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2009年8月

2009年8月29日 (土)

岩井埼灯台(宮城県)

Botantoudai 前回の歌津埼灯台のブログでも書いたことだが、今回の灯台巡りは、とにかく気まIwaisaki4 まと言うことを考えていた。当初は気仙沼方面から順に巡ろうと思い、唐桑半島の御崎岬灯台を目指していた(地図左上:Mapfanより)のであるが、途中で『階上』と言う地名を見つけたため、最初から気ままに変更である。と言うのも、以前青森県の灯台を巡ったときに訪ねた階上灯台を思い出したからだ。階上と書いて「はしがみ」と読む。ただし宮城県のこちらは、陸前階上である。いずれにしても、その名がつく場所を訪ねてみたいと言う気持ちが抑えられなくなり、そのまま少し南の岩井埼灯台(写真右上)に向かう事に変更したのだ。

Iwaisakichizu1_2 陸前階上は、ちょうど岩井埼への分岐点周辺の地名である。名前が同じと言うだけで、特に目を惹くものはなかった。ところが、もう少し走ると、波路上(はじかみ)という地名が目に付いた。ちょうど岩井埼灯台が立つその周囲は、波路上岩井埼と言う地名なのだ。「はしがみ」と「はじかみ」。偶然ではなさそうであるが、その点を追求することはかなわなかった。Iwaisaki3

岩井埼は、海岸沿いに観光地となっていて、更に周辺は磯岩に囲まれ海遊びや海の生き物を採取する子供たちがたくさんいた。灯台はそんな磯浜の松林の中に隠れるように立っている(写真右中)。松林の中から灯台を味わった後、私も子供たちと一緒に、磯の岩場を注意しながら海側に進んで、灯台を海側から見てみることにした。実にスリムな灯台で、更にその姿は松に隠れて存在感は薄く感じた。

Iwaisaki6Iwaisaki7  正面の海を見ると、気仙沼湾を隔てて、大島が見えた(写真左中の左)(地図右下:国土地理院より)。大島の先端には龍舞埼があり、そこには陸前大島灯台(写真左中の右)が立っているはずである。早速三脚を組んで400mmの望遠を構えてみた。確かにその姿が確認できIwaisakichizu2た。と同時に『大島に渡ろう!』と気ままな思いが浮かんだのである。

そう決めて、もう一度岩井埼灯台を見ると、存在感が薄いと感じた灯台であるが、陸前大島灯台とで 気仙沼湾を挟んで点灯されている姿を思い浮かべ、やけに存在感を感Iwaisaki5じてしまった(写真左下)。相変わらず環境や思い込みに左右されてしまう自分を意識しつつ大島を目指して灯台を後にすることにした。

ところが、気仙沼港に着いて大島へ渡るフェリーを確認すると、ちょうど良い時間のフェリーは既に空いていない。次のフェリーまで待っても良いのであるが、そうするとどうしてもこの日訪ねたいと思っていた大須埼までたどり着けなくなる。結局あきらめて、そのまま歌津埼に向かうこととなったのだ。

気ままと無計画は別物であると、今更ながら反省しきりであった。

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2009年8月21日 (金)

歌津埼灯台(宮城県)

Botantoudai 2009年の夏の灯台巡りは、以前まとめたブログ記事にも書いたように、初心に戻Utatsusaki6 って気ままに訪ねることにした。細かな予定を立てなかったおかげで、のんびりと巡れたのは事実であるが、思い立って島に渡りたいと考えても、フェリーは予約無しでは難しいと言う点などは、反省点となりそうである。そんな今年の夏の灯台巡りは、昨年福島県から南に向かって巡った関係から、宮城県内を巡ることにした。今回はその中から歌津埼灯台(写真右上)を紹介する。

Utatsusakichizu2 歌津埼灯台は、宮城県のやや北側南三陸町に立つ(地図左上:Mapfanより)。と言っても東海地方に住む私には、訪ねるまでその地理はまったくわからなかったのであるが、埼を目指して通過した長須賀海水浴場は有名である。また約2億4200万年前という世界最古の魚竜ウタツザウルスの化石(国指定天然記念物)が展示されている魚竜館もこの地区にある。

気仙沼方面から南下しながら歌津埼に入り、灯台を目指したのであるが、道に迷うことはなかった。この日山間部近くを走ると薄雲が空を覆い、場所によっては小雨すら降っていたのであるが、何故か海に近づくと青空が広がり、ここ歌津埼灯台でも同様であった。梅雨明けUtatsusaki3 も遅く天候不順な今年、早くも北からの涼しい高気圧が近づいて来ているための気象であったようだ。

目的地に近づいたが、周囲に海の景色はなかった。イメージから言うと灯台が立っているような雰囲気の場所ではない。地図上この周辺は海抜40mくらいであるが、それ以上に周辺の木々の背丈が高いため、景色は遮られて、海が見えないのである。そしてそれは灯台周辺でも同じであり、木々に囲まれて灯台の全貌を見ることができる場所はなかった(写真右中:灯台正面から)。

Utatsusaki5 この地は、仙台藩がかって唐船を監視する目的の高台であった史跡である。灯台につながる細い道の入り口には、『史跡 仙台藩唐船番所跡』と案内も建てられている(写真左下:入り口に案内標識が、右奥に灯台の姿が小さく見える)。灯台の周辺には電波塔なども建ち、海上交通における重要な埼であることがうかがえる。灯台を越えて、少し奥まで進むとようやく木立の隙間から海が見えた。振り返って灯台を見ると、やはり灯台は木々に隠れている(写真右下)。仙台藩が番所を設置していた頃には、きっと周辺の木々はもっと低かったに違いないと一人で納得していた。Utatsusaki4

気ままに巡ろうと決めて出かけてきた宮城県であるが、有名な灯台が立つ島に渡るには、やはり計画が大切なようである。その反面、車で自由に巡ることが出来たおかげで、海水浴場でしばらく時間を過ごし、魚竜館と言う施設に足を伸ばすこともできて、その地を味わうと言う目的はしっかり達成できたようである。

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2009年8月12日 (水)

明石海峡と江崎灯台の光

Botantoudai 神戸に私的な用事があり、8月初めの土曜日に午前の仕事を終えてから車を走らせた。どうせなら明石海峡と江崎灯台(写真右上)が光る夜景の写真を撮ろうと考Esaki1え、その日は神戸市の西、垂水区で宿泊することにした。そのため神戸市の中心部は通らず、北の山陽道方面から向かったのだが、実はこの日神戸港の花火大会。おかげで市内の渋滞にも巻き込まれずに順調に着くことができた。宿だって中心部では取れていなかったに違いない。明石海峡近くの宿Akashikaikyouchizu6 に車を止めて、そこから公共機関(地図左上:Mapfanより)を利用して、用事も無事完了できたのだった。

夕食を終えて、明石大橋に向けてカメラを構え始めたのが午後8時半頃であるが、午後9時頃から急に西向きの小型船がたくさん通過して行った(写真右中)。神戸Akashikaikyou1_2の花火を船上から見るために出ていた船が帰って行くのであろうか。だとしたら是非一度は 味わってみたいとうらやましく感じた。長い間花火を楽しんでいない私は、船から頭上に見える花火を思い描いた。

どの場所からも江崎灯台の灯りはすぐに確認できた。と言うより、既に暗くなる前にその姿は肉眼でも確認できていた。前回灯台を訪ねたのは、Akashikaikyou42006年の夏(写真左中)である。蝉の声が痛いくらいの中、吹き出す汗をぬぐった夏の日ざしが思い出深い。あれから三年。対岸から明石大橋を眺める限り何も変わったとは思えない。しかし何も変わっていないと感じたことで、逆に時の流れを意識させられた気がした。神戸に関係ない私が言うことではないが、震災からの復興で変わった姿を見ても、時の流れを感じるより人の営みを感じるだけであるが、むしろ変わらない姿にこそ時の流れを感じ、震災を越えて存在しているのだと思ってしまう。Akashikaikyou5

明石大橋の照明のパターンは時間で変化しているようであるが、それよりも橋の上を通過する車の光が、橋の表情を変えているように感じた。それに対して江崎灯台からの灯りは、時に赤い標示に変わる以外その灯りは変わらない。車の光と灯台の灯りが、動と静の対照的に見えるのだが、そのイメージを写せるほど自分にカメラ技術がない のが残念だった(試みた写真が右下:中央右下の光が江崎灯台)。

Akashikaikyou3翌朝、空は雨雲に覆われていたが、同じようにまだうす暗い中灯台の光りを狙ってみた。明石大橋は深夜には照明を落とし、明け方のこの時も同じである。大橋の姿がモノトーンで浮かび上がる中、昨夜はあれだけ賑やかだった周囲の灯りはすっかり落ちて、ただ江崎灯台の灯りのみが点灯していた(写真左下)。しかしその姿は、昨夜と同じ様に静かだった。

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2009年8月 6日 (木)

波妻ノ鼻灯台(愛媛県)

Botantoudai 私が灯台を巡るようになったそもそものきっかけは、ドライブの目的地に灯台を選Namitsumanohanachizu1 んだことである。そのためなのか、これまでは車で移動して灯台を巡ることが多く、島へ渡っての訪問は確実に少なかった。そんな自分も、最近は島に立つ灯台への思いが強く、『灯台の立つ風景を訪ねてみませんか』のこちらのブログ(既に更新は終了しています)でもそのことを書いた。この春に佐田岬灯台を訪ね、愛Namitsumanohana2媛県の松山を通過する際、釣島灯台へ渡りたいと言う思い(地図右上:Mapfanより)があった。もちろん時間が無く不可能なのはわかっていたのであるが、その思いを持ちつつ今回紹介する波妻ノ鼻灯台(写真左上)に立ち寄り、西広島から山口県に向かって連なる島々(地図右中:Mapfanより)を眺めてみた。いずれゆっくりこれらの島を巡って行きたいと言う思いを込めて立ち寄ったのだった。Namitsumanohanachizu6

波妻ノ鼻灯台は、スポーツ関連施設の奥に立っている。坂道を登ったところに施設があるのだが、ゲートが設けられており、閉まっている場合は車が入れないだけではなく、不法侵入のように脇から入らなければならなくなる。幸い早朝にも関わらずゲートが開いており、あたかも職員の様に車を進めて、施設の駐車場に堂々Namitsumanohana5と駐車させていただき、そのまま裏山から続く波妻ノ鼻に踏み込んだ。少し奥まで進むと、比較的大きな木は伐採されていて、見晴らしが良く、ほぼ180度海上を見渡すことが出来た。ここから近くに見えるのは野惣那島や睦月島である(写真左中)。少し北に目をこらすと安居島らしき姿もあるが、どちらの方向にも、その後方に島々が連なっていることは十分に確Namitsumanohana3認できた。立ち寄ったのは早朝7時頃であり、まだ朝日の余韻が海上には漂い、灯台が薄い橙に染まっているのと同じように、海も春の霞が染まっているように見えた。

波妻ノ鼻灯台についての情報は持ち合わせていなかったのであるが、灯台のプレートはかなり浸食が進んでいて判読も難しい状態(写真右下)である。見晴らしが良い埼ではあるが、好んで訪ねる人は少ないかも知れない。

暖かな日が続いた4月初旬のこの日。緑が鮮やかに感じ始Namitsumanohana4める木々の葉や山つづじなど春を感じながら波妻ノ鼻灯台を訪ねた。海上に連なる島々を眺めて、いつの日かそれぞれの島へ渡ることが叶うようにと言う願いを持ちつつ訪ねたこの地ではあるが、目の前に広がる朝日を浴 びた灯台の立つ風景(写真左下)を、ただこの時は味わい楽しんでいた様な気がする。

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