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2012年1月

2012年1月24日 (火)

馬島周辺の灯台

Botantoudai今回記事にするのは、しまなみ海道を南下し、四国に入る直前にある馬島周辺のUmajimaaroundchizu1灯台や灯標などである(地図右上参照)。以前、ウヅ鼻灯台だけを先にまとめたが、実は他の灯台には近づく事が時間的、或いは地理的に不可能であったため、写真撮影のみであった。そこで記事と言うよりは、馬島周辺の灯台や灯標、導灯などをまとめて写真で紹介することにした。

Umajima01小浦埼灯台:来島海峡第三大橋を今治側から渡り始めると、左手前方の馬島に立つ姿がすぐ目に飛び込んでくる。歩行者は橋の西側を通行するため、東側に立つウヅ鼻灯台は見えにくい。それに対して小浦埼灯台は、来島海峡展望所からもその姿が確認できる。馬島に近づくにつれて眼下に見えるようになる。

Umajima4_3州ノ埼灯台:同じく橋の左手前方に見えるが、馬島の北側であり少し小さく見えUmajima2る。それでも円柱状の灯台の姿は、島に渡る頃にははっきりと確認できる。私的には、橋から西側に立つ二つの灯台が見下ろせる構図は魅力的であった(写真右中二番目)

Umajima9小島東灯標:ちょうど来島海峡第三大橋の西側にある島が小島であり、その東(場所的には島の北東)にある。(小浦埼灯台、州ノ埼灯台と一緒に写真左側の島に見える赤い灯標)

Umajima5ナガセ鼻灯台:馬島の北東、来島海峡大橋の東側にあるため、歩行者からは見えない。島に渡って島の山を越えた斜面から続く鼻に立っている。時間の都合で近づけなかったが、中渡島潮流信号所の灯台の姿を右手に、左手に来島海峡大橋を背景に立つ姿のロケーションは素晴らしい(写真右三番目)。Umajima8

Umajima3来島中磯灯標:大橋から左手に来島、そして小島が見えるが、この間の海峡を来島瀬戸と呼び、この小島寄りに立っているのが中磯灯標である。遠くからではわからないが周辺には岩礁もあるようで重要な灯標である。

Umajima6中渡島潮流信号所:来島海峡第二大橋を渡るとき、馬島近くで、橋の東側に白い建物が斜面に立つ島が目に入るが、それが中渡島であり、潮流信号所である。馬島のナガセ鼻灯台からその姿がよく確認できた。Umajima11

Umajima10火内鼻導灯:少し離れるが、来島海峡第一大橋に北側からさしかかるときに見える灯台である。橋を渡るときに車内からも導灯が見えており、かなり高い位置にあるはずである。

以上、馬島を中心とした灯台関連の施設写真を中心にまとめた。時間があれば、ゆっくりUmajima12一つ一つ巡って、味わいたかったのはやまやまであるが、それでも私なりに楽しむことはできた。来島海峡大橋は、馬島に渡るには、徒歩か二輪となる。橋の支柱の部分である場所からエレベーターで降りるのである(写真右四番目と下:歩道からエレベーターへつながる車道の下の部分)。しまなみ海道が完成したおかげで短時間の間に馬島に渡り、いくつかの灯台を見ることが出来たが、いつの日がゆっくり時間が取れれば、近くまで行って味わいたいとも思う。

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2012年1月10日 (火)

大浜埼灯台-2(広島県)

Botantoudai今年最初の記事は、昨年最後に取り上げた広島県尾道市の因島に立つ大浜埼Oohamasaki11灯台(写真右上)の続きをまとめることにする。前回は灯台よりも、周辺の状況や地理的な観点からまとめたが、今回は灯台そのものについて紹介することにする。

Oohamasaki15地図などは、前回の記事を参照いただきたいが、潮流の早い来島海峡を避ける航路として明治27年に島々を含め9基の灯台が点灯され、布刈瀬戸の航路に立てられた一つがこの大浜埼灯台である。と知ったかぶりをして書いたが、実は明治43年から昭和29年までの間、ここは潮流観測による船舶通行信号所であり、昭和29年に信号所の業務を停止後再び灯台として稼働しているのだと、訪問して説明案内を読んで初めて知ったのである。灯台の周辺には、観測Oohamasaki12所や信号の後(写真左上)が残され、それぞれ説明の案内もあった。

それにしても因島大橋がつながった事によって、この周辺は間違いなく様変わりしたであろう。初めてこの地を訪ねた私には、橋を背景に大浜埼に立つ灯台Oohamasaki16の姿、そして周辺の情景はとても魅力的に映った(写真右中)。灯台は、平成14年に改築されており、その白亜の姿はまぶしさすら感じる。周辺の公園も整備され(写真左中)、灯台や験潮所、潮流信号所なども見学できるように整備されている。とは言え、灯台が観光地になっていると言った雰囲気はない。あくまでOohamasaki3も訪れた人だけのために整えられている・・・そんな感じである。と、褒めてばかりかもしれないが、前回の記事でも書いたように、危険な箇所もあり、訪問者が増えると問題になりそうな場所も多い。また灯台も改築前の状態がわからないが、台座となる部分からはみ出して立てられていた(写真右下)。

訪ねて初めて知った事ではあったが、明治の時代に立てられ、Oohamasaki13その後灯台はお休みしていて、昭和に入り再び点灯。そして平成に入り改築。灯台だけでなく、験潮所、潮流信号所など敷地内をゆっくり巡っていると、そんな歴史を至る所に感じることが出来る大浜埼灯台巡りであった(写真左下)。

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