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2009年7月

2009年7月31日 (金)

その灯台が似合う季節

Botanomake_2梅雨がなかなか明けてくれないこの夏。いつもなら休日には、夏の日差しに反応して車を飛ばし、とりあえず海へ向かうのであるが、今年はまだそう言った状況にならない。必然的に記事になるような灯台訪問も少なく、ブログネタも少なくなってきたため、今回はおまけ話として、その灯台が似合うであろう季節について考えてみることにした。

インターネットのおかげで、多くの灯台巡りの先輩方や新たに灯台に興味を持たれた方々とOragahama2 意見交換が出来るようになった。日本に四季がある以上、訪ねる季節によっても灯台やその風景は当然異なる。更に当日の天気の影響も大きい。意見交換や書き込み記事などを読ませていただくと、それぞれが異なった状況で灯台を訪ね、それぞれの印象を持っていることがよくわかる。その時の条件に満足され、その感動に支配されている方もみえれば、自分が訪ねた時の感動と違った情景を思い描いて更なる憧れを抱く方もみえ、そのとらえ方は実に様々である。

私が大雨の中で昨年夏に訪ねた福島県の小良ヶ浜灯台(写真右上)は、もっと良い条件で訪ねれば、全く異なった感動を与えてくれたに違いない。しかしブログにも書いたが、生涯にこの灯台をもう一度訪ねることはないだろう。そして改めて異なった条件を求めて再訪問しようとも思わない。大雨の中訪ねたことこそが、私と小良ヶ浜灯台との出会いであるなら、それを受け入れるべきだと思うからである。

Tappimisaki11先日、灯台巡りの先輩が雨の中で灯台を巡り、旅先からの書き込みで『ありのままの灯台』と言う言葉を強調されていた。その言葉を聞かずとも、言わんとすることはよくわかった。多くの灯台をあらゆる条件の中巡ってきた者になら、自分が訪ねた時の灯台やその風景を受け入れることの意味、そしてその大切さは十分に理解できる。

と、ここまで書いておいて、それでもその灯台が似合う季節という物を考えてみたくなる。私は、青森県の竜飛埼灯台(写真左)を真夏の快晴の時に訪ねたのであるが、爽やかな青空を背景に白い灯台がどれだけ映えていても、私の中に冬のその姿を求める気持ちがあった。そして灯台巡りの先輩の一人が公開されている冬の竜飛埼の写真を見て、改めてもう一度訪ねたいとも思った(こちらのアドレスから”岬巡り”のHPにアクセスして龍飛崎をクリックして是非一度見て下さい)。逆に、どれだけ素敵な写真を掲載されて感動を書き込まれていても、それを受け入れられないこともある。

結局のところ、訪ねる以前からその灯台やその地方に何らかの知識を持っていたり、思い込みがあったりする場合には、自分の中で既に形作られたイメージがその灯台に似合う季節を決める要因になっているのかも知れない。竜飛埼はTakanosaki6、私の中では冬なのであろう。それに対して竜飛埼からほんの数キロしか離れていない高野埼灯台(写真右下)は、何の前知識も持たなかった私の中では、私が訪ねた夏こそがベストマッチなのである。

蛇足になるが、灯台に興味のない方が、たまたま灯台を訪ねて見事な青空と海と白亜の灯台のコントラストに感動されて書き込みをされたとしても、その感動を否定はしないが、その記事には興味を覚えない。しかし、多くの灯台を巡られてきた先輩方が、あいにくの天気であったとしても巡られた灯台について語られたなら耳を傾け、その情景を想像してしまう。

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2009年7月24日 (金)

門脇埼灯台(静岡県)

Botantoudai城ヶ崎という地名はなじみ深いかもしれないが、門脇埼と聞くと、たとえここを訪ねKadowakisaki1 た者でも知らないことがある。しかも展望台があることは覚えていても、門脇埼灯台(写真右上)の話をすると、『そんな物はなかった』とまで言われる。私のように灯台を目当てに訪ねる者にとっては、展望台こそが邪魔であり、その姿が灯台らしくないと不満をこぼしてしまうのであるが・・。今回は、そんな城ヶ崎海岸(写真左上)に立つ門脇埼灯台を紹介する。

Kadowakisaki3以前伊豆網代灯台のブログでも書いたことであるが、私の中では、東伊豆は東海と言うより関東のイメージであり、そう感じている人も多いと思う。数年前に修善寺から中伊豆を下り、稲取灯台にだけ立ち寄って熱海まで車を走らせたことがあるが、関東域を意識して、どこか緊張しながらハンドルを握っていた記憶がある。この時は、雨のため城ヶ崎には寄らなかった。今回は車での移動も二度目で、道や景色にも見覚えがあり、少しゆとりを感じながら城ヶ崎(地図右中:Mapfanより)に近づいた。Kadowakisakichizu5

駐車場は、土曜日と言うこともあり混んでいたが、スムーズに車は止められた。雲間からは青空が広がり始めて日ざしが強くなったためなのか、ソフトクリームを手にした人達がやたら目立った。木々の間を埼に向かって入ると正面に門脇埼灯台Kadowakisaki7がすぐに見えてくる。しかし、その姿は展望台で しかない。先端部の照射灯は、見上げても近くからでは見ることができない(写真左中)。

まずは全景を見るため城ヶ崎海岸の方に足を運んだのであるが、確かに深い断崖にかかる吊り橋や水しぶきを上げる崖にも目を惹かれカメラを向けたのであるが、やはり興味は展望台の上の灯台にある。ほとんどの観光客が吊り橋から下にKadowakisaki4目を向けているにもかかわらず、私一人反対方向の空に向かってカメラを構える様は、自分 でも滑稽だった(写真右下)。

城ヶ崎海岸からは、門脇埼灯台(と言うより展望台と言うべきか)は、後方の海や断崖、そして吊り橋と共に写真に収まり、私的には絵になる(写真左下)のであるが、展望台と一緒と言うのが何とも納得しかねる。と言うより灯台らしくないのである。初島の灯台のように後から登れる灯台へと生まれ変わったわけではなく、当初からこうKadowakisaki2言った目的で設計されたはず である。いろいろ意見もあるであろうが、私には良いデザインとは思えなかった。そう言いつつも、城ヶ崎から門脇埼周辺を歩きながら、いろんな角度で門脇埼灯台としてカメラに収めている自分であり、展望台にも登って城ヶ崎の景観も、しっかりと楽しませてもらったのであるが・・。

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2009年7月17日 (金)

佐田岬灯台(愛媛県)

Botantoudaiどんな灯台でも訪ねる機会さえあれば、行ってみたいと思う。しかしそんな機会がSatamisaki9 なくても、早く訪ねたいと思う灯台がいくつかある。今回紹介する佐田岬灯台(写真右上)は、そんな灯台の一つであった。四国の西側で細長く九州大分に向かって延びる佐田岬の先端に立つ(地図左上:Mapfanより)立地条件こそが、私にその思いを抱かせていた。2009年の4月に広島県福山を訪ねる機会を持ち、私は迷わずにしまなみ街道を渡り、松山を超えて佐田岬まで足を伸ばす計画をたてたのだった。

春霞の晴れた日、満開を過ぎた桜を見ながらの心地よいドライブで佐田岬を目指した。既に紹介した女子鼻灯台室ヶ鼻灯台は後回しにして、とにかく早く佐田岬灯台がSatamisakichizu1 見たくて車を進めたのだが、山頂を縦断する様に走る197号線(地図左上:Mapfanより)は、左右に海の景色を見下ろしながら楽しめ、そんな私の気持ちを更に盛り上げてくれるドライブコースだった。

佐田岬の先端に近づくと道は狭くなり分岐している。私は地元案内表示に従って道を進Satamisaki3め、最後に駐車場にたどり着いた。南向きの駐車場で右手方向に、そこから先に続く岬と灯台の姿が一部確認できた(写真右二番目)。今から佐田岬灯台の立つ景色を見られると言うときめきを抑えつつ、大型の三脚を縛り付けた重いカメラリュックを背負い、不必要と思ったが杖も持って歩き始めた。灯台に続く小道は整備されてSatamisaki4 いて杖は必要なさそうであった。飲料自販機の近く以外にも所々に青いゴミかごが設置され、『ゴミを捨てるな』と書かれている。それを設置しなければならないという事実が少し悲しかった。

灯台への最後の岬を登る手前に、海岸が見渡せる場所がある。透き通った海の色が心地よく感じ、カメラを向けて(写真左二番目)いると、ご夫婦Satamisaki8と思われる二人が追い抜いて行った。お二人ともかなり早歩きのようだ。二人の後を追うように灯台へ向かうと、灯台が見下ろせる椿山へ登る道と、そのまま灯台に向かう道に分かれていた。お二人が椿山に向かったため、私はのんびりとカメラを向けながら灯台に近づいたのであるが、灯台手前の敷地で三脚を組んで撮影しSatamisaki6ていると、すぐにお二人はやって来て、そのまま灯台に向かった。結局しばらくお二人の姿が消えるまで、そこで待機することにしたのであるが、数分も経たない間に戻ってみえ、そして足早に帰り道に消えていった。

誰も居なくなった灯台手前の階段下から写真を撮って(写真右三番目)いると、神島灯台を思い出した。あの時も同じ様に霞んではいたが晴天だった。灯台の真下から見ると六角形の灯Satamisaki5塔は、遠くから見るよりも高く感じ、力強い。横に設置された黄金碆照射灯も、後方から見ると箱形であるが、前面から見ると六角形に見えるように作ら れていて、妙に感心してしまった(写真左三番目)。海上に向けて目をこらすと黄金碆もかろうじて見ることができた。

椿山へ登る途中で木々の間から写真を撮った(写真右下)。ちょうど灯台と同じ高さで、周Satamisaki7辺のイメージもつかみやすい。続いて椿山に登ると、眼 下に灯台の姿が際立っている(写真左下)。西向きに見下ろしているわけであり、まだ午前11時前であるが、夕焼けのこの景色を想像すると、このままその時間までいたいと思った。しかし女子鼻や室ヶ鼻灯台も訪ねて今日中に自宅に戻らねばならない。春霞であるが故に、夕焼けも難しいかも・・・などと自分に言い聞かせて帰路につくことにした。帰りの坂道は、そんな思いに加えて、重いリュックが足取りを重くした。杖を持ってきて良かったのかもしれない。

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2009年7月10日 (金)

海士埼灯台(石川県)

Botantoudai 石川県の灯台が続くが、今回も能登半島を巡ったときの記事をまとめることにしKaishisaki4 た。前回のブログで個人的な意見として、能登半島の西側の印象を開放的と言う表現をしたが、地理的な要素に加えて、訪ねた時の条件もその印象に影響を与えたことは言うまでもない。そして今回紹介する海士埼(あまさき)灯台(写真右上)でも同じ様な印象を持った。

Kaishisaki0 志賀町近くに宿を押さえていた自分は、前日の夕方に能登半島に着いて海岸沿いに立つイタリア料理の店で夕食をとった(写真左上)。清楚でかわいいウエイトレスが親切に対応してくれて、美味しくイタリアンをいただいた上に西の窓からは水平線に沈む夕日も見えた。満足できた夕食のひとときを過ごさせていただいたお礼に、店の写真を載せさせていただくことにした。お店と対応してくれたウエイトレスに感謝。Kaishisakichizu5

翌朝、福浦港に立ち寄ってから海士埼に向かったのだが、このあたりは能登金剛として、海 岸線の岩礁など名所が続く場所である。徐々に観光客の車が増えてくるのを感じながら、海士埼には9時前には着くことができた。海士埼を過ぎて北に向かっても能登金剛として景観の良い場所が続くが、地理的には、以前紹介した猿山岬灯台までは、門前町を挟んで、ほぼ直線上に海岸は続いている(地図右中:Mapfanより)。

Kaishisaki1 海士埼灯台は、主要道路から少し細い道に入った所で、ちょうど灯台の手前に何かの施設があり、その駐車場を利用させていただいて灯台を訪ねた。ただ灯台の案内は無かったように記憶しているので、主要道路から曲がるポイントには注意が必要だ。道の突き当たりが灯台の敷地となっていて、左に海岸へ降りていく道もある。海岸へ降りると、灯台は少し高台の上にあるような形となり、海岸からの景色を見ると(写真左中)、海の色や砂浜などまったく海岸は異なっているものの、沖縄の瀬底島灯台を思い出してしまった。そんなことも、私が西海岸を開放的と感じた一因かも知れない。

この日は雲り空のあいにくの空模様であった。晴れ男を自称している私であるが、残念ながKaishisaki2 らこれまで能登半島を訪ねた時に、快晴だった記憶はない。もちろん雨に降られることもないのだから、良しとしなければいけないが、そんな天気でも開放的と言う印象を私に与えた能登の西海岸。海士埼灯台(写真右下)に滞在した半時間の間も十分にその印象を味わいながら灯台の立つ景観を楽しませてもらった。

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2009年7月 2日 (木)

長手埼灯台(石川県)

Botantoudai 能登半島を一周してみると、西側、北側、そして東側と雰囲気が異なって感じらNagatesaki4 れた。自分の印象であり意味はないが、あえて表現するなら、西側は開放的で快活と言った感じで、北側は和的な色彩が強く物静かな感じである。そして東海岸では、生活感がにじみ、たくましいと言った感じであった。今回紹介する長手埼灯台(写真右上)は、禄剛埼灯台から南東に位置し、能登半島の東側の海岸がここから南に向かって続く基点のような位置にある(地図左上:Mapfanより)。既に紹介した、能登赤埼灯台穴水灯台小木港犬山灯台などが東側の海岸線に立ち、和倉温泉に続いている。

Nagatesakichizu6 長手埼灯台は、主要道路から離れて、海岸線に沿って民家の中を走る道沿いに立っている。あまり目立たないが郵便局があり、その裏手に堤防が見え、堤防の向こう側に灯台の姿が見える。赤いポストの文字が無ければ、郵便局とは思えない建物の前と横は駐車場となっている。この日、大型連休の後半だったのだが、地元に里帰りしていたと思われる親子家族が出発する場面に重なった。郵便局の駐車場に車を停め、お土産らしき物を積み込み、既に子供達は車内に乗り込んでいる。その回りで若い夫婦と実家の両親が立ち話をしているのである。Nagatesaki2家内と共に灯台を巡っていた私達二人は、子供がまだ小さい頃、何度となく家内の実家に帰 ってこう言ったシーンを経験した。その光景が懐かしくも暖かく、思わず見つめあい微笑んでしまった。

そんな光景を見た直後、すぐ裏に立つ長手埼灯台を訪ねたのであるが、どんよりとした雲が空を覆いすっきりしない(写真右中)のだが、家族のワンシーンに和まされたNagatesaki5ばかりの私には、空模様など関係なかった。後から見返してみると、殺風景とも言える灯台の立つ風景写真(写真右下)であったが、十分に人の香りを味わいながらカメラを向けていた。 その上、海面から少し顔を出す岩場の間を漂うゴミにさえも、人の営みの中から生まれた香りの一部分として納得しようとしていた。『本当に私は単純だ』と口に出しながらも、そう感じる自分を否定することはしなかった。

灯台の初灯は昭和36年であり、おそらく改修工事はされてないであろう。タイルの目地Nagatesaki1 から続くシミがプレートまで延びており、それを物語っていた(写真左下)。50年近くこの場所で点灯し続けている、長手埼の灯台。さきほど見かけた若い夫婦のどちらかは、おそらくこの灯台を幼少時から見続けて育ったのであろう。単純な自分であっても、そう考えて灯台にロマンを感じる自分を、やはり否定はしたくなかった。

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