間人港灯台(京都府)
『間人』と書いて『たいざ』と読む。もちろん私も読めなかったため、宿の人に尋ねた。聖徳太子の母である間人(はしうど)皇后が、この地を去るときに自分の名を付けたのであるが、人々は敬いの気持ちから、退座したと言う意味から『たいざ』と呼ぶようになったそうである。この辺りで間人ガニと言う名称を持つズワイガニが水揚げされることでも有名だ。周囲には時代劇などのロケ地としてよく使われる後ケ浜や立岩、岩肌の海岸が美しい丹後松島などがある。今回はそんな歴史的な景観や観光を有する丹後町の間人港に立つ灯台(写真右上)を記事にした。
この日間人港に続く道は、西側は完全に通行止めで、一度東に行き、戻る形で港に近づいた。灯台は港を囲むように回り込んで延びる堤防の先にある岩場に立っている。三津港島堤灯台のブログで書いたように、人工の堤防上に立つ灯台であればおそらく私は、立ち寄らなかったと思う。
この日はあいにく曇天で、時々小雨もぱらついていた。幸い灯台を訪ねるときには降られることはなかったが、写真は暗い感じ(写真左上)になってしまった。波も少し高く、時に堤防や岩礁で高く白いしぶきをあげていた。(写真右下)灯台は、よく見る形の灯台であるが、土台の部分が薄く、真横から見ると頼りなくも見えた。
間人港には数隻の漁船が停泊していたが、その港を囲む先端に灯台は位置している(写真左下)。間人と言う名前の由来から歴史的なロマンを感じるが、むしろそれは周辺の海岸や浜辺から強く感じ、この港に滞在した半時間あまりの間は、今ここで暮らしている人たちの力強さなどを感じると共に、やはり私は灯台に人の香りを感じていた。
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