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2008年1月31日 (木)

磯津港南堤防灯台(三重県)

Botantoudai 『私の灯台巡り』のブログでは、基本的に堤防に立つ灯台は紹介してこなかった。自然の土地、岩の上に立つ灯台を主に取り上げてきた。しかし今回紹介する三重県四日市の磯津南に立つ灯台(写真右上)は、堤防の上に立っているにIsozukouminami01もかかわ らず取り上げることにした。年末年始に、新しく灯台巡りに出向けなかったことや、この灯台が自宅から近く、親しみがあるなどいくつも理由があるが、加えて、以前に訪ねた時には、堤防に立っていなかった記憶があった事、そして今回調べた地図では、堤防上に記号はあるものの、海岸線より陸地側に入っIsozuminamiteibouway1 ていたこと(地図左上:国土交通省より)が、記事にした理由である。といろいろ書いても言い訳がましいので、開き直ってこのまま記事を書くことにする。

北西からアプローチすると、入り組んだ地形で、灯台はメイン道路からすぐ近くに見えるのであるが、訪ねるにはぐるっと回り込まなくてはならない。それでも一面を見渡せる場所であり、道に悩むようなことはない。数隻の漁船が止まっている港を迂回して近づいた。この時期灯台の立つエリアは、枯れた草が一面覆っている。枯Isozukouminami03 れ草の中に看板が立ちシロチドリ保護の案内がある。(写真右中)確かに、周囲が港特有の錆びた金属類や何かを入れた袋が無造作に置かれて煩雑とした感じがあるのに反して、このエリアだけは人工物が存在しない。振り返って内陸の方に目を移すと、鈴鹿山脈を背景にして四日市コンビナートの煙突が続いているのが見える。(写真左中)その昔は四日市喘Isozukouminami04 息で有名になっ たこの一帯であるが、シロチドリ保護の看板、そしてここから続く 砂浜(写真左下)が予想以上に綺麗なことに、地元の一人としてどこか嬉しく感じた。

灯台に近づくと、まぎれもなく堤防の上に灯台は立っていた。少し離れて海を背景に眺めると、枯れ草などと同じ高さにあり、堤防上にあるとは思えない。(写真右下)更に、堤防上とは言え、砂浜から続く海岸線の延長線上に灯台は存在しており、かろうじて陸地の上に存在しているようにも見える。実際そこから先に堤防が突き出しており、地図に示されていた灯台の位置は、あながち間違いでは無かったのだと納得すると共に、自分の記憶が間違ってはいたものの、意識するほどの大きな堤防ではなかったのだと安堵した。とは言えやはり灯台はしっかりと堤防の上に立っていた。Isozukouminami02真冬の青空の下、冬色とも言える枯れ草の色とのコントラストによって寒さを強く感じたが、灯台は平然とその白い姿で立っていた。

近郊に住む灯台巡りの先輩から、以前にデザイン灯台について教わった記憶がある。灯台としての機能以外にデザイン性を重視して建てられた物で、その多くは港の防波堤や堤防の上に立てられていることが多い。そう言えば昨年訪ねIsozukouminami05_2た青森港にもデザイン灯台が港の堤防の先端に位置しており、記憶に新しい。こう言ったデザイン灯台は、今後是非ともブログで紹介したいと考えていた。今回の灯台の記事への言い訳ではないが、堤防上であっても私の心を動かし、癒し、何かを感じる灯台については、これからは記事にまとめていこうかな・・と素直に感じながら、約20分の帰途に着いた。

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