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2010年9月

2010年9月22日 (水)

下大戸ノ鼻灯台(熊本県)

Botantoudai今回も、2010年夏に巡った熊本の灯台の中から紹介するが、猛暑を気にもせShimooodonohana1ず、天草らしさを感じながら灯台巡りを楽しんでいた私に、マムシの恐怖を思い出させてくれた下大戸ノ鼻灯台を紹介する(写真右上)。

下大戸ノ鼻は、天草諸島の真ん中に位置する上島の北東に位置している(地図左上:Mapfanより)。島々を結ぶ大小さまざまな橋を渡ってこの地に至ったことが、天草の奥に踏み込んできたのだと感じさせたが、それ以上に、百貫港灯Shimooodonohana8chizu周辺の景観に比べて三角灯台を過ぎてからの道路沿いに立つ白亜の洋風な建物や、連なって道路沿いを飾るフェニックスの緑などが天草のイメージを盛り上げてくれていた。Shimooodonohana4

下大戸ノ鼻灯台は、主要道路から分かれて進んだ突き当たりにあり、灯台が見える場所が広場になっていた。私は、人の姿もないため勢いよく車を進めてそこに止めた。車から降りるとすぐ横に看板がある。『日本で二番目、九州で最も高い鉄塔』(写真右二番目)と書かれ、確かにほぼ真上を見上げると、高圧電線が高い鉄塔に支えられて延びている(写真左二番目)。しかし残念なことに、夏草Shimooodonohana3がしっかりと伸びているため、灯台の姿は先端しか見えない。全体を見ようと思い後ろに進むと、もう一つ看板を見つけた。

『毒蛇(マムシ)に注意!マムシが生息しています。危険ですので立ち入らないでください』とある(写真右3番目)。かわいらしく描いたつもりかもしれないが、マムシの絵Shimooodonohana2は、『生息しています』の言葉にリアルな恐怖となって私を襲い始めた。確かに、熊本を巡ると決めたときに、『マムシに気をつけて!』と言われてはいたが、すっかり頭から消えていたのである。今立っているこの広場の赤土の上にも蛇がクネクネしていそうに感じる。ゆっくりと車に戻り、ドアを閉めると、熱Shimooodonohana5気のこもった車内で軽装から長ズボン長袖に着替え、杖を出して準備を整えた。意を決して外に出ると、私は伸縮自在の杖を最大限に延ばして、これから進む方角の地面をパンパンと叩きながら進んだ。と言っても進む道に草は生えていなかったのであるが・・・(写真左三番目)。Shimooodonohana7

灯台に向かって左側の木が景観を遮っているが、右側にはいかにも蛇が潜んでいそうな草むらが広がっている。いつもなら迷わず草むらに飛び込んで良い構図を探すのだが、そんな愚かな行為はしたくなかった。整えられた正面の道から何枚か写真を撮った。入り口が教会の入り口のように作られ(写真右四番目)、ここにも天草らしさを感じることができる。が、今は違った。どうにか灯台の全景を入れるために、数歩だけ草むらに踏み込むかどうか迷っていたのである。何度もShimooodonohana6杖で確認してから草むらに踏み込んでみた。自分で踏んだ草木が折れる音に驚いて足を戻したりしつつ、なんとか数メートル進めた。灯台の姿が全て確認できる位置で写真を撮ると、跳ねるようにして正面の整った道に戻った。なんとか全景は写せたようだった(写真左四番目)。

生息しています・・・この言葉は、その後天草の灯台を巡る間中、私の頭から消えない言葉になってしまっていた。

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2010年9月15日 (水)

戻ってきた衣類

Botanomake今回は、おまけ話です。(尚、今回の写真は全て携帯カメラからです)

ここ数年、お盆には仕事をして、8月の後半に休みを取って旅に出ている。もちろん、灯台を巡ることだけでも満たされるのだが、一人で見知らぬ土地を旅することで味わえる旅愁は、毎年続いている大きな理由と言える。そして時に遭遇するハプニングや出会った人達とのふれあいも、私には楽しみである。既にブログで紹介した、何度車で来たことを伝えても忘れてしまう民宿の女将、や店の留守番をさせられたお好み焼き屋など、いくつもの思い出がある。

今回は、2010年夏に巡った熊本の灯台巡りの中で、一番最後に私を笑わせてくれた出来事を、おまけ話としてまとめる。(今回は、灯台に関する記事はありません)

昨年秋のシルバーウイークと称された連休に佐渡まで自分の車で渡ったが、遠方の灯台を巡るときは、列車か飛行機移動でレンタカー利用が多い。青森を巡ったときのレンタカーは以前の記事にもまとめてある。そこにも書いたが、夏の灯台巡りでは汗をたっぷりかくため、後部座席は物干しに利用する。今回も熊本に着くと、三枚千円のTシャツを三千円分購入し、その9枚を順番に着て、休憩所やトイレの流しで水洗いをして車内に干すのだ。埼や岬の林に踏み込む場合、蚊や虫の攻撃はバカに出来ない。もちろん虫除けもするが、ヘビ対策としても長袖、長ズボンは必須だ。旅に出るとき、カメラ機材以外に持参する荷Amakusa1物はできるだけ減らしたいが、山歩きに必要な衣類やアイテムは必ず持参しなくてはならない。だからこそTシャツは現地で調達する。買いたてとは言え、三枚千円のTシャツ。数回の着用に、水洗いをすると首回りだけLLのサイズになる。下着類は、古い物を選んで持って行き、使用後は捨てて帰ってくる。

Amakusa2今回熊本では、天草市の本渡町にあるビジネスホテルを選んだ。本渡町は天草諸島の上島と下島の間、下島側にある(地図右上:Mapfanより)。初日に熊本から上島までを巡って一泊し、翌日下島を巡って一泊したのである。最終日はのんびりと天草諸島を楽しんで帰途についた。ホテルは比較的新しく、スタッフの人たちはホテルマンと言うより素人っぽくて好感を持った。特に二泊目の夜、フロントにいた若い女性は、戻った自分を出迎えるときも親切で、更に海の幸を食べたいと話すと、歩いて行ける距離の店をいくつか考えてくれた上に、電話で予約まで入れてくれたのだ。おかげでのんびりと海の幸を味わえたのだ(写真左上)。

さて、最終日荷物をまとめながら、ノビノビになったTシャツ、そして自宅から持参して着尽Amakusa3くした下着類は、コンビニのビニール袋に無造作に詰め込み、備え付けのゴミ箱の横(写真右中)に、空になったビール缶やお茶のペットボトルと一緒に置いて部屋を出たのである。

有明海のタコのモニュメントや、遠くに見える普賢岳を背景に有明海(写真左中)を楽しみながら熊本駅には昼過ぎに着いた。駅周辺で、お土産として辛子れんこんや海産物の宅配を頼んだ。空腹だった自分は駅弁を買って、博多までの特急Amakusa5列車「リレーつばめ」に乗り込んだ(写真右下)のであるが、名前だけで『さくら弁当(写真左下)』を選んだが、実は馬肉は好物ではない。遅い昼食を車内で取っているとき、メールが入った。珍しく母親からだった。80歳を過ぎた母親がメールをする行為を思い描き、笑みを浮かべながらメールを見たのだが文章が不自然、と言うかメール慣れしていない。それでも、『泊まっていたホテルから電話Amakusa6があり、忘れ物を送る』と言う内容は理解できた。自分としては忘れ物の心当たりがなかったが、送ってくれるというのだから、その親切さに素直に感謝していた。

自宅に着いた時には、すっかり夜になっていた。疲れもあり、すぐに床についた。翌日まで休暇が取ってあったのだが、午前中に宅配業者が訪れた。『辛子れんこんや海産物』のお土産が届いたんだと思い、早速開けてみると、丁寧にたたまれたTシャツが9Amakusa4枚、ブリーフが3枚、靴下が2足、そこには入っていた。捨てたはずの衣類が、忘れ物として届けられていたのである。しかも無造作に丸めてあった衣類は、わざわざ丁寧にたたまれていたのだ。照れくさいような、嬉しいような、迷惑なような・・・・。

持ち帰った荷物の中の衣類を洗濯に回すより早く、家内がそれを洗濯し、結局捨ててくる予定だった下着類は、今も整理ダンスの中で次の出番を待っている。そして首回りだけLLサイズとなったTシャツは、つい最近まで残暑が厳しかった夜に、パジャマ代わりとして利用したのであった。

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2010年9月 6日 (月)

三角灯台(熊本)

Botantoudai2010年の夏に熊本の灯台を巡ると決めたとき、Twitterで情報を求めると、ある方から『三角灯台(写真右上)まで山道を行こうとして、止められた』と言う情報をいただいた。Misumi2ある程度三角灯台がどんな場所に立っているかは想像できたが、やはり行ってみるまでわからない。心のどこかに、行けるものなら行ってみたいと考えていたが、57号線を西に進んで来て、正面に三角灯台が見えたとき、私は迷わず望遠レンズと三脚を準備していた。

Misumi5chizu猛暑が続くこの夏は、熊本の灯台を巡るのには適していなかったかもしれない。しかし毎日夏色の空が続く晴天には感謝して、熊本(と言ってもほとんどが天草諸島だが)を巡った。熊本市内から一つ前のブログで紹介した、百貫港灯台や歴史ある住吉灯台などを巡って、天草諸島を西に向かう途中に三角灯台がある。天草諸島は、地図を遠目に見るとつながっている様であるが、諸島の名が示すように、島々が橋によって天草下島の牛深までつながっているのである(地図左上:MapfanよMisumi7chizuり)。ここ三角は三角ノ瀬戸として天門橋によってつながっている。三角港は南側の戸馳島との境にあり、こちら側は三角西港として整備されている。

まずは、柴尾山の裾に立つ三角灯台に目をやりながら徐々に車を移動させて、撮影ポイントを捜した。訪ねることが出来なかった灯台では、周囲の状況も含Misumi1め、出来る限りの写真を撮っておきたくなる。結局正面から灯台を眺めるためには、中神島の北側から狙うべきと考えて海岸線に降りて準備を始めた(地図右中:国土地理院より)。400mmの望遠レンズを準備すると、数年前に青森県の大間埼灯台を撮影したことを思い出した。今回は寝転ぶことは出来ないが、堤防がちょうど目線の高さであり、足を伸ばさずに望遠をMisumi3組むことが出来た(写真左中)。何枚か写真を撮ってから三角西港に場所を移した。ここからでは中神島の南側から灯台を見る形となり、距離的には変わらないのだが、比較する建物も多いため灯台は小さく見えた(写真右下)。

Misumi4三角西港周辺は観光地として整備されていて少し異国情緒を味わえる(写真左下)。天草と言えばキリスト教の歴史と関連して思い出される方も多いと思うが、この先天草を西に進みながら味わった風景の随所にそれは感じられた。またその内容は別の記事で紹介したい。

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