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2009年6月

2009年6月23日 (火)

川奈埼灯台(静岡県)

Botantoudai 箱根から熱海への職員旅行で、半日の自由時間を利用して熱海周辺にある数カKawanasaki1所の灯台を巡る ことができた。その中で今回紹介する川奈埼灯台(写真右上)の印象は大きい。何よりもゴルフ場のグリーン奥に立っているその立地条件がそう思わせている要因であるが、ゴルフ場を通らずにそこにたどり着くために進んだ山道が意外と大変だったことも一因である。

灯台が立っている場所は様々であるが、原子力発電所敷地内や自衛隊管轄区域で立ち入り禁止となっている場所に立っていたり、個人所有の島に立っていたKawanasakichizu7 りと言う場合もある。今回訪ねた川奈埼灯台がゴルフ場の敷地内に立つと言うことは知っていたが、仮にゴルフ場内に入れてもらえたとしても、絶対にコースを抜けて訪ねる気にはならない。地図で見る限り、海に近い所から林を越えて行けそうであり、迷わずその道に向かった(地図左上:国土地理院より)。

伊東市街から伊豆急行が続く下田までは、いわゆるリゾート地が多いのであるが、伊豆高原という駅名が示すようにいくつもの山々が連なっている。川奈埼灯台が立つ川奈ホテルのゴルフ場は地図で見るとわかるが、小室山から海に続く高台のKawanasaki5 上に広がっている。川奈埼を熱海方面から続く海岸から見ると山の様に見える(写真右中)が、その向こうは高台となってゴルフ場が広がっているのだ。いずれにしても直接灯台を目指すためには、急な上り坂が必要なわけである。

Kawanasaki4 海沿いに川奈埼へ進むと徐々に道は狭くなり、最後には行き止まりとなる。細い道には、巧みに釣り人の車が数多く停められていたが、私も同様に狭いスペースを利用して車を停めて、埼を登ることにした。比較的整った山道が続いていたので、安堵しながら登り始めたのであるが、やがて道は完全に山道となり、茂る草木の中を進むことKawanasaki2になった(写真左中)。この日早朝は曇っていたが、いつの間にか空には青空も広がり始めて蒸し暑い。白い灯台の姿はすぐに見えてきたのであるが、かなり汗をかいたことで、実際より苦労さ せられた印象を植え付けられたのかもしれない。

灯台に出ると、まさしくゴルフ場の中と言った感じで、ある意味見晴らしが良 い(写真右下:灯台の足元からゴルフ場を見た)。灯台は、三本足で立っている。映画『宇宙戦争』に出てくる侵略者の宇宙船にも似ていて、動き出しそうな感じすらした。海は初島方面だけしか見えない。私は、汗を乾かすために、シャツをめくり上げて、灯台周辺のKawanasaki3コンクリートの上でブラブラと歩き回っていたのだが、その時ちょうどアプローチ中のプレーヤーがいた。灯台は、完全にグリーン奥に立っていて、グリーンを目指すと嫌でも視野に入る。さぞかし私の姿で気が散ったに違いない。ゴルフ場への侵入者である私が、侵略者ならぬ邪魔者であったであろう。

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2009年6月21日 (日)

もう一度初心に戻って

Botanomake今回は、まったくの私的な気持ちを整理するためにまとめたおまけ話なので、灯台に関する情報は含まれておりません。予めご承知下さい。

灯台、そしてその風景を求めて旅をするようになってから、5年ほど経った。思い返せば、始まりはたまたま地図で見つけた灯台までのドライブだった。それがいつの間にか、灯台の立つ風景を求め出かけるようになっている。仕事柄長期休暇は取れないが、それでも休日が続いたり、夏期休暇が取れる場合などは灯台巡りのために予定をたてる。どこの灯台へ行こうか?・・・と。

Simakatsuseaside1 私は、本音で言うと目的地だけ決めて、車で気ままに出かけたい派である。その時の気分で観光地に立ち寄ったり、珍しい地名と言うだけで遠回りをしてでも向かったり、気に入った浜があれば、そこでのんびりと過ごしたり、写真家気取りで最高のタイミングを待って日没の一枚を狙ったり・・・。そう言えば、兵庫県の香住を訪ねた時には、町そのものが気に入り、灯台を訪ねずに近くの海岸でひと泳ぎして、雷雨に見舞われるまで砂浜で寝転がっていた。地元三重県の島勝灯台近くでは、石の海岸が気に入って、一冊本を読み終えるまで浜で過ごした。夕日の写真が撮りたくなり、金沢の大野灯台への予定をキャンセルしたこともあった。

しかしいつの頃からか、一箇所でも多くの灯台を巡ろうとして、一日を有効に使うために綿密な下調べの上に予定をたてるようになった。巡った灯台の数が百基を越えてきた頃からそんな訪問が増えたような気がする。巡った灯台の数が増えるに従い、もっと多くの灯台を訪ねたいという欲が強くなり、当初灯台巡りを気ままに楽しんでいた頃より味気ない物になりつつあるのかもしれない。

私は、灯台のコレクターではない。灯台の立つ風景を訪ね、その景観を楽しみ、同時にそのMikawaokiyuuhi1 旅を楽しみたいのである。訪ねた灯台の名前や写真を並べたいのではなく、その風景を手に入れる過程を楽しみたいのである。『私の灯台巡り』は、灯台の情報整理のためではなく、灯台を目的地とした紀行文であり、回想録であり、気ままな随筆で有り続けたい。

巡った灯台の数を増やしたくなる欲求があることは間違いない。しかし、一番最初に味わった気持ちを大切にして、今後も灯台巡りを楽しんでいきたい。もう一度初心に戻って、気ままに灯台巡りを続けて行こうと思う。

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2009年6月17日 (水)

能登鞍埼灯台(石川県)

Botantoudai2007年3月に発生した能登半島沖地震は、能登方面に幾度か足を運んできた私にNotokurasaki4 も衝撃であった。しかし今回能登半島の灯台を巡る中、道路沿いの景色や建物をその目で見ても、傷跡はほとんど見られなかった。もちろん今でも苦労をなされている事も多く、心の傷が癒えない方もみえるのであろうが、観光客の1人である私には、能登の方々が力強く復旧に努力されて来られた様だけが感じ取られ、滞在中に地震のことを思い出すことはなかったと言える。そんな中、今回紹介する鞍埼灯台(写真右上)は、『もし今、地震が来たNotokurasakichizu7ら・・』と考えてしまうくらい、急な切り立った埼の上に立っていて、違う意味で地震を意識した場所でもあった。

能登鞍埼灯台は輪島市の北東、珠州市に入り249号線がトンネルで通る鞍埼の上に立って、その姿は輪島方面から向かうと見ることが出来る(地図左上:国土地理院よNotokurasaki1り)。少し手前には、揚げ浜塩田として観光地になっている奥能登塩田村や海に向かって段々畑状に田園が続く千枚田、穴の空いた岩が有名な岩窓などがある。いずれも249号線沿いであり、休日と言うこともあったが、その近辺だけ車が滞っているのである。特に千枚田では、写真を撮るだけだからと言った感じなのだろう。路肩に車を止める人が多く、灯台Notokurasaki5以外立ち寄る予定のない自分にしてみると勝手な意見ではあるが、多少迷惑にも感じた。

能登鞍埼灯台を訪ねるには、トンネルの外、海側の細い道から登る道がつながっている。私はトンネルを通過した直後を左に入って目指すことにした。すぐに正面に切り立った埼がそびえており、その上に灯台の姿が見え(写真右中)、灯台に向かって左手山側に登り口がある。早速登り始めたのだが、案外急である。それでも数Notokurasaki2分で埼の上に立つ灯台に着いた。まずは灯台の周囲を眺めて・・と考えて灯台の奥を見ると、奥はない。急な断崖絶壁となって いる。登ってきた側でもかなり絶壁に近いが(写真左中)、それ以上である。つまり灯台はカミソリの刃の上に立っているような形なのである。奥域がないため海を入れた灯台の全景はとても撮れそうにない。結局数分の滞在で下ることにしたが、もし今地震が来たら・・・と考えてしまった。

Notokurasaki3下る途中に灯台が正面に見えるため、望遠レンズに変えて写真を撮った(写真 右下)が、同じ位置から撮った広角の写真(写真左下)で見ると、海やそこに浮かぶ岩礁はもっと低い場所にあり、案外高い位置から撮影していることがわかる。しかし灯台はこの位置より更に上方にあり、回り込む様に登っているものの、灯台の立つ場所がかなり急にそり立っていることがわかる。

反対側はもっと急な絶壁であることをもう一度付け加えておく。

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2009年6月10日 (水)

襖鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai愛媛と言えば、やはり『みかん』である。佐田岬の灯台を何カ所か巡る中、見事なFusumahana1 までに山の斜面に作られたみかん畑の多さには驚かされた。特に今回記事にした襖鼻灯台(写真右上)への道沿いはほとんどみかん畑であり、その記事も含めてまとめることにした。

佐田岬灯台を最初に訪ね、その帰り道(地図左上:MapFanより)に幾つかの灯台に立ち寄ったのであるが、最初に向かったのが襖鼻灯台である。既にお昼を過ぎFusumahanachizu9 ていたがあまり空腹を感じないため、立ち寄ったパーキング(写真右二番目の左)で売られていた伊方の『じゃこてん』をつまむことにした。その時店頭に並ぶオレンジ色に目が惹かれた。『佐田岬段々畑育ち』と肩書きが書かれた『伊方いよかんゼリー』(写真右中の右)である。私はオレンジ色が好きである上に、『うまいがぜ』と書かれFusumahana4ていれば買うしかない。思い返してみると、既にこの時から『いよかん』モードに入っていたのかも知れFusumahana5ない。

『じゃこてん』と『いよかんゼリー』でお腹も満足して、襖鼻へ続く細い道を走ったのであるが、とにかくみかん畑の多さに驚いた。狭い道の斜面にはみかん畑からつながる収穫用のレールが延びている(写真左中)。襖鼻灯台へFusumahana6入る道は、そんなみかん畑が続く鼻の先を回り込む様につながる道の途中にあった。少し離れた所に車を止めて歩く道にもみかん畑があり、足元には『いよかん』が転がって いる(写真右三番目)。先端に向かっている道だから迷いは無かったが、斜面の一部があぜ道となっている程度の道である。少しFusumahana8_2Fusumahana7進むとすぐに灯台の後ろ姿が見えた。灯台の周辺は草木が低く空が見渡せるが、周辺は木々に覆われ、前日夕暮れ時に訪ねて少しうす暗く寂しく感じた来島梶取鼻灯台に似ている。 正面から見ると照射灯の部分が立派で、流れる様なデザインで迫力を感じた(写真左下)。

Fusumahana3しばらく灯台を見上げていたが、海は見えないため、全体が見渡せる場所まで移動することにした。と言っても徒歩では、視界はほとんど変わらないため結局襖鼻全体が見渡せる場所まで車で戻ることになった。途中何度も斜面に作られたみかん畑を見たが、この日4月初旬にしては暑く感じFusumahana2る日ざしであったこともあり、冬の間もこうして段々畑には十分な日が注いでいるのだと感じ、『いよかん』がたくましく育つはずだ~と納得し、『うまいがぜ』の言葉を思い出しながら襖鼻に立つ灯台を眺めていた(写真右下)。

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2009年6月 6日 (土)

立石岬灯台での夕日(福井県)

Botanomake何度も訪問している立石岬灯台(写真右上)であるが、数年前に福井県が集中豪Tateishimisakiyuuhi1 雨の被害に遭ってから訪ねていなかった。福井県は、私の住む場所からは比較的容易に訪ねることができ、運転好きの自分としては立石岬までは、特にお気に入りのドライブコースでもある。久しぶりにこの春に出かける機会を持った。

立石岬灯台については、既に記事はまとめてある。その後も度々訪ねたにもかかわらず、今回再びブログで取り上げたのは、前回訪ねてから間隔が空く間に灯台周辺の整備がなされ、Tateishimisakiyuuhi2 夕焼けの海を背景に写真を撮ることが出来たからだ。同時に越前岬方面まで見渡すことが出来たこと(写真左上)も理由の一つである。以前ケーキみたいな形と表現した立石岬灯台であるが、その形が気に入っていたものの、周辺の木々が邪魔でお気に入りの写真は撮れていなかった。その意味で、灯台の立つ風景を追い続けている自分としては、今回の訪問はこれまでの訪問以上に満足であったと言える。

以前のブログにも書いたが、この立石岬灯台は日本人のみで建設された最初の洋風灯台で、敦賀市の市章としても利用されている。これまで無かったと記憶しているのだが、登り口の階段手前に灯台の案内看板が増設されていた。登り坂はそれほど大変ではないが、足元が滑りやすい点は前回までと同じだった。と書いたのは、前回下るときに、見事に滑って転んTateishimisakiyuuhi3だ記憶があったからである。

登り切ると、ケーキみたいなと表現してきた灯台の姿が見えた。誰もいないので灯台に挨拶しながら近づいたのであるが、雰囲気が以前と違う。周辺の草だけでなく木々も手入れされたおかげで海が見渡せる(写真右下)ようになっていたのだ。おかげで、すぐに帰るつもりだったが、そのまま夕焼けまで楽しませてもらうことにした。夕日を眺めた視線を横に移すと越前岬が見えた(写真左 下)。

Tateishimisakiyuuhi4越前岬灯台が新しく建て変えられてからまだ訪ねていない。にもかかわらず同じ福井県の立石岬へまた来てしまった。新しい越前岬灯台を訪ねたいと言う気持ちはあるのだが、きっとそれより先に三脚を持参してこの場所をもう一度訪れ、越前岬灯台からの光りを確認しつつ、月夜の夜景をカメラに収めているような気がしながら、大好きな立石岬灯台の夕暮れ時を楽しんでいた。

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