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2011年5月

2011年5月27日 (金)

梅雨入りと聞いて・・・

Botanomake 今日、東海地方も梅雨入りらしい。まだ5月で、例年よりかなり早い梅雨入りである。私は、梅雨にはあまり灯台巡りに出かけていない。やはり白亜の灯台には、青空が似合う。曇天が背景では映えてくれない。と、そんな事を考えていたら、逆に梅雨の季節に巡った灯台のことを考え始め、今回はそれをおまけ話でまとめることにした。Akoumisaki3_2

梅雨であるのに、あえて出かけたのが、兵庫県の赤穂御埼灯台である(写真右上)。私の住む東海地方では、青空も少し見えていたからと、ドライブ気分で出かけたのであるが、近畿地方は曇天。帰りにはポツポツと降り始めた雨の中帰った記憶が鮮明である。それ以上に記憶に残ったのが、案内板の周囲にうっそうと生えていた草である。案内板が読めないくらいで、足でその草を払ったのだが、カーキ色のズボンに緑の汁が付き、それ以後履かなくなってしまった。

Simakatsu1同じ梅雨時でも、初夏を感じて過ごせたのが、三重県の島勝灯台である(写真左上)。灯台を訪ねたときには、曇天の背景であまり良い思い出ではないのであるが、すぐ近くにある砂利でできた海水浴場の浜で過ごした時間が気持ちよかった(写真右中)。雲が海上に退き、梅雨の中休みをイメージする青空の下、時間が経つのも忘れて浜辺で読書をしていた。あのゆったりとした時間をいつでも持ちたいものである。

話はそれるが、5月末から6月初旬は、我々医療関係者にとっては少しSimakatsuseaside余裕がある季節でもある。風邪などの急性疾患も少し減り、健康診断の依頼もまだ少ない。そのためなのか、この季節に職員旅行を実施する医院や病院は多く、私の医院でもこの頃に職員旅行を実施している。職員旅行で訪ねた先に灯台があれば、当然足を伸ばしたくなる。

伊豆へ出かけたときも、少しの時間を利用していくつかの灯台を訪ねた。稲取温泉に泊まった時は、当然稲取岬灯台を訪ねた(写真左下)。宿から徒歩で出かけたのであるが、今にも降り出しそうな曇天の中灯台を訪ねたが、梅雨らしい写真を撮って戻った後に、職員さんと楽しいお酒を味わったことを覚えている。

Inatorimisaki01また、梅雨の時期にも関わらず沖縄に出かけた職員旅行三日間では、二日目の自由行動で、水族館やマリンスポーツに興じる職員を残し、私は一人で灯台を巡ったのである。梅雨空とは言え、最後まで雨に降られず、沖縄本島最北端の辺戸岬灯台では青空にまで恵まれ、自分の晴れ男に感謝した(写真右下)。

夏が好きで、梅雨を夏へのプロローグとして捕らえている自分は、けっしHedomisaki3て嫌いな季節ではない。ただ梅雨という言葉が持っている、すっきりとしないイメージに似たものを、東北大震災以後、我々日本人なら誰しもが抱いているはずである。梅雨の季節の後には、必ず夏が来る。心折れることの無いよう、微力でも励まし続け、この季節も乗り切っていただきたいものである。(とは言え、夏の節電もひかえているのだが・・・)

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2011年5月13日 (金)

天草崎津港灯台(熊本県)

Botantoudai東北大震災から二ヶ月が経ったが、依然安定しない原発問題も含めて被災者のAmakusasakitukou4方々には、改めてお見舞いと励ましの言葉を贈らせていただきたい。

昨2010年の夏に巡った熊本県の灯台をゆっくりと紹介してきたが、今回は天草崎Amakusasakitukouchizu7津港灯台(写真右上)を紹介する。崎津には以前紹介した大江天主堂と同じく観光地ともなっている崎津天主堂がある。『海の天主堂』とも呼ばれ、日本の渚100景にも入っているらしい。大江天主堂から整えられた389号線を走るとすぐである。崎津大橋の手前の信号を右折すれば、天主堂に向かうのであるが、天Amakusasakitukou1草崎津港灯台は、天主堂とは対岸の埼の先端に立っている(地図左上の+印:Mapfanより)。対岸から天主堂方面を眺めると、港町を感じて、渚100景が肯ける気がした(写真右中と左中)。

Amakusasakitukou2埼の先端にあることは地図でわかっていたのであるが、道を進むと正面に灯台が見えてきた(写真右下)。まさか道路横にあるとは思わず、夜に訪ねたら光る姿が車からも見えるのだと思うと、灯台を巡る者にとっては興味深かった。Amakusasakitukou6

天草崎津港灯台は、崎津港への入り口に立っているが、崎津港だけでなく、この東に続く羊角湾、早浦、亀浦への入り口にもあたる(地図左上参照)。天草のAmakusasakitukou5灯台に大型の物は少なく、小さな点滅灯台が多い。しかし、入り組んだこの地では、どの灯台もが重要なポイントであることが理解できる。特に地元の漁師さん達には大切な道しるべとなっているに違いない。そんな考えを抱きながら、灯台の向こうの海に目をやると石神山方面の対岸の埼が見える(写真左下)。直線では500メートルもないだろうが、陸路では何十キロも迂回しなくてはならない。地元三重にも多く見られる景観であるのだが、240年間も隠れキリシタンとして続いた、この天草らしい景観に思えてならなかった。 

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