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2009年11月

2009年11月30日 (月)

佐渡関岬灯台

Botantoudai 何にでもそう言ったことがあると思うが、予想以上の出来事があると、素直に感動Sadosekimisaki4 してしまう。今回紹介する関岬灯台への訪問では、そう言った感動を味わった。素直に認めるが、訪ねるまで下調べはしておらず、灯台の情報どころか、外観や地形も調べてなく、全く無知の状態で訪ねたのである。それ故に、ただ立ち寄る程度のつもりで訪ねだが、その景観に素直に感動してしまった。今回は、しばらく続いている佐渡の灯台巡りの中から、そんな感動を味わった関岬灯台(写真右上)を紹介する。

関岬は佐渡の北東、以前紹介した佐渡最北端の弾埼灯台の少し南西に位置 Sadosekimisakichizu6 (地図左上:MapFanより)する。最北端の弾埼灯台に向かって進む中、関岬にも立ち寄った。冒頭にも書いたが、全く前知識なく訪ねた自分は、灯台や景観にあまり期待していなかった。総合キャンプ場として整備された関岬へは、比較的急な坂道であるが舗装道が続いていた。正面に灯台の姿が見えたが、まだ登り坂が続き、灯台を廻るように登ると、そこには広大なキャンプ地が広がり、海側の丘の上に関岬灯台が立っていた(写真右中)。Sadosekimisaki2

最初、キャンプ地の一角に車を止めて灯台に向かって歩き始めたのであるが、一本の地道が灯台向かって通じていることを知り、車に戻って、車でその細い地道を登ることにした。道は、ちょうど車幅ギリギリで、何度か木の枝が邪魔をする。が引き返せる場所もなく、ゆっくりと進むと、灯台の正面まで登ることが出来た。景観Sadosekimisaki1 を味わう前に、灯台前の敷地を利用して切り返し、まずは下り向きに車を向けて(写真左中)からゆっくりと外に出た。

『オー』と久しぶりに感嘆の声が出てしまった。灯台の向こう側には、弾埼につSadosekimisaki3ながる埼が続き、青空とうろこ雲が背景を演出してくれている(写真右上)。目を移して西側を見ると、尖閣湾に続く海岸線が美しく輝いていた(写真右下)。全く前知識なく訪ねた関岬。 そして誰一人といない(ひょっとして使用を止めているのか?)キャンプ地。だからこそ堂々と人目を気にせず車で登ってきた灯台の立つ埼。その全てが重なり、予期せぬ見事な景観にしばらく酔Sadosekimisaki5 いしれた(写真左下)。

私の中では、弾埼で味わった感動の序章とも言うべき関岬灯台の感動。忘れられない景観である。

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2009年11月22日 (日)

佐渡の灯台巡り(行程)

Botanomake ここ数回佐渡の灯台を紹介しているが、もう少し続きそうである。9月の連休を利用して渡った佐渡であり、既に2ヶ月以上経ったのであるが、私にはまだまだ記憶に新しい。今回は中休みを兼ねて、佐渡の灯台巡りを総括してまとめてみることにした。

Waysado11 休日にマイカーで佐渡の灯台を巡ることを考えた私にとって、直江津からフェリーを利用する事は最初から決まっていた。私の住む三重県から北に向かい福井県から海岸線沿いに走る北陸自動車道を利用して上越市に入るか、北東に向かい愛知県から中央自動車道、長野自動車道、そして上越自動車道と北上して上越市に入るルートのどちらを選ぶ(地図左上)かを最後まで悩んだのだが、連休初日は昼過ぎまで仕事があり、夕方以降渋滞は解消されていると知Waysado1 り、少しでも距離が短い愛知県経由を選んだ。新潟県に入り、黒姫山近くのパーキングに立ち寄ると、Tシャツ姿と言う軽装の私には肌寒く、北陸を意識させられた。直江津の宿に着いたのが午後8時頃。コンビニ弁当で済ませて床についた。

Waysado3 翌朝直江津港には8時頃に着いたのだが、既に多くの利用客が車を並べていた。受付を済ませ、しばらく周辺を散策した後、車内で待つこと30分。ようやく乗船が始まったのだが二階の最後尾、つまり下船時の最後となってしまった。(写真右上)直江津港を9時半に出航後しばらくデッキで景色を楽しんでいたが、海鳥が餌を求めて付いてくる。乗客の投げる餌を空中で器用にキャッチする光景を楽しんだ。

およそ2時間ほどで佐渡に近づいた。デッキから佐渡を見ると、フェリー頭上から佐渡にWaysado0 かけて黒い雲がつながっていて、天気が良いのかどうか少し不安に感じた(写真左二番目)。小木港に着くと予想した通り下船は、ほぼ最後であった。既にほとんどの車は目的地へと散っていて、私の後方を走る車は少ない上に、分岐の交差点で、小木港から海岸に沿って東に向かうルートへ左折したのは私だけだった(地図右二番目)。

Waysado4 最初に訪ねたのが鴻ノ瀬鼻灯台である。昼食を摂らずに巡っていた自分は、次に訪ねた城ヶ鼻灯台(写真左三番目)では、灯台を遠景から楽しむだけになってしまった。しかし、その後もコンビニどころか、食べ物を売っている様な店もなく、空腹のままで、日本最古の鉄製灯台として世界灯台100選にも選ばれ、楽しみにしWaysado5 ていた姫埼灯台(写真右三番目)に着いた。フェリーで心配していた天気は、見事な快晴で、空腹を忘れてゆっくりと味わった。その後両津港まで出ると、町並みも賑やかになり、西に向かう佐渡の中心街で、おやつ代わりに昼食を摂った。そのまま西の海岸に出て台ヶ鼻灯台を訪ねた。畑仕事をしている老婆に灯台を尋ねると、わざわざ一緒に付いて来て案内していただいた。

Waysado8 初日最後は、宿泊地としている長手岬灯台を訪ねた。夕焼けを楽しみに日没1時間半前に宿に着き、ゆっくりと夕焼けを楽しんだ。翌日は長手岬から海岸に沿って北東に進み、映画『君の名は』で有名な尖閣湾の佐渡大埼灯台入埼灯台などを訪ねた。ちょうど佐渡は稲の刈り入れ時期で、黄金色に輝く稲田がきれいだった(写真左四番目)。その後、誰一人いない広大なキャンプ地の埼に立ち、細い道を灯台のすぐ近くまで車を乗り入れて訪ねた関岬灯台(写真右四番目:関Waysado7 岬から西を見た風景)などを巡って、最北端の弾埼灯台を訪ねた。その後、南下して昨日と同じく両津港を経由して西側に出てから、小木港近くを通り、佐渡最西端、草原に立つ灯台としても有名な沢埼灯台(写真左五番目)を巡り、目的としていた灯台巡りを終えた。

Waysado9 時間が余ったので、その後佐渡スカイラインを走り、佐渡で最も高い妙見山に登り、佐渡全体を眺め、施設には入らなかったが金山跡などを見て宿に戻った。最終日は、ゆっくり休み、10時前に宿を出て、フェリーを待った(写真右五番目)。12時半出航で直江津に着いたのは午後3時。その後はただ帰路を進むだけであった。予想通り高速の渋滞情報Waysado10はどこも凄く、日本海沿いに西に向かう北陸自動車道経由を選んだ。結果的に選択は間 違っていなかったのであるが、それでも自宅に着いたのは、もうすぐ日付けが変わるという時間であった。

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2009年11月 7日 (土)

寺浜灯台(宮城県)

Botantoudai 灯台が立つ場所は様々である。原子力発電所の敷地内、自衛隊管理敷地内、民Terahama2 間の施設内、個人が所有する島などなど・・・。今回紹介する宮城県の寺浜灯台(写真右上)は、キャンプ場の敷地内に立っている。と言っても初灯が昭和26年であり、おそらくは後から、その場所がキャンプ場として整備されたのであろうが・・・。

2009年の夏に一日限りであるが、宮城県の灯台を巡ることができた。金華山周辺の灯台はあきらめて、気仙沼方面から海岸線に沿っていくつかの灯台を訪ねた(地図左上:MapFanより)のであるが、ここ寺浜灯台もその一つであTerahamachizu6 る。地図で確認したときから、キャンプ場に近接していることはわかっていたが、これほど整ったキャンプ場だと思わずに訪れた自分は、どこから進んで良いのかわからなかった。車を止めた駐車場の正面に急な斜面の丘があり、灯台の姿は見えないが、その海側に灯台があることは地図から理解できた。キャンプ場の出入り口は、そこからかなり南側にある。幸いにも急斜面の丘をよじ登る元気が残っておらず、遠回りになってもキャンプ場の出入り口から進んで結果的には正解であった。Terahama3

キャンプ場の入り口には、大きな管理施設の建物が建ち、そしてその奥には何区画にも分けられたキャンプ場が続いていた。灯台のおよその位置は理解できるため、迷わずその方向に向かって歩き始めたが、大きな敷地内の地図があり、灯台の確認もすぐに取れた。家族が楽しそうに、夕食の準備を始めている共同の炊事場の前を通り抜け、一度坂を下り、再び登った丘の上に灯台は立っていた(写Terahama5 真右二番目)。キャンプではなく、ただ灯台を目指す私には少々遠く感じられた。キャンプ中の人は少なく、幸い灯台の周辺にはテントや人の姿はない。少し下った所には、ベンチや釜戸の設備もあった(写真左中)が、ここを利用している人もいなかった。

灯台の立つ場所からは、正面に海が見渡せる(写真右三番目)。冒頭にも書いたが、おそらく灯台が立ったときは、この周辺は草木が覆う普通の埼であったに違いない。と書いたが、現在の環境、すなわちキャンプ場の中に立っている姿を否定するTerahama1 つもりは全くない。むしろキャンプというイベントに訪れた人たちのテントが並ぶ中で点灯している灯台の姿を想像すると、嬉しくも感じる。物を利用して光を灯すと言う行為は、人間だけの物であるからなのだろうか。

少し下って海の近くまで行くと、海までかなりの落差がある(写真左下)。キャンプ中の人が、寝返りをうって海に落ちることはないだろうが、海岸でのキャンプTerahama6 と言うより、山のキャンプに近い感じに違いない。ふと振り返るとユリの花が咲いていた(写真右下)。そう言えば昨年福島県の塩屋埼灯台を訪ねたときに、残念な気持ちの中で同じユリの花を見た事を思い出した。今回は十分満足して同じ花を見ることが出来た。Terahama4

帰りにキャンプ場内を通り抜けるとき、来るときに通った炊事場の近くで、小学生くらいの 男の子と父親が仲良く炊事に励んでいた。10年前には、私も同じ様に長男とキャンプに来て、一緒に炊事をしたことが昨日のことのように思い出された。明日は、大学生となった長男と郡山で合流して家族旅行である。父子を温かい思いで見つめながら、寺浜灯台が立つキャンプ場を後にした。

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2009年11月 2日 (月)

佐渡大埼灯台(新潟県)

Botantoudai 今回紹介する灯台も、2009年の9月に訪ねた佐渡からである。佐渡の代表的なSadooosaki2 灯台をひとつ挙げるとすれば、まだこのブログでは紹介していないが、姫埼灯台であろう。しかし今回紹介する大埼灯台(写真右上)は、佐渡の観光地を代表する尖閣湾に立ち、その存在を知る人も多いはずである。またこの地は、映画『君の名は』の舞台でもあり、御年配の方には懐かしい場所であり、そこに立つ灯台と言うことで親しんでいただけるかも知れない。

尖閣・・・と言う言葉を聞くと、東海地方でただ漫然と暮らしている私には、台湾に近い場所を想像してしまう。その名が付く、ここ尖閣湾は佐渡の北西に位置する(地図左上:Sadooosakichizu6MapFanより)。訪ねることとなり、その地理をようやく把握した。この一帯は尖閣国定公園に指定された景勝地である。と、そこまでは下調べでわかっていたのであるが、車を走らせ、この地に着くと、広い駐車場に驚かされた。まるで整った観光地の様であったからだ。実は、灯台がこの観光施設の敷地内に立っていることを知らなかったのである。つまり施設に入るための入場料が必要なのである。その料金を不満に思ったわけではないが、灯台を訪ねるのにも入場料が必要かを一応尋ねてみた。『尖閣湾の岩場から眺めた灯台の姿も良いですよ~』と言う、見事なSadooosaki5_2 一言に納得して入場料を支払って施設内に入った。

まだ観光客はまばらで、人の姿を意識せずにカメラを向けることが出来た。数は少ないが、おみやげ屋さんが点在する敷地内は、観光地色がある。ちょうど灯台の姿が見える場所の左手に尖閣湾の案内と映画『君の名は』の石碑が立っていた(写真右中)。しかし、それ以上にその向こう側に広がる景観に目が奪わSadooosaki1 れた(写真左中)。ちょうど観光船が入ってくるその入り江の水のきれいさ、そして景観の雄大さである。

ちょうど灯台の横から、尖閣湾の先端に向かって橋が架けられている。先端の場所には、みやげ物屋が入った休憩所件展望所がある。ちょうど私が景観を楽しんでいると、珍しくバスガイドに引率された一団がやって来た。ガイドが岩場に響く声で、尖閣湾の説明を『君の名は』の話題も交えて話し始めた。私は、カメラを構えたフリをしながらしっかりと説明に耳を傾けさせてもらった。Sadooosaki3

確かに、こちら側から見ると、灯台の立つ立地がよくわかる(写真右下)。今でこそ橋でつながられているが、その昔はこういった岩山が船舶の航行にどれだけ障害であったかが理解できる。イカ釣り船などの為にこの灯台が立てられたのが昭和39年である。ふと気になって、すでに撮影してあった『君の名は』の石碑をモニターで見てみた。1962年とある。映画について確認したわけではないが、灯台はその後で立てられたのだ。

Sadooosaki4 灯台の近くまで戻ると、私のお気に入りの、海を背景にした写真が何枚か撮れた(写真左下)。反対側の後方からも撮りたかったが、灯台の陸側には水族館があり、その向こう側は進入禁止だった。観光地らしいと思いつつも、観光地に立つ灯台が苦手な自分にも、何故だか親しめる灯台として、映画の名と共に記憶に残るに違いないと感じながら、出口を通って、施設から外に出た。

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