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2007年12月

2007年12月24日 (月)

私のお気に入りの灯台vol.1

Botanomake 2007年も押し迫り、今年巡った灯台を思い返してみた。私ごとであるが、休暇が取れない職業がら、週末や祝日を利用しての灯台巡りが今年も続いた。三重県の鎧埼灯台を2004年の2月に初めて訪ね、来年5年目を迎えようとしている。現在100基ほど巡ったであろうが、まだ100基と言うのが本音である。とは言え、友人からは『物好きな・・・』と馬鹿にされながらも、お勧めの灯台を尋ねられることがある。そこで、今回はおまけ話としてこれまで私が巡った灯台の中から、お気に入りの灯台を5つ選んでみることにした。もちろん訪ねたときの時間、気象状況、そしてその時の私個人の気分も大きく影響することは言うまでもない。したがって、あくまでもこれまで私が訪ねて感じた灯台の印象に基づいて選んでいPhotoることをご配慮いただきたい。

第1番目は、やはり最初に訪ねた三重県の鎧埼灯台である。私のように灯台巡りをしている者からは、神様的存在であるY氏のサイトである、『日本の灯台』には残念ながら鎧埼灯台は遠景の写真が掲載されている。http://yamatae.sakura.ne.jp/Lh4/yoroi.html しかし、ここの海岸からの日の出は、多くのカメラマンがその瞬間を狙いに来る場所であり、そこに点灯する灯台は、最初に訪ねた灯台として以上の存在感を私には与えてくれた。ただ残念なのは、当時は初期デジタル一眼で画角が狭く、その上広角をまだ持ち合わせておらず、日の出と灯台を一緒に撮影することがかなわなかったことである。

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/04/post_39ec.html

Osimawasi02 第2番目は、2005年11月に訪ねた福井県の押回埼灯台である。灯台を訪ねたときに、灯台を目にする私の希望は、灯台の向こう側に海が広がっていることがその一つであるが、ここ押回埼灯台は、猿の集団に出会いながら山の中の自然道を40分くらい歩き、突然開けた視界の中に青空と海を背景に真っ白な姿として目に飛び込んできた。おもわず声をあげて感動した事は忘れようがない。

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/10/post_51d1.html

Takanosaki6 第3番目は、青森県の高野埼灯台である。理由は2番目の押回埼灯台と同じである。この時も突然開けた視界に、青空と碧い海を背景に紅白の灯台が目に飛び込み、感銘の声をあげてしまった。しかし私にとってここ高野埼灯台は、エメラルド色した海岸から南国にいるような錯覚を覚え、この後訪れた龍飛埼灯台や大間埼灯台を含め、必ず真冬にもう一度訪れたいと思わせたことも、お気に入りとなっている要因でもある。

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/09/post_0f2a.html

1 第4番目は、徳島県の蒲生田岬灯台である。海に突き出した細長い埼の上にあり、周囲の3/4が海に囲まれていると言う立地条件は選んだ理由として大きい。夕暮れ時に訪ねたのであるが、頭上にはまだ青空が広がり、朱色に染まり始めた灯台とのコントラストが印象深い。付け加えると、この直前までラジオで甲子園の熱戦を聞き、あのハンカチ王子が再試合の末、優勝を決めたことも思い出深くしている一因なのかもしれない。

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/10/post_da6e.html

Shiriyasaki1 第5番目は、再び青森県となるが、尻屋埼灯台である。とにかく日本の灯台50選に入るだけあって綺麗だ。しかも周囲は牧場で、手前に広がる緑と後方の空と海の青に、真っ白な灯台の姿が映えるのである。と言っても3番目の高野埼灯台同様、やはり冬のその姿を見たいと感じたことも事実である。

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/10/post_129d.html

他にも、高知県の室戸岬灯台や京都の経ヶ岬灯台、千葉県の野島埼灯台など挙げるべき灯台はたくさんあった。しかし、私が人知れず立つ灯台に、逆に人の香りを感じたことが、灯台に惹かれた理由であることもあり、私にとってのお気に入りの灯台は、訪ねにくい灯台が多く選ばれているのかも知れない。いずれにしても、灯台を目指して計画を企て、歩きを含めて灯台までの行程を楽しみ、そして灯台のその姿をカメラに納めて灯台を味わうことが止められそうにない今、2008年もコツコツと灯台巡りを続けていくことには、変わりなさそうである。いつの日か全国の主要灯台をブログとサイトに列記できる日を夢見て。

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2007年12月17日 (月)

白浜港灯台(千葉県)

Botantoudai 千葉県の南房総の灯台5基を巡った一日で、最後に訪ねたのが今回紹介する白浜港灯台である。白浜港から少し離れた比較的平らな岩場に立てられている。天気が良い日で波も穏やかに見えたが、打ち寄せる波しぶきには迫力があり、帰りの時間を気にしながらも、しばらくの間、地元三重には少ない平坦な岩場に立つShirahamakou2灯台と、そこに押し寄せる波しぶきを楽しんだ(写真右上)。

  この日は、早朝に東京から特急電車で館山に着き、レンタカーを借りて南房総を西から東に向かい、当初は鴨川あたりまで行く予定であったが、少し途中の灯台でゆっくりと過ごしすぎて、ここ白浜港Shirahamakou1灯台を最後にして、館山に戻り帰路についた。はじめにも書いたが、地元三重県には平坦な岩場に立つ灯台は珍しい。その多くはリアス式海岸特有の岬や埼の山中にあり、容易に訪ねることができない。その点今回巡った南房総の灯台は、遠くから視界に入り迷うこともなく、すぐ近くまで車で近づける。そのために時間に余裕を持ちすぎてしまった感がある。不思議な物で、実際には灯台に接していなくても、山中に立つ灯台を目指して半時間、時に一時間以上費やす時間があったとしても、それは私の場合、灯台で過ごした時間に組み込まれているのである。だから今回の様に、すぐにたどり着いてしまうと、何処か物足らない気がして長居をしてしまうのかも知れない。

白浜港灯台は、外見的には特に特徴はない。よく見る形の灯台であり、被写体としても特Shirahamakou4 別な物はないと言える。しかし、三重県には少ない平坦な岩場に立っていることが私には特別であった。普通に立った目線から、灯台の全貌が見え、更に足元から続く岩場も見え、更には海面、そして水平線まで見えるのである。もし、荒れ狂った天気の中であれば、海面の起伏や砕け散る波しぶき、そしてそこに立つ灯台が同じ高さで見えるわけであり、やはり私にとっては特別な灯台と言わざるをえないものが、ここ白浜港灯台にはあった。

Tateyamaeki1 それにしても訪ねた時期も良かったのであろうが、南房総は気持ちよかった。駅から少し離れたところにあるレンタカー店へ車を返却して、館山駅まで営業所の女性が送ってくれたのであるが、そう感じた事を伝えると、『次回は是非春にも来て下さい』と言った。確かに菜の花咲く、春の房総半島の写真や観光案内を見ることは多い。『それでは、次回は是非春に来ますね』と返事をして、降ろしてもらった館山駅から東京行きの特急列車に乗り込んだ。

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2007年12月 2日 (日)

浜島港灯台(三重県)

Botantoudai浜島港灯台(写真右上)は、三重県志摩の英虞湾の西にあり、英虞湾への入り口にあたる。対岸には、11月11日に2つ前のブログ記事にした御座岬があHamajimakou1る。浜島港灯台と言っても、港にあるわけではなく、矢取島と言う小さな島に立っている。この矢取島の名は、神代の昔、「海彦・山彦」の伝説に由来がある。故事によると、豊玉姫(とよたまひめ)が夫・子どもを残して龍宮へ帰る際、恋しく思って記した矢文(手紙)を放ち、それがこの島に流れついたことからその名が付いたらしい。堤防が島までつながっており、歩いて渡るこHamajimakou3ともでき、更に近くには水産試験場などがある。しかし堤防からこの矢取島を 見るとどことなく、いにしえの歴史を感じてしまう趣がある。(写真左上)

まずは、島に渡ってみた。堤防から左に少し岩場を通り、砂利の小さ な海岸を歩くと、上方に灯台が見える。遠くから見ると小さく感じたが、近づくと予想外に大きい。(写真右2番目)足場は悪いが灯台まで道がHamajimakou2_2付いている。灯台は点滅式のものだが、この手の灯台としては立派である。島の上部の平坦地はほとんど灯台の敷地のみと言って良いほど狭く、周囲の木で海を背景にお気に入りの写真は狙えなかった。日 没が近づいており西の空は茜色に変わり始めており、島全体が見える堤防に留まり、点灯を待つことにした。堤防から西を見ると鳥羽二見の夫婦岩のような岩の後方に夕日が輝いていたが、まもなく雲に隠れ日の入りは見られそうになかった。夕日を後方に浴びて、いくつかの雲が黒く存在を示していた。ふとそのHamajimakou5中の一つが私には竜の姿に見えた。(写真左2番目)少し太った竜かもしれないが、そんな事を連想する自分が、しっかりと伝説の世界を感じながら矢取島を訪問していたのだと気づき、笑みがこぼれた。

堤防で寝転がり、上空の青空と西側の夕日を眺めつつ広角レンズで灯台を含め写真を 撮った。(写真右下)寝転がって見えるその景観が写り、少し満足しつつ灯台が点灯するのを待つことにしたが、辺りはまだしっかりと明るかった。土曜の昼から、仕事を終えHamajimakou4てすぐに昼食も取らずに車を飛ばして来たため空腹を感じる。カメラバッグに入れてあった飴を探し、口に一個放り込んで再び灯台を見ると、なんと点灯していたのである。すぐには点灯と気づかず、灯台先端が何かの光が反射したのかと感じる程度の光だったが、もう一度その光を見て気がついた。点灯の瞬間を見たのかどうかはわからなかった。(写Hamajimakou6真左下)

そのまま少し肌寒くなってきた堤防上に留まり、周囲が暗くなって灯台の明かりを十分感じてから帰路につくことにした。携帯から、夕食の準備を頼むメールを自宅に送ってからその場を離れた。車に乗り込むとき家内から返事が届いたのだが、矢文で手紙を送った海彦と山彦の伝説を思い出し、思いを届けたい気持ちに変わりなくても、食事の内容をメールした自分があまりに現実的に感じてしまった。

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