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2011年8月

2011年8月31日 (水)

絵画「私の灯台巡り」

Botanomake今回は、おまけ話の内容なのですが、まずは絵画を見ていただきたい。

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灯台を巡っている方なら愛媛県の佐田岬灯台だとわかるかもしれないが、今回は、そういう話ではなく、ただ素直にこの絵を自慢したいのである。絵と言っても写真として紹介しているのだから、この雰囲気は伝わらないかもしれない。とにかく奥行き、広がりが素晴らしい!メガネをかけずとも、3Dとして見る者を引き込んでくれる。けっして厚塗りの油絵ではないのに、写真では表現しにくい臨場感があるのだ。

灯台にやって来た!と立つ人物は自分であり、早い話が、私の灯台巡りを描いてもらった絵画である。描いていただいたのは、画家の棚倉樽さんだ。彼や彼の作品は是非こちらのブログをご覧いただき、直接感じ取って欲しい。

彼との出会いはネット上である。たまたま私のブログにコメントを書き込まれたのがきっかけで知り合い、私も彼のブログを通じて作風などを知り、いつの日か絵を描いていただこうと思ったのである。私は、灯台が立つ風景として写真を撮っているが、芸術的センスがあるなどとは一度も思ったことが無い。そんな私が棚倉氏にお目にかかって絵を依頼するとき、多少の緊張があった。うまく伝えられるだろうか?普通に希望を言えば描いていただけるのだろうか?などなど。しかし、実際に棚倉氏に会うと、彼は淡々と私の絵に対する希望を引き出してくれ、同時に私が灯台を訪ねたときの情景やそのときの感情を巧みに聞き出してくれた(後から酒の席で聞き出した内容も含めるが・・・)。

絵を描き始めると、彼はその世界に入り込むと言う。実際にそこを訪ねているように、あるいはその人に会っているように、あるいはその場で一緒に楽しんでいるように、対象がなんであれ心はそこにいるのだと話した。そうなのだと本当に思う。出来上がった絵が届き、その奥行きや広がりなどに感動した以上に、訪ねた時の私の心が、この絵を見ているような錯覚にとらわれた。実際に私がこの佐田岬を訪ねたのは春であり、そのとき海上は霞んでいた。『きっとこの海の向こうに、九州大分県の関崎があるんだよな・・・』そう思いながら灯台、そして海上に目を向けていたのである。この話は、彼にはしていない。しかし絵には海の向こうに対岸の地が描かれていた。彼に資料として渡した写真のどこにも陸地は写っていないのに。

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絵を依頼するに至った経緯や、棚倉氏とのあれこれ紹介は、産経izaの専門家ブログ『灯台を立つ風景を訪ねてみませんか』の方でまとめておきますので、よろしかったらご覧ください。お部屋に絵を飾りませんか?と語る棚倉氏も産経izaの専門家ブログを書かれています。

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2011年8月23日 (火)

津ノ和鼻灯台(島根県)

Botantoudai島根県の灯台を紹介するのは、日御碕灯台以来である。三重県に住む自分は、Tsunowahana2土曜の午後まで仕事があるため、日曜日を利用しても、車で訪ねることが出来る範囲は限られてくる。島根県はその圏外であると考えてきた。今回は夏期休暇を利用して、ようやくのんびりと巡れる・・・と思っていたのであるが、仕事がら急遽お休みが短くなり、翌日昼までに自宅に戻らなければならなくなった。とは言え、予約した出雲の宿をキャンセルしたくないし、何よりもこの機会に島根県の灯台を巡るきっかけを作りたいと言う思いが強かった。そこで、早朝に自宅を出て灯台をいくつか巡り、翌朝出雲を出発して昼までに自宅に戻ると言う、強行スケジュールで出かけることにしたのである。今回はそんな慌ただしい行程の中で、更にたどり着くまでに、最も汗をかいた津ノ和鼻灯台(写真右上)を紹介する。

Tsunowahanachizu1_2鳥取県境港付近や美保関灯台などを巡って、津ノ和鼻に着いた(地図左上:Mapfanより)のが、午後1時過ぎであった。灯台まで山歩きとなるため、笠浦漁港に車を止めて、マムシ対策で長ズボン長袖に着替えて歩き始めた。ところが、漁港の入り口付近に車を止めたため、港の岸に沿って10分くらい歩Tsunowahana6かないと山道に入れなかった。もっと近くに止めることも出来たのだが、よそ者意識が働き、遠慮して遠くに車を止めてしまったことを少し後悔した。灯台に続く山道の入り口は、周囲の雰囲気からわかったが、残念ながらどこにも灯台の案内板はなかった。

道はそれほど険しくなく、ある程度整備されているが、途中崩れたままの山肌や倒れた木によって小さな迂回路が出来上がっている箇所もあった(写真右二番目)。真夏と言うことで、草木の葉が茂り、そこにクモの巣がはって、何度も行く手を遮られたが、傾斜には階段が設けてある所もあり、比較的容易に15分ほどでたどり着けた。但し、暑かった!疲れはしないが、汗だくになってしまった。

Tsunowahana7この日、島根は曇り空に近かったのであるが、ここを訪ねたときだけ青空が広がっていた。最後の下り坂には階段が設置されているが、そこを下りると、右手に灯台が立ち、海が広がる景観が目に飛び込む(写真左中)。周囲を散策しながら何枚かお気に入りの写真も撮れた(写真左下)。灯台の真下は断崖となっているが、安全柵を越えると、少し丸みを帯びた断崖となっており、下をのぞき込むのにかなり勇気がいる。なんとか海面を見下ろすと予想以上の断崖なのだが、現実味が湧く高さ故に、逆に海面から灯台を見上げた姿まで想像することができた。灯台の左手奥に、岩場に囲まれた入り江状になっている場所がある(写真右下)。波も穏やかで、汗だくとなった暑さも手伝い、思わず飛び込んで泳ぎTsunowahana1たくなった。と同時に、先ほど見下ろした灯台の真下まで泳いでいって、海に浮かんだ状態から灯台を見上げてみたいと言う考えが横切った。いつもならすぐに払拭されるそんな衝動なのだが、何故だかこの時は、危険とか常識とか言う私の理性より少しだけ上回っていたような気もする。もちろん最後は理性が勝ったのであるが・・・。

Tsunowahana4慌ただしい予定となったこの日、一つでも多くの灯台を巡って、日没時には、数年前に訪ねた日御碕灯台へ行き、点灯後の夜景の写真を撮ろうと考えていたため時間も無いから、と自分に言い聞かせて、海に飛び込むと行った愚行を出来ずに灯台を後にする自分を慰めていたような気もする。もう若くないんだ。

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2011年8月10日 (水)

鳥取港灯台(鳥取県)

Botantoudai前回に引き続いて鳥取県の灯台・鳥取港灯台(写真右上)を紹介する。鳥取港は、Tottorikou01_4鳥取砂丘のおよそ1km西側に千代川を挟んである(地図左上:Mapfan参照)。川を挟むと言っても砂丘から続く海岸線であり、平地の港に作られた堤防上に立つ灯台だと思ったのであるが、地図で見てみると、鳥ヶ島と言う島に立っていて、陸とはつながっていないようであった。と言うことで、最初から対岸から写真を撮ることにして、港町と言う地名の東側堤防に向かうことにした。

Tottorikouchizu01この日、鳥取駅近くで宿をとり、夜明けとともに行動して2基の灯台を巡ってから鳥取港へたどり着いたのであるが、ひとつ前の灯台では徒歩で埼を登ったこともあって時間を費やし、鳥取港灯台に着いたのは既に7時半を回っていた。海の日の休日前の日曜日。灯台が見える堤防沿いには釣り客が所狭しと並んでいた。以前『釣り人と灯台』と言うタイトルでブログにまとめたことがあるが、基本的に私は、釣り人の姿は景観の一部と考えて撮影しているが、時にはその姿を避けて灯台のみを写したいと思うこともある。灯台が立つ鳥島へは、テトラポットなどでつながっている様にも見えるがTottorikou02(写真右中)、島に釣り人の姿はなく、望遠で灯台の姿のみを写すことが出来た(写真左中)。

Tottorikou05_2それにしてもこの日鳥取は暑かった。既に気温は30度に達するところで、早朝宿を出たときの清々しさは既に消えて、磯の香りと共に湿った熱い風が汗をにじませている。私は、次の灯台に向かう前に、建物で陰になった場所に腰を下ろし、先ほどコンビニで買った朝食を食べながら釣り人の背中越しに灯台の立つ鳥島、そして鳥取港を眺めていた(写真右下)。車で釣りが楽しめる場所まで来て釣り糸を下ろしている人たちを眺めながら、改めて釣りを楽しむことと自分の灯台巡りを比べてみた。良い釣り場を求めるところは、良い撮影スポットを求めるのに近いかもしれない。しかし、対象が何よりも異なる。灯台は一つであり、動き回ることも無い。こちらが求めればどこまでも近づけ、対岸に見えるテトラポットを渡って灯台に近づく事Tottorikou04_2だって出来る。(もちろん、最近はそんな無茶をしなくなったが)その意味では、せっかちな私には、灯台巡りが合っているのかな・・・などとくだらないことを考えていた。確かに、昼過ぎには三重の自宅に戻って、午後からバイクで再び出かけた自分には合っているのかもしれない。

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