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2011年9月

2011年9月21日 (水)

安宅灯台(冬の思い出)

Botantoudai今日台風15号が日本列島を駆け抜けた。豪雨にも関わらず、東海地方ではあるAtaka25jpgが、幸い私の町では被害が無かった。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。
台風が去った後に、秋の空が少し顔を出した(写真右上:携帯より)。季節はこれから秋本番・・・そんな事を考えていたら、冬の景色を求めて訪れた安宅灯台を思いだした(随分ずれて、強引な振り方かもしれないが・・・)。既に紹介した加佐岬灯台のAtaka24早春を思わせる記事にまとめたように、真冬に訪ねたのに、その日だけぽかぽか陽気だった北陸。今回はその後に立ち寄った安宅灯台を紹介する(写真左上)。

前に安宅灯台を紹介した記事は、5月半ばに訪れたものである。海岸線に流れ着いたゴミの山に、嘆かわしく感じた記事だった。今回は冬のイメージを求めたのであるが、加佐岬灯台と同様に、真冬のイメージからは少し離れていた(写真右中)。しかし、加佐Ataka22_4岬に比べて曇り空であった分だけ冬のイメージは伝わるかもしれない。

安宅と言えば、やはり安宅の関。義経・弁慶で有名な勧進帳の舞台のはずであるが、何故かTVなどで描かれるシーンは山の中のイメージが強い気がする。前回訪ねた時も、日本海を見渡してそんなことを考えていたことを思い出した(写真左下)。

Ataka23前回訪ねた時は、見事な日本晴れで、その後美川灯台近くに沈む日没ショーを楽しんだ記憶がある(産経iza専門家ブログより)。この日は曇っていたが、晴れた冬の日に同じように夕日を味わうことができたら、どう異なっているのだろう?と次回の課題を思いつきながら安宅灯台の周囲を散策した。

事後談になるが、戻って現像した写真は、やはり冬のイメージが薄かった。思Ataka21い切って寒冷調に仕上げた写真(写真右下)は、あまりに強調しすぎていたのだが、心はこんなイメージを求めていたに違いない。

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2011年9月 9日 (金)

網代埼灯台(鳥取県)

Botantoudai今回は、2011年7月に訪ねた鳥取県の網代埼灯台(写真右上)を紹介する。日曜とAjirosaki02海の日の2連休(世間は3連休なのか?)であったが、日曜午後には自宅に戻らなくてはならず、土曜仕事を終えてから鳥取に向かい、一泊して翌早朝、夜明けと共に行動を開始した。既に紹介した長尾鼻灯台の後に、ここ網代埼灯台を訪ねたのである。

思い返せば、2005年の夏に兵庫県の日本海側の灯台を巡った。余部埼灯台Ajirosakichizu1浜坂港矢城鼻灯台、そして今は変わってしまった余部鉄橋など思い出深い。実は、この時鳥取県と知らずに大羽尾灯台だけ訪ねているのであるが、網代埼灯台は、その羽尾埼の反対側にあたる。今回6年の歳月が過ぎて、しかも鳥取県側からここを目指すと、なんだか感慨深かった。

網代埼(地図左上:Mapfanより)に着いたのは、まだ7時を少し回った時間なのに、とにかくAjirosaki04_3暑い。埼への登り口がわからずうろついたのであるが、埼の山に入っていく道を見つけて(写真右二番目)、草が覆い茂っているその光景を見てから車に戻り、いつものようにマムシ対策で長袖・長ズボンと言う服装に着替えて山に入った。登り口こそ道がありそうであったが、すぐに道は無くなり、ただ何となくと言う方向に進んだAjirosaki05(写真左中)。10分ほど登っていくと、突然遊歩道らしき道に出た(写真右三番目)。

どうやら、まったく別方向から灯台に続いて遊歩道が延びていたようで、私はその途中に横から登って合流したようである。合流地点から灯台は右手に進むはずであるが、あえてAjirosaki06左手に向かって、遠景で灯台が見える場所を探してみた。少し行くと、木々の間から灯台の姿が見えるが、やはり夏。葉が茂ってほとんど全景を見ることは出来なかった(写真左下中)。もう一度来た道を戻り、合流地点から右手に向かって灯台へ進んだ。

Ajirosaki03すぐに灯台に着いたのだが、少し離れると木々の葉が邪魔をする。夏に最も灯台巡りに出かける時間が取りやすい私にとって、茂った葉はこれからも問題である。なんとか正面だけは、木々が邪魔をせずに写真を撮ることができた(写真右下)。

ネット上で知り合った灯台巡りをされている方々も、多かれ少なかれこAjirosaki01のような苦労をされているはずであるが、どうも私は灯台へのルートを探す時に、最短ルートを探そうとして逆に苦労しているような気がする。「急がば回れ」小学校の時から知っているフレーズであるが、実践できていない自分に少し反省しつつ、結局登ってきた道なき道を下る自分であった。

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