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2011年12月

2011年12月27日 (火)

大浜埼灯台-1(広島県)

Botantoudaiここで語るまでもなく、今年は未曾有の大震災や原発問題などが起こり、社会情勢Oohamasaki1も変動し続けた一年であった。不安や落ち着かない気持ちの中、年末に『絆』という言葉が選ばれたことは救われた思いであり、むしろ嬉しく感じられた。そんな中、たかが私個人のブログではあるが、どの灯台を今年最後の記事として紹介しようかと悩み、選んだのが大浜埼灯台(写真右上)である。瀬戸の因島に立つ、爽やかで印象深い訪問の記憶をまとめることで、ブログOohamasaki9chizu_3も気持ちよく今年を締めくくりたい。尚、書きたいことが多い訪問であり、今回は灯台周辺の情景や訪問の行程を中心に、後日灯台や情報を記事としてまとめたいと考えている。

大浜埼灯台が立つ因島は、しまなみ海道を尾道から南下すると向島の次に渡る島であOohamasaki10chizu_2り、まだ尾道市内であり、広島県であり、中国地方である(地図左上:Mapfanより)。布刈瀬戸と称されるこの海峡は、来島海峡を避けて通る船舶が多いと聞く。私が景観を眺めている間にも、何隻もの船が通過していった。因Oohamasaki8島大橋を振り返る形で因島大橋記念公園の海岸沿いを進むと、浜からつながる前方の埼に灯台の姿が見えた。私は砂浜に出て、しばらく景色を楽しんむことにした。右手に見える因島大橋によって、島はかなり変わったはずである。この公園をはじめ、整備されていない以前であれば、灯台への訪問も容易ではなかったはずである(地図右二番目:Mapfanより)。

灯台周辺も整備されていて、灯台や験潮所などを見て回れる。入り口には使用Oohamasaki7されていた浮標灯が設置され、案内板も掲げられていた。私は、早速順路に従って灯台方面に進むことにした。埼の付け根の部分を登りながら灯台方面に進むと、やがて広場に出る。見晴らしの良い高台であり、そこから少し見下ろす場所に白亜の灯台が立っていた(写真左二番目)。灯台の前面に広がる海峡や右手の因島大橋を見渡すように立つ灯台の後ろ姿は、瀬戸内海という温和なイメージOohamasaki6に反して勇壮な姿に見えた(写真右上)。灯台へ続く道は、整備されているのだが、手すりの隙間などもあり、危険な箇所もある。灯台前でカメラをかまえたとき、後方に木があったため安心して下がると、そこには柵がなく、危うく海に転落するところであった。しかし、太陽を背に灯台を見られ、青空の下、真っ白な灯台が映えてお気に入りの写真を撮ることができた。

通路に従い進むと、次に験潮所に向かう。だがこの途中の竹林は、荒れてOohamasaki4いて倒れた竹が道を遮っていた(写真右三番目)。竹林を下ると海面が近づき岩肌が見える。海側には手すりが作られているものの、やはり注意すべき箇所もある。観光客の多い場所なら、立ち入り禁止にされそうである。験潮所(写真三番目)から振り返るとまぶしい日射しの中に灯台がにじんで見え、その向こうに因島大橋が重なる。更に近くの入り江の海面がキラキラと輝き、写真での表現は難しそうであるが、思わずシャッターを切った(写真右下)。

Oohamasaki2初秋のこの日、しまなみ海道を南下して来島海峡の馬島まで渡ったのであるが、早朝、最初に訪ねた因島の大浜埼灯台は、間違いなく私のお気に入りの灯台となっていた(写真左下)。(灯台や情報の記事は次回に)

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2011年12月13日 (火)

去ルガ鼻灯台(島根県)

Botantoudai_2今回紹介するのは、通りすがりに、ただ写真を撮っただけと言う去ルガ鼻灯台Sarugahana2(写真右上)であり、言い訳のブログになりそうである。とは言え、多古鼻灯台の記事で書いたように、その時は、急な時間の制約や予定の変更にも関わらずできる限り多く巡りたいという欲求からの行動であり・・・やはり言い訳である。

Sarugahana3chizu『サルガ鼻』は地図上『去ルガ鼻』と書かれている(地図左上:Mapfanより)。近くの洞窟住居跡はサルガとなっている。私はこう言った名称の由来にとても興味を持つのであるが、残念ながらその地で確認しない限り、戻ってから調べることはほとんど不可能であり、これまでにも多くの地名の由来が判らないままとなっている。

お昼前からの半日で島根県の三保関から出雲までの灯台を巡ると言う、慌ただしい予定Sarugahana4chizuの中、まずは境港から美保関灯台を巡って、津ノ和鼻灯台へ向かう途中に、車を止めて去ルガ鼻灯台を望遠で撮っただけである(地図右中:国土地理院より)。灯台巡りの先輩には叱られそうな行為であるが、時間に余裕があった当初の予定では、灯台まで近づくための道も、ちゃんと調べてあった(言い訳である)。

Sarugahana1しかし、ただ遠方から写真を撮るだけなのだが、これが微妙に難しい。これ以上近づくと、湾の内側に入って、灯台が見えなくなる。と言って、もう少し近づきたい。結局かなり離れた場所からの撮影となった(写真左下)。

去ルガ鼻灯台は、境水道を超えて中海に出る重要なポイントではあるが、日本海から水道につながる境港の灯台の方がやはり目立つ。しかし、こう言った水道の出入り口や港内での視界に届く光の重要性は言うまでも無Mihosekiukisimajouyatou1い。ちょうど三保関灯台を巡った後に、美保関魚港の常夜灯にも立ち寄った(写真右下)が、浮島の手前に立つ常夜灯は、灯籠と言った感じであるが、それでも暗闇の中で固定された光は、陸を知らしめる役割は大きいはずである。遠景のみの撮影となったが、少しだけそんな事を考えながら津ノ和鼻灯台を目指すことにした。

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