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2011年6月12日 (日)

コメントに従って・・・旧和田岬灯台

Botanomake 最近、灯台巡りに出かける気になれなかったのであるが、それ以上に機会を持てKyuuwadamisaki3ずにいた。そんな中、前回のブログでも書いたように、6月9日10日と職員旅行で、神戸に出かけた。天気予報では、梅雨の中休みのはずであったが、予報より半日早く雨が降り始める中、旧和田岬灯台(写真右上)を訪ねてきた。今回の職員旅行では、灯台を訪ねる計画はなかったのであるが、行くことになった理由も含めてまとめてみたい。

今回の職員旅行は、木曜の午後から休みにして金曜の夜までと言う短いもので、その代わりに若い女子職員さん達が喜ぶ様なプランとして、神戸北野ホテル泊、翌日は自由行動とした。私は木曜午後に看護学校の講義があるKyuuwadamisaki1ため、遅れて夕方に一人神戸に向かったのである。移動中にスマホで、職員旅行に出かけることをつぶやいてみた。するといくつかのコメントをいただいたのであるが、その中に灯台巡りの大先輩、玉助さんからのものがあった。職員旅行だと書いているのに、『どこの灯台へ寄るのですか?』と言う、昨年までの私の行動を知り尽くしたコメント。本当に灯台は予定していなかったのであるが、コメントをKyuuwadamisaki5見ている間に、以前立ち寄ったのに写真が撮れなかった旧和田岬灯台に向かい、改めて写真を撮ってくることを思い立った。

美味しい夕食に、世界一の朝食(写真左上)をいただいて、満足して市街に消えていった職員達を見送って、自由となった私は景観と花を楽しみに、Kyuuwadamisaki4布引ロープーウエイを登った(写真右中と左中)。その後三ノ宮に出て、JRを利用して須磨海浜公園に向かった。以前このブログで、明石海峡と江崎灯台の光りをまとめたが、その帰りに旧和田灯台に立ち寄ったのであるが、悪い条件が重なって、写真を撮ることができなかった。一度行っているだけに迷うこともなかったのだが、駅を降りるとタイミング良く?大粒の雨が降り始めた。

Sadohimesaki1和田岬灯台の歴史は、灯台好きなら説明する必要はないと思うが、木製だった灯台は明治四年に作られ、その後明治17年には鉄骨となり、昭和38年に廃灯となっている。現存する最古の鉄骨灯台であるが、やはりその形は佐渡の姫埼灯台に似ている(写真左下)。とは言え、初秋の青空を背景に眩しかった白亜の現役灯台を訪ねた思い出に比べると、雨の中で史跡の一つとして巡ったここ旧和田岬灯台にはノスタルジー色を強く感じてしまっKyuuwadamisaki2た(写真右下)。

原則として土や岩の上に立つ灯台を巡って、灯台の立つ風景を追い求めている私の灯台巡りスタイル。玉助さんのコメントには他の神戸の灯台も勧められたのであるが、雨も降り出したこともあり、結局この後は灯台を目指すことも無く、ブラブラと神戸市内をうろついて、その後職員さん達と合流して帰路についたのであった。

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コメント

照れくさいので「灯台ファン友達」にしてください^^

たまには都会の灯台もいかがかな?と思いまして…
姫埼灯台と兄弟のような形状の和田岬灯台をお薦めしました。

もう一つ進めた神戸灯台は伊丹産業の敷地内ですからフェンスを超えなければならないんですが、実は和田岬灯台直系の灯台なんですよ。

和田岬から場所が移転したので名前が変りましたが、本来なら三代目の和田岬灯台になったと思われます。
記念額(プレート)も初点明治5年~改築明治17年~改築昭和28年と和田岬灯台の改築記録が書いてあります。

もしまた機会があれば立ち寄ってみてください。

投稿: 玉助 | 2011年6月14日 (火) 21時56分

玉助さん、コメントありがとうございます。
いやいや、やはり玉助さんは大先輩ですよ。
神戸灯台をネットで調べたときも、玉助さんの
写真が掲載されていて、『さすが・・・』って感じでした。
またいろいろ情報をお願いします。

投稿: hide | 2011年6月15日 (水) 08時13分

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