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2008年3月

2008年3月31日 (月)

田曽埼への道と桜(三重県)

BotanmichiBotanomake  田曽埼灯台への道を今回記事にすることにしたのには、理由があ  る。以前、暖かな冬の日に田曽埼灯台を訪ねたことTasosaki2_2があり、既にその訪問に関してはブログに書いた。その記事で、『灯台周囲に桜の木々があり、次回は桜の和的な色彩と灯台のコントラストを撮ってみたい』と感じたことを書いた。今回桜の季節を迎え、その時の誓い?を果たすため再び田曽埼を訪れたのである。(写真右上は、前回訪問時の田曽埼灯台) http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/06/post_aae0.html

今回おまけ話のタイトルも付けたのは、桜を意識したからであり、基本的には灯台への道を主に記事にして進めたい。

Tasosaki21 3月最後の日曜日、天気は下り坂で、朝からどんよりとした雲が覆っていた。早朝に自宅を出て、伊勢自動車道・玉城インターを降りて260号線で田曽埼に向かった。南勢町から田曽埼につながる道はかなり改修されてきたが、それでも一部細くてカーブの多い道もある(地図右中上:gooより)。午前9時前には田曽埼に着いた。田曽埼灯台は、埼の西側である先端に立っているが、訪ねるにはWaytasosaki2東側にある民家の間から向かう。西側からでは自然の崖をよじ登ることになり危険である。(地図右中下:国土地理院より)東側にある民家の手前の防波堤を民家側に降りる道があり、細いが民家の間を通ってそ のまま遊歩道につながっている。民Waytasosaki1家の間を抜けると急な上り坂が始まり、登り切ると平坦な遊歩道が続き、灯台の立つ埼の先端に向かうことができる。前回の記事でも案内したが、”南勢テクテク会”の方が付けてくださった案内板のおかげで迷うことはない。

歩いている途中でポツポツと雨があたったが、降っているという程のものではない。灯台に着くと、早速前回撮った場所と同じアングルで何枚か写真を撮った(写真左上:右上の写真と同じアングルにて)。しかしさすがに一面雲に覆われた背景であり、灯台は勿 論のこと、桜もまったく引き立たない。カメラの彩度や色設定に気を使って何枚か撮ってみたが、やはりお気に入りとはいかなかった。

Tasosaki23今年桜の開花は事前の予想より早まった。そんな中タイミング良く、桜咲く田曽埼に出向けたことは幸いなのだが、やはり晴れ男を自称する私としては、青空の下訪ねたかった。前回訪ねたときは、2月とは思えない強い日ざしが作り出す強烈なコントラストの灯台をカメラに納めることができた(写真右下)。しかし、それ故にかもしれないが、灯台周囲に桜の木々があることを知って、次回は桜が満開となった時の霞んだ春を連想して、曖昧なコントラストの写真を思い描き、『和的色彩の写真を・・・』と思ったのかもしれない。そうだとすれば、『狙ったとおりの天気ではないか』と自分に言い聞かせ納得した(写真左下)。Tasosaki1

晴れてくれなかった言い訳かもしれないが、前回とは異なった田曽埼灯台の姿を見せてくれた天気や周囲の桜に不満を持つどころか、雨が本降りにならなかったことをありがたく感じながら、灯台を後にして、再び民家の間を通り抜けて車に戻り、帰途に着いた。

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2008年3月25日 (火)

日浦岬灯台(北海道)

Botantoudai 北海道の灯台を記事にするのは初めてである。と書くより北海道の灯台をよう やく訪ねることが出来た、と書くべきかもしれない。北海道を訪ねた事は何度かあったが、灯台を巡る趣味を持たない頃の訪Hiuramisaki1問であり、今思えば悔やまれる。特に5年ほど前の釧路、知床、旭川と巡った旅で、一カ所も灯台に立ち寄っていないことは、今考えると残念としか言えない。勿論、あきらめる気は全くなく、必ずいつの日か訪ねるつもりでいる。今回の記事は、その一つであり、始まりである。

前置きが長くなった。函館へ行くことが決まり、当初は時間の都合で葛登支岬灯台のみ訪ねる予定であった。しかし当日少し時間ができたため、汐首岬灯台と今回紹介する日浦岬灯台(写真右上)まで足を伸ばすことができた。昨年北海道の灯台を巡られた山口のS氏から、『北海Hiuramisaki2道の灯台は距離はあるけど、道沿いが多いので、その意味では楽だ』と聞かされていた が、ここ日浦岬灯台も同じであった。とは言うものの、奇岩の山の向こう側に立つ灯台への道には、途中崖が崩れて危険な箇所もあった(写真左上)。

昨年夏に青森県の灯台を巡ったことで、津軽海峡を挟んで青森県側の津軽半島と下北 半島、そして北海道側の松前半島と亀田半島の位置関係がようやく頭に入った(地図右Wayhiuramisaki1中:gooより)。ここ日浦岬に立つ灯台の位置からは、正面に青森県の尻屋埼があるはずである。と言っても汐首岬から本州最北端の地である大間が、かろうじて確認できるこの日、対岸に陸地の景色はなかった。

日浦岬は、函館から278号線を東に、汐首岬を通り、恵山に向けて走る途中の日浦町にある。北海道の地名はアイヌ語に当てられた漢字が多いため難しいと感じるのは私だけではないだろう。また漢字からその地の由来を連想することは意味がない場合が多い。そう言えば若かりし頃、『女満別』の読み方もだが、その由Hiuramisaki4 来を考えて悩んだ事がある。ここ日浦岬は悩まずに読めたが、由来については考えないことにした。

278号線から日浦町の港へ曲がると、すぐに灯台が正面に見える。しかし港に近づくと地質学的に何と呼ぶのかわからないが、縦にブロックが積み重なった様な岩肌の山に隠れて見えなくなる(写真左下)。灯台の両側後方には同じ様Hiuramisaki3な岩が連なり、その後方に作られたこの日浦港を、津軽海峡の波風からしっかりと守っている。灯台へ続く道は、灯台の後方左手からつながっており、右手は岩肌で海は見えない。左手、つまり東側には背の低い同様の岩が広がり、津軽海峡の波を受けていた(写真右下)。正面左に亀田半島 の最東端である恵山岬が見えた。地理的に見れば、このずっと向こう側に襟裳岬があるはずである。今回ようやく初めて北海道の灯台を巡ることが出来たばかりであるが、既に次回は襟裳岬を目指したいと考えている自分だった。

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2008年3月18日 (火)

若狭高浜港島堤灯台(福井県)

Botantoudai 久しぶりにドライブがてら、少し離れた灯台を訪ねることができた。福井県高浜 にある若狭高浜港島堤灯台(写真右上)である。日本海側京都府との県境に近い高浜であるが、敦賀方面から小浜を通ってこShiroyamashimatei02の地に向かった。以前にも書いたことがあるが、福井県は私の住む三重県からちょうど良いドライブコースとなる。とは言え、琵琶湖を挟んで三重県から直線では訪ねにくい場所であり(地図左上:MapFanより)、同じ福井県でも越前方面から灯Waywakasatakahama1 台を巡り、ようやく若狭湾西側の灯台にたどり着いたと言った感は否めない。

08年1月7日に書いた田烏港明神鼻灯台のブログでも紹介したが、三方五湖周辺は梅が有名で、梅干しは名産の一つである。梅の咲く時期に次回は訪ねたいとその時思ったのであるが、今回少し遅いものの梅の花を眺めながら春を感じられるドライブとなった。しっかりと帰りに梅干しを買った。 http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2008/01/post_5937.html

あいにく天気予報に少し裏切られたが、雲間からわずかに見える青空と、3月とは思えな い暖かさに納得しながら高浜の町に入り、海岸に続く城山公園に車を止めた。後日紹介する予定の城山灯台がすぐ近くにあるのだが、Shiroyamashimatei03まずは若狭高浜島堤灯台に向かうことにした。埼を下った所にある岩の島に灯台が立っていた(写真右中)。灯台の立つ岩まで、岩場にコンクリートの橋が架けられ、周囲は底まで見通せる澄んだ海水が、穏やかな波に揺れていた。この灯台は初灯が昭和40年である。既に昭和56年に改築されたようであるが、この岩に灯台を立てて既に40年以上経つのだと考えている自分を意識したすぐ後に、その自分が存在する遙か昔からこの岩が存在し続けている事を思って、自然の偉大さ以上に、自分の小ささを感じてしまった。

Shiroyamashimatei01 埼を海岸に沿って城山灯台に向かう道から、この若狭高浜港島堤灯台は別のアングルとして見える。先ほどまで灯台に近づいて感じていたものと異なり、このアングルからでは自然に溶け込んだ人の香りのする灯台が味わえそうであった(写真左下)。できれば次回は夕焼けを狙って訪ねたいところである。ファインダーを覗くと、灯台の向こう側に見える山の上が白く、まだ雪が残っていた。この時期珍しくないのであろうが、この日最高気温は17度である。やはり雪が見えるのはShiroyamashimatei04違和感を覚える。暖冬と言われていたが雪が多かった この冬が、ここ若狭でも終わりを迎えているのだと感じた。(写真右下)

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