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2011年6月

2011年6月25日 (土)

赤礁埼灯台(福井県)

Botantoudai福井県の記事をまとめるのは、久しぶりである。越前岬灯台がリニューアルされAkagurisaki2た記事を除けば、2008年の高浜城山灯台の記事が福井県としては最後だった。 福井県は、私の住む三重県北中部から訪ねやすい地であり、灯台を巡り始めて三重県より早くに、ほぼ制覇できた最初の県である。今回紹介する赤礁埼(あかぐりさき)灯台(写真右上)も、実は最初の頃に既に訪ねている。しかしデジタルの典型的な失敗で、写真のデータを消去してしまい、今回まで紹介できなかったのだ。

Akagurisakichizu1実を言うと、赤礁埼灯台を紹介するのをこれまで引き延ばしてきた理由がもう一つある。鋸埼灯台をいつか訪ねる機会があれば、その時に一緒に・・・と考えていたからだ。鋸埼灯台は赤礁埼灯台から2kmほど北、大飯原子力発電所の東の埼であり、敷地内を通らないとたどり着けない(地図左上:Mapfanより)。海上からのアプローチや公開の機会に併せて訪ねると言う願いがかないそうにもなく、更に原子力発電所が問題となっているこの時期に敷地内を通過する許可が出るとも思えず、今回赤礁埼灯台のみを2011年のゴールデンウイークに再訪問して写真を撮り直してきた。Akagurisaki6

赤礁埼灯台周辺は、公園として整備され、近くにはオートキャンプ場もある。こう言った施設がある場合には、時として駐車スペースが制限されていたり、入場料が必要であったりするので、気ままに灯台巡りを楽しんでいる私には不都合なことが多い。前回訪ねた時はゲートが開放されていたが、今回はGW中と言うこともあり、有料であった。

Akagurisaki4有料スペースに入り、大きな遊具が備えられた公園を通り抜けして、赤礁埼につながる橋に向かう。前回も天気が良くなかったが 今回は更に天気が悪い。しかし橋が架かった赤礁埼への景観は悪くない。島へ渡ると言う単純な行動のイメージを膨らませてくれる(写真右中)。橋を渡り、少し奥に進むと正面やや左手に灯台が見えてくる。地図上では、島のほぼ中央だが、島の奥に立っているように感じられる。赤と白の灯台で、その姿は赤礁埼の名前通りかもしれない。横から見ると前後に照射部のお皿が飛び出していて、以前はもっと大きな照射灯だったことを想像させる(写真左中)。いろんな角度から灯台の写真を撮っている間、地響きのような低い音で『ゴーー』と言う、波と岩礁で砕ける音の融合が響き渡っていた(写真右下)。数年前、福島県小名浜近くの小良ヶ浜灯台を訪ねた時にも、同じような海鳴りとも言える音を聞いてAkagurisaki5驚いたことを思い出した。震災や津波被害に加えて長引く原子力事故問題で次回訪ねられるのは、いつになるのだろうか・・・、ふとそんな事を考えながら、しばらく低いうなり声のような海の音を聞き、何度も迫り来る波、砕け散る波しぶきを見ていた。

Akagurisaki3

灯台以外何もない赤礁埼の島であり、釣り客以外は観光と言うほどでもないかも知れない。しかし、橋が架かってそこに渡ることが出来るということ自体が、私には単純に嬉しく、曇天の中、モノクロのイメージで灯台を楽しむことが出来た。

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2011年6月12日 (日)

コメントに従って・・・旧和田岬灯台

Botanomake 最近、灯台巡りに出かける気になれなかったのであるが、それ以上に機会を持てKyuuwadamisaki3ずにいた。そんな中、前回のブログでも書いたように、6月9日10日と職員旅行で、神戸に出かけた。天気予報では、梅雨の中休みのはずであったが、予報より半日早く雨が降り始める中、旧和田岬灯台(写真右上)を訪ねてきた。今回の職員旅行では、灯台を訪ねる計画はなかったのであるが、行くことになった理由も含めてまとめてみたい。

今回の職員旅行は、木曜の午後から休みにして金曜の夜までと言う短いもので、その代わりに若い女子職員さん達が喜ぶ様なプランとして、神戸北野ホテル泊、翌日は自由行動とした。私は木曜午後に看護学校の講義があるKyuuwadamisaki1ため、遅れて夕方に一人神戸に向かったのである。移動中にスマホで、職員旅行に出かけることをつぶやいてみた。するといくつかのコメントをいただいたのであるが、その中に灯台巡りの大先輩、玉助さんからのものがあった。職員旅行だと書いているのに、『どこの灯台へ寄るのですか?』と言う、昨年までの私の行動を知り尽くしたコメント。本当に灯台は予定していなかったのであるが、コメントをKyuuwadamisaki5見ている間に、以前立ち寄ったのに写真が撮れなかった旧和田岬灯台に向かい、改めて写真を撮ってくることを思い立った。

美味しい夕食に、世界一の朝食(写真左上)をいただいて、満足して市街に消えていった職員達を見送って、自由となった私は景観と花を楽しみに、Kyuuwadamisaki4布引ロープーウエイを登った(写真右中と左中)。その後三ノ宮に出て、JRを利用して須磨海浜公園に向かった。以前このブログで、明石海峡と江崎灯台の光りをまとめたが、その帰りに旧和田灯台に立ち寄ったのであるが、悪い条件が重なって、写真を撮ることができなかった。一度行っているだけに迷うこともなかったのだが、駅を降りるとタイミング良く?大粒の雨が降り始めた。

Sadohimesaki1和田岬灯台の歴史は、灯台好きなら説明する必要はないと思うが、木製だった灯台は明治四年に作られ、その後明治17年には鉄骨となり、昭和38年に廃灯となっている。現存する最古の鉄骨灯台であるが、やはりその形は佐渡の姫埼灯台に似ている(写真左下)。とは言え、初秋の青空を背景に眩しかった白亜の現役灯台を訪ねた思い出に比べると、雨の中で史跡の一つとして巡ったここ旧和田岬灯台にはノスタルジー色を強く感じてしまっKyuuwadamisaki2た(写真右下)。

原則として土や岩の上に立つ灯台を巡って、灯台の立つ風景を追い求めている私の灯台巡りスタイル。玉助さんのコメントには他の神戸の灯台も勧められたのであるが、雨も降り出したこともあり、結局この後は灯台を目指すことも無く、ブラブラと神戸市内をうろついて、その後職員さん達と合流して帰路についたのであった。

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