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2010年8月

2010年8月26日 (木)

百貫港灯台(熊本県)

Botantoudai福岡県の門司港を除いて、初めて九州の灯台をこのブログで紹介できる。端的にHyakkankou2言えば、ようやく九州の灯台を巡る機会が持てたのである。と言っても今回は熊本県のみを巡っただけであり、他の灯台同様に、今後九州の灯台も巡り続けて増やしたい。付け加えておくが、もうすぐ熊本も新幹線が開通する。それまでに、と今回熊本を選んで訪ねたのであるが、熊本市内は至る所で新幹線開通に伴う工事が行われており、駅前も工事中であった。きっと次回訪れたときは駅前も大きく変わっていることだろう(写真左上)。

Hyakkankou5さて熊本県の灯台で、最初の記事に百貫港灯台(写真右上)を選んだ理由は単純である。写真が少なく、他の灯台は未だ整理できていない中、最初にフォルダにまとめることが出来たのが、百貫港灯台だからである。百貫港灯台は熊本中心部から西に海岸線に出て501号線を北に向かうと、すぐに目に飛び込んでくる。南から向かうと、一度通り過ぎ、北からなら直進上にHyakkankou3、灯台に続く堤防沿いの道がある。そこに進入して車を止めた。この灯台の前に訪ねた河内灯台が、海から離れて立っていたため、熊本県で初めて海に近づいたのであるが、灯台周辺にはゴミが散乱し、更に堤防近くでゴムが燃えているため異臭が漂っているのである。実は私は、島原湾から天草灘に続く海に対して、藍より青いと言う海のイメージを持っていただけにこの出会いはすごく残念だった。それでも島原湾から天草灘につながっている西の方に目をやると、気のせいかもしれないが、藍色とまでは言わないが青色が少しずつ深くなってHyakkankou4いるような気がして(写真左下)、これから巡る天草諸島に思いをはせて、自分の中のイメージを崩さないようにしていた。しかしこの異臭から受けたイメージは、途中立ち寄った住吉灯台を過ぎる辺りまで残っていたのも事実である。

灯台は下の部分が補強され海岸線沿いに立Hyakkankouchizu1_2つが、堤防上に立っているわけではない。昭和27年に松尾町に立てられ(地図右下)、この地は島原湾の一角として最も熊本市に近く入り込んでいる。灯台を頂点に501号線で囲まれた小さな三角のエリアには神社もあり、狭くても歴史上この地が特別な場所であったことは想像できる。しかしくどいかもしれないが、それ故にゴムのにおいだけは避けたかった気がする。

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2010年8月16日 (月)

越前岬灯台(福井県)

Botantoudai既にご存知の人が多いと思いますが、越前岬灯台は平成20年改築Echizen21_2、と言うより建てかえられており、以前このブログで紹介した灯台とは別の灯台となっている(写真右上)。思い返せば、以前訪ねた時は、私自身が灯台巡りを始めた頃であり、当時の記事を今読み返すと笑ってしまいそうになる。今回再訪ではあるが、新しくなった越前岬灯台を見上げながら、「随分あれから多くの灯台を巡ったものだ」、と少し感慨深くなった。

Echizen23『日本の灯台』の著者長岡日出雄氏が、以前の越前岬灯台をロケット発射台の様な、と評した左右対称の姿ではないが、灯塔の形やイメージは以前とあまり変わらない。ただ建てかえられた場所が写真を撮る者には嬉しくない。海を背景に狙うと電線が邪魔をするからだ(写真左上)。なんとか海を背景に、電線をいれないようにすると、灯台を見上げる角度はかなりきつくなる(写真Echizen25_2右2番目)。灯台の正面の向きも変わっていて、越前岬灯台と書かれた名称板は以前と反対側となり、登ってくると正面に見える位置に変更された(写真左2番目)。電波塔は以前と同じである。以前の灯台は電波塔と並んで立っていたイメージだが、今回は少し離れていて私的には以前より対照的に感じられた(写真右3番目)。

Echizen22そう言えば、私の記憶違いかもしれないが、以前は水仙ランドの料金所を通過しないと車では入れなかった記憶があるのだが、今回も前回同様午後5時前に着いたが、料金所を通過せず灯台にたどり着いた。記憶違いか、季節によるものなEchizen24のだろうか?更に灯台の向こう側に駐車場まで整備されていて少し驚いた。場所的にも灯台を訪ねる人のためのようにも思える。

今回訪ねたのは、2010年8月最初の土曜日。最近忙しく灯台巡りに出かけられていなかったのだが、仕事を終えた午後2時に思い立って車を走らせた。今回は海岸線を走らず、北陸自動車道で鯖江インターまで行き、東の山側から越前町を貫くように灯台を目指した(地図左3番目)。結Echizen27chizu果的には敦賀から海岸線を走るよりはかなり時間が短縮できた。ところが、おかげで早く着きすぎた。イメージ的には夕暮れ時を狙うつもりだったのだが、まだ太陽は水平線からかなり高い位置にある(写真右4番目)。しかもこの日昼食を取らずに出てきたため空腹で、向かう途中から、帰りには新鮮な海の幸を味わおうと決めていたのである。と言うことで、あっさり夕焼けの灯台写真より夕食を選んでしまったのだが、また気軽に訪ねられるという思いがあったことも事実である。そう考えたからかもしれEchizen26ないが、灯台周辺で写真を撮り終えると、丘を登り灯台を見下ろすように海を眺めてみた。夕焼けが綺麗な秋の季節を狙うならもう少し太陽は北側に沈むから・・・などといろんな位置から新しくなった灯台を眺めながら、実は帰りに食べる海の幸を考えていたのも事実である。しっかりと旬のイカとカニを味わってから帰宅したのだった。

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2010年8月 4日 (水)

宇品灯台(広島県)

Botantoudai_2Ujina4灯台は、近くから見上げる時と遠くから目に写る姿では、その表情や雰囲気が異なることがある。平坦な場所や浜辺、あるいは岩礁に立てられた灯台では、そう感じることが少ないことから、周りにある物、中でも樹木の影響が強いのかもしれない。今回は広島に立つ宇品灯台(写真右上)を紹介するが、灯台のすぐ後ろに立つ木の存在感が強く、独特の雰囲気を創り出している中で見上げたが、その後連絡フェリーに乗って海上から見た姿とでは、受ける印象はかなり異なっていた。

Ujina7広島を訪ねたのは久しぶりで、土曜の夕方に市内での用事が済むと、早速「お好み村」に出かけてお好み焼きを楽しみながらビールで喉を潤した(写真左上)。翌朝レンタカーを借りて行動を開始したのであるが、残念ながら前日の梅雨の晴れ間は続かずに曇っていた。宇品灯台が立つ埼は、東にマツダの工場が続き、西は広島港から工場が続く場所であるが、灯台周辺は公園やマリンスポーツ、フットサル場、更には大型ホテルなどもあり、憩いの場の雰囲気がある。埼の東側に車を止めて、切り立った木々に覆われた斜面を見上げながら海岸線の道を歩いたのだが、灯台の姿は見えない。どうやら埼の中心へ向かう道を登るべきだったらしい。と言っても引き返す気になれず進むと、西側に廻った所に登り口があったUjina3_2

木々に囲まれた道を登るとすぐに灯台に着く。が、実際には灯台よりも先に大きな樹木が目に入った。幹の太さもみごとだがその枝の広がり方なども素晴らしい。樹齢もかなりのものだと思う。自らの広がった枝や葉によって作られた神聖な雰囲気さえ漂う薄暗い根元周辺に立つと、灯台の存在を忘れて樹木を見上げてしまった(写真右中)。灯台の真下からでないと枝が邪魔をして全景は見らUjina2れないが、当然投光器の部分は見えない。離れれば枝の間から投光部分も見えるが、明らかに樹木の存在感の方が強い(写真左中)。

構図を悩みながらいろんな角度から写真を撮っていると、一人の男性が現われたのだが、ちょうど灯台に背を向けるようにして樹の幹に近づき、しばらく何かつぶやいてから手を掌わせた。やはりそう言った雰囲気のある樹木だけに違和感なくそのシーンを見ていたのだが、すぐ後に年配の女性がやはり同じように訪れて合掌されていた。きっと戦前からこの地に育つ樹木であり、私が何となく感じる雰囲気だけでなく事実多くの人の、心のよりどころとなっているのであろう。Ujinachizu7

灯台を訪ねたのに、この樹に完全に魅了されている自分を感じながら、灯台を遠景で眺めてみようと思い立った。埼を歩いてもどこからも灯台は見えない。位置的に海上からしか不可能なようである。そこで前回のブログ記事にも書いたが、音戸灯台に立ち寄って、その後能美島の切串港から連絡フェリーに乗って宇品灯台を見ることにした(地図右下)。瀬戸内はさすがに波も静かで、のんびりと広島港に近づいた。右手に宇品灯台の姿が見えてきた。近くではあれだけ存在感が強かった樹木も木々の中に紛れ、そこには毅然と立つ灯台の姿があった(写Ujina6真左下)。

以前、灯台と神社と言うおまけ話のブログ記事を書いた。トイレの神様に代表される日本人にしか理解できない八百万の神として、海上から見る灯台の光りは神なのかもしれない。そしてその後ろで大地に根をはって生き続けるあの大樹もその存在が神となっているに違いない。

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