« 田烏港明神鼻灯台(福井県) | トップページ | 磯津港南堤防灯台(三重県) »

2008年1月25日 (金)

刈又埼灯台(徳島県)への道

Botanmichi 長い間、灯台への道の記事を書いていなかった。新しい灯台の記事を紹介する前に、今回は徳島県阿南市の椿泊湊の先にある刈又埼灯台(写真右上)へWaykarimatasaki2 の道をまとめてみた。既に灯台自体は記事にしてあるが、この灯台への道として印象深いのは、細い道を挟んでつながる椿泊湊の町並みである。

阿南市の中心で前日は宿泊し、この日早朝からここ椿泊湊を訪ねた。車で、椿泊の地に入る辺りから『阿波水軍』と言う言葉がよく目に入った。ちょうど灯台を訪ねた年に、NHKの大河ドラマで源義経をタッキーが演じて話題となっていたが、この辺りが拠点だったんだと納得した。

実は前日に、蒲生田岬(かもだみさき)の灯台を訪ねる前に、一度刈又埼を目指したのであるが、ほぼ車の幅くらいしかない道を中心にした民家がつながる所へ、よそ者の車(1855mmの車幅のSUV)で侵入するのをはばかって、この日の朝に延ばしたのである。Waykarimatasaki1 幸い折りたたみ自転車を積んでいたので、まだ道幅が広い小吹川原の町に車を止め、今回は自転車を組み立てて埼に向かって進むことにした。(左上:地図国土交通省より)

自転車をこぎ始めた自分は、家々が連なる細い道を、興味深く見渡しながら進んだ。医院もある。日用品店、薬局、食料品店、米屋もある。更に進むと小学校もある。とても車で侵入する気になれなかった細い道を挟んで民家だけでなく、生活に必要な店屋や施設もあるのだ。完全に独立した集落を、この細い道を挟んで細長く形成していたのである。Karimatasaki2

ようやく民家が切れ、道が終わっている場所は、海側は堤防に突き当たっていた。自転車を置き、もう少し先端にある灯台まで歩き始めた。最後の民家は、比較的新しい現代風のお宅で、犬が2匹いた。よそ者の私にも尻尾を振ってくれた。堤防と埼の山肌に囲まれた場所を進み、途中で堤防に登り進むと、正面に雲間からまだ朝焼けが残る太陽が見え隠れした。同時に埼の先端であることを確認し、上方を見ると、灯台の姿が目に入ってきた。(写真右中)

柵などはなく危険と言えば危険だが、足場の良い坂道を登り灯台の立つ埼に上がった。ほんの少し登っただけであるが、視界が広がり対岸には、昨日訪れた蒲生田岬灯台が立つ椿町方面も見えた。登った所に祠があるが、阿波水軍の拠点であった土地でもあり、それが海に対して建てられた物であろう事は容易に想像できた。そうしている間にもKarimatasaki1 沖から何隻もの漁船が早朝の漁を終えて港に戻ってきた。夏の日ざしではないこの時間、更に空気が澄んでいたためか、船に乗っている人たちが、厳しい表情で私の方を見ていることがわかった。きっとよそ者を警戒して見ていたのであろう。

  灯台を越して、もう少し埼の先端に岩場があるが、かなり危険である。それでも、振り返って灯台をカメラに納めたい一心で岩場を乗り越え進んだ。(写真右下)それほど高くないのであるが、足をすくわれそうであった。雲間から見える、黄色っぽい朝日が、自分の立つ埼の真下の海面まで反射して写り、いわゆる朝焼けではなWaykarimatasaki3_2いのだが、絶妙の発色を見せ、少し写真心が弾むのを感じた。(写真左下)

私は、阿波水軍についての知識は皆無に近い。しかし、細い道に沿って独立した集落が存在するこの地を通り抜けし、埼の先端から港を目指す船を見た私は、ただそれだけであるが、彼らを少し理解できたつもりになっていた。

この灯台の記事: http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/11/post_4e36.html

|

« 田烏港明神鼻灯台(福井県) | トップページ | 磯津港南堤防灯台(三重県) »

コメント

ありがとう御座いました 勉強になりました

投稿: 鳥羽シーサイドホテル住人 | 2008年1月30日 (水) 23時57分

参考にしていただけたら幸いです。

投稿: ヒデ先生 | 2008年1月31日 (木) 07時31分

ブログ投稿日よりかなり遅いコメントで失礼致します。
30年前に東京より徳島市内の「連」取材で訪ねた時、時間に余裕(当時はのんびり仕事が出来た時代でした)があったのでレンタカーで簡単な観光マップ頼りにただひたすら岬らしき方角に車を走らせ、灯台まで行きましたが、それから30年過ぎてそこがどこかを調べていたら、貴方のブログで私の記憶に鮮やかに残っている場所と確証がとれほっとしたので、コメント致しました。
ほぼ車幅の道〜みかん畑〜道にへばりつくような両側の民家〜先端のパノラマ景色
日本全国(佐賀県だけ行ってません)を動き回りましたが、この場所は私にとって再度行きたい一番の場所です。

投稿: Hideaki Kawai | 2013年4月12日 (金) 12時22分

>Jideaki Kawai さん
コメントありがとうございます。
そうでしたか。記憶を確かなものとしていただけて幸いです。私にとっても、この椿泊の町は思い出深く、また訪ねたい場所でもあります。
私が訪ねてから、もう随分経ちますが、それ以上昔の記憶、本当に思い出せて良かったです。

投稿: hide | 2013年4月12日 (金) 14時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 田烏港明神鼻灯台(福井県) | トップページ | 磯津港南堤防灯台(三重県) »