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2008年11月

2008年11月26日 (水)

能登赤埼灯台(石川県)

Botantoudai 能登の灯台は、ゆっくりと回りたいと願いつつも、いつも慌ただしく訪ねる。今回記Notoakasaki5 事にした能登赤埼灯台(写真右上)も、時間的余裕が少なく慌ただしく訪ねてしまった。蒸し暑い初秋の日曜日、前日土曜の夕方遅くに能登に着いたのだが、日曜夕には自宅に戻る必要があり、時間的に午前中の限られた時間しか能登の灯台を巡ることが出来ず、ここ能登赤埼灯台の後、帰路についたのである。

Notoakasakichizu6_2能登赤埼灯台の初灯は比較的新しく昭和41年である。赤埼と言われる由縁の如く、赤い岩の上に立つ灯台である。近づいて灯台のみを眺めると、少しスリムで弱そうなイメージを抱くが、離れて全貌を見ると、富山湾に突き出た(地図左上)、赤い岩の上に立つ姿から勇ましさや力強さを感じる(写真右中と左中)。灯台の灯塔部分は、波風による浸食のため、壁がはがれている部分もある。

この日蒸し暑さだけでなく、雲も多かったのであるが、前日まで雨が続いていたらしく、宿のNotoakasaki4 人からは、「良い天気で良かったですね」と言われた。直前に訪ねた穴水灯台では、雲を背景に灯台を見る形となり、決して天気が良いとは感じられなかったのだが、ここ赤埼では、青空も背景に見え、赤い岩も映えて見ることが出来、良い天気なんだと意識した。

Notoakasaki3 実は赤埼の南側の城ケ埼に灯台があるはずなのであるが、時間を気にして巡ったためなのか、訪ねたときに灯台を見つけることが出来なかった。それでも出来る限り海岸線に沿って歩いたのだが、見つからなかった。仕方なく諦めて赤埼へ向かう途中で車の給油をし、そこの主人に城ケ埼灯台を尋ねてみたのだが、主人もその存在を知らなかった。しかし赤埼灯台のことはよく知っている様で、道や周囲の状況など事細かに説明してくれた。(私としては、城ケ埼灯台の存在を確認したかっただけなのであるが・・・)Notoakasaki2

赤埼周辺は、ちょっとした公園となっていて、この日も数台の車が止まり、デイキャンプを楽 しんだり、海遊びをする家族連れがいた。私が灯台に近づいて赤い岩の上を渡り歩いているときも、近くにかわいらしい女の子とおじいちゃんと思われる二人が、岩の間にいる生き物を捕まえたりして楽しんでいた。しかし、灯台に続くコンクリートの道より右手の岩の浅瀬には、ゴミも多く見られ、少し残念であった(写真右下)。

Notoakasaki1 それにしても能登をゆっくり巡る機会が持てない。日帰りが可能な距離であるが故に、無理をするからなのだろう。もう一度振り返り灯台を眺めると、その向こうに能登半島の先端部分の東側海岸線が続く(写真左下)。次回は、ぐるっと巡って西側の海岸線までのんびり訪ねられる日をなんとか作りたいと考えながら赤埼を後にした。

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2008年11月19日 (水)

またまた野間埼灯台-3-

Botanomake さすがに三回目の野間埼灯台の記事なので、おまけ話のカテゴリーに入れた。夏に夕焼け時の野間埼灯台を紹介したが、その時中部国際空港に向かってひっきりなしに着陸態勢で野間埼上空を通過する飛行機を多く見て、近い間に夜景で撮影に来ようと決め、先日その機会を持った。早朝の野間埼、夕暮れ時の野間埼、そして夜の野間埼と並べてみたくてブログ記事にすることにした。改めて灯台については紹介する必要もないだろう。

Nomasaki1 学生時代から何度となく足を運んだこの灯台も、今はLED灯に変わり、白い光が点滅している。そんな灯台の光の右奥には名古屋港につながる光が見え、正面には三重県の海岸線の光も見える。そして夕暮れ時から辺りが暗くなった午後7時以後も、何機もの飛行機が上空を通過していく。白色の光の点滅は時に味気なく感じるものであるが、上空を通過する飛行機の跡を追っていると、それも許せる気がした(私の勝手な気持ちなのだが・・)。

灯台に着いたときは少し明るかったため、灯台近くのレストランで軽食を取って時間をつぶし、しっかりと日が暮れて暗くなってから、いつもこの野間埼灯台を撮る砂浜に三脚を立てて、ファインダーを覗き構図を決めて、飛行機が着陸態勢で近寄ってくるのを待った。この日Nomasakisunset2空は曇っていて星や月の姿はない。少し絞り込んで飛行機がファインダーに入ると同時にシャッターを開き、約20秒開放して撮影してみた。すぐに確認できるデジタルは本当に私のような素人には嬉し い。モニターに映し出された写真は、少し暗かったため、少し感度を上げて次の飛行機を待つことにした。ところが7時を少し回ったくらいだったと思うのだが、ぱったりと飛行機の着陸が止まった。しかたなく浜辺に腰を下ろし待っていると、一組のカップルが砂浜を歩いてきた。既に目が慣れてる私には二人の姿はしっかり見えたのだが、二人は今来たところで、私には全く気づいてないようだった。かなり近づき、私がいることを知ると、あわててやってきた灯台の方にUターンして行ってしまった。悪いことはしていないのだが、夜の砂浜はカップルが優先かも知れないNomasakiyakei1と、去っていったカップルに申し訳ないような気持ちを、遠い昔を思出しながら抱いた。

時間にすれば10分も待っていなかったかもしれないが、着陸態勢に入った飛行機が続いてやって来た。結局5機の飛行機の着陸を見届ける形となった。

灯台は、横の道を時々通過する車のヘッドライトに照らされ、時に明るく写ったり、色が変わったりした。当たり前のことであるが、飛行機は真っ直ぐに光のラインが写り込んだ。結果的には、プロの写真の様にはうまく撮れなかったのだが、大好きな野間埼灯台の写真がまた一つ増えた喜びだけでも満足して帰ることにした。

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2008年11月13日 (木)

産湯埼中磯灯台(和歌山県)

Botantoudai 私が灯台巡りを始めた当初は、国土地理院の地図を海岸線に沿って眺め、灯台の印を見つけて、そこに出かけるというものだった。だからUbuyuokichizu6たどり着くまで灯台の情報はおろか、どんな形の灯台かも知らずに出かけていたのである。私が灯台として海上保安庁や他の先輩方の情報を参考にするようになったのは最近の事である。しかし今年夏に巡った和歌山の灯台は、これまでの様に国土地理院の地図(写真地図右上)だけ見て行程を決めた。『産湯埼』と言う微笑ましい名前の埼に灯台の印が付いており、是非とも立ち寄りたいと考え、日ノ御埼灯台Ubuyuoki1の次に立ち寄るつもりにしていたのである。

とにかく強い日差しの中、日ノ御埼を出て産湯埼に着いたのは、 午後1時半頃であった。灯台を目指すには、『産湯』よりもう一つ北側の入り江『比井』からの方が良いと考え(地図右上参照)、産湯からもう一つ坂道を登り下りした所にある施設の駐車場に車を停めたのだが、そこはなんと火葬場の駐車場だった。「産湯」から一つ山を越えた所に「火葬場」があることに因縁めいたものを感じたのだが、この日葬儀も行われており、さすがに遠慮して少し離れた空き地に車を移動させた。カメラリュックを背負って炎天下の中、埼の岩場が続く海岸Ubuyuoki4線を進むことにした。岩は案外滑りやすく足場が不安定で、吹き出す汗を拭いながら、20分程かけてようやく埼の先端部分にたどり着いた。しかし、どこを探しても灯台の姿は見えない。埼の中ほど木々に囲まれた場所に立っているとしても、海岸線に近い岩場からなら、照射灯のある先端部分くらいは見えるはずである。しかしそれも探すことは出来なかった。実際には存在しない可能性もある。以前にも三回ほど地図に灯台の印があっても、訪ねてみると存在しないと言った経験がある。

Ubuyuoki3_2 仕方なく、沖の方を眺めると、空に龍が登るような見事な形の雲が水平線から延び(写真右中)、その手前には、中磯灯台の姿が確認できた。事前に地図で見たときには、中磯灯台は距離が離れており、さすがに撮影は無理かと思ったのだが、産湯埼の最も突き出た岩場を渡り歩いて、本当に先端部まで行くと、望遠レンズを通してその全貌が確認できた(写真左中)。産湯埼の灯台を目指してきたのだが、結果的には中磯灯台をカメラに納めることとなった。

Ubuyuoki2ちょうど大きな平坦な岩があり、そこに登ってカメラを構えて、昇竜のように見える雲を背景に何枚か写真を撮った。この場所からだと、一つ南側の入り江にある、産湯の町まで見ることが出来る。20分ほどかけてたどり着いたと書いたが、この場所は散歩気分で来られる場所ではなく、もちろんこの時私以外には誰も居なかった。産湯埼に灯台が存在しなかった残念さは既に薄れ始め、中磯灯台に陸地からこんなに近づけたことに感動し、同時にやってきた自分を少しだけ誇らしく感じていた。正面右手には、その名前も印象的な「辛子埼」が見え、人生にスパイスを与えてくれそうだ(写真右下)。更に右Ubuyuoki5 後方に「火葬場」のあった比井の町、左後方に「産湯」と、まさに人生の真ん中にいる様な気分だと、苦笑しながらも考えてしまった。

戻る途中に、岩場からもう一度中磯灯台を見ると、その向こうに昇竜の様に見えていたその姿が、先ほどよりも、より上空に舞い上がりそうになっていた(写真左下)。

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2008年11月 7日 (金)

小良ケ浜灯台(福島県)

Botantoudai ここ数年続けてお盆過ぎに夏期休暇をとり、灯台巡りの旅に出ているが、今年初 めて雨に降られた。と言っても今回紹介する最初の訪問地、小良ケ浜灯Oragahama1台(写真右上)を過ぎてから天気は回復してくれたのであるが、それだけにこの灯台への訪問は思い出深いものとなっている。仙台を出発したときには、大雨警報が出る土砂降りだったが、少し雨あしは弱まったとは言うものの、重く低い雲に覆われて降り続く雨の中、海鳴りとも雨風とも言えないお腹に響くような音を聞きながら灯台を訪ねた。

Oragahamachizu6 地図上(地図左上参照)、比較的容易に訪ねられると思ってやってきたのであるが、立ち入り禁止の看板にいきなり行く手をふさがれた(写真右中)。車をそこに停めて、雨用のウエアを着込んで傘をさし、カメラバッグを背負って埼に向かうことにして車を出たのだが、いきなり大粒の雨に変わった様に感じた。立ち入り禁止の柵を越えて歩き始めると、道は二手に分かれる。灯台は左に向かう道だと知りながらも、正面に向かって進み、まずは埼の先端へ行ってみることにした。しばらく進むと、何故立ち入り禁止になっているかが理解できた。道が続くはずの部分が崩落している。しかもかなり以前からの様で、崩落部分に続く道には背丈ほどの草が茂Oragahama5っていた。ちょうど荒れた海が見え始めた場所で、少し離れて続いている崖に囲まれ、入り 江のようになったその場所にいると、風や雨の音に混じり海が低いうなり声をあげているよう に感じた。

仕方なく来た道を戻り、今度は灯台に続くはずである道へと入った。少し道は細く、周囲の草をはねて雨水が顔にかかる。やがて正面に灯台の姿が見えてきた。灯台の正面に出る手前に鎮魂碑がある。暗い雲に覆われ、雨降りと言った暗い雰囲気に加えて、埼の正面でも聞こえていた海鳴りとも言える低い音が聞こえ、私の体全体にのしかかっ Oragahama3_2 てくるように響いている。これまでの灯台巡りではあまり味わったことのない状況をしばらく楽しむように、しばらく暗い空の下、荒れて濁った海を眺めた(写真左中)。

カメラを出して撮影を始めたのだが、海から吹きつける風で雨が飛び、レンズフィルターにすぐ水滴が付く。落ち着いて写真を撮れる状況ではなかった。灯台の立つ敷Oragahama4地は、以外に広く、海側の奥まで行くことが出来る。しかし大粒の雨が横から降る中では、如何に灯台を撮影するかと悩む余裕もなかった。何枚か写真を撮ったが、そのうち何枚かは 雨粒が付いて写真に黒いシミのように写り込んでしまった(写真右下)。

灯台を後にしようと背を向けても、『ドオー、ゴオー』と低く響く音が背中に降り注いだ。振り返ると、来た時と同じように灯台Oragahama2_2がそこにあった(写真左下)。晴れた日に来れば、また違った灯台を味わえるかもしれない。しかし私は、もう一度改めて来ることを考えなかった。海鳴りと表現するのは間違いかも知れないが、低く黒い雲に覆われた荒れた日に訪ねた灯台を、私の中でより印象深く演出してくれた音として、心地よくその音を聞きながら車に戻ることにした。

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