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2009年5月 5日 (火)

灯台での夜明けを迎えて・・・

Botanomake少し前のブログで紹介した、産経izaの専門家ブログのコーナーに、先日、夜明けに間に合わなかった室戸岬灯台の記事を載せた。夜明けと言う時間帯は、若3い頃には夜の延長として迎えることもあったが、それでも縁遠い時間であった。しかし今は、夜明けを自分の意志で迎えることができる。もちろん、その時を海沿いで迎えるとなると 少し努力が求められるが、冬なら寒さを我慢すれば夜明けの時間は遅く、近くの灯台であれば比較的容易に夜明けを迎えられる。これまでにも愛知県や伊勢志摩方面の灯台の夜明けを訪ねていたが、最も自宅から近い贄埼灯台の夜明けはまだ訪ねていないことに気がつき、冬のある日気ままに訪ねてみることにした。(写真右上は、高知県・唐ノ浜灯台での夜明け)

Yoroisakiyoake夜明けの灯台を訪ねる手段もいろいろとあるが、若い頃の様にずっと起きていて迎えると言うことは難しい。車内などで仮眠を取りつつ迎えるという手もあるが、私はこれ が苦手である。以前、日帰りスキーに出かけ、深夜と言うか早朝に着いたためリフトが動くまでのつもりで車内で仮眠を取ったが、目覚めたときには昼を過ぎていて、既にゲレンデは混み、ほとんど滑ることもなく帰りの時間となった経験がある。そのためか、考えてみると灯台巡りを始めてから夜明けを狙う場合は、全て早起きをして訪ねている。したがって自宅近くか、宿泊先近くの灯台に限られてくる。(写真左上は、三重県・鎧埼灯台沖での夜明け)Isohamaooarai2

夜明けの灯台を訪ねた記憶に新しい所では、茨城県の磯浜灯台(跡)がある。夏の夜明けで、午前4時過ぎには浜に居た記憶があるが、宿が浜辺のすぐ近くだったので、寝起きのままカメラバッグを担いで気楽に訪ねることができた。この時は、残念ながら前日からの雲が東の空を覆い、朝日を見ることは出来なかったが、代わりに荒れた天気の影響で、荒々しい 波を受ける姿を見ることができた。(写真右中は、茨城県・磯浜灯台(跡)での夜明け)

Niesakiyoake1若い頃は、夜明けの時間は静寂な物だと思っていた。大学受検で、始発電車に乗るため2月の夜明け前に、うっすらと積もった雪の道を歩いたときの、あまりにも静かで、暗く、そして寒かった思い出が、私にそう思わせてきたのかも知れない。しかし、今では夜明けを静寂とは思っていない。夜明け前の時間を灯台近くで過ごすと、実にいろいろな音が耳に飛び込んでくる。岬からは鳥たちが一斉にさえずり始め、海では既に船のエンジン音が響いている。漁港に近いところでは、人の話し声すら聞こえてくる。(写真左下は、三重県・贄埼灯台での夜明け)

いつの間にか私は、夜明けを灯台近くで迎えることが、一つの楽しみとなってきた。ありふれた表現だが、心の中に、ピンッと張り詰めた物を感じ、希望と活力があふれてくる。感謝ではなく、自分の手の届かない何かに向かって祈りを捧げたくなる。そんな気持ちにさせてくれる夜明けの灯台での時間に魅了されているのだろう。

見慣れた三重県の贄埼灯台で夜明けを迎えながら、そんなことを考えてカメラのシャッターを切っていた。

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