« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月25日 (木)

能登小木港犬山灯台(石川県)

Botantoudai 金沢なら、土曜の午前に仕事がある私でも、昼過ぎに出れば夕食までには着Notoogikouinuyama3 ける。ところが、能登半島となると話は別だ。西から向かう私にとって金沢から能登半島の先までの距離は、富山を越えて新潟に入る距離にあたる。どうしても宿をとって一日かけないと能登の灯台巡りは難しい。今回は温泉での休暇を理由に家内と巡った能登の灯台から、小木港犬山灯台(写真右上)を紹介する。

Notoogikouinuyamachizu8土曜午前が仕事と言っても終わるのは午後2時前。すぐに出発しても和倉温 泉に着いたのは6時過ぎである。近くに灯台もなく、夜はのんびりと温泉宿を楽しみ、翌日曜日に灯台巡りに出かけた。夕食前に自宅に戻らねばならず、お昼過ぎには切り上げなくてはいけないため、この日は能登島を中心とした七尾湾から飯田湾に沿って能登の西側を巡ることにした(地図左上:MapFanより)。紹介する小木港犬山灯台は、九十九湾の南側にある小木港の西南に立つ(地図右Notoogikouinuyamachizu7上:国土 地理院より)。

犬山灯台は、小木の港沿いの道に出れば目に飛び込み目立つのだが、途中の道からは民家の屋根が邪魔をして見えない。更にこの時は、港に面した道ではなく、町中の狭い道を走ったために、すぐ真下まで来て初めて、目の前の高台の上にそびえる灯台に気がついた。港近くに車を止めて向かうことにしたのだが、反対側に回り込まないとたどり着けそうにない。徒歩で坂道を上り、民家の間の細い道を進むと、Notoogikouinuyama4背の高い鉄製の囲いが施してある灯台の姿を確認できた。高台の先端のスペースが灯台の敷地となっているのだが、崖に面して危険もあるため周囲の民家と仕切ってあるのだろう(写真左中)。出入り口の門に鍵はかかっておらず、そっと鉄の棒をずらして開けようとしたのだが、どうやっても鉄の擦れる金属音が周囲の民家の間で響いた。悪事を企てた子供時代を思い出すような、緊張感を味わいながら頑丈な鉄の扉を開けた。幸い周囲の民家から誰も人は現れず、注意を受けることもなかった。Notoogikouinuyama2

『弁当忘れても傘忘れるな』とは、この方面を訪ねるとよく耳にする言葉である。幸い前日までの雨もあがり青空だったが、ところどころに厚い雲がかかっていた。敷地内に踏み込むと、枯れ草などが覆い、整備されているとは言えない。燈光会の案内板はなかったが、灯台を囲む柵の一部分に立派な名前がNotoogikouinuyama1刻んであった。海を背景にして灯台を狙ったのだが、敷地が狭いためにどうしても民家が一緒に写ってしまう(写真右中)。灯台の前面に行こうと思うと高台の崖っぷちとなる。とても見上げて写真を撮れる場所はなく、帰りに高台から降りて正面に回るこ とにした。門を閉めるときに再び、鉄の擦れる金属音を響かせた。

灯台から海までの間には、民家などの建物があり、海から見ると少し奥にある高台からNotoogikouinuyama5 Notoogikouinuyama9 投光している形になる。高台から降りて正面に回って見上げると、灯台が高台の上で見下ろしているのがよくわかる(写真左下)。小木港は灯台から見ると左手に奥深く入り込んだ形である。防波堤が入り口を固め、入り江全体が港となり、その回りに民家が連なっていて、のどかな雰囲気だった(写真右下2枚)。ちなみに、犬山灯台の犬山は、高台となっている丘を犬山と言うのか、それとも犬山と言う地名なのか由来を知りたかったが、知ることはできなかった。

| | コメント (0)

2008年9月18日 (木)

日ノ御埼灯台(和歌山県)

Botantoudai 澄み切った青空や紺碧の海を背景に灯台を訪ねることが出来ると素直に嬉しい。周囲が整備されていたり、素晴らしい景色が広がっていたりすると、写真を撮る上でも更に満足度は高まる。もちろんこれは、灯台に対しHinomisaki2ての評価ではない。私の灯台巡りでの、訪問に関する満足度と言うべきものである。今回紹介する日ノ御埼灯台(写真右上)は、灯台として個人的な評価も高く、その姿も綺麗でたくましく、周囲も整備され、広がる景色も素晴らしく、そして暑かったが見事な晴天の日に訪ねることが出来て、全ての条件が整った訪問であった。

Hinomisakichizu6既にブログで紹介した、和歌山県の番所の埼灯台天神埼丸山灯台の後に、御坊市を抜けて美浜町に入った(地図左上:MapFanより)。とにかく暑い日であったが、真夏の青空が広がっている。日ノ御埼に向けて岬の斜面をジグザグに登っていくと、岬の先端から少し戻るような方角に、展望台が見えた。しかしナビは、ここから少し岬の先端寄りに灯台を表示しており、とりあえHinomisaki3 Hinomisaki7 ずこの場所の木陰に車を止めて、ナビの示す方向へ徒歩で向かうことにした。余談になるが、一般に車載ナビは灯台巡りには不親切である。堤防に立つ標識灯などは表示されても、ちゃんとした道が付かない灯台は表示すらされないことがある。この時もナビを頼ったと言うより、勘に従ったとも言える。付け加えるなら、いつも地図の参照に利用させていただいているMapFanのネット地図は、灯台の表示は親切で、役立Hinomisaki1_2つことが多い。

少し下る形で整備された道を進むと、右手奥に道が続き、低く太いフェニックスの葉が重なり合う向こう側に、青い空を背景に、綺麗な白亜の建物があった(写真右中2枚)。久しぶりに感動の声をあげてしまった。灯台は、どっしりと構えた構造で、白く眩しく輝いている。右手前(灯台の左Hinomisakichizu8後方)には、背の高い電波塔が立っている。しかし敷地が広く整っているため、その高さや大きさが気にならなかった。

まずはゆっくり灯台の正面まで進んだ。きれいに整備され、品の良い柵が正面を囲っていた。そして灯台の照射灯は、そこから遙かに望むことが出来る海原に向かっている(写真左中)。残念ながら十分に海を背景にして灯台を撮影することは出来なかったが、灯台の裏側からでも、正面からでも、そして側面Hinomisaki4_2から見ても周囲が整備されていて灯台の姿が引き立ち、本当に美しい。そしてこの季節だからかもしれないが、フェニックスの木陰から見上げた灯塔の姿からは、たくましさが感じられた(写真左下)。実は、日ノ御埼灯台の外観は訪ねるまで知らなかったのだ。それだけに感動も大きかったに違いない。

日ノ御埼灯台は、紀伊水道への入り口として東側に位置する重要な灯台である。地理的 に言えばかなり以前にブログでまとめた徳島県のHinomisaki5蒲生田岬が西の入り口にあたる(地図右下:MapFanより)。蒲生田岬を訪ねた時には、まだ知識不足から、ここ日ノ御崎を意識することはなかった。しかし今、既に訪れたことのある約25km隔てた蒲生田岬灯台を意識すると、もう一度徳島に足を伸ばして灯台を訪ね、東の海をゆっくりと眺めてみたいと思った。ここ日ノ御埼灯台での一番のお気に入り写真が右下である。

| | コメント (2)

2008年9月12日 (金)

勝浦灯台(千葉県)

Botantoudai 私が住む三重県の南紀にも勝浦と言う地名があり、どことなく親しみが湧く千葉Katsuura2県の勝浦灯台(写真右上)を今回は紹介する。2008年夏の灯台巡りで、海岸線に沿って福島県・茨城県と進み千葉県に入り、犬吠埼や太東埼灯台などを経て、夕暮れ時にたどり着いた。お昼時に訪ねた犬吠埼では晴れていたのだが、勝浦灯台に着いて西の空を見ると、翌日の雨を予感させる雲行きであった(写真左上)。

屏風ヶ浦の刑部岬に立つ飯岡灯台を出て、勝浦方面に車を進め始めたのであるが、それまでの断崖が続いた景観とは全く異なった九十九里浜を急に見たくなり、当初予定していなかった九十九里道路を利用することにした。料金所を通過する時、係のおじさんから『今日は、速度取り締まりをやってるから、気を付けて走行してください』と言われた。「なんて親切なんだ~」と、感激して礼を述べて、その後はきっちりと速度を守る善良なドライバーになり、のんびりと九Katsuura6十九里の景色を楽しみながら走った。本当にゆっくりと走っていたこともあるのだろうが、どこまでも砂浜が続き、確かに広いことは十分に感じた。しかしいつまで走っても警察の姿などなかった。やがて停止の必要がない料金所を通り抜け、その後は海岸線からも離れ始めた。結局終点だったようで、信号のある交差点に出て、ナビが指示する通り左折することにした。速度取り締まりなどやっていなかった。だまされたかどうかは別にして、一般道を走った方がずっと早く着いたのではないかと思うくらい素直にゆっくり走った自分がかわいらしかった(写真右中:刑部岬Katsuura1から撮影)。

太東埼灯台に立ち寄ってから勝浦灯台を目指したのだが、道から見える景色は、埼や入り江が入り組み、岩肌の海岸に挟まれた砂浜など三重県在住の私にとって見慣れたものになっていた。小さな浜にも海水浴場として海の家が建ち並らび、この周辺が海を求めてやって来る人たちで賑わう場所であることは容易に想像できた。夕暮れ前に勝浦に入り、ナビの指示通り灯台へ続く道を進んだ。ところが、岬を巡るように続く、路肩に草木が茂る細い道に入ると、ウオーキングやジョッギングをする人たちが多く、私の車が通るときに、迷惑そうにこちらを見るのである。車の乗り入れKatsuura3禁止の歩行者専用なのでは・・・?と心配になるくらいだ。幸い地元の車と思われる対向車とすれ違ったので、そのまま進んだのだが、地元の方々の間では、こう言ったエアロビックな運動が盛んで、この道はそのコースとして親しまれているのであろう。私も朝のジョッギングを続けており、走っているときの車に対する気持ちは理解できる。邪魔をしないようにゆっくりと車を進めた。

そんな道の一角に灯台の入り口がある(写真左中)。門はしっかりと閉ざされているのだが、横からKatsuura5_2自由に出入り可能である。木々に囲まれたなだらかな坂道を少し登ると、すぐに灯台の姿が見える。灯台の立つ丘は、「ひらめきケ丘」と言う名前が付いている。まだ上空には青空が残っていたが、既に灯台は点灯されていた。柵や塀で灯台が囲われていることは珍しくないが、ここ勝浦灯台のそれは半端ではなかった。大正6年に設置されてから、太平洋戦争などで何度か被害に遭った過去が案内板には記されており、高い塀と厚い扉はかたくなに侵入を拒んでいるようにも感じた。薄暗くなった林を通り抜けて反対側まで行く元気もなく、しばらくは入り口正面から灯台や景色を楽しんだ(写真右下)。

Katsuura4 東に向かって広がる海、そしてそこにそびえる灯台。門の横に立てられた案内板にも記されていたが、日の出の時間に訪ねることができたら、素晴らしい光景を見ることが出来そうである。しかし今は、あいにくの西の雲のおかげで夕陽すらも差し込まない日没間近の時間である。うす暗くなり始めた岬の上は静寂に近く、閉ざされた頑丈な扉や高い塀に囲まれた敷地の奥で、静かに海上に光を放っている灯台の姿は、私には物静かに役割を果たす職人の様に写った。(写真左下)。

| | コメント (2)

2008年9月10日 (水)

伊根港亀山・青島灯台(京都府)

Botantoudai 近づくことができずに望遠で撮影しただけの灯台は、このブログでは取り上げ るのを控えていたが、最近沖縄の備瀬埼灯台や和歌山の鰹島灯台など続いてInekouaoshima6 紹介した。灯台を訪ねたときに感じる人の香りに心を動かされて書き始めたブログではあるが、たとえ灯台に近づけなくても何かを感じた場合は記事にまとめたくなると言うのが言い訳かもしれない。今回紹介するのは、伊根港の亀山灯台(写真右上)と、そのすぐ近くの青島に立つ青島灯台(写真左上)である。伊根港灯台は、もちろんすぐ近くまで訪ねることが出来たのだが、周囲に釣り人が多く、人の香りを感じるよりも人を避けるのに苦労した。青島灯台は望遠のみの撮影となったが、堤防にずらっと並んだ釣り人が釣り糸を垂れる中で、私1人が三脚を構えて撮影したという点では思い出深い。

Inekouaoshima2 2007年初秋に京都丹後にある、経ヶ岬灯台を訪ねた後に天橋立方面に南下しながら伊根港に立ち寄った。ちょうど若狭湾全体から見ると西の端にあたる。青島は伊根港の入り口付近にある小さな小高い島で、ちょうど伊根港への入り江の入り口近くにあり、島全体が木々に被われ、仮に渡ることが出来ても灯台にたどり着くのには苦労しそうである。伊根港灯台は、東側の埼の港への入り口近くに立っている。(地図右中:国土地理院より)

経ヶ岬灯台を紹介したブログでも書いたが、多雨多湿の丹後地方。じっとりする熱さの中Inekouaoshimachizu5 伊根港亀山までやってきたのだが、町並みは趣のある通りで、この日はアマチュアカメラマンの集いでもあったのだろうか、カメラバッグを持ち一眼レフなど上級機種のカメラを手にした人たちが、町並みの至る所で、さまざまな物に焦点Inekouaoshima3_2 Inekouaoshima4_2 を合わせていた。海沿いに埼の反対側で行き止まりとなる道には、『ずらっと』と言う表現がピッタリだと感じるくらい釣り人が堤防や岩場に並んで釣りを楽しんでいた。当然道路路肩は車でいっぱいであり、わずかな隙間を見つけて車を止めたのだが、灯台まで徒歩で10分以上かかる場所しか空いていなかった。灯台の立つ岩場にも釣り人は多く、一番苦労したのは人が写らないようにタイミングを計ることだった。(左中写真2枚:拡大で灯台後方の人の姿がわかる)

伊根港灯台は、この日少し前に訪ねた三津港島堤灯台と同じく赤い色をしており、堤防でInekouaoshima1 はなく自然の岩の上に立てられている。人が居ないような時間帯に来れば、小さな港の入り口に立つ灯台として、何気ない一枚のスナップ写真に懐かしさを感じるようなイメージであったに違いない。しかしこの日は灯台周辺の狭い岩の上に何人もの釣り人がいて、灯台の写真に人が入らないようにするのに苦労したこともあり、どこか都会の雑踏を連想するようなイメージとなってしまった。同じように人混みの中であっても、堤防に三脚を固定して青島灯台を望遠で覗くと、灯台が人気のない木々の間から顔を出して、入り江や埼を見下ろしているのがよくわかった(写真右下)。近づくことが出来なかった青島灯台ではあるが、そこに人の姿はなく、それ故に今回は思い出深い物となった気がする。

| | コメント (0)

2008年9月 5日 (金)

色あせぬ写真~葛登支岬灯台~

Botanomake 以前、北海道函館を訪ねた時に巡った葛登支岬灯台を記事にしたのですが、Kattoshimisaki1 それを読まれた、お父様が灯台守だったと言われる女性からメールをいただきました。その方が幼い頃に、お父様が葛登支岬灯台の灯台守をされ暮らしてみえたとのことで、私が灯台周辺の道なども写真と共に触れていたため、懐かしく感じられて連絡をいただいたのです。また、既にブログにまとめていた徳島県の阿瀬比ノ鼻灯台にも住まわれた事があると知り、その後数回メールで親しく情報交換をさせていただいたと言う経緯もあります。(それぞれのブログへはこちら 葛登支岬灯台 阿瀬比ノ鼻灯台 )

その女性から先日数枚の写真を添付して送っていただきました。写真は燈光会からも依頼があり、近々燈光会誌にも掲載されるらしいのですが、ご本人様より許可をいただき今回、このブログでも紹介させていただくことにいたしました。Omakekattoshi3_2

一枚目の写真は案内板です。私が葛登支岬灯台を訪ねたと きに、燈光会の案内板がなかったことについてブログで触れたのですが、案内板があったと言うことで、写真と連絡をいただきました。私がもっと周囲を探索すれば見つかったのでしょうが、私がアプローチした反対側(灯台より北側)の道沿いの草に埋もれるようにあったそうで、女性の知人が写真を撮って送ってくれたものを、譲っていただきました。(写真右上)

二枚目は昔の灯台の南側からの写真です。現在、葛登支岬灯台への道は北側からが一般的らしいのですが、私は南側(灯台からは裏手になる)から訪れました。早春に訪ねたのですが、雪は残っていませんでした。私の写真には遠景からの物が無く、いただいた写真と見比べるのは無理がありますが、全体の地形は変わらず、灯台裏に植えられた松は随分大きくなり、全体に周囲の草木が当時に比べると茂っていることもわかります。(写真左上から:いただいた昔の写真、そして私が撮った同じ場所の近接写真数枚。松の木に隠れた灯台など)

Omakekattoshi1 Omakekattoshi6 Omakekattoshi5 Omakekattoshi4 Omakekattoshi7

三枚目は昔プロの方が撮られた投光している灯台の写真です。ブログにも書いていますが、北側の道から葛登支岬灯台を眺めていますと、たとえ日中であってもその光りを思い描くことができました。もちろん実際の姿を見たわけではなかったのですが、送っていただいた投光する葛登支岬灯台の写真は、まさしく私が思い描いた姿そのものでした。約一時間くらいの滞在でしたが、灯台に近づいては少し離れ、また近づいては違う方向に離れて眺めて・・・と繰り返す間に景観全体が頭の中にできあがり、その中心に位置する灯台、そして照射灯の向きから光りを思い描いていたのです。灯台をもっと身近に利用したり、かかわって生きておられる方から見れば、私のたわいもない想像など一笑にふされることとは思います。確かに灯台を巡って灯台に触れるだけの私に灯台の真の姿を語ることはできないかも知れません。ですが、少なくとも私が灯台を巡りながら感じる灯台での人の香りは、私にとっては追い求める価値のある物と思っています。写真には右に灯台守の方が住んでみえた建物も写っておりとても貴重な写真です。(写真左下:いただいた写真、そしてモノクロにしてみた今の灯台)

Omakekattoshi2 Omakekattoshi8

灯台を通じて知り合った女性から、送っていただいた三枚の写真。一枚は私が出会えなかった物、一枚は時の流れを感じつつも、今をより知るための物、そして一枚は私がイメージした物でした。私の中では決して色あせることのない三枚の写真でした。

| | コメント (0)

2008年9月 2日 (火)

日立灯台(茨城県)

Botantoudai 豪雨の中、仙台を出発した2008年夏の灯台巡り旅行初日は、ここ日立灯台(写真右上)Hitachi1 が最終目的地であった。福島県に入ると雨もやみ、青空も見えて喜んでいたのであるが、茨城に入ると今度は風に悩まされた。水戸のラジオ局からは、竜巻注意報を繰り返し伝えている。とは言うものの、車で移動している自分は、それほど気にはしていなかったのだが、日立灯台に着いて外に出ると、立っているのがやっとと言うくらいの強風、いや突風にカメラを構えるのもままならなかった。

Hitachichizu3 福島県から順調に海岸線沿いに南下しつつ灯台巡りを続け、この日の宿泊地を茨城県水戸市の大洗に取っていた自分は、日立市の日立港より少し北にある古房地鼻(地図左上:Mapfanより)に立つ日立灯台を最終目的地にしていた。245号線から東に少し入った場所に灯台は立ち、迷うことはない。しかし夕暮れの空に加えて低く黒い雲もあり、竜巻と言う言葉も重なってどこか不気味さを覚えた。ドアを少し開けると風で全開まで飛ばされるように開き、突風に警戒しながらカHitachi5 メラの準備をして灯台に近づくことにした。上空はまだ青く明るいが、既に灯台は点灯し荒れた海に光りを放っていた。思わずその姿にカメラを構えるのだが、突然吹く風に体が浮きそうになる。体を低くして徐々に灯台に近づきながら何枚かシャッターを切った(写真右中)。

灯台の立つ周辺は民家から続く敷地が公園となっているが、その向こうは崖となっていて、海から見ると、崖の上の灯台と言った感じであろう。当然周辺のHitachi4見晴らしは良いのだが、暗くなり始めている上に突風に体を揺らされ落ち着いて景観を味わうことはできなかった。しばらく時間を待って、より暗くなったところで写真を撮ろうと考えたのだが、突然耳元の風切り音が強くなり、目の前のゴミや木の葉がクルクルと回りながら上空に昇っていった。「ひょっとして小さな竜巻?」と思うような光景。更に灯台に向かって立っていた私の背後に突然閃光が・・・。頭上から背後には真っ黒な低い雲が近づいてきている。「竜巻に加えて雷かよ~」。私は一度車の中に戻ることにした。Hitachi2

15分くらい待つと、周囲は暗さを増し、灯台の光も少し目立つようになってきた。とは言え、まだ明るさも残っている。しかしこれ以上待って条件(写真の条件より気象条件)が良くなるとも思えず、再び突風を受けながら灯台に近づいて何枚か写真を撮った(写真左中と右下)。

結局、満足できる写真を撮ることはできなかったのだが、十分すぎる強烈な印象と共に日立灯台を味わえた、と納得して大洗に向けてHitachi6移動を始めた。途中コンビニに立ち寄って空を見ると、西の空から上空の雲が本当に真っ赤に染まっていて、きれいと言うより、やはり不気味さを抱いた(写真左下)。宿に着いてからも風は強く、窓ガラスをガタガタと揺らす。結局夜景を求めて出かけることは止めることにした。しかし、そのおかげで北京オリンピックで女子ソフトボールが金メダルを取る試合をゆっくり楽しむことができ、強風と空の不気味さのおかげでTVから爽やかな感動を味わうことができた。

| | コメント (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »