カテゴリー「九州・沖縄の灯台」の記事

2019年4月20日 (土)

屋久島灯台(鹿児島県)

Botantoudai_2 久しぶりに、ゆっくりと灯台を味わった。とは言うものの、今回はそれ以上の目的を持って屋久島を訪ねたのである。

実は、かねてから還暦を迎えたら、屋久島の縄文杉を是非とも訪ねたい!と考えてきた。そう思った理由は後半で触れるとして、還暦を迎えたYakushima09chizu_1歳に屋久島行きが実現できたのである。私の住む三重県から中部国際空港まで1時間半、鹿児島まで手続きも含め約2時間、乗り継いで約1時間で屋久島に着く。2019年4月4日は早朝に出て、鹿児島で待ち時間はあったものの、午前11時に屋久島に到着した。晴天の中のフライトは、飛行機が得意ではない私にも楽しく、地図で見ているような高知室戸岬の形や、鹿児島開聞岳の上空からの姿に感動していた。

Yakushima06 前日まで、春とは思えない強い寒の戻りで震えていたのであるが、屋久島に到着しタラップを出た瞬間から、全身で南国を感じて、思わず笑顔があふれた。いかにも島の空港と言える様な出口を抜けて、出迎えのレンタカー会社の車に乗り込む頃には、これから始まる屋久島の旅をいろいろと考え、少し緊張を覚えた。今回は単純な観光ではなく、縄文杉を訪ねるための山歩きなどが大部分を占め、更に天候も大きな要素となるからである。とは言え、まずはレンタカーに乗り込むと、迷わず北西に車を進め、屋久島灯台を目指した。屋久島の主要道路は島をぐるっと回る道で、北西から南西の1/5ほどが整備されていないが、北西から南西までの東側4/5の外周は道も走りやすく、いくつかの主要な町が点在している。Yakushima01_1

島の北側を回りながらウミガメの産卵地で有名な海岸を過ぎて島の北西に向かうと、徐々に道が狭くなり、車一台分程度となった。しかし、対向車もなく順調に進むことができて、やがて正面に、数ヶ月前に噴火した口永良部島が見え、島を背景に屋久島灯台の白い姿が見えてきた。既に屋久島に行くことが決まっていたときに噴火のニュースを聞いたが、その後全く情報が無く、今ここから見る限りでは、落ち着いているように感じた。灯台の前に広い敷地があるが、その手前に数台分の駐車スペースもある。やはり立派な観光地として整備されていると言って良いだろう。車を降りると、青い空藍色の海を背景に白亜の灯塔が見えるため、気持ちが焦るが、いつもの灯台巡りに戻って、まずはカメラリュックを背負った。大きな門が施錠されて閉まっているが、その横に小さな門が開きっぱなしとなっている。仮に閉まっていたとしても乗り越えたであろうが、今回は小さな門を通り抜けて気持ちよく敷地内に踏み入れた。

Yakushima03_1 灯台は、敷地内のかなり海側に立っており、海側から照射灯を含めて写真を撮るのは難しい。海を背景に灯塔の後方から写真を撮りながら久しぶりの灯台巡りの時間をゆっくりと味わった。灯台を正面に左手には島の海岸線を追うことが出来る。黒潮の流れは、晴天もあり穏やかだ。新緑が森の緑を更に生命力をあふれさせている。その視線を更に左上方、島の中心方向に向けると、屋久島の神々が宿る山々が連なって見える。素晴らしい晴天で、雲一つかかってなかった。

なぜ還暦に縄文杉と考えたのか、理由は一つではない。仕事柄、長期の休みが取れないのであれば、何も海外に目を向けず、Yakushima04_1限られた日数の中で訪ねることができる国内の地で、是非とも訪ねておきたい場所をリストアップし始めた。日本に生まれたのである、日本のことは全て知っておきたいと思い始めていた。そしてその一つに屋久島があったのだ。また、誰でもそうであると思うが、歳を重ねるたびに人生に対して、自分が納得する答えを見つけたくなる。そんなときにTVで紹介された樹齢四千年以上と言われる縄文杉を見ることで、何かしら答えが得られるような気がしたのである。ちなみに、ここで簡単に言えることではないが、縄文杉を見ることだけではなく、屋久島、そして縄文杉を知り、歩いて訪ね、実際にすべてを見て感じたことが、私の求めていた答えを少しだけ与えてくれた気がしている。

Yakushima08_1 ここ屋久島灯台を訪ねたその後から屋久島の理解を深めた。縄文杉や雲水峡の苔むす森などを見て、感じ、そして知るべき知識を得たのである。もし、その後で、この灯台を訪ねたとしたら、更に異なった感動を与えてくれたに違いない。今は心からそう思っている。一度編集を終えてからではあるが、やはり苔むす森の雲水峡の写真を掲載することにした。Kokemusunomori  

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2017年7月17日 (月)

都井岬灯台(宮崎県)

Botantoudai_2 今回紹介する灯台は、雨天の中訪ねた宮崎県の都井岬灯台である。幸い訪ねた時間帯は薄日も射してはいたが、放牧された岬の斜面で草を食べる馬たちや水平線を背景に灯台の壮大さを味わうにはあいにくの天気だった。

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さすがに観光地である。向かう道路標識も親切で迷うこともない。都井岬は宮崎県としては最南端の灯台であるが、それ以上に景観が素晴らしい。できるだけ考えないようにしたが『天気が良ければ・・・』と幾度となく頭を横切った。それでも放牧された馬たちが、車にも慣れているのか、道路に出てきて窓越しに相手になってくれて、私の心の雲は少し取り除かれた気もした。

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登れる灯台は既に紹介しているが、日本に15基あり、この都井岬は登れる灯台である。今回で13基目を征服したことになる。あと残すは静岡県初島灯台と沖縄の平安灯台である。登れる灯台と言うことは、お金がかかる灯台という意味もある。日本中の灯台を巡ってきた自分にとって、灯台は自由に訪ねられる場所であってほしいが、登れるとなると入場料は目をつむる。しかしそこが観光地となると駐車場代がかかるところもある。都井岬は駐車場代は必要ないが、一帯に侵入する際に寄付と言った形で通行料が必要である。しかし放牧された馬たちの挨拶を受けると、当然とも思えるから不思議である。

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天気のためと平日の午後と言うこともあり駐車場には車は2-3台だった。前方に灯台の姿も見えている。早速灯台を目指し入場料を払って敷地内に入った。ソテツが並ぶ斜面の上に灯台があり、まっすぐに階段が付いている。階段を見上げた記憶は、愛媛県の佐田岬灯台が印象深いが、灯台の形状や周囲の雰囲気は全く異なる。階段を上り右手に海が広がり、左手(灯台後方)は展望台となっている。来る途中降り続いた雨も止み、少し薄日が奇跡的に射してくれた。この機会とばかりシャッターを切った。晴天なら水平線と青空を背景に灯台が引き立つのに・・・と、どうしても考えてしまった。

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昭和四年の初灯。歴史ある灯台であり、観光地。宮崎県の自然が満喫できるこの都井岬。鹿児島県の佐多岬とセットにして、必ずもう一度訪ねようと心に決めていた気がする。

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2017年4月25日 (火)

長崎鼻灯台(鹿児島県)

Botantoudai_2今回は、竜宮伝説がある鹿児島県長崎鼻に立つ長崎鼻灯台を紹介する。

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竜宮伝説と言っても、各地に残る浦島太郎の物語のひとつと思って訪ねたが、詳細な説明看板を読み、竜宮門と言われる穴の空いた岩礁や、少し離れた砂浜がアオウミガメ産卵地であることを知り、ここが本物と思い込んでいる自分に気づいて少し口元が緩んだ。しかししっかり観光地となっていて、土産物屋さんが並び、竜宮神社や浦島太郎の銅像もある。もっと驚いたことは、中国からの観光客も訪ねてくることである。指宿温泉や開聞岳など観光地が多いとは言え、日本の昔話にまつわるこの地まで・・と少し驚かされた。

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晴れ男と周囲から認められている私であるが、この日は雨。開聞岳も雲の合間から時々見える程度の中、長崎鼻に着いた。無料駐車場は、鼻につながる道のかなり手前にあるため、奥の土産物屋の人が手招きして有料駐車場に誘い込もうと必死であるが、私は観光では無く、灯台巡りであり、駐車場代を払うことを良しと思っておらず、悩むことなく無料駐車場に駐めた。

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晴天であれば広がる海を背景に、小さいが長崎鼻灯台はもっと絵になるかもしれない。しかしこの日の天気は、玉手箱を開けたときの煙のように雨に霞んで景観はきわめて悪い。今回本土最南端の佐多岬には足を伸ばしておらず、二番目に最南端である長崎鼻灯台からの景観を楽しみにしていただけに残念であった。それでも周囲の岩礁で形成された地形はなかなかのもので、灯台下から岩肌で続く平坦な場所もある。天気が良かったら、きっと降りて見上げて灯台の写真撮るだろうな~、と思いつつ近づくと、中国からのカップルが雨にも負けずにその場所に降りて、海を背景に自撮りに励んでいた。

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鹿児島に来たのは、遠い昔高校の時の修学旅行以来である。開聞岳はしっかり記憶に残っているが、長崎鼻の記憶は無い。確かに修学旅行で訪ねる場所ではない。ただ、池田湖から開聞岳を見た記憶がある。この池田湖は、ネッシーならぬイッシー恐竜が居るとして有名になったが、それは修学旅行よりずいぶん後のこと。今であれば、間違いなくイッシーの話をするはず。だとすれば、長崎鼻を訪ねてこそいないが、バスガイドさんであれば、竜宮伝説として長崎鼻について、きっと話をしていたに違いない・・・。そんなことを考えつつ、空を見上げて雨雲を少しだけ恨んで灯台を去ることにした。灯台の写真を狙うと言う目的も有り、雨の中で長い時間いたと思ったのであるが、さきほどの中国からのカップルは、私が去るときにも棒に付けたスマホで自撮りを行っていた。

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2014年3月10日 (月)

伊王島灯台(長崎県)

Botantoudai前回伊王島周辺を紹介してから、まとめるのが遅くなってしまったが、今回は、伊王Ioujima03島灯台その物(写真右上)を紹介する。前回も書いたが、伊王島は、この長崎県の灯台を巡る旅の中でも、最も楽しみにしていた灯台である。灯台に興味のある方ならご存知であろうが、伊王島は、観音埼灯台野島埼灯台などと同じで、明治三年に日本で最初に立てられた西洋式灯台の1つである。もちろんその後立て替えられているが、その立地条件からの景観などはやはり深味を感じる(と言っても灯台好きの自分だからなのだIoujima01が・・・)。

前回紹介したように、車での進入が禁止されている伊王島灯台への道をレンタサイクル(電動アシスト付き)でスイスイと進んで到着した。見下ろすような形で広がる景観の中に伊王島灯台の姿を見て、『あー猛暑の中、長崎県まで来て良かった~』と思わず声が出た。私以外に時々観光の人はいても、短時間で戻って行かれる。そんな中、私はゆっくりと隅々まで歩いて回って、景観を楽しみ写真を撮った(汗だくになりつつペットボトルをぶら下げ)。Ioujima02

近づくと、見下ろして見えていたより正面の道は太く長く感じた。海を少しでも多く入れて撮りたいため、木につかまって不安定な足場に登り、正面像を撮影した(写真左上)。近づいて見上げると、なんとも安定感のある灯台である。どこかの灯台と類似点や比較をしようと思い出したが、これまでに記憶に無い形状である。あえて言うなら、安井埼灯台友ヶ島灯台を乗せたような形と言うべきなのか?海側に回って顔を見上げると、ちょうど逆光となり、照射器は見えにIoujima05くい。しかし海側にゆとりが有り、そこには周辺の地図が石版となって設置されていた(写真右中)。

海に向かって左手には、その昔職員が利用した建物が県指定の有形文化財として残っている(写真左中)。この当時の有名な灯台を全て設計したプラントンが同じく設計した無金コンクリート造りだそうである。地震には弱そうだなどと考えてしまった。建物の脇から灯台を見上げるとかなり高い位置にある。夏の色に覆われた灯台の姿は、やはり力強く感じられた(写真右下)。Ioujima06

のんびりとと言いたいところであるが、かなりの猛暑で汗を流しながらゆっくりと景観を眺めつつ、レンタサイクルを駐めたところに戻ることにした。もう一度振り返って見下ろすと、やはり絵になる景色である。今年の年賀状はこれにしようと決めて(既に今年賀状として利用した)自転車に戻って、ペダルをこぎ始めた(写真左下)。

Ioujima08ここで紹介することではないが、灯台からの帰りは、ほとんどが下りである。ギアを落としてペダルをこぐと、電動アシストが働き、面白いように加速する。いい気になって飛ばして戻ったのである。レンタサイクルを返却して、凍ったペーパーおしぼりを出してくれた親切なかき氷屋台のおじさんと立ち話を終えて、近くのベンチでかき氷を食べているときに、胸に入れてあったメガネを落としていることに気づいたのだった。徒歩で探しに戻ったが見つからず、レンタサイクルの爽快さは、この時は完全に失われていました。

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2014年1月31日 (金)

伊王島にて(長崎県)

Botantoudai2013年夏に、陸続きで巡ることができた長崎県の灯台の中から、最も楽しみにしてIoujimaaroundchizu1訪ね、そして最も印象深かった伊王島灯台を紹介するが、今回はその前に伊王島灯台を訪ねるまでの行程や周辺を紹介して、次回伊王島灯台を取り上げたいと思う。伊王島は長崎県の南寄りにあるが、長崎湾に面しており長崎市に近く、訪ねるのは比較的容易である。余談となるが、この南側に高島、中ノ島、そして軍艦島と続くのである。(地図右上:Mapfanより)。そう言った意味でも、以前紹介Ioujimaaround6した樺島灯台に比べると観光色は強く、更に伊王島が観光レジャー地となっており、訪ねる人は多い。

北から海に沿って202号線を南下した自分は、女神大橋を渡り、長崎市内は通過せずに、そのまま南に進んだ。三菱重工業の工場を見下ろす形で車を進めると、やIoujimaaround7がて伊王島大橋が架かる大中瀬戸にたどり着く。名前こそ伊王島大橋であるが、架かっているのは沖之島である。この沖之島と伊王島とは、短い道橋でつながっているのでわかりにくいが、別々の島である。まずは、伊王島大橋の近くに立つ灯台を撮影すべく沖之島に立ち寄った(写真左上と右二番目)。離れていて名称ははっきりしないが、大中瀬戸南灯台だと勝手に思っている。暑い日射しがふりそそぐ中、若い女性二人が、写真を撮っている私の横をレンタサイクルでIoujimaaround5駆け抜けて行った。暑さは半端ないが、それでも楽しそうに話しながら移動しているその姿に、素直に「若いって素晴らしいな」と感じたのは、歳のせいだろうか。

車に戻り、道を進むと知らぬ間に橋を渡って伊王島に入っていた。更に灯台に向かって車を進めると、右手に広がる公共の駐車場を過ぎた登り坂の手前で、交通整理Ioujimaaround4のような警備員が立っていた。『申し訳ないです。夏期はここから先は車は入れないですよ』と謙虚な姿勢。警備員が、規則を後ろ盾に横柄な口調で指図する対応を嫌っていた自分も、素直にならざるを得なかった。『わかりました。そこの駐車場に駐めて歩きですね』と言うと、親切にも少し戻った総合案内所で自転車が借りられるから、それを利用しては?と提案してくれた。車をIoujimaaroundchizu2本当に広い駐車場に駐めて、案内所へ向かおうとして、ふと北東に目をやると小さな島に立つ灯台(標識灯?)が目に入った(写真左2番目と右3番目)。広瀬と地図には載っている小さな島である。駐車場から海岸に出て、写真を撮ると、吹き出す汗を拭いながら総合案内所へ向かった(地図左3番目:国土地理院より、①が駐車場。②が灯台である)。

冷房の効いた室内は別世界である。一気に汗が消えていくのを感じつつも、早速電動アシIoujimaaround3スト付きのレンタサイクルを借りることにした。坂道手前で、警備員に『借りてきたよ~』と声をかけると、『お気をつけて~』の返事。世の中の警備員が皆、こうであれば良いのに。

電動アシスト付き自転車(写真右下)に乗ったことのない自分は驚きだった。内側変速機に加えて電動アシストは、原付バイク、いや、ヘルメットなどの着用を考えIoujimaaround1れば、それ以上の便利さではないか。とにかくすいすいと坂道を登っては下り、また登っては・・・と移動する間に伊王島灯台の入り口に着いた。少し前に私の横を通り過ぎて行った若い女性が、電動アシスト付きだったのだろうか?などと、おじさんぽい事を少し考えてしまった。ここから先は自転車も禁止である。施錠してゆっくりと歩き始めると、すぐに目の前に海が広がり、下っていく埼の先に白亜の灯台が輝いていた(写真左下)。私が灯台に出会うときに一番嬉しいパターンである。次回伊王島灯台をまとめます。

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2014年1月 2日 (木)

大碆鼻灯台(長崎県)

Botantoudai今回紹介するのは、長崎県の平戸、生月島の最北端に立つ大碆鼻灯台(おおばえOobae02はな灯台)である(写真右上と地図左上:Mapfanより)。既に紹介した生月長瀬鼻灯台 では、猛暑の中でかなりの距離を歩いて訪れたが、その間まったく人に出会わなかった。しかしここ大碆鼻灯台は、観光地と言うことも有り、広い駐車場も整備されていて、多くの人が訪れていた。

Oobae06cnizu長瀬鼻灯台の記事にも書いたが、生月島の景観を楽しむなら、西側の道を走るべきである。新たに農免道路として開通した道は整備され気持ちよいだけで無く、右手に岩山、左手に海岸線を楽しんでドライブができる。島の北端である大碆は、その景観が壮大で有り、このため観光地になっていると言える。特に「塩俵断崖」と呼ばれる、塩俵状の岩が連なって形成された断崖は有名で、大碆鼻灯台の少し南西手前に、ここを見るスポットが有り、横に広い駐車場も整備されていた。Oobae01

私が車を止めてその断崖にカメラを向けていると、後ろから声をかけられた。『写真を撮るなら、あちらの奥がいいですよ』 60-70歳くらいの女性が、駐車場から少し南側の草原を指さして教えてくれた。紫色のエプロンをした女性は他にも数名いて、駐車場の南側に建てられた簡易のテントで、アイスクリームやジュースなどを販売していた。「ありがとう。行ってみますよ」と返事しながら、まずはそのテントに近づきソフトクリームを買うことにした。同年代の女性が5名ほどで販売していた。『今日は特に暑いかOobae05らね~』と交わした会話から、三重県から来たことや灯台を巡っている話など会話が続いた。ここを訪ねるのは家族連れか高齢夫婦が多いらしく、中年男性一人というのは珍しいそうである。まっ、当然かも知れないが・・・。そんな話をしている間にも舐めていないと、どんどんソフトクリームは溶けていく。結局ソフトクリームはテントで立ち話をしている間に無くなった。教えられたスポットに向かい、カメラを構えると、確かに角度も良く見事な景観を呈していた(写真右中)。車に戻ろうと歩いOobae03ていると、テントから『灯台からの帰りに、また寄ってね~』と年齢以上の黄色い声をかけられ、右手を上に突き上げて答えてしまった。

大碆鼻には下と少し登った所の二カ所に駐車場がある。下の駐車場は驚くほど広いが、楽を選んで上の駐車場に車を止めた。人の姿がどの角度からでも目に入る(写真左中)。灯台としてはそれほど大型ではなく、照射灯が着いている程度なのだが、登れる様になっていた。何Oobae04度か紹介したが、登れる灯台として、ここは含まれておらず、ただ展望台として付いているのである。もっとも観光客には好評のようで、ほとんどの方がここを登って景観を楽しんでいた。照射灯が照らす海上の岩礁の遙か向こうに、かすかに風車の姿が見える(写真右下)。的山大島である。島の多い長崎県で、船を使って灯台巡りをする日はいつになるだろうか?などと考えながら、人のいないチャンスを待って灯台の写真を撮った(写真左下)。

この日は本当に暑かった。帰りに約束通り立ち寄った紫のエプロン女性のテントで飲んだジュースは冷たく喉にしみた。その感触は今でもしっかりと残っている。

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2013年11月26日 (火)

樺島灯台(長崎県)

Botantoudai今回は、長崎県の最南端、野母崎にある樺島に立つ樺島灯台(写真右上)を紹介Kabashima05する。佐賀県の伊万里を出発し、陸路でつながる長崎県の北から平戸方面を回って、その後西岸を南に進み、最南端まで下ってたどり着いたのである。訪ねた2013年8月の盆過ぎは、連日猛暑が続き、自称晴れ男の私も少しバテ気味で巡ったのである。

Kabashimachizu12010年の夏に、今回訪ねた野母崎から天草灘を隔てた熊本県の天草諸島を巡った。あの時も暑かったが、今回はその暑さを上回っていたはずである。ただ熊本で体験した『まむしの恐怖』は、ここ長崎県では看板も目にすることはなく、蛇を気にすることも無かったので、軽装で巡れた分だけ楽だったかも知れない。Kabashima07

しかし野母崎への道は長かった(地図左上:Mapfanより)。長崎湾を越えて、長崎半島を南に進むに従い、観光色は薄くなる。遠く右手に高島や別名軍艦島が見える海岸線を進み、脇岬から樺島につながる橋を渡って島に入るが、そこからは、とKabashima04ても対向車とはすれ違えない道幅の山道(舗装はされている)を走ることになる。「たどり着けるのかな?」「対向車が来たらどうしよう?」などの不安を抱えながらカーブに次ぐカーブの道を進むと、やがて灯台の駐車場に到着できた。(写真右二番目:道の途中で開けた場所、遠くに灯台が見える)

しかしここで予想外にも5名の人と出会ったのである。3名は作業服姿で、明らかに作業のKabashima06休憩中といった感じで、日陰で一服していた。「珍しいなー、観光かい?」と声をかけられ、「灯台巡りです~」と答えたが、3人とも納得していなかった。おそらく灯台巡りという行動は彼らの頭には無かったのであろう。灯台に向かって歩いて行くと、今度は白いカッターシャツにネクタイ姿の二人に出会った。駐めてあった車に『サイネックス』と書いてあり、その名前に記憶がある。確か自宅医院のKabashima03広告を載せないかと持ちかけてくる地域の地図を発行している会社名であった。おそらく道の確認のためにこの灯台まで調べに来たのであろう。それにしても、灯台には似合わない姿だった。

灯台は、駐車場側から門を入ると左手に立ち、右手は昭和46年まで灯台守が使っていたKabashima02建物(今は資料館)がある。通路を進むと海側に広い敷地が有り、ちょっとした展望台まで作られている。いったいどれだけの人がここを訪ねているのだろう?と不思議であった。しかし目線が高くなり灯台とその背後に広がる海も眺めることができて写真撮影には好都合である。のんびりと写真撮影をして、周辺の海もゆっくりと見渡した。南東には天草諸島がかすかに見える(写真左2番目)。3年前に訪ねた光景が次々と思い出されて、しばらくであるがKabashima01時が止まっていた。

灯台は昭和7年と歴史は古い。外観は兵庫県の余部灯台に似ていると感じた。周辺は柵に囲まれているが、海側から見ると木々に囲まれて、灯塔の部分だけが顔を出している。灯台には資料館(冷房も無く、地獄の暑さだったが・・・)があり、道さえ整っていれば十分に観光地になるかもしれない。しかし、不安を抱きつつもたどり着いた私としては、「このままでLet it be」だった。(写真左3.4右3.4番目)

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2013年11月 1日 (金)

初埼灯台(長崎県)

Botantoudai今回は、前回のブログでも書いたように、佐賀県と思っていた長崎県、福島の先端Hatsusaki5に立つ初埼灯台(写真右上)を紹介する。私の灯台巡りは、原則として自然の土の上に立つ灯台を紹介しており、堤防などの人工物や海中に立つ灯台は除いている。今回紹介する初埼灯台は、訪ねるまで島の先端部分に立っていると信じていたのであるが、訪ねて初めて海中であることを知った。とは言え、限りなく周囲の岩礁にも近いことからお許しをいただいて紹介させていただく(誰も許すとも許さないとも思わないであろうが)。

Hatsusakicjizu1伊万里で一泊した自分は、佐賀県を訪ねた唯一の記念としてこの初埼灯台を目指したのであるが、結局長崎県と言うことで、佐賀県の灯台には立ち寄っていないことになる(地図左上:Mapfanより)。伊万里の中心部から車を進めると、福島につながる橋に渡るために左折する。高い位置でつながっており、ほぼ水平に移動するため橋を渡っているという感覚は景色を見ていないと感じない。福島に入ると、ヒマワHatsusaki4リ畑があったりして目を楽しませてくれたが、思わず車を止めて景観を楽しんだのが、棚田である。背景が海であり、水が入った頃の西日がきらめく景観は素晴らしいだろうと考えずにはいられなかった(写真右中)。

初埼は全体に公園として整備されていて、先端は海水浴場となっている。Hatsusaki2朝も早かったためか、幸い車も少なく、一番奥の駐車場に車を駐めることができた。砂浜に出ると、先端に灯台の姿が確認できる。浜辺から少し奥に一件だけ大きな海の家があるが、時間的にだろうがまだ開いていなかった。既に猛暑とも言える中、各種ジュース、かき氷、ビールの看板の文字に目が向いてしまった。浜辺Hatsusaki1を歩いて灯台側に行くと、砂が固まって出来た岩肌(手で触るとボロボロと崩れてくる)となっている(写真左中)。この時灯台は少し離れた海中に立っていることを知った。きっとこのもろい岩礁が徐々に崩れて海中になったんだろうな~とか、温暖化で水位が上がったからなのか~などとつまらない言い訳を考えて岩Hatsusaki3肌を渡りながら写真を撮った。

少し離れて砂浜から見ると岩の上に立っているようにも見える。離れすぎると角度的に灯台が岩と重ならなくなる(写真右下)。結局お気に入りの一枚は、灯台が岩と重なって見える一枚となった(写真左下)。

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2013年9月25日 (水)

津埼灯台(長崎県)

Botantoudai_2灯台を目指しているとき、私はあるイメージを抱いている。『海沿いの道を走り、そのTsusaki2先に見える岬の先端に白亜の灯台』である。しかし、現実はそんなに甘くない。ほとんどの場合が、海は見えても灯台の姿は森に囲まれた奥で、そこから山歩きで、灯台が見えるのは木々をかき分けて進んだその先である。時には、海を見ることもほとんど無く灯台にたどり着いてしまう。思い出せば、車の移動だけで、全く苦労せずにたどり着いた茨城県の鹿島灯台では、訪ねる途中も、そして着いてからも海をTsusaki5見ることは一度もなかった。今回紹介する津埼灯台(写真右上)でも、ほとんど海を見ることも無く灯台に到着したのだった。

長崎県の灯台は島へ渡らないと行けない場合が多く、陸路で行ける灯台ではあっても、海は間近に迫っているイメージだった。それだけに、海をほとんど見ることも無く、灯台が目前に見えたときにはある意味で驚いた(写真左上)。車から降りて、少し背伸びをすれば、後方にかろうじて海が見えたのであるが(写真右中)、灯台の背後に広がる海と言った、私のお気に入りの景観は難しかった。Tsusaki3

佐賀県の伊万里を出発し、当初佐賀県と思っていた長崎県の福島(島の名称)にある初崎灯台を巡った後に、津埼灯台を目指した(地図左中:Mapfanより)。この日平戸や生月島へ足を伸ばす予定も有り、猛暑だったこの日、海を見ることは無かったが、山歩きをせずに灯台にたどり着けたTsusakichizu6のは、体力を温存できたという意味では幸いだったのかもしれない。畑の間や民家の間の道路をナビに従って進むと、徐々に登り坂となり、岬に登ったのかな?と思った瞬間、正面の道路向こうに灯台の姿を見つけた。

津埼そのものが、高台となった埼なのであろう。周辺に木々や草が茂っているために視界に海は無かったが、少し道を歩いて進むと、下りになりかけた所から海は確認できた。後Tsusaki6からGoogle Earth(写真右下:Googleより)で見てみたが、やはり埼の周辺は緑が濃く、視界が遮られているのであった。灯台に登って見渡したい衝動にかられるが、登れる灯台ではない。比較的大きな形状ではあるが、点滅灯の小型の灯台であった(写真左下)。

Tsusaki4次に平戸方面へ足を伸ばすことを決めていた自分は、滞在時間も半時間以内と短く、周辺を少し散策しただけで車に戻って灯台を後にした。しかし不思議なものであり、海が見えなかった灯台として、記憶にはしっかり残ったらしく、旅を終えて自宅に戻りパソコンに向かって最初に調べたのが、前で紹介したGoogle Earthの津埼であった。

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2013年8月29日 (木)

生月長瀬鼻灯台(長崎県)

Botantoudai今回は、2013年の夏に巡った長崎県の灯台から、生月島に立つ長瀬鼻灯台(写真右上)を紹介する。ご存知のように今年は各地で猛暑が襲ったが、私が訪ねたこの日も最高Ikitsukinagasehana3_3気温37.5度で、汗を流してと言う言葉では表せない暑さの中だった。更に無駄な汗を流してたどり着いたと言う思い出もあり、私にとって最も過酷な訪問の灯台だったと言える。

毎年の夏の灯台巡り、私は例年のようにお盆期間は仕事をして、17日の土曜日の午後から休みをとって長崎県を目指した。JRで名古屋ー博多ー有田と移動し、松浦鉄道を利用しIkitsukinagasehana7chizuて伊万里に着いたのは、午後9時を回っていた。翌18日朝からレンタカーを借りて移動を開始して数カ所灯台を巡った後、西に移動して平戸に渡り、その後生月島に渡って、この長瀬鼻を目指したのである。気温も最高となる午後2時頃のことであった。

生月島は陸路で訪ねることが出来(地図左上:Mapfanより)、自然の景観あふれる場所である。しかしほとんどの観光客は、島の北端である大碆鼻へ直接向かい、この長瀬鼻に立ち寄る人は少ない。しかし島の西岸は農免道路が整備され、絶景が続いており、これから渡られる方には、是非とも西岸を走って観光されることをお薦めしたい。そんな中、長瀬鼻Ikitsukinagasehana1に向かう道は案内も無く、急に側道の細い道に曲がるため、わかりにくい。更に鼻に向かうには、その細い道から更に細い道に入らなければならない。車は進入できそうであるが、あまりに細くなっているため、行き止まりとなる可能性を考えて、そこから徒歩にすることにした。

しかし37.5度である。いつものように草木の中に入る可能性も考えたウエアでカメラリュIkitsukinagasehana2ックを背負うと、それだけで汗が噴き出してくる。それでも細い道を歩き始めると、細いと思っていた道は車が通れるスペースを保ったまま登り坂となって続いていた。戻って車で移動するか?このまま歩いて向かうか?悩んだ結果歩きを選択したのである。結果的には判断ミスで、車で灯台まで来るまで行くことができ、しかも最後まで舗装道路だった。

左右の木々が無くなると、開けた高台の上に灯台は立っている。生月島の月と言う文字からイメージして作られたロケット灯台と言うのが別名である。私の中では、ロケット灯台と言うと、福井県の越前岬に立っていた以前の灯台が思い浮かぶ。背景に五島方面の海を入Ikitsukinagasehana4れて写真を撮りたいのであるが、灯台の手前は斜面で下っており、それは難しく、仕方なく北西の海を背景に何枚か写真を撮った(写真右・左中)。

それにしても暑い。リュックからペットボトルを取り出して喉を潤すが、のんびりと周囲の景観を味わうと言った余裕はなかなか生じない。戻ろうとして斜面を下り始めると、来るときには気づかなかったが、灯台の左側に海を入れて構図が狙えた。結局、夏草の向こうに立つロケット灯台と後方の海が確認できるこの構図が、一番のお気に入り写真となった(写真右下)。

Ikitsukinagasehana6行きは20分ほどかかった行程だが、帰りは下りと言うこともあり早くに車に戻った気がする。最初に語った様に、海岸線は本当に絶景が続いているが、車を止めた場所からも、こんなに景観が素晴らしく、徒歩にしたことでゆっくり景観を眺められた(写真左下)。なんとか徒歩を選んだ自分を納得させようとしているようにも感じたのだが・・・。

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