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2010年11月18日 (木)

友ヶ島灯台-前編-(和歌山県)

Botantoudaiもう数年前になるが、淡路島洲本市の生石鼻灯台を訪ねた。その頃は、まだTomogasima08灯台巡り駆け出しで、この灯台が友ヶ島水道(紀伊海峡)を挟んで友ヶ島灯台と向かい合っていると言う事実(地図左上:Mapfanより)を知らないままに訪ねていた。いやそれだけではなく、地理を確認せずに別の灯台と間違えていたこともあった。今回友ヶ島灯台を訪ねたのだが、さすがに今は紀伊海峡の地図がしっかり頭に入っており、その意味では数年間の灯台巡りで、私も成長したのだなと感Tomogashima02chizuじてしまった。今回はそんな友ヶ島灯台(写真右上)の記事をまとめるが、少し長くなるので二回に分けて紹介したい。今回は主に灯台への経路などをまとめてみたい。Tomogashima03

友ヶ島は、今でこそ観光地とも言えるが、昔は軍が管理し、以前は電気すら来ていなかったそうである。島は地ノ島、神島、沖ノ島、そしてつながってはいるが虎島とに分かれ、全体を友ヶ島と呼び、灯台は沖ノ島の西側に立っている。和歌山市の少し北側に位置する加太(かた)港から、友ヶ島への連絡船が出ているのだが、この乗Tomogasima04船場がわかりにくい。幸い案内看板だけを信じて車を進め、無事に着くことが出来たが、道も細く、いわゆるフェリー乗り場のようなイメージではないので、初めて訪ねる方は注意が必要だ。Tomogashima01chizu

私が訪ねた2010年9月の中旬は、まだ猛暑が続いている頃で、例年より島に渡る人は多いと連絡船の関係者から聞いた。多くが釣り客だが、家族連れやデイキャンプ目的の人たちもいた。ほぼ満席に近い状態で船が出航したのは、9時ちょうどであった(写真右二番目)。約20分で沖島の野奈浦に着くTomogasima05(写真左二番目)。着船した桟橋から正面は公園になっていて、島を訪ねた人たちを出迎える雰囲気にあふれていた。人は住んでいないと聞いていたが、宿泊施設なども何件かはあるようで、夏期を中心に営業しているそうである。

野奈浦から歩道が整備されていて、上陸した人たちは目的地に向かって歩き始める。私Tomogasima06は迷うことなく西に向かって歩き始めた(地図右三番目:国土地理院より)。しばらく緩やかな登り坂を登ると、熊崎に着く。正面に池尻浜が見え、山の上に灯台の姿も少し見える。そして友ヶ島水道を挟んで淡路島がすぐ近くに見えた(写真左三番目)。改めて以前淡路島の生石鼻を訪ねたときに、この友ヶ島を意識しなかった自分が信じられない思いであった。池尻浜を超えて山を登ると、その途中に灯台の案内がTomogasima09あった(写真右四番目)。その昔は軍の対空砲などが設置された島であり、第一砲台と同じ方向と記されていた。下船後何人かの人が私の前後を歩いていたが、この案内板を過ぎる頃には私一人となっていた。木々が道を覆い、薄暗くなっている坂道を登ると、木々が揺れて音がした。何かの動物が私の姿から逃げ隠れしている音である。最初はその姿が見えなかったが、なんとかカメラに収めることができた(写真左四番目)。尻尾があるようにも見えるが、結局その正体は何かわからなかった。Tomogasima07

坂を登り切る手前に、燈光会の立てた案内板があり、その奥に灯台の姿も見えてきた(写真右下)。今でこそプラントンの建てた灯台をいくつか巡り、その名前も知っているが、対岸の生石鼻を訪ねたときには、どうだったのだろうか・・・などと考えながら、歴史ある灯台をまた一つ巡ることがかなった事に素直に喜びを感じていた。(次回に続く)

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