地帯を通り抜けたり、港特有の雑然としたところを通り抜けたりして、南へ向かった自分には、描いていた青森県八戸のイメージとは、良くも悪くも異なっていた。しかし八戸をHashigami1通り抜けて階上 (はしがみ)灯台を目指す海岸線の景観は思い描いていたような場所で、どんよりとした雲が空を覆った蒸し暑い日ではあったが、楽しんでドライブをした。今回は、その目的地(青森県の灯台巡り最終地であった)である階上灯台を記事にする。(写真右上)

階上は、八戸から海岸沿いに南に進んだ、岩手県との県境に近い所である(写真左上地図:gooより)。周辺の海岸は海水浴やレジャー施設も多い。階Hashigamichizu 上灯台の立つ丘の上は広く、しかも驚いたことに、その広い緑の広がる敷地の陸側に小学校が建っており、校庭が広がっている。なだらかな斜面で灯台の立つ丘の敷地と校庭がつながっている。きっと子供達は、この灯台の立つ広場まで自由に行き来出来ると思われ、灯台の立つ広場で遊ぶ子供達の姿を思い浮かべてしまった。(写真右中)Hashigami5 灯台の横には観光客のためとは思えない石碑(写真左中)が立てられており、この灯台が地元の人たちに愛されていることを感じずにはいられなかった。

この日、少し天気は悪かったのもあるが、この高台に太平洋から吹く風はかなり強かった。灯台の立つ丘自体が、小学校への防風に役立っているのだ。しかし荒れた天気であれば、灯台には容赦なくHashigami08 潮風も当たるに違いない。そう感じながら灯台の案内板を読むと、破損のために昭和62年12月に改修されたと記してあり納得であった。

雲の隙間に所々青空が見え、時折日差しもこぼれてくる。私は、灯台をぐるっといろんな角度から見て回った。灯台の立つ丘の、南側の海Hashigami2岸では若い人たちのグループが集まってバーベキューをしていた。とは言っても耳元を通る風の音が強くて、見るまでは気がつかなかった。灯台は小さく、よく見る形の灯台であるが、どこからでも目立つ。私は、なぜかその姿に惹かれて、ぐるぐると周囲を回りながら灯台を眺め続けた。(写真右下2枚)Hashigami4地元の三重県では、広がる海岸に立つ灯台は少ないせいかもしれない。

灯台の立つ丘に隣接した小学校に通う子供達が、この灯台をどう感じているのかいろいろと想像していた。自分が何十年も若返って実際に小学校に通っていたらどう感じるかまで考えたところで、ようやく灯台を後にして車に戻ることにした。

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2007年10月11日 (木)

黒崎灯台(青森県)

BotantoudaiBotanomake

~熊を警戒し過ぎて~

ここ黒崎灯台(写真右上)の記事を書くにあたって、カテゴリーを、『東Kurosaki3北地方の灯台』にするか『おまけ話』にするかで大いに悩んだ。結局灯台として紹介することにしたのだが、灯台に直接触れることも出来ておらず、とても灯台の記事を書けるものではない。と言うことで、左上の記号は両方付けた。

2007年夏の青森県の灯台を巡る中、ここ黒崎灯台に立ち寄った。二つ前の記事で紹介した安井埼灯台の後、下北半島Photoを陸奥湾に沿って北上したのであるが、これがとても気持ちの良い行程だった。晴れ渡った青空、暑いとは感じない日射しの中、爽やかな空気が全開にしたレンタカーの窓から入ってくる。右肘を窓に置いて左手のみでハンドルを握り、通称”はまなすライン”を軽快にドライブしたのだが、北海道の知床を旅した時を思い出すような気分だった。(写真左上地図:gooより)

黒崎は、むつ市を過ぎ、下北半島を西へ向かう陸奥湾側にある。むつ市を抜けると、さす がに道の周辺も山深さを感じるところが増えてくる。しかし黒崎周辺は、それほど山の中と言った感じはなかったのであるが、主要道路から灯台を目指して海側Kurosaki4 に折れると雰囲気は一変した。まず驚いたのが、細い道沿いに数多く立てられた『熊出没注意』の看板(写真右下)であった。それでもまだこの時は、他人事のように思い、車を進めた。

森の中の細い道を抜けると一面畑が広がっていた。『やはり熊なんて・・・』と思いつつ、正面に目をやると灯台の姿が見える。(写真左下)しかしそこに行くには、畑の真ん中を突っ切って歩いていくか、或いは周囲の森に沿って遠回りするかであった。どうしようかと少し悩んでいると、突然後方から男性に東北弁で声をかけられた。

『よその人かア?先日もこの辺りさア、熊出たけ気イつけろオ』おそらくは、この畑の持ち主なのであろう。私はそれまでは、遠くに見える畑で仕事をしている人の所まで行き、畑を歩Kurosaki2 く許可をもらうつもりでいた。しかしまったく状況は変わった。どう言ったか覚えていないが、感謝を示す言葉を返した記憶がある。そしてさっさとカメラを望遠レンズに換えて、その場から灯台の写真を数枚撮り、終えると速攻で車に乗り込んで黒崎灯台を後にした。

後から冷静になって考えてみると、そう言いつつ、畑の持ち主らしき人がそこで仕事をしていたわけであり、畑を突っ切って灯台に行くのであれば、熊を恐れる必要はなかった様な気がする。ただ、よそ者を不審に思った一言だったのかもしれない。いずれにしても私は灯台を前にして挫折し、近づくことが出来なかったのは事実だ。

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2007年10月 9日 (火)

間人港灯台(京都府)

BotantoudaiTaizakou1『間人』と書いて『たいざ』と読む。もちろん私も読めなかったため、宿の人に尋ねた。聖徳太子の母である間人(はしうど)皇后が、この地を去るときに自分の名を付けたのであるが、人々は敬いの気持ちから、退座したと言う意味から『たいざ』と呼ぶようになったそうである。この辺りで間人ガニと言う名称を持つズワイガニが水揚げされることでも有名だ。周囲には時代劇などのロケ地としてよく使われる後ケ浜や立岩、岩肌の海岸が美しい丹後松島などがある。今回はそんな歴史的な景観や観光を有する丹後町の間人港に立つ灯台(写真右上)を記事にした。

Taizakou3  この日間人港に続く道は、西側は完全に通行止めで、一度東に行き、戻る形で港に近づいた。灯台は港を囲むように回り込んで延びる堤防の先にある岩場に立っている。三津港島堤灯台のブログで書いたように、人工の堤防上に立つ灯台であればおそらく私は、立ち寄らなかったと思う。

Taizakou2_2 この日はあいにく曇天で、時々小雨もぱらついていた。幸い灯台を訪ねるときには降られることはなかったが、写真は暗い感じ(写真左上)になってしまった。波も少し高く、時に堤防や岩礁で高く白いしぶきをあげていた。(写真右下)灯台は、よく見る形の灯台であるが、土台の部分が薄く、真横から見ると頼りなくも見えた。

Taizakou5間人港には数隻の漁船が停泊していたが、その港を囲む先端に灯台は位置している(写真左下)。間人と言う名前の由来から歴史的なロマンを感じるが、むしろそれは周辺の海岸や浜辺から強く感じ、この港に滞在した半時間あまりの間は、今ここで暮らしている人たちの力強さなどを感じると共に、やはり私は灯台に人の香りを感じていた。

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2007年10月 8日 (月)

安井埼灯台(青森県)

Yasuisaki01Botantoudai

陸奥大島灯台を朝早くから訪ね、少々時間がかかったが、その後まだ十分に朝の余韻を感じられる時間にここ安井埼の灯台(写真右上)を訪ねた。この日も爽やかな青空で気持ちの良い日であった。

2007年8月19日から三日間で青森の灯台をのんびり巡る旅の中日、20日に訪ねた。陸奥大島の灯台で少し汗をかき、更に二日目となりレンタカーとの相性も深まりはじめ、調子よく安井埼に到着したと言った感じであった。地方Yasuisaki06 道9号線から旧道に入ったすぐの丘の上に灯台はあり、すぐ近くの路肩に駐車して丘(と言っても階段10段くらいだが)を登った。

あまり見かけないお城タイプのその形に、どことなく親しみを感じながら周囲をゆっくりと歩いた。残念ながらどこにも案内表示板はない。せっかく灯台周囲は緑の敷地があるのだから、設置しても良いのでは?と灯台好きの勝手な思いを抱きながら海の方に目を移すと、北の方に広がる陸奥湾が気持ちよく見えた。(写真左上)

Yasuisaki07南側に目を移すと野辺地町の方からつながる下北半島の姿がよくわかった。(写真右下)。夏泊半島は青森湾を西に陸奥湾との境にある半島で、この半島の東側に安井埼はある。陸奥湾に面しており波は穏やかで、海との間にある段差のある狭い敷地の畑では老婆が仕事をしていたが、夏と言うより心地良く感じる日差しの中、静かな安井埼に立ちその光景を見ていると、冬のイメージは浮かんでこない。龍飛埼の記事でも書いたが、青森の灯台と言えば冬景色Yasuisaki08 を思い浮かべるのであるが、今回どの灯台からも冬のイメージを想像することは出来ないくらい天候に恵まれた。

夏泊半島の青森湾に面した西側では、少し入り組んだ海岸線沿いに岩礁などがあり景観に迫力があるが、対して東側の陸奥湾に面した、ここ安井埼周囲はのどかな漁港を連想させる。この後陸奥湾に沿って下北半島を北上する予定であった自分は、これから通る『むつはまなすライン』での心地よいドライブが既に連想できるくらい明るい気持ちになっていた。

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2007年10月 2日 (火)

尻屋埼灯台(青森県)

BotantoudaiShiriyasaki2青森県の灯台を巡る中、最もゆっくりと時間が流れたように感じたのが今回記事にする尻屋埼灯台(写真右上) であろう。午後5時までの制限がある中、午後3時前に訪ねて、閉鎖される直前まで灯台を味わい続けたのだが、時間の経つのを意識することもなく、夢中になっていた。その意味では時間が最も早く経ったのかもしれない。

尻屋埼は、青森県下北半島の東端である。周囲は放牧場となっていて、森で囲まれた埼への進入は制限されており、夜間は入ることが出来ない。灯台を頂点に三角形の埼を海岸線に沿って整備された道がつながっている。Shiriyasaki6 道沿いは放牧場となり馬が集団で行動していた。制限区域に入る少し前の道沿いには採掘工場などがあり、人の存在を強く感じて通ったのであるが、森を越えると本当に世界が一変して、自然の中で時間が流れているのを感じる。牧場を前景に、海を背景にして道の正面に白くそびえる灯台の姿が見える。(写真左上)徐々に近づくとその美しい灯台の姿に見とれてしまった。まずは灯台正面に車を止めて周囲を歩くことにした。

が、車から降りたとたん糞臭に鼻を摘んだ。足の踏み場が無いほど、土の上、緑の草の上には馬の糞が点在していた。それでも海からの風も手伝い、すぐに臭いに慣れて灯台周囲を歩いた。観光客は他にもたくさんいたのだが、ほとんどは馬がいる方に行ってしまい、灯台周囲には私しかいなかった。馬も入れた写真を考えたのであるが、徐々に馬の 集団は灯台から離れていき、結局最後までそのチャンスは持てなかった。

Shiriyasaki3灯台の敷地内には、プラントンによるレンガ作りの説明などがある。灯台の海側から灯台を見上げてみた。あまり絵にならない構図であるが、陸側からは見えない後方半円形の土台の部分がファインダーを通して見え、たくましさと安心感を抱かせた。(写真右2番目)

Shiriyasaki1 尻屋埼灯台で過ごした時間がゆっくり流れたと感じた一因は、音がなかったことかも知れない。もちろん耳をすませば、波の寄せる音や他の観光客の声なども聞こえては来る。しかし太平洋から吹き続ける風の音だけが耳元で強く聞こえるのである。風は物に当たって初めて音となる。耳に当たる音だけが聞こえるとき、不思議に音が無いように私は感じてしまっていたのである。(写真左下は、風の音を感じながら撮影した灯台)

灯台周辺で1時間あまり過ごした後、埼の南西側に車を走らせた。制限されているエリアShiriyasaki5 だけに人影は全くない。車内から灯台を振り返ると、海岸線に沿って遠く灯台の姿が見えた。海岸線は夕日を迎えるほのかな朱色に染まり始めていたが、残念に感じたのは、これだけゆったり過ごせたエリアでも、海岸には多くの人工の漂着物が流れ着いていたことだ。(写真右下)ここで書くこと自体ナンセンスかも知れないが、灯台という人工物が自然にとけ込む姿をもっと参考にしたいものだと感じた。

制限の5時少し前にゲートを出て、宿を求めて陸奥市に向かって車を進めた。

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