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2010年11月

2010年11月30日 (火)

友ヶ島灯台ー後編ー(和歌山県)

Botantoudai前回に引き続き友ヶ島灯台(写真右上)の後編をまとめることにする。前編では灯台までの行程などを中心にまとめたが、今回は灯台や周辺の状況、或いは景観を中心にまとめたい。Tomogasima11

前編の最後にも書いたが、ブラントンが建てたその姿はやはり優美でありながらたくましいと感じる。石造りの灯台がそう感じさせるのであろうが、しかしながら同時に、彼の建てた多くの灯台を見てきた自分にとっては、見慣れた物の様にも感じる。少し思い上がった感想かもしれないとはわかっているのだが。

Tomogasima15灯台が目の前にあるのに、『灯台ココ』と言う案内表示は笑えた(写真左上)。そのまま灯台の真後ろに近づくと、ちょうど太陽を背に受けて、青空がより濃く広がり、そこに立つ白い姿が眩しかった(写真右二番目)。背の低い灯台であるが、島の丘の上に立っており水面高は60メートルある。灯台の前Tomogasima17面に回って、正面からその姿を見ながら少しずつ下がっていきたいところであるが、正面は崖になっていて子午線広場と名付けられた灯台に向かって右前方に進んだ。名前の通り、この広場は子午線上にある。振り返るように灯台を見ながら何枚もカメラに収めたが、全く海が背景に入らない。灯台に背を向け子午線広場の方に目をやると、正面の淡路島生石鼻がすぐそこに見える(写真左二番目)。灯台の姿と共に、この距離感をカメラに収めたいところであるが、併設される建物のTomogasima12屋根にでも登らないと不可能だった。

子午線広場は、一段下に広がる広場であり、灯台に向かって少し左に移動すれば、正面Tomogasima13に灯台を見ることも出来たが、やはり背景に海は入らない(写真右三番目)。そこで次に、灯台に向かって右側にある丘の上に移動してみた。確かに海は見えるのであるが、併設されている建物が灯台の姿をほとんど隠してしまう。

Tomogasima18これ以上の構図は望めないのかと、灯台の後ろ側に戻ると、灯台の後ろから進む道を見つけた。クモの巣が張っていて、あまり訪ねる人はいないようであるが、ちょうど灯台に向かって左前方の丘の上につながっていた。鉄の丸い屋根が地面から飛び出た、哨戒のための跡地である(写真左三番目)。ここからであれば、背景に海をTomogasima14入れて灯台が撮れるのだが時間的に少し逆光となってしまった。それでも紀淡海峡にさしかかる船に投光している灯台の姿は十分にイメージできた(写真右下)。

約2時間の滞在で帰りの船に乗ることにして、野奈浦の桟橋に向かっていると、来るときには気がつかなかった看板を目撃した(写真左下)。この夏熊本の灯台巡りTomogasima16でどこまでも私を悩ませた『マムシに注意』と言う看板である。そう言えば、前編のブログ右三番目に載せた地図を眺めると、島の東側には『友ヶ島深蛇池湿地帯植物群落』と言う名があり、蛇という文字が気になっていたところであった。この夏は、他にも蛇にまつわるエピソードが多くあり・・・、いやはや全くの蛇足の話になってしまった。

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2010年11月18日 (木)

友ヶ島灯台-前編-(和歌山県)

Botantoudaiもう数年前になるが、淡路島洲本市の生石鼻灯台を訪ねた。その頃は、まだTomogasima08灯台巡り駆け出しで、この灯台が友ヶ島水道(紀伊海峡)を挟んで友ヶ島灯台と向かい合っていると言う事実(地図左上:Mapfanより)を知らないままに訪ねていた。いやそれだけではなく、地理を確認せずに別の灯台と間違えていたこともあった。今回友ヶ島灯台を訪ねたのだが、さすがに今は紀伊海峡の地図がしっかり頭に入っており、その意味では数年間の灯台巡りで、私も成長したのだなと感Tomogashima02chizuじてしまった。今回はそんな友ヶ島灯台(写真右上)の記事をまとめるが、少し長くなるので二回に分けて紹介したい。今回は主に灯台への経路などをまとめてみたい。Tomogashima03

友ヶ島は、今でこそ観光地とも言えるが、昔は軍が管理し、以前は電気すら来ていなかったそうである。島は地ノ島、神島、沖ノ島、そしてつながってはいるが虎島とに分かれ、全体を友ヶ島と呼び、灯台は沖ノ島の西側に立っている。和歌山市の少し北側に位置する加太(かた)港から、友ヶ島への連絡船が出ているのだが、この乗Tomogasima04船場がわかりにくい。幸い案内看板だけを信じて車を進め、無事に着くことが出来たが、道も細く、いわゆるフェリー乗り場のようなイメージではないので、初めて訪ねる方は注意が必要だ。Tomogashima01chizu

私が訪ねた2010年9月の中旬は、まだ猛暑が続いている頃で、例年より島に渡る人は多いと連絡船の関係者から聞いた。多くが釣り客だが、家族連れやデイキャンプ目的の人たちもいた。ほぼ満席に近い状態で船が出航したのは、9時ちょうどであった(写真右二番目)。約20分で沖島の野奈浦に着くTomogasima05(写真左二番目)。着船した桟橋から正面は公園になっていて、島を訪ねた人たちを出迎える雰囲気にあふれていた。人は住んでいないと聞いていたが、宿泊施設なども何件かはあるようで、夏期を中心に営業しているそうである。

野奈浦から歩道が整備されていて、上陸した人たちは目的地に向かって歩き始める。私Tomogasima06は迷うことなく西に向かって歩き始めた(地図右三番目:国土地理院より)。しばらく緩やかな登り坂を登ると、熊崎に着く。正面に池尻浜が見え、山の上に灯台の姿も少し見える。そして友ヶ島水道を挟んで淡路島がすぐ近くに見えた(写真左三番目)。改めて以前淡路島の生石鼻を訪ねたときに、この友ヶ島を意識しなかった自分が信じられない思いであった。池尻浜を超えて山を登ると、その途中に灯台の案内がTomogasima09あった(写真右四番目)。その昔は軍の対空砲などが設置された島であり、第一砲台と同じ方向と記されていた。下船後何人かの人が私の前後を歩いていたが、この案内板を過ぎる頃には私一人となっていた。木々が道を覆い、薄暗くなっている坂道を登ると、木々が揺れて音がした。何かの動物が私の姿から逃げ隠れしている音である。最初はその姿が見えなかったが、なんとかカメラに収めることができた(写真左四番目)。尻尾があるようにも見えるが、結局その正体は何かわからなかった。Tomogasima07

坂を登り切る手前に、燈光会の立てた案内板があり、その奥に灯台の姿も見えてきた(写真右下)。今でこそプラントンの建てた灯台をいくつか巡り、その名前も知っているが、対岸の生石鼻を訪ねたときには、どうだったのだろうか・・・などと考えながら、歴史ある灯台をまた一つ巡ることがかなった事に素直に喜びを感じていた。(次回に続く)

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2010年11月 5日 (金)

荷島灯台(熊本県)

Botantoudaiそろそろ、一度熊本県の灯台から離れて記事を書くつもりであったが、今回も熊本Ninaijima2県の灯台を紹介する。と言うのも、熊本県の灯台の幾つかは、地図に載っていても見つからなかったり(実際ないかもしれないが・・・)、たどり着けなかったり、或いは遠景でしか確認できなかったりした灯台が多い。そんな灯台をまとめて記事にしようかと考えて準備していたのだが、今回紹介することにした荷島(にないじま)灯台(写真右上)は、島に渡ってこそいないが十分にNinaijima5_2記事になると思い、単独でまとめることにしたのである。

こう書くと、おまけ記事の様な印象を持たれてしまうかもしれないが、三角灯台を遠景で楽しんだ後、異国情緒あふれる三角西港、そしてその名の通り三角と言うより三角錐の建物がある三角港(写真左上)と訪ねて、いよいよ天草諸島に一歩踏み込む行為とも言える、天門橋を渡る直前に訪ねた荷島灯台であり、島々を結ぶ重要な橋の眼下に見える島(写真右中)に立つ灯台として、個人的に思い入れは大きい。Ninaijima3

荷島は、海で隔たれた宇城市と上天草市の間にある三角ノ瀬戸の、北に三角灯台、そして南に荷島灯台がその海路を導いており、重要な場所であると言える。更に陸路で天草諸島の奥に進むためには、重要な天門橋が架かっている近くでもある(地Ninaijima6chizu図左中:国土地理院より)。

天門橋は高い位置で架かっており、荷島が正面に見える海岸に降りていく道は、橋を渡る直前に分岐している。ゆっくりと慎重にそこを左折して坂を下り、次に右折すると荷島が見えてくる。ちょうど灯台が正面に見える場所は管理区域なのか柵に囲まれてNinaijima4いた。海岸線ぎりぎりまで近づきたい気もしたが、いずれにしても島には渡れそうにないため、構図の良い場所から何枚か写真を撮った(写真右下)。道をもう少し進むと天門橋が正面に見える場所(写真左下)に出られるが、そこから道はつながっていない。

Ninaijima1荷島灯台が正面に見える柵に囲まれた敷地内は、平地で白い砂が敷かれ、何か新たな施設が出来るような雰囲気である。探せばどこからか中に入ることが出来て、灯台ももう少し近くから見られたかもしれない。ただそうしなかった理由はいくつかあるのだが、一番の理由は暑さだった。カメラを構えているだけで汗が吹き出してきた。今こうして記事をまとめていても、猛暑の中巡った熊本の記憶は、一生ものになったはずであると思うと同時に、息苦しい様な暑さがよみがえってくる。

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