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2010年7月 4日 (日)

釣り人と灯台

Botanomake灯台は、当たり前であるが海に面して立っている。岬や埼の上から海を見下ろMitsukou08すように立つ灯台もあるが、標識灯としての役割に近い灯台は、海面近くに立つことも多い。私は、堤防などの人工的な場所に立つ灯台は巡っていないが、仮に堤防に接していたとしても自然の岩礁に立つ灯台であればカメラを向けている。(右上写真は京都三津港島堤灯台)

そんな灯台を巡っていると、最も良く出会うのが釣り人である。灯台巡りの趣味と比較できないほど釣りの方がメジャーであり、灯台を目指す埼の道、海岸沿いに続く道などで釣り人とはよくすれ違う。それだけではなく、浜から灯台を狙う構図や海を背景に灯台を狙う構図の中にも釣り人の姿はよく写り込む。更に海面近くの岩礁などに立てられた灯台の周辺には釣り人がたくさん集まることがあり、灯台の写真を撮っているのか、釣り人を撮っているのかわからない時すらある。釣りを楽しまれている姿は、景観の一部だと考えているが、それでも求める写真によっては、釣り人が写らないように構図を考えながらうろうろすることもある。思い出に残っている釣り人と関係ある灯台巡りをいくつか書き出してみる。

Tagarasu04・もっと印象深いのは田烏港明神鼻灯台である。灯台の立つ小さな埼の周辺は釣り人が所狭しと釣りを楽しんでいて、釣り竿を持たずカメラを持った自分は、まるで異邦人であった。近くの港が有料ではあるが駐車場として解放されているのは、路上駐車を防ぐために違いないと思うくらい釣り人が多かった。 Kamogawa2

鴨川灯台は、夏の平日に訪ねたので釣り人に会うことは少なかったが、島全体がどこでも釣り場として解放されているわけであり、賑わう姿が容易に想像できた。しかし島がゴミだらけなのである。自然の中に立つ灯台を巡る私にとってすごく不快であり、釣り人の中でマナーを守らない人がいることは残念に感じた。 

Kyoudagyokou1・富山県の経田漁港に立つ灯台へは情報のないまま訪ねたのだが、人口の堤防上に立つ灯台だったため、近づくことはしなかった。しかし灯台の周辺には釣り人が集まっていて、以前訪ねた京都府の伊根港に立つ灯台を思い出しつつ、その姿をカメラに収めておいた。Takanosaki3

・青森県の高野埼灯台には、埼の横に渡れる岩礁の小島があり、私が訪ねた夏の日も釣り人がそこに渡っていた。北の国の海なのにエメラルドグリーンの様な島の周辺へは、私も引き寄せられるように渡り、灯台を見上げつつ、そこから見る津軽海峡をも楽しんだ記憶がある。

Sanbonmatuhana1_2・京都府の三本松鼻灯台では、その場所がわからず、たどり着けずにいたのだが、釣り人に尋ねたところ、道のない斜面を下り、海岸線に歩いて行くことを教わり無事灯台にたどり着けた。海岸線を歩かれるからこそ知っていた情報だった。ついでに「お兄さん」と呼ばれて気分が良かった記憶がある。

私には釣りの趣味はまったくない。異論もあるだろうが、釣り糸を垂れて待つという時間の割りに活動が少ない受動的な趣味に思え、私には合わないと思っているからだ。しかし、釣りをされる方々は、早朝から移動して最良の釣り場を求める。更に必要であれば整備されていない埼や岬の山中をも通り抜ける。それは灯台巡りでも必要なことだ。目的こそ大きく異なっていても、大自然の海を介した目的に集う以上、共通するものがあるに違いない。

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