« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月

2008年1月31日 (木)

磯津港南堤防灯台(三重県)

Botantoudai 『私の灯台巡り』のブログでは、基本的に堤防に立つ灯台は紹介してこなかった。自然の土地、岩の上に立つ灯台を主に取り上げてきた。しかし今回紹介する三重県四日市の磯津南に立つ灯台(写真右上)は、堤防の上に立っているにIsozukouminami01もかかわ らず取り上げることにした。年末年始に、新しく灯台巡りに出向けなかったことや、この灯台が自宅から近く、親しみがあるなどいくつも理由があるが、加えて、以前に訪ねた時には、堤防に立っていなかった記憶があった事、そして今回調べた地図では、堤防上に記号はあるものの、海岸線より陸地側に入っIsozuminamiteibouway1 ていたこと(地図左上:国土交通省より)が、記事にした理由である。といろいろ書いても言い訳がましいので、開き直ってこのまま記事を書くことにする。

北西からアプローチすると、入り組んだ地形で、灯台はメイン道路からすぐ近くに見えるのであるが、訪ねるにはぐるっと回り込まなくてはならない。それでも一面を見渡せる場所であり、道に悩むようなことはない。数隻の漁船が止まっている港を迂回して近づいた。この時期灯台の立つエリアは、枯れた草が一面覆っている。枯Isozukouminami03 れ草の中に看板が立ちシロチドリ保護の案内がある。(写真右中)確かに、周囲が港特有の錆びた金属類や何かを入れた袋が無造作に置かれて煩雑とした感じがあるのに反して、このエリアだけは人工物が存在しない。振り返って内陸の方に目を移すと、鈴鹿山脈を背景にして四日市コンビナートの煙突が続いているのが見える。(写真左中)その昔は四日市喘Isozukouminami04 息で有名になっ たこの一帯であるが、シロチドリ保護の看板、そしてここから続く 砂浜(写真左下)が予想以上に綺麗なことに、地元の一人としてどこか嬉しく感じた。

灯台に近づくと、まぎれもなく堤防の上に灯台は立っていた。少し離れて海を背景に眺めると、枯れ草などと同じ高さにあり、堤防上にあるとは思えない。(写真右下)更に、堤防上とは言え、砂浜から続く海岸線の延長線上に灯台は存在しており、かろうじて陸地の上に存在しているようにも見える。実際そこから先に堤防が突き出しており、地図に示されていた灯台の位置は、あながち間違いでは無かったのだと納得すると共に、自分の記憶が間違ってはいたものの、意識するほどの大きな堤防ではなかったのだと安堵した。とは言えやはり灯台はしっかりと堤防の上に立っていた。Isozukouminami02真冬の青空の下、冬色とも言える枯れ草の色とのコントラストによって寒さを強く感じたが、灯台は平然とその白い姿で立っていた。

近郊に住む灯台巡りの先輩から、以前にデザイン灯台について教わった記憶がある。灯台としての機能以外にデザイン性を重視して建てられた物で、その多くは港の防波堤や堤防の上に立てられていることが多い。そう言えば昨年訪ねIsozukouminami05_2た青森港にもデザイン灯台が港の堤防の先端に位置しており、記憶に新しい。こう言ったデザイン灯台は、今後是非ともブログで紹介したいと考えていた。今回の灯台の記事への言い訳ではないが、堤防上であっても私の心を動かし、癒し、何かを感じる灯台については、これからは記事にまとめていこうかな・・と素直に感じながら、約20分の帰途に着いた。

| | コメント (0)

2008年1月25日 (金)

刈又埼灯台(徳島県)への道

Botanmichi 長い間、灯台への道の記事を書いていなかった。新しい灯台の記事を紹介する前に、今回は徳島県阿南市の椿泊湊の先にある刈又埼灯台(写真右上)へWaykarimatasaki2 の道をまとめてみた。既に灯台自体は記事にしてあるが、この灯台への道として印象深いのは、細い道を挟んでつながる椿泊湊の町並みである。

阿南市の中心で前日は宿泊し、この日早朝からここ椿泊湊を訪ねた。車で、椿泊の地に入る辺りから『阿波水軍』と言う言葉がよく目に入った。ちょうど灯台を訪ねた年に、NHKの大河ドラマで源義経をタッキーが演じて話題となっていたが、この辺りが拠点だったんだと納得した。

実は前日に、蒲生田岬(かもだみさき)の灯台を訪ねる前に、一度刈又埼を目指したのであるが、ほぼ車の幅くらいしかない道を中心にした民家がつながる所へ、よそ者の車(1855mmの車幅のSUV)で侵入するのをはばかって、この日の朝に延ばしたのである。Waykarimatasaki1 幸い折りたたみ自転車を積んでいたので、まだ道幅が広い小吹川原の町に車を止め、今回は自転車を組み立てて埼に向かって進むことにした。(左上:地図国土交通省より)

自転車をこぎ始めた自分は、家々が連なる細い道を、興味深く見渡しながら進んだ。医院もある。日用品店、薬局、食料品店、米屋もある。更に進むと小学校もある。とても車で侵入する気になれなかった細い道を挟んで民家だけでなく、生活に必要な店屋や施設もあるのだ。完全に独立した集落を、この細い道を挟んで細長く形成していたのである。Karimatasaki2

ようやく民家が切れ、道が終わっている場所は、海側は堤防に突き当たっていた。自転車を置き、もう少し先端にある灯台まで歩き始めた。最後の民家は、比較的新しい現代風のお宅で、犬が2匹いた。よそ者の私にも尻尾を振ってくれた。堤防と埼の山肌に囲まれた場所を進み、途中で堤防に登り進むと、正面に雲間からまだ朝焼けが残る太陽が見え隠れした。同時に埼の先端であることを確認し、上方を見ると、灯台の姿が目に入ってきた。(写真右中)

柵などはなく危険と言えば危険だが、足場の良い坂道を登り灯台の立つ埼に上がった。ほんの少し登っただけであるが、視界が広がり対岸には、昨日訪れた蒲生田岬灯台が立つ椿町方面も見えた。登った所に祠があるが、阿波水軍の拠点であった土地でもあり、それが海に対して建てられた物であろう事は容易に想像できた。そうしている間にもKarimatasaki1 沖から何隻もの漁船が早朝の漁を終えて港に戻ってきた。夏の日ざしではないこの時間、更に空気が澄んでいたためか、船に乗っている人たちが、厳しい表情で私の方を見ていることがわかった。きっとよそ者を警戒して見ていたのであろう。

  灯台を越して、もう少し埼の先端に岩場があるが、かなり危険である。それでも、振り返って灯台をカメラに納めたい一心で岩場を乗り越え進んだ。(写真右下)それほど高くないのであるが、足をすくわれそうであった。雲間から見える、黄色っぽい朝日が、自分の立つ埼の真下の海面まで反射して写り、いわゆる朝焼けではなWaykarimatasaki3_2いのだが、絶妙の発色を見せ、少し写真心が弾むのを感じた。(写真左下)

私は、阿波水軍についての知識は皆無に近い。しかし、細い道に沿って独立した集落が存在するこの地を通り抜けし、埼の先端から港を目指す船を見た私は、ただそれだけであるが、彼らを少し理解できたつもりになっていた。

この灯台の記事: http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/11/post_4e36.html

| | コメント (4)

2008年1月 7日 (月)

田烏港明神鼻灯台(福井県)

Botantoudai 2008年最初の記事を何にしようかと悩んだのだが、年末年始に新たな灯台を訪ねることもできず、07年に訪ねた灯台の中から、まだ記事にしていなかっTagarasu01 た田烏港明神鼻灯台を選んだ。福井県は、私にとって訪ねやすいと感じる所であり、複数の灯台を一度に廻るのではなく、ほとんどの灯台をドライブがてら一箇所ずつ訪ねている。今回紹介する田烏港の灯台も、07年の11月初旬に土曜の午後仕事が終わってから訪ねた。

2006年の4月から始めた『私の灯台巡り』のブログであるが、最初(おまけ話の最初のページ)に私が灯台巡りを始めた理由を記してある。車好きと言うより、運転好きの自分の目的地として灯台を選んだことが始まりであることをここで紹介しているのだが、だからこそ今回のように灯台までのドライブを楽しみつつ灯台に接することが出来るのは、私の中では至極の時間なのかも知れない。(ecoに反することなのだが・・・)

Tagarasu04 田烏港は、福井県の南西、三方五湖で有名な三方町から小浜市への中間、海岸沿いに位置する。田烏港明神鼻灯台と言うが、港の北側から続く山の先端が、海に突き出した形となっており、その上に灯台が立っている。灯台の下には、祠があり明神が祀られている。私が着いたのは午後4時頃であったが、多くの釣り人が近くの堤防や明神鼻の岩場で釣りを楽しんでいた。漁港の前の広場は有料の駐車場となっているが、港近くまで細い道で民家が並んでおり、不法駐車による地元の迷惑を避けるためにそうしてあるのだろう。しかし、釣りに比べればほんの一瞬写真を撮るだけの私には、これは嬉しくなかった。しTagarasu03 かたなく港を望める高台の空き地に車を止め、バッグを背負って灯台に近づき撮影したのだが、路上駐車に変わりはない。後ろ髪を引かれるようで、慌ただしい訪問となってしまった。結局お気に入りの写真は遠方からの望遠撮影で行った。

田烏と言う地名の由来も知りたかったのだが、どことなく落ち着きもなく車に戻って、車を走らせ始めた。田烏の港を正面に見る事が出来る高台まで車を進めて、カメラを構えファインダーを覗くと、曇天の中わずかに夕焼けの色が雲間からこぼれ、静寂な入り江や港、そしてそこから続く穏やかな波の日本海が見え、なぜなのか冬の色が近づき始めている ことを感じてしまった。この日時間があれば、もう少し車を走らせTagarasu02大飯原子力発電がある大島半島の鋸埼灯台まで足を伸ばすつもりであったが、既に薄暗くなり始めた空を見て、次回の楽しみに回すことにした。帰る途中、三方五湖近くを通過する道沿いに、梅林が広がり、梅酒や梅干しの看板を目にして、梅の花が咲き始め、春の香りが漂い始めた冬の終わりに次回は訪ねてみようと考えていた。

| | コメント (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »