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2008年6月

2008年6月26日 (木)

高墓埼灯台(沖縄)

Botantoudai 沖縄の灯台を巡る旅は、名護市の西側から海岸線に沿って北に向かい、辺戸 岬から南下して、安田(あた)の手前にある瀬嵩埼灯台を訪ねた所Takahakasaki3で時間となった。今回は職員旅行で訪ねた沖縄であり、午後2時にはホテルで職員と待ち合わせをしていたのだ。できれば安田からゆっくり沖縄の自然を感じながら南下して、やんばる発電所近くを通り、今回紹介する高墓埼灯台(写真右上)を目指すつもりであったが、それでは間に合いそうになく、安田から西側海岸まで出て名護市に戻り、ホテルにはちょうど2時に着いた(地図左上:Map Fanより)。ところが、職員も予定通り行かなかったようで、結局午後4時過ぎまで再び自由行動となった。そこで、もう一度車に飛び乗り名護市から東に向かい、二見を超えて高墓埼を訪ねることにした。

Takahakasakichizu5 高墓埼灯台は、カヌチャベイホテルで有名なカヌチャリゾートの東側、安部埼の近く(地図右二番目:国土地理院より)にある。今回の職員旅行で宿泊の候補にもなったホテルの近くと言うことで、ある程度周囲も開けているのかTakahakasakichizu1と思いきや、周囲はほとんど開発されておらず、本当にカヌチャリゾート内だけが整っていることを実感させられ、宿泊地を部瀬名にしたことは、職員のこの日の行動からは正解だったと思わざるを得なかった。

Takahakasaki4 灯台へ入っていく道はすぐに見つかったのであるが、ちょうど車一台分の道が幾度か分岐している。更にどの道も地道で両側は草が覆い茂っている。結局二度ほどバックして引き返すことになり、最後は分岐点に車を止めて徒歩で向かうことにした。気温も上昇し、蒸し暑さが応える時間帯であり、茂った草をよけながら進む背中は汗まみれになっていた。ようやくたどり着いた灯台の周囲は、辺り一面に草が茂った所であった(写真左中)。

大浦湾がわずかに見えるものの、草が邪魔して海上方向の視界は悪い。少し小高い場 所に登り、なんとか海を少しだけ入れた写真を撮ることが出来た(写真Takahakasaki1右下)。しかし私の背丈から見える景色は草むらだけである。しかたなく、ゆっくり灯台を味わうことにしたのだが、初灯を見て驚いた。初灯は昭和37年であり、今回私が訪ねた備瀬埼灯台、辺戸岬灯台に次いで古い灯台なのである。とは言えよく目にする姿の灯台であり特別なイメージはない。灯台その物に詳しくない私は、返還される以前には灯台の管理はどこが行っていたのかと言う疑問が湧いたが、答えを知るすべもなく、ただその歴史に思いをはせTakahakasaki2 つつ、灯台の真下に腰を下ろしてしばらくたたずんだ。海も見えず、波の音も聞こえない。風も吹いておらず、わずかに虫の音だけが聞こえた。そのまま汗が乾くのを待つつもりだったが、じっとしていても新たに汗が流れ出てきた。しばらくすると遠くからヘリコプターの音が聞こえ始め静寂も終わり、現実に引き戻されて帰路につくことにした。

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2008年6月23日 (月)

深谷水道南標識灯(三重県)

Botantoudai 今回は深谷水道の標識灯(写真右上)の記事である。08年1月に記事にした磯 Fukayasuidou2津港南堤防灯台でも触れたが、このブログでは、原則として土の上に立つ灯台を紹介している。しかし今回紹介する標識灯は堤防の上に立っていたのだが、 少し思い出があり記事にすることにした。

深谷水道は、志摩半島の英虞(あご)湾と熊野灘を結ぶ狭い水道である(地図左上:国土地理院より)。確かにこの水道が無ければ、英虞湾から熊野灘Fukayasuidou3に出るためには御座岬を回って出なければならない(地図右中:MAPファンより)。とは言うものの、実際水道は狭く、小さな船くらいしか通れそうにない。事実私が滞在していた1時間の間に一艘の船も見ることはなく、ここを利用されているかどうかも確認できなかった。

御座岬へつながる道は、ここ数年改修され、良い道が延びて随分時間が短縮された。深谷水道はこの道の途中、麦埼へ向かう分岐の手前にある。岬Fukayasuidou4_2の方から帰るときには、一瞬だが標識灯の姿も確認できる。しかし標識灯に行くためには、車を道沿いに止めて、小さな山を越えなければならない。この日ちょうど自分がそこに向かうとき、自転車でやって来た老人と一緒に坂を登る形になった。老人は山の上にある小さな畑にやって来たのであるが、カメラを持った私に興味を持ったのか、話しかけてこられた。灯台や標識灯の写真を撮りに来た人Mugisaki1に、前にも会ったと言う内容の会話だった。そのまま灯台の話につながり、近くの麦埼灯台や御座岬灯台、そして大王埼灯台の話題になった。大王埼は有名であるとしても、御座岬や麦埼灯台を訪ねる人も案外多いのだと言う内容の話に納得した。私自身、麦埼は二度訪ねており、確か昨年夏にも訪ねている(写真左下)。

少し肌寒さを感じた晩秋のこの日、老人と話す間に夕暮れ時が近づいたが、雲が多く夕Fukayasuidou1陽にはお目にかかれそうになかった。この日は、老人の話にも出ていた御座岬灯台へ、二度目の訪問をするつもりであったが、どうやら御座岬でも夕焼けは期待できそうになか った(07.11の御座岬灯台のブログ参照)。それでも予定通り日没は御座岬で迎えるために、深谷水道標識灯を後にすることにしたのだが、ススキが風で揺れ、雲間からわずかに青空が見える夕暮れ時の標識灯は、灯台を巡っている私には、日常の光景ではない特別なものに感じた(写真右下)。

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2008年6月13日 (金)

瀬底島灯台(沖縄)

Botantoudai 職員旅行で訪れた沖縄での灯台巡りは、各自が自由行動となる二日目の早朝Seteijima01から出かけた。最初に訪れたのが今回紹介する瀬底島灯台(写真右上)である。曇り空にもかかわらず砂浜は眩しく感じられ、誰もいない砂浜に置かれた白いビーチベッド、そして低い雲の下に広がる海、振り返ると海岸に迫りくるように進められているリゾート開発の工事現場。どこかアンバランスを感じながらひとときを過ごした。

Seteijima02 瀬底島は名護市の中心部から北西にある島で、瀬底大橋でつながっている。島の西側にはビーチゴルフ場もあるが、灯台の立つ周囲は海水浴のための砂浜である。誰もいない砂浜に並ぶ白いビーチベッドは青空の下なら絵になるところである(写真左上)。島に渡ったのが、8時頃であったが、平日のためなのか途中で工事関係車両をたくさん見かけた。灯台に近づくと、背の高いクレーン車が入り、大きな建造物が建てられていた。おそらくリゾート開発の工事なのだろう。私は砂浜の端から浜辺を歩いて灯台に向かったのだが、灯台の後ろ側に見えるクレーン車と灯台の前の砂浜に並ぶ白いベッドが異様に感じられた(写真右中)。Seteijima03

誰もいない砂浜に並んだ、白いビーチベッドに横になって海を見つめながらしばらく時間を過ごした。「沖縄の海は曇っていてもエメラルド色できれいなんだってshine」と女子職員が話していたが、 晴天であればもっときSeteijima05れいに違いない。たとえ曇り空でも波の音だけ聞こえていれば、目を閉じるとひと ときの間リゾート気分に浸れるのだが、灯台の後ろの工事現場から、朝のラジオ体操の音楽が元気よく聞こえてきた。

昼過ぎまでに多くの灯台を巡るために、リゾート気分は捨てて灯台の写真を撮ることにしたが、後方のクレーンを避けて、海を入れると言った構図にはかなり無理があった(写真右下)。

瀬底島灯台の初灯は昭和51年(写真左下)である。既に30年以上この場所で光りを放っているわけであるが、海水浴で賑わうようになったとしても、海上から見た灯台周辺の景Seteijima04 観に大きな違いはなかっただろう。しかし現在灯台の後方に建設中の建物が完成すると、海上から見る灯台の景観は大きく変わるに違いない。リゾート宿泊施設であれば、きらびやかな光が灯台の後ろ側で賑わうはずである。船に乗る立場でもないのだが、それがどのような物なのか、次回来ることがあれば確認してみたいと思った。

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2008年6月 5日 (木)

古宇利島灯台(沖縄)

Botantoudai 今年は、3月に北海道の灯台に足を伸ばせて喜んでいたのだが、なんと沖縄のKourisima01 灯台を訪ねる機会まで持つことができた。二泊三日の職員旅行で出かけたのであるが、各自予定をたててくれたおかげで、二日目の朝から午後2時過ぎまで自由行動が許され、レンタカーを利用して沖縄本島の北にある7カ所の灯台を巡ることができた。今回はその中で、最も訪ねるのに苦労した古宇利島灯台(写真右上)を紹介する。

Kourisima06出発する前日に沖縄の梅雨入りが発表され、晴れ男を自称してきた私だが、 今度ばかりは傘が必要とあきらめていた。しかし雲は多いものの雨が降ることはなく、むしろ雲間から青空が見えたり、眩しく日が差し込んだりする天気に、マリンスポーツを楽しもうと計画していた若い女子職員さん達から感謝され、ますます晴れ男を意識してしまった(写真左上:当日の夕日)。

古宇利島へは橋が架かっており、この古宇利大橋も観光スポットとなっている。 Kourisima07備瀬埼方面から向かった私は、505号線から58号線に出て、真喜屋の交差点を左折し、奥武島から屋我地島と渡り、大橋で古宇利島に渡った。大橋を眺めるのは帰りにして、まずは灯台を目指した。古宇利島は、ほぼ円形の島で、橋が架かる地区を除き、島全体が中心部を頂上とした山である(写真右二番目:国 土地理院地図より)。このイメージから、灯台は島を回るKourisima02_2道より下方にあるものと思いこみ、探したのだが見つからなかった。改めて地図を見ると、等高線が下原(したば る)のエリアは広がっており、頂上付近の上原地区も同じく広がっている。『だから上の原と下の原なのか』などと地名の由来を勝手に判断して、とりあえず適当な場所に車を停めた。サトウキビ畑で仕事をされているお年寄りに道を尋ねると、指を指して教えていただき、指示に従い細い道に入った。木々に囲まれた灯台(写真左中)が見つかるのにそれほど時間はかからなかった。

所々に青空が顔をのぞかせているが、基本的には曇り空。その上周囲には草や木が茂Kourisima03り、海を背景に灯台をカメラで狙えるような場所もなかった。それでも太陽が顔を出し、眩しい緑に囲まれた灯台をカメラに納めつつ(写真右3番目)、ゆっくりと灯台を味わった。ここ古宇利島灯台の初灯は昭和50年である。返還された歴史が遥か昔のつもりでいたが、昭和47年であることを改めて認識した。先ほど道を尋 ねたお年寄りをはじめ、多くのご苦労をされてきた沖Kourisima05_2縄の方々やその歴史を考えずにはいられなかった。この時期至る所で目に入る紫色したアサガオの種類の花が、灯台のすぐ横でも咲いており、そんな事を考えながら灯台を眺める私には印象深かった(写真左下)。

帰りに古宇利大橋を眺めることの出来るスポットに立ち寄った(写真右四番目)。何台かKourisima04 のバスや車が止まり、観光客も大勢いたが、そのほとんどは、そのまま再び大橋を渡り戻っていた。斜面を利用したサトウキビ畑をはじめ、島の奥を走ると沖縄の一つの顔が見られるのに・・・と感じたのは、私の勝手な思いこみなのかもしれないが。

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