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2008年2月

2008年2月27日 (水)

贄埼(にえさき)灯台(三重県)

Botantoudai年が明けてから忙しい日が続く上に、予定が空いた休日に限り雪が降ったり、強風であったりして遠方の灯台に出Tsusisaki6tizu2かけるということができなかった。そんな言いわけとも言える理由で、今回も地元の灯台を紹介することにした。私は三重県の北勢地方と呼ばれるエリアに住んでいるが、県内の有名な灯台は、伊勢(志摩半島)より南のリアス式海岸沿いに多く、濃尾平野に続く伊勢湾沿いには灯台そのものが少ない。(地図右上:gooより)二つ前のブログで、そんな少ない灯台から四日市にある磯津港の灯台を紹介したが、今回は県庁所在地である津市にある、贄埼(にえさき)灯台(写真左上)を選んだ。

Tsusisaki1中部国際空港(セントレア)が開港して、津から連絡船が出るようになり、そTsusisaki6tizuの一画が新たに”なぎさまち”として整備されたのであるが、贄埼灯台は、その手前の港町から続く場所にある。(地図右2番目:国 土地理院より)”なぎさまち”によって灯台の存在が霞んでしまったようにも感じるが、逆に訪ねる人が増えたわけであり、知る人は増えたのではないだろうか。

空港と言うとどことなく華やかなイメージを持つが、そこに続く連絡船乗り場となった”なぎさまち”もどことなく華やいで感じられる。

本来連絡船乗り場や港などでは、華やかと言う言葉は似合わない。旅立つ人、仕事で利用する人など様々であろうが、海の上を航行する現実的な移動手段では、移動するという乗り物特有の楽しみ以上の物はなく、むしろ別れのシーンや生活に密着した香りのなかTsusisaki2 に日常を意識することも多いはずだ。にもかかわらず、”なぎさまち”に華やかさを感じたのは、それは飛行機による非日常の移動手段につながる中にハイテクな文明の香りを感じて、ひとときの夢を追い求める気持ちからかもしれない。

と勝手な考えを書いてしまったが、”なぎさまち”の出現により少し奥に引っ込んだように立っている贄埼灯台を見ると、華やかであろうがなかろうが、関係ないと言う姿でそこに存在している。私が勝手に華やかと考えた”なぎさまち”の景観にも自然に溶け込んでいる(写真右下)

Tsusisaki5 自分の住む街では朝から雪が舞う寒い日曜日であったが、午前中のみ時間が空いたため灯台を目指したのだが、結局近い灯台に足を運ぶことになった。幸い津市は青空も見える天気だった。考えてみれば、津市内の病院に勤務していたときには、すぐ近くにある野球場や飲食店など訪ねていたのであるが、贄埼灯台を目的に足を運ぶことはなかった。立ち去るときに昼近くの日ざしを背後に受けた贄埼灯台を見ると、けっして華やいだ姿ではないが、素直に『また、来よう』と思わせた。

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2008年2月24日 (日)

博奕岬灯台(京都府)への道

Botanmichi 京都府の灯台と言えば、やはり経ヶ岬灯台が一番に思い出されるところであるが、私は今回紹介する博奕岬灯台(写真右上)が思い出深い。灯台の姿、周囲の景観なども個人的には好きであるが、それ以上に訪ねたときの苦労や失敗もそう感じさ02 せる要因であろう。今回はそんな思い出の詰まった博奕岬灯台への道を紹介することにした。

博奕岬(ばくち岬)は、船舶が舞鶴湾から日本海に抜けるとき、東側にそびえる岬である。舞鶴若狭自動車道の舞鶴東ICを降り、北上して舞鶴湾の東側にある舞鶴港に架かる大橋を渡り、舞鶴発電所がある北西に車を進め、発電所を左手に見ながら北上し、瀬崎トンネルを抜けWaybakuchimisaki1 て博奕岬につながる。道は迷うことはない。右手に海岸線が開け、間もなく道は行き止まりとなる。右手には砂浜が広がっている。(左上地図:国土地理院より)

地図でもわかるように、道はそのまま灯台の立つ岬の頂上につながっているのであるが、自衛隊所有地のためそこから先は立ち入り禁止となって、門で閉ざされている。しかしここまで来てあきらめるわけにはいかない。と言って、無断で門を乗り越えるのも多少気が引ける。周囲には有刺鉄線などの柵などはなく、ここから続く道 への進入を拒んでいるだけであった。そこで私は、灯台が立つ頂上に向けて真っ直ぐに山の斜03 面を登ることにした。(地図左二番目の赤い印)後から国土地理院の地図を見て知ったのであるが、実は地図上点線で描かれている道が、灯台より北側につながっており、ここを通ればもっと楽にたどり着けていたに違いなかった。しかしこの時は、そんな道の存在も知らず、赤い矢印で示したように斜面を登ったのである。かなり急であったが登り切ると、そこは崖になっていて、数メートル下を入りWaybakuchimisaki3口で閉鎖されていた舗装された道が通っていた。この道の先は灯台である。道まで降りることにしたのであるが、崖はとても降りられない。横から回り込んで降り始めたのだが、何気につかんだ木の枝が『ポキッ』と簡単に折れ、警戒していなかった私は、惨めにも2メートル位下にある木にぶつかって止まった。その際右腰から大腿部を強打したのであるが、そのまま落ちていたらご5~6メートル転がり落ちるところであり、不幸中の幸いであった。

舗装された道に降りて進むと、すぐに灯台の姿が目に入った。この日は晩秋の秋晴れで、青空を背景に白い姿が映えた。灯台からもう少し奥に、自衛隊の航空装備の建物がある。そちらまで歩いて灯台をいろんな角度から眺めた(写真右中)。ちょうど太陽が南東に昇り、東に連なる岬の上に輝き、灯台が逆光の中何とも言えない存在感を示していた。それが、こ こ博奕岬の一番お気に入りの写真となった。(写真右下)Photo

自衛隊員がいるわけでもなく、監視装置や危険な施設があるわけでもないのだが、どこか落ち着くことなく灯台でのひとときを過ごした。帰りは、舗装された道をそのまま下ることにした。およそ20分で閉ざされた門の所に戻った。門の横から容易にすり抜けて出ることが出来る。車での侵入は禁止されているが、人の侵入を拒んでいるわけではなかったのかなと感じ、素直にここをすり抜けて舗装された道を登れば、平穏な灯台巡りが出来たのかも知れないと思った。しかし転落時に木にぶつけた大腿部が少し痛むのを感じつつも、より思い出深くなった博奕岬灯台へのルートに後悔はなかった。

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