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2010年1月

2010年1月25日 (月)

佐渡城ヶ鼻灯台(新潟県)

Botantoudai既に佐渡を訪れてから4ヶ月が経つ。長手岬灯台弾埼灯台のブログをまとめSadoshirogahana2 ていた頃は、思い出に浸りながらまとめていたのだが、さすがに今は自分の中でも少し色あせ始め、今頃ブログにまとめるのも少し気が引ける。しかし灯台を紹介しているブログとして外すわけにはいかない。今回は、残り少なくなった未紹介の灯台の中から、ある意味悔いが残る訪問となった佐渡城ヶ鼻灯台(写真右上)を紹介する。

シルバーウイークと称された2009年限定とも言える連休を利用して佐渡に渡った。城ヶ鼻灯台は、フェリーが着いた小木港から北東に海岸線に沿って姫埼を目指す途中にある(地図左上:Mapfanより)。既に鴻ノ瀬鼻灯台のブログ記事で紹介したように、昼に小木港Sadoshirogahanachizu5 に着いてから昼食をとれないまま灯台巡りを続け、その途中に城ヶ鼻灯台に立ち寄ったため、空腹の絶頂でもあった。

トンネルに入る手前から灯台の姿は確認できた。ちょうど手前陸側に公園が整備され、そこに車を止め、用を足してから灯台の姿を眺めてみた。夏空と言える様な青空を背景に、埼に立つ灯台は、もっともよく目にする点滅タイプのものである。トンネルの上から海に突き出た埼は、ありふれた景色ではあるが、その先端部に灯台があると言うだけで、私には特別な景色に思えてくる(写真右中)。何枚か写真を撮った後、車に戻っSadoshirogahana1て地図(地図左中;国土地理院より)を見てみた。国土地理院の地図上、徒歩で進める箇所 は点線で道が描かれていることが多いのだが、灯台に続く道は描かれていなかった。

さあー、それから数分間葛藤した。いつもであれば、道など描かれてなくてもこれだけ近い距離であれば、木々の間をすり抜けてでも灯台まで行くはずである。ところが、Sadoshirogahanachizu4 とにかくお腹が空いていた。付け加えるなら、朝食は軽く午前6時に摂っており、その後全く何も口にしていないのだ。・・・・そう結局、空腹に負けて私は、灯台巡りの旅であるにも関わらず、灯台まで行くことを放棄してしまった。

もう一度、望遠レンズで灯台を狙ったのであるが、空腹のため三脚を組むことすら煩わしく感じ、手持ちで撮影した。今となっては空腹に負けて埼に踏み込まなかったことなど後悔ばかりであるが、言い訳として付け加えておきたいが、このときはそうした自分を責める気すらなかった。Sadoshirogahana3

ただ眺めただけの、藍色した海と青空と言う背景に立つ城ヶ鼻灯台。私の中では、違った意味で思い出深い灯台である(写真右下)。

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2010年1月14日 (木)

コスギ鼻灯台(三重県)

Botantoudai 久しぶりに、今回は地元三重県の灯台を紹介する。三重県をご存じでない方に三Kosugihana4 重県を説明するとき、伊勢神宮、鈴鹿サーキットと言う名を挙げ、伊勢湾に面した紀伊半島の東側全体に縦長の県だと説明する。その通りであり、縦(正確には南北であるが)に長いが故に、北と南ではかなり離れている。今回紹介するコスギ鼻灯台(写真右上)は尾鷲市の南側で、熊野市に近い場所に立つ。既に紹介した三木埼灯台久木港沓埼灯台より南側である、が、その雰囲気はよく似ていて、このときも埼の山歩きを楽しませてもらった。

Kosugihanachizu6 国土地理院の地図では(地図左上)、灯台のすぐ近くまで、車で行けそうな道がついている。しかし、実際訪ねてみると、海側の旧道は閉鎖されていて(写真右中)、通行に関して責任はとらないと言う看板まで立ててある。とは言え進まなければたどり着けない。仕方なく、閉鎖された門を飛び越えて進むことにしKosugihana1た。かつては利用されていた舗装された道路であろうが、今は、路肩が崩れていたり、枯れ枝が散乱していたりして、廃墟と言った言葉を連想する。更に鏡の入っていないカーブミラー は、どこか不気味に感じる。鳥が飛び立つ音に驚きながらも、15分ほど進んで埼の先端部分に着いた。

Kosugihana2と言っても灯台の姿が見えるわけではない。下方に見える海への斜面のどこかに立っているはずである。踏み込めそうな箇所(写真左中)から下り始めると、急な箇所にロープが渡してある。灯台を訪ねる方が施してくれたのであろう。その箇所を 下るとすぐに下方に灯台の姿が確認できた(写真右下)。そのまま下って灯台Kosugihana3にたどり着いたが、木々に囲まれ斜面に立つ灯台である。なかなか全景を収める撮影ポイントや、海を背景にしたお気に入りの写真は狙いにくい。斜面を滑りそうになりながら登ったり下ったりして過ごす間に時間が経っていた気がする。

Kosugihana5ちょうど灯台の先端部分と同じ高さから海を背景に望める場所があった(写真左下)。以前は、灯台を探すとき、電線をたどっていけばたいていは着けたのであ るが、最近は太陽光発電が増えて、LED灯の灯台などでは、そうは行かない。ここコスギ鼻灯台も同じで、道路沿いに電柱はあったが電線は通ってなかった。

そのちょうどソーラー部分とLED燈を正面に見ながら、後方の三木埼方面の海を背景にしばらく灯台を眺めた。海から急に山深くなるこの周辺。山は熊野古道として奈良県方面までいくつかの険しい道がつながっている。海面の平坦な部分と、入り組んだ埼、そして山深く連なる斜面を見ながら、ガラにもなく自然と共存する人の力を感じていた。

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2010年1月 5日 (火)

台ヶ鼻灯台(新潟県佐渡)

Botantoudai年が明けて最初の記事は、昨年から続いている佐渡の灯台である。私が佐渡滞在Daigahana2 中に宿泊していた長手岬から、少し南に立つ台ヶ鼻灯台(写真右上)を紹介する。訪ねたのは初日で、既に紹介した姫埼灯台を訪ねた後、両津港周辺を見学してから佐渡の中心部を通り抜けて西側に出て(地図左上:Mapfanより)、ここ台ヶ鼻灯台に立ち寄った。姫埼灯台までは空腹状態であったが、佐渡の中心部を通り抜けるときに、かなり遅い昼食も摂れ、コンビニも見つけてスナックなDaigahanachizu6 ど入手したため、少しゆとりを持って訪ねられた気がする。

佐渡は、大小二個の豆を右に傾けて、互いに少しずらしたような形をしており、北側が少し大きい。中心部はこの接点の部分に広がる平地である。両津港から西に向かう350号線周辺が中心部と言えると思う。台ヶ鼻灯台は、350号線から相川に向かう45号線に入り、もう少し西に進んだところにある。ちょうど稲刈りの頃で、刈り取り前の黄金色の稲田、そして刈り取られた後の土色とのコントラストに目を奪われながら走った。Daigahana1

台ヶ鼻に続く道は、わかりにくかった。45号線の路肩に止めて、疑わしそうな細い道を徒歩で進むと、小さな畑に突き当たった。こちらに背を向け、一生懸命畑仕事をする老婆の姿があり、道を尋ねるべく声をかけた。

『すいません』・・・ 返事がない。『すいませーん』・・・ 返事がない。『すいませーん

ようやく振り向いてくれた老婆は、ニコニコしながらこちらに足を運んでくれた。台ヶ鼻灯台への行き方を尋ねると、親切に教えてくれただけじゃなく、しばらく曲がった腰で、私を先導するように移動してくれた。『クモの巣が多いから、気をつけて』とも言われたが、確かにクモの巣Daigahana3 はすごかった(写真右中)。道に覆った草木の全てにクモの巣が張っている。長い枝を振り回してクモの巣を絡めながら進んだ。

灯台の周辺は一応整備されている様であるが、人が訪ねた痕跡は少ない。敷地の周囲には塀があるが、それ以上にその外側の草木が邪魔をしている。塀に登ればかろうじて海は見えたが(写真左中)、海を背景にお気に入り写真を撮ることはできなかった。灯Daigahana5 台は、訪ねるまで知らなかったが照射灯も併設(写真右下)されている。照射灯があると、その方向に目を凝らして、どんな岩や場所を照らしているのか、見たくなるのであるが、それは出来そうになかった。

Daigahana4 クモの巣に囲まれた奥にあり、失礼ながら名前から想像した灯台より立派である。しかし考えてみれば、真野湾に続く海域を、南の沢崎灯台とで照らしているのであり、当然のことかも知れない。老婆に案内されてたどり着いた灯台は、夕焼けが始まる前の西日を浴びて少しだけ朱色に輝いていた(写真左下)。

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