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2009年10月

2009年10月25日 (日)

鴻ノ瀬鼻灯台(新潟県佐渡)

Botantoudai 佐渡に海路で渡る場合、新潟県の直江津港と新潟港から佐渡汽船によるフェリーSadokounosehana3 がある。東海地方から目指した自分は、土曜の午後に、中央道→長野道→上越道を走り夜に直江津に着いて、一泊して翌日曜の朝9時半に直江津港発のフェリーを利用して佐渡に渡った。直江津からのフェリーは佐渡の南西にある小木港に着く。ちなみに新潟港からのフェリーは両津港に着く。佐渡の小木港に着岸後、海岸沿いを東に向かって、今回紹介する鴻ノ瀬鼻灯台(写真右上)を目指し始めたのは、午後1時頃であった。

Sadokounosehanachizu6 フェリーから降り立った車は、放たれた鳥のように次々と目的地に向かって走り出す。しかし、ほとんどの車が左折して350号線に入って行くのに対して、右折して45号線に入ったのは、私をはじめほんの数台であった(地図左上:MapFanより)。この時はまだ佐渡の地理を把握できていなかった事もあるが、小木港から東に向かう道沿いには、大きな観光地や集落はなく、道も整備が及んでいない箇所もある。しかも、昼食を摂っていなかった自分は、コンビニとまでは言わないが、ちょっとした食べ物を求めて店を探したのだが、そう言った店はまったくなかった。更にこの日は日曜日。ガソリンは3/4程残っているのだが、見つけた小さなガソリンスタンドも全て閉じている。(佐渡のGSは日曜日は全て休業です。土曜夜から日曜に渡られる方は、必ず満タンにしておくことをお薦めします。)

などと、どこか心細い中車を進めていると、Sadokounosehana1 松ヶ崎海岸に出た。ここから鴻ノ瀬鼻灯台が見える(写真右中)。車を止めて写真を撮ると、再び灯台に向かって走り出した。

ちょうど直角に曲がる道沿いに駐車場があり、そこから海側はキャンプ地として灯台周辺は開放されている。ちょうど連休と言うこともあり、灯台真下にSadokounosehana2 2張りのテント、そして左手にはデーキャンプの集団がいた。私は、まず灯台右手の浜に出て灯台を眺めた(写真左中)。フェリーからは、雲のかかった佐渡が見えていたが、今は青空が眩しい。ただ悔しいのは、空腹である。デーキャンプから漂うバーベキューの香りが空きっ腹に応えた。

正面に廻ると、海岸は砂浜ではなく、砂利で続いてる(写真右下)。海を背景に灯台の真裏に来ると、テントSadokounosehana4が灯台の真下にあり、写真を撮る時に少し気になる。しかしこれも風景の一つと考えテントを片付け始め ている男性と共に写真を撮った(写真左下)。デーキャンプをしているそばに近づいたためか、更に美味しいそうな匂いがたまらない。ちなみに、結局食べ物にありつけたのは、姫埼灯台を巡り終え、両津港近くにたどり着いてからで、この時から2時間以上先のことであった。

Sadokounosehana5 灯台が立つ、ここ鴻ノ瀬鼻は、越後からは最短距離の場所であり、灯台の案内表示にも、昔はここに船を着け、佐渡の国津、表玄関として、流人も多くこの地に上陸したと記してある。つまらないことであるが、空腹状態の自分は、『その昔、上陸したと人たちは、まず空腹を満たすため、ここで何か食べ物を探しただろうな・・・』などと考えていた。

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2009年10月18日 (日)

弾埼灯台(新潟県佐渡)

Botantoudai 佐渡の灯台を巡るだけなら、一日で巡ることは可能である。が、灯台に魅せられHajikisaki2 た人や、私のように灯台の立つ風景を愛する者にとって、それでは時間は全く足りない。とは言え、幾度も足を運べない地であればこそ、確実に全てを巡っておきたい・・・そんな事を考えながら、二日目早朝から行動を開始して、既にいくつかの灯台を巡った後に、佐渡最北端(地図左上:MapFanより)に立つ、弾埼灯台(はじきさき)(写真右上)を目指した。

Hajikisakichizu5 少し前に入埼灯台のブログでも書いたことであるが、佐渡の観光地は、観光地らしくない。その一因が道路であろう。高速道路もなく一車線の道が続く佐渡の中を走っていると、高速道→主要幹線道→観光地への道、と言った変化はなく、街中でも海岸沿いでも、田畑の中でも同じ様な感じで車を進めるのだ。しかしそれ以上に、興味ある人は立ち寄るが、そうでない人はただ通り過ぎると言った、観光地として身構えていないことが私をそう思わせているのかも知れない。Hajikisaki6

弾埼へは、佐渡の北西側から海岸に沿って向かった。弾埼の少し手前に『大野亀島』と『二 つ亀島』がある。周辺は自然に囲まれ、更に訪ねた時期には、ススキが揺れる草原から眺めることができた(写真右中:中央の緑にの部分)。ここも観光地化されていないが、パーキングは作られており、多くの観光客が散策していた。

弾埼への入り口も突然出現する。しかも道は狭くなる。灯台より少し奥が公園として整備されているが、なぜかほとんどの人は灯台に車を向けてくる。パーキングはないが、路肩に十Hajikisaki3分駐車できる。私が訪ねたときは車が2台、バイクが2台止まっていた。

灯台は塀で囲まれ、近くからでは景観も楽しめない。結局訪ねた人は、そのまま公園の方に足を運び、そこからの景色を楽しむことになる。とは言え、灯台の近くから海を背景に写真を撮りたい自分は、塀の上によじ登り、微妙にバランスを取って写真を撮った(写真右上)。

公園側から見るとススキが揺れる向こうに、海と一緒に灯台の姿が臨めて気持ちがHajikisaki1良い。もっとモノクロ調でコントラストが効いた写真もおもしろいかな?などと、写真家気取りで考えつ つ何枚か写真を撮った(写真右下)。

弾埼は、佐渡の最北端(写真左下)である。その案内を見て、佐渡に渡って初めて、『本当に遠くまで来たんだな~』と心から感じていた。

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2009年10月11日 (日)

大須埼灯台(宮城県)

Botantoudai 今回紹介する大須埼灯台(写真右上)には、いくつもの思い出ができた。その一つOosusaki5 が、ネット上での灯台巡りの知り合いが、ほんの数日前にここを訪ねていたと言う事実を後から知ったことである。かなり昔に、三重県の安乗埼灯台を訪ねたときに、その時はまだ知らなかった近くに住む灯台巡りの先輩と出会っていたという経験があるが、実際にそれ以降、灯台で巡っている人と出会ったことは一度もない。その意味では、時をほぼ同じくして一つの灯台を味わったのだと思うと少し感慨深い。また、私は高知県の須Oosusaki2崎市とは縁があるのだが、そのため灯台名を、須埼に大が付いた地名として大須埼と理解していたのだが、考えてみれば○○埼と同じく埼が付いた名であり、雄勝町大須であることを、訪ねてから気がついたと言うことも思い出を深くする一因である。そして何より思い出深いのは、私が灯台にいる時、掃除に訪れたご婦人が灯台の説明をはじめ、いろいろと親切に教えて下さったことだ。数日前に訪ねた知人もブログで同様Oosusaki3のことを書かれており、地元の人に愛されている灯台であるという思いが確信となり、思い出を更に深くした(写真右中:手入れの行き届いた灯台周辺)。

大須埼灯台は、仙台の北東にあり、石巻市の金華山で有名な牡鹿半島の北に位置する(地図左中:MapFanより)。今回私は北から巡ってきて、金華山や牡鹿半島を訪ねることは出来なかったのであるが、ここ大須埼からの景観を、地元の人によって手入れされている灯台の背景として眺めることができた。しかも予報では曇りだったのが、青空にも恵まれてOosusakichizu1十分にその景色を堪能した。

港の広場に車を止めて、そこから埼の上に立つ灯台を目指したのであるが、途中で女性に道を尋ねると、立ち止まって細かく親切に教えていただけた。埼に入る場所には案内板もあった。少し進み灯台の姿が見え、後方の視界が広がると、その景色も勿論であるが、灯台周辺の手入れが行き届いた状況に驚かされた。観光地化されOosusaki4ていない灯台でも、多少整備されていることはあるが、ここまで綺麗な灯台はそうはない。早速いろんな角度から灯台の写真を撮った。灯台の前方に回り込 んで写真を撮って(写真右下)灯台の敷地に戻ると、一人の女性がやって来た。すぐに声を掛けていただき、その後いろいろと灯台についてや、景観を見ながら地理や気象状況などの説明をしていただいた。港の周辺を囲ってある防波堤について(写Oosusaki6_2 真左下)の話が最も印象に残っている。灯台も地元の人たちで管理整備されているとの話であった。

半時間以上そのご婦人と立ち話を楽しんでから、十分にお礼を述べて、思い出深くなった大須埼灯台を後にすることにした。

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2009年10月 3日 (土)

佐渡長手岬灯台(新潟県)

Botantoudai 2009年9月に訪ねた佐渡では、今回紹介する長手岬で2泊した。最近、出かけるまでの下調べが少なSadonagatemisaki7 い自分であるが、それでも、長手岬のある七浦海岸での夕焼けが有名であることを知り、この地を宿に選んだのである。佐渡に渡った初日は天気も良く、見事な夕焼けを期待して宿に入ったのであるが、残念ながら水平線には雲があり、水平線に消えていく夕日は撮ることがかなわなかった。それでも夕焼けを背景に佐渡長手岬灯台(写真右上)のシルエットをカメラに納めることが出来た。

Sadonagatemisakichizu1 小木港にフェリーが着いてから、南東の海岸を走り、いくつかの灯台を巡った後、両津港から350号線に入って西側に出て、台ヶ鼻灯台に立ち寄ってから、長手岬に立つ宿に午後4時過ぎに入った(地図左上:MapFanより)。フロントの人が、こちらが尋ねる前に『本日の日没は5時44分です』と教えてくれた。荷物を置いてから早速海岸に出ると、夕日を目当てに何人かの人が集まりかけていた。中でも私が気になったのは、単独のバイカーが多いことだった。希ではあるが近隣の灯台をバイクで訪Sadonagatemisaki2_2 ねることがある自分としては、共感するものがあり、つい一人のバイカーと語った。東京圏から一人で佐渡にツーリングに来たらしい。この地の夕日はしっかり予定に入れていたそうである。

Sadonagatemisaki3 ちょうど西の空が茜色に変わりつつある所だった(写真右二番目)。灯台周辺まで行くことも出来るが、遠目に望遠レンズで狙うことを決め、ススキが揺れる海岸に三脚を組んで、徐々に傾いていく夕日を追いかけることにした(写真左中)。すると私と同年代くらいの男性が、同じ様に三脚を持って近づいてきて、『一緒に良いですか?』と話しかけてきた。ススキを入れて夕日を狙うならこの場所が最適と言う考えは同じなのだろう。日の傾く合間に会話を交わすことも出来た。この方は、宮城県から来られたそうであるが、先ほどのバイカー、そして私と同じ様に、Sadonagatemisaki4 ガイドブックでここの夕焼けの写真を見て、この時間に訪ねることを決めていたそうである。

いよいよ夕日が水平線に近づくと、シャッター音が響いた(写真右三番目)。しかし、傾くに従って水平線上にだけかかっている雲が夕日の姿を消し始めた。思わずため息が洩れ、シャッター音が減り始めたちょうどそのタイミングで、灯台に光が点ったのである。夕日から少しアングルを外して、灯台の姿Sadonagatemisaki5 をしばらく撮影した(写真左下)。すぐにあたりは暗くなり、引き上げることにした。

『水平線の雲だけ残念でしたね』と同じ気持ちを男性から語られて、深くうなづいたのだが、写真の出来はどうであれ、ファインダーの中から見続けた、夕焼けとシルエットでの灯台の点灯は十分に私を満足させていた。

翌朝、西の空には雲が増えている中、夜明け前の灯台へ近づいてみた。遠くから見ていSadonagatemisaki6 たよりも灯台周辺の岩場は広くて、平らで足元も歩きやすい(写真右下)。まだ灯台は点灯していた。当たり前のことであるが、東の空が明るくなってきている。灯台より海側に行き、明るくなってきた東の景色と共に、昨日撮影した場所を眺めていると、ちょうど灯台の光が消えた。昨日の夕日を思い出すと共に、今日も一日が始まるんだと実感している自分だった。

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