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2010年3月

2010年3月17日 (水)

二木島灯台(三重県)

Botantoudai前回紹介した『二木島灯台への道』に引き続き、今回は二木島灯台(写真右上)を紹介させていただく。前回書いたように、二木島灯台への思い入れは強いが、それは灯台Nigishima16自体ではなく、二木島という土地に対してかもしれない。幼い頃、私の祖父母は同じ町に暮らしており、年末やお盆に友達が離れた地で暮らす祖父母の元へ里帰りするのがうらやましかった。私にとって二木島は、それに代わる場所だったのかもしれない。

Nigishima9三重県の灯台はそのほとんどが、埼や岬の木々に囲まれて立っている。それ故になだらかな海岸線に立つ灯台や広い岩場に立つ灯台に対して憧れに近い興味を抱いていた。既に紹介した神奈川県の安房埼灯台や千葉県の白浜港灯台、或いは青森県の平館灯台の記事にも同様の事を書いたが、ここ二木島灯台は、そう言った概念から一つ外れた立地条件である。山歩きをしなければたどり着けないと言う意味では、リアス式海岸が多い三重県内には珍しくない。しかしたどり着いた灯台の周囲が開けていると言う所は少なく、更に視界が広がった岩場に立つという意味では数少ない灯台であり、私がお気に入りと感じるのも納得できる。Nigishima20

前回のブログでまとめたように、灯台から海に向かって左手は、組み合わさった岩が平らに広がる千畳敷と称される岩原(写真左上)である。ちょうど、灯台の手前の山道に案内があり(写真右二番目)、ここを真っ直ぐに進むと千畳敷の上方を横切って、楯ヶ埼の手前にある展望台に通じている。勿論千畳敷を歩けば灯台とNigishima7つながっており、事実私は灯台を先に味わった後、その広い岩場を無邪気(この歳で用いるには抵抗があるが・・・)に走り回って写真を撮りながら楯ヶ埼の展望台(写真左中)に向かった。Nigishima6

楯ヶ埼から千畳敷を挟んで灯台を眺めても(写真右三番目)、幼いときにここを訪ねた記憶は蘇ってこない。前回ブログの最後に書いた、『恐怖』という記憶から何かを思い出せそうな気がしたのであるが、結局何も思い出せなかった。二木島灯台の初灯は昭和28年(写真左下)であり、私が幼かった頃、既にこの海域を照らしていたわけであるが、恐怖を感じる楯ヶ埼に夜間来られるはずもなく、夜に船に乗せてもらうはずもない。また立地的にも二木島の町からはその光りは見ることは出来ない。とすれば、楯ヶ埼や千畳敷、そしてNigishima13二木島灯台ではなく、冒頭に書いたごとく二木島という名前その物が、私にノスタルジックな思いを抱かせていた理由なのかもしれない。そうであれば今回の灯台訪問で、それらがリンクされたに違いなく、更に二木島灯台への思い入れは強くなりそうである。

帰りの山道を楽しんで車に戻った後、二木島の町中(写真右下)まで足を延ばしNigishima15た。邪道かも知れないが、記憶にある幾つかの物や景色を見て、消えそうな記憶を少しだけ上書きしてから帰路につくことにした。

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2010年3月 4日 (木)

二木島灯台への道(三重県)

Botanway 三重県熊野市に立つ二木島灯台(写真右上)には、私個人、かなり強い思い入れがある。親族が、ここ二木島に住んでいたことから、幼少時から幾度かこの地を訪ねていNigishima3たからであり、ここの風景に思い出が重なるからだ。勿論、当時は灯台を意識していたわけではない。ただ夏休みの数日を、海水浴に明け暮れながら、この何もない港町で過ごしていただけである。しかしそんな夏休みのある日、叔父が小型の船に乗せてくれて、湾内を巡った後熊野灘に出て、今回紹介する二木島灯台が立つ楯ヶ埼を海上から見せてくれた。正直なところ、その時の記憶は揺れる船に大騒ぎしていたことばかりであり、灯台や楯ヶ埼の岩が連なる千畳敷Nigishimachizu19の景観はほとんど覚えていない。しかし間違いなく幼い頃から、この二木島で幾度か夏を過ごし、この目でこの景色を見ていたはずである。

そんな記憶をたどりながら訪ねた二木島灯台を紹介するのであるが、思い入れが強く、長くなりそうであり、今回はまずは灯台への道を案内して、次回灯台そのもののNigishima1記事を書く事にする。

 二木島は、以前紹介した三木埼灯台コスギ鼻灯台より南にあり、熊野市Nigishimachizu18_2に立つ。俗に熊野街道と言われる42号線は、このあたりの海岸線から離れた場所で南北に延びているが、海岸線を走る311号線も比較的整備された道で、一部細い箇所もあるが、ドライブには気持ちがよい(地図左上:Mapfanより)。ちなみに二木島に海水浴場はなく、子供の頃は二木島に滞在しつつも、ひと山越えた南の新鹿まで当時の国鉄紀勢本線を利用して泳ぎに行っていた。Nigishima2_2

311号線で二木島湾が見渡せる(写真右二番目と地図左二番目を参照)展望所が、ちょうど楯ヶ埼への入り口であり、急な下り坂から始まる歩道があNigishima4_2る。この展望所から楯ヶ埼は向こう側になるため見ることはできない。展望所から一度下って、楯ヶ埼全体の山を右側から回り込むように徒歩で進むのである。しかし、展望所に入らず、そのまま車で進むと左折して、展望所の下にある港につながる。ここに車を止めれば、少し近くから歩道に合流することができる。但し、歩道も見えず案内もないので注意が必要だ。歩道は整備されているが荒れてNigishima11いる箇所もある。途中の阿古師神社(写真右三番目)までは上り下りは多いが危険な場所はない。しかし埼に近づくと岩が滑落し道に落ちていたり(写真左三番目)、道の一部が崩れていたり(写真右四番目)と言う場所もある。とは言え山道ではなく、整備された道であり、通行に問題はない。釣り人も多くこの道を使っており、更に楯ヶ埼を観光したい人は通らざるを得ない道である。

Nigishima14遅い人なら40分、早い人なら20分ほどで楯ヶ埼に着く(写真左四番目)。灯台は楯ヶ埼の手前に立っていて、その後方には海や千畳敷と呼ばれる岩原が広がっている。大きな立方体状の岩がいくつも重なって突き上がり、その表面は平らになって、まさに千畳敷である(写真右五番目)。同じような岩で出Nigishima12来た北海道の日浦岬灯台をすぐに思い出したが、そちらは荒くて、平らな部分はなかった。

岩原の表面は、大きなブロックが組み合わされたように岩が重なっている(写真左下)が、その表面の高さは整っていて、海側から山側まで自由に移動できる。怖々海側に移動すると、急な段差となって海に続いていNigishima8_2て、降りることが出来る岩場では、釣り人が数名釣りをしていた。『海が荒れていたら、とても無理だろうけど、穏やかでも危険な場所だな~』などと、思った瞬間に、セピア色にもならない薄い記憶が脳裏をかすめた。その昔、この地を見たときに感じた、恐怖の記憶だったのかも知れない。

次回は、本題に戻って灯台の記事をまとめます。

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