カテゴリー「東海地方の灯台」の記事

2016年12月21日 (水)

大王埼灯台(三重県)

Botantoudai_2私が灯台の立つ風景に憧れてから、何度も大王埼灯台(写真右上)へは足を運んでDaiousaki02_2いる。大王埼灯台は登れる灯台であり、そこからの景観は見事で、地球が丸いことを実感できる。近くに立つ安乗埼灯台も登れる灯台であり、英虞湾を見下ろす横山展望台からの景観(写真2番目)と合わせた三つは、景観を求める人への私のお勧めである。

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と言いつつも、実はこれまで大王埼灯台の記事は一度もアップしていなかった。どうも志摩地方に私は気に入られていないのか、安乗埼や大王埼で朝日を狙いに行っても雲で覆われていたり、中途半端な青空であったり、満月の夜を狙ってDaiousaki05
いくと、月そのものが隠れてしまっていたり・・・と、とにかく地元の灯台で有名な大王埼であるからこそ、お気に入りの一枚が撮れていない状況で、記事にアップするわけにはいかなかった。

今回アップする気になったのは、少なくとも雲ひとつ無い青空と水平線をバックに写真が撮れたからである。と言っても自分の中では、まだ満足は出来ていない。方角的に夕日は難しいが、西日を浴びて茜色に染まる灯塔の姿や満月の夜に投光する姿など狙

Daiousaki04いたいと思っている。

大王埼灯台の情報は今更取り上げる必要はないと思うが、志摩半島の南側で岩礁が入り組んだこの地域。遠州灘と熊野灘の混じる場所でもあり安全航行のために灯台の果たす役割は大きい。登れる灯台として、観光地としても整備され、更に大王町が画家の町としてPRしていることもあり、訪れる人は案外と多い。とは言っても犬吠埼野島埼灯台潮岬灯台の様な観光地では無い。確かに真珠や海産物の

Daiousaki03土産物が並ぶ商店もあるが、海の見える町の小道を灯台に向かって歩くと言った感じである。画家の町と言う名が示す様に、起伏に富んだ地形の光景は、平面的では無くどこを切り取っても奥行きが存在する。

Daiousaki07灯台は、資料館もあり立派である。らせん階段を上って照射灯の下に着くと、北東から西まで180度以上のパノラマが広がり、地球が丸いこともわかる。とそのくらい今回の訪問は晴天に恵まれたとも言える(だから記事にする気になったのであるが・・・)

灯台は、対面にある公園から見る景色が有名であり、今回私もお気に入りの一枚をアップし

Daiousaki01_3ておく(写真下)。ちなみに、その上の写真は、海女さんをイメージした萌キャラのポスターで、良く目にする。三重県人としてPRも兼ねて、一緒にアップしておきます。

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2016年4月 4日 (月)

伊豆大瀬埼灯台(静岡県)

Botantoudai_2また、かなりの期間が空いてしまった。多忙を理由にするつもりはないが、なかなかIzuoosezaki2_2灯台を訪ねる機会を持てず、従ってブログ更新も滞っていた。今回は、昨年夏に訪問した伊豆の大瀬埼灯台(右上写真)をまとめることにした。

Izuoosezaki5_3大瀬埼は、伊豆半島の西側で、以前紹介した戸田灯台より北側、つまり伊豆半島の付け根に近い内陸となる。これも以前同じ事を書いたが、伊豆半島の西側は、観光地として確立している東側に比較して明らかに道路整備は遅れていて、道は狭い。この日の天候も影響しているのだろうが、何となく暗いと言う印象を抱いて大瀬埼に到着したのであるが、西側が暗いなんて感じた自分を直ちに否定することになった。

Izuoosezaki1_2車を停めて大瀬海水浴場から大瀬神社に向かって歩き始めると、海水浴を楽しむ家族連れや子供たち(どこかの地区からの団体なのか、同じ海水帽をかぶっている)。そして多くのダイバーが楽しそうに語らう周りには、浜狭しと酸素ボンベが並べられ、活気にあふれている。一気に気分まで明るくなる若い女性ダイバーのはじけるような声、ふざけあって遊ぶ子供たちの笑い声。海に入るという格好ではない自分が逆に目立っているようであった。

Izuoosezaki3_2大瀬神社は歴史も古く、そこを通り過ぎて(写真左上)埼を進むと、ご神木がある。樹齢1500年以上だそうである。そこから海側に向かうと、石がころがる海岸線に出るが、そこに大瀬埼灯台が立っている。正面に見事な富士山・・・とはこの日の曇天ではいかないが、かろうじて山の姿は見える(写真右2.3)。本当に晴天なら正面にその姿が広がっているはずである。

Izuoosezaki4_2ここ大瀬埼(写真左下)は、伊豆半島の付け根の部分で有り、ここから北側は田子の浦として広がっている。その意味では小さな灯台ではあるが、重要な灯台なのだ。そう思いながら、伊豆半島をもう一度頭に描いて考えてみた。清水港や田子の浦漁港、そして沼津港のある駿河湾。熱海、小田原、茅ヶ崎、そして鎌倉に続く相模湾。その間に位置する伊豆半島。人が作った交通網により西と東を意識していたが、それ以前に各々の地形や特色にIzuoosezaki6_2沿って、人が新たな歴史を作ってきただけである。富士から見下ろす伊豆半島は何ら変わっていないはずであった。帰りに大瀬浜方面を見ると、各スポットに向かうダイバーたちが目に入った。陸路を、ただ伝って歩いて移動している自分が小さく感じられた(写真右下)。

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2015年10月19日 (月)

田子の浦港西防波堤灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県富士市の田子の浦海岸に立つ灯台である。繰り返しのお知らせになるが、私の灯台巡りでは、原則として自然の土地に立つ灯台を紹介している。従って防波堤灯台を取り上げるのは珍しい。すぐに思い出せるのは地元三重県の磯津港南堤防灯台 くらいであるが、他に思い当たる灯台であっても島堤灯台であり、一応自然の岩礁の上に立っている。今回の田子の浦港西堤防灯台も、厳密には堤防に立っているのではなく、岩礁の周囲を固定した台座の上に立っており、その意味でも取り上げることにした。(回りくどい言い訳のようであるが・・・)

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天気予報は晴れだったが、見事に裏切られて、雨こそ降らない曇天。本来なら『田子の浦に うち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ』の如く季節は違えど、富士の姿を背後に感じながらこの灯台を楽しむつもりであったが、それはかなわなかった(地図参照)。

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港公園として整備された海岸の端の堤防の先端にその姿はあった。田子の浦の海岸はテトラポットが重なり並べられており、海に近づけないようにされたその風景からは、浮世絵に描かれるような光景を想像するのは難しそうである。それでも曇天の下、灯台から西の海岸を眺めると、テトラポッドに打ち付ける白波、そして遠くに見える煙突の煙が、風で横になびく風景は、私には田子の浦として記憶に残りそうであった(白黒写真)。

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この日は風が強く、海も少し荒れていたためか、灯台に近づくと、かなり高い堤防の上まで波しぶきが舞い上がっている。私が訪ねたとき、若いカップルが灯台に一番近い堤防に座っていたのであるが、波しぶきを浴びたのか、大きな悲鳴と共に立ち去っていった。入れ替わって私が近づくと、堤防の高さは、灯台の真ん中あたりまである。通常、灯台は見上げる写真が多いだけに、同じような高さから眺められて、少し興奮気味に、波しぶきが襲ってきてもすぐにはその場を離れられなかった。田子の浦は砂浜海岸とは言え、すぐに深くなるのだろう。比較的大きな船が、近くを進んでいた。

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少し離れて、港公園から海岸線を見下ろすと、灯台は海岸線に立っているように見える。一首が読まれた光景は無理でも、なんとかイメージを膨らまして、海に出て富士を、そして灯台が見える光景を思い描いてみようとしたが、現実に流される私の頭には、そんなイメージは浮かばなかった。ここに暮らし、この公園をよく訪れる人も多いであろう。そんな人たちは、田子の浦と言ったイメージはどんなものなのか尋ねてみたい気がした。

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つまらないことだが、どうしても付け加えて書いておきたいことがある。到着したのが昼を過ぎていて、田子の浦漁港で、有名なしらす丼を食べられなかったことだ。その後伊豆まで足を延ばしたのだが、ずっと悔いが残った。

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2015年9月15日 (火)

戸田灯台(静岡県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、静岡県伊豆半島の西北にある戸田灯台である。

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『戸田』はこの周辺の地名で有り、漁港名でもある(地図は右上)。伊豆を訪ねられた方ならご存知であろうが、伊豆半島は西側と東側で大きく雰囲気が異なる。熱海から東伊豆、そして下田につながる東側の海岸線は、西側に比して明らかに賑やかであり、開発されている。西側は自然が残っているとも表現できるが、道もまだまだ狭い箇所も多く、そんな意味では少し寂しくも感じる。

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今回、伊豆半島の西側の海岸線に沿って、この戸田灯台までやって来た。既に何カ所かで対向車とすれ違うのに気を使ったが、夏と言うことも有り、対向する車のナンバーは他府県が多かった。曇天ではあるが、ほとんど雨には降られなかったが、東側の道路でも降雨量が増えると通行が難しい箇所もあり、西側では更にであるが、その意味では曇天といえども、十分天気には恵まれたと言える。

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伊豆半島は、ダイビングスポットや海水浴など海のレジャー施設が多いが、戸田灯台は西側の海岸線に立ち、駿河湾に面しているため波は荒い(地図右二番目参照)。しかし反対側の東側は戸田港に面した湾内で有り、波も穏やかで、御浜海水浴場として、この日もを多くの車が訪れていた。

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少し愚痴になるが、少し残念なこともある。この戸田港を囲むように伸びた御浜岬は、灯台までの間が公共の駐車場となっている。つまり灯台まで車で行くためには、必然的に駐車場に入場しなくてはいけない。訪れるほとんどの人が1日~半日海で遊ばれるわけであり、その料金は、出入り自由とは言え1000円。私のように灯台を訪ねるだけの者にとっては少々お高いのである。

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比較的大きな石が積み重なっている海岸線は、自然の防波堤にも見えて、海岸線が引き締まっている。テトラポットではやはり味気ない。灯台のすぐ近くに車を駐めて、1000円分の写真を撮るべく歩き回った。恵まれた曇天?のおかげで、清水方面などは見渡せない。しかし、駿河湾を望む海岸線で、大きめの石が連なる中に立つその姿は、小型ではあるが、私の目には勇壮に写った。その姿は、きっと点灯した昭和27年から変わらないのだろうな、とも感じた。

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2015年5月20日 (水)

神島灯台 再訪(三重県)

Botantoudai_2 三島由紀夫の潮騒の舞台、地元三重県の神島へ、GWに再訪問した。渋滞とならない早朝に出て、連絡船で渡って、島を散策して、午後2時までには自宅に戻れる。GWに外出の予定を入れない私には嬉しい、お手軽なお出かけである。

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実は前回も、同じようにGW期間の晴天の日に訪ねた。しかし前回は霞が強く、せっかくの伊良湖水道を挟んでの伊良湖岬灯台が見えなかったのである。今回こそは、神島灯台と遠くに伊良湖岬灯台が写る写真を撮りたい自分は、そのことばかり考えながら連絡船に乗り込んだ。

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連絡船は、以前より速くなった気がする。イルカのように進み、かなり揺れるが、横揺れでは無く、ジャンプを繰り返す様な感じで海面を少し飛んでいるように感じられた。いつしか、本当にイルカになったような気分で、水面から浮き上がって体が宙に浮く瞬間が待ち遠しく感じられた。ちなみに縦でも横でもGのかかる絶叫系は平気だが、無重力になる乗り物は苦手で、船旅は苦手なはずなのだが・・・。

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朝一番の便は、乗客もまばら。島に着いても散策に向かう人はほとんどいない。私は、今回も港から左周りで島を歩き始めた。最初に急な坂道を登り続けると八坂神社に出る。ここを過ぎてしばらく灯台に向かって歩いていると、正面に伊良湖岬が見えてくる。なんと今回は、はっきりと見えるではないか!! 灯台が確認でき、思わず歓喜の声をあげてしまった。写真に加え、スマホで動画まで撮っている自分だったが、ふと考えてしまった。前回訪ねたときには、まだスマホで動画・・・と言う行為はなかった。「写メル」って行為だけだった気がする。そんなに昔だったのか?それとも時代の変化が速いのか?どちらでも良いことを、こんな時に考えてしまった。

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神島灯台の正面から、青空を背景に写真を撮り終えると、今度は、下がれる後方ぎりぎりまで草木に入り込んで、神島灯台と伊良湖岬灯台が写るアングルを探した。伊良湖岬灯台側であれば、後方に下がれるスペースも有り、間違いなく望遠レンズで遠近差を消して二つの灯台を撮るのだが、こちら側からでは広角で狙うため、象と蟻と言った大きさの違いとなる(写真右3番目)。それでも両灯台の写真が撮れて、私は満足だった。

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その後、神島散策を続け、山道を歩いて有名な観的哨や海岸線の景観を楽しんだのであるが、海岸を見渡せる休憩所に一人の青年が座って本を読んでいた。先ほど灯台で私を抜いて先に進んでいった青年である。まさか?と思ってそれとなく近づいて見ると、表題は手で隠れているが、三島・・と読み取れた。たぶんおそらく、神島に渡って、舞台を歩いてから、もう一度『潮騒』を読み返しているのであろう。他に多くの過ごし方もあるであろうGWを利用して潮騒の本と舞台を味わう青年。その若さと素直さと実行力が、羨ましくも有り、恥ずかしくも感じた。

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私はと言えば、鳥羽港に戻って、海鮮定食を食してから自宅に戻ったのである。

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2014年6月15日 (日)

二木島灯台:再訪(三重県)

Botantoudaiしばらく、記事を更新できなかったが、灯台を訪ねてなかったわけではない。ただ休Nigishimare2日に気軽に訪ねることができる、近隣灯台の多くは既に訪ねており、今回のように再訪となるケースが多く、新たな発見や感動がないと記事にまとめにくいのも事実である。今回は、東海の灯台のカテゴリに入れているが、和歌山県に近いNigishimare1南紀の二木島灯台(写真右上)を5月の連休過ぎに訪ねたのでまとめてみた。

既に、幼い頃の記憶と共に記事としてまとめた二木島灯台であるが、今回はそう言った思い出とは別に、楯ヶ埼や千畳敷の景色を、そしてそこに立つ二木島灯台を純粋に楽しみにして早朝に自宅を出た。既に伊勢自動車道から延びる紀勢道が尾鷲までつながってNigishimare3おり、二木島まで自宅から2時間ほどで着くことが出来る(地図左上:Mapfanより)。しかし予想外だったのは、駐車場から楯ヶ埼までの山歩きである。既に一度訪ねて歩いていたはずであるのに、今回はかなりきつく感じた。後から考えると三脚まで取り付けたカメラリュックが重かったのであるが、それでも前回よりも遠く、更に上り下りもきつかった。いや歳のせいではないはずだ!!

Nigishimare4山道には何ヶ所か記憶に残っている場所があった。中でも崩れかけた岩石の場所は忘れようがない。少し以前より道に張り出していたような気がした(写真右中)。やがて灯台の後ろ姿が見え、その横を抜けると、海に向かって下って広がる千畳敷、そして雄壮な楯ヶ埼の景観が広がる。海を見下ろすとパノラマで味わいたい景観であるが、写真で表現するのは難しい(スマホで撮ったパノラマ写真は下)。断崖まで近寄って千畳敷の下から灯台を見上げてみた(写真左中)。そして振り返って恐る恐る波打ち際を覗き込むように楯ヶ埼の景観を楽しんだ(写真右下)。Nigishimare5

他に千畳敷と名が付く場所や観光地はいくつもあるが、景観で言えば間違いなくその中でも上位であり、本来なら十分な観光地になり得るはずである。しかし自動車道からの道は、まだ不便で有り、更に駐車場からの急な上り下りの山道がそれを阻んでいるのであろう。しかしそれで良いのだと、前回訪ねた時とNigishimare6同じ思いを抱きながら帰路についたのである。

ちょうど行程の中間点で楯ヶ埼の裏側の入り江がある。海面も穏やかで、海の底まで透き通って見える(写真左下)。泳ぐ魚の姿を見て、帰りに尾鷲の『おとと』で海産物を購入して帰ったのである。

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2013年1月14日 (月)

間鼻島灯台(三重県)・・友人の愛車にて・・

Botantoudai一週間更新するのが遅れてしまった。年末年始と仕事が入っていて、休みが少なかったのも理由の一つであるが、それでも次回紹介すると思うが、和歌山県潮岬まで日帰りで出かける時間が持てていたことも事実である。Brz1

さて今回は、灯台として紹介しているが、おまけ話に等しい内容かもしれない。20代の若い友人が新車を購入し、彼は教習所以来、マニュアルミッション車を運転したことがないのである。ただ乗りたいという憧れの気持ちからスバルのBRZ(写真右上)を購入したのだ。最近は私が若かった頃のように、本当の車好き、と言うか運転することが好きという若者が減ったと思う。オートマチックが、若者から車を操ると言った興味Amasakishimachizu1を奪ったのかもしれない。それだけに、私のように運転好きで、一時期はダートトライアルまでやっていた者にとって、『マニュアルの扱い方を教えて下さい』などと持ちかけられたら、断る理由も無い。13日にレッスンと称して以前に紹介した、三重県の田曽埼灯台までドライブに出かけたのである。(今も現役でダートを続けている友人が知ったら、笑われそうであるが・・・)

行きは、私が運転させていただき、久しぶりのジャパニーズスポーツカーを味わわせていただいた。トヨタの86とほとんど共通らしいが、そちらには乗ったことがなく、比較は出来ない。しかし、なかなかの足回りではないか(一人前に評価できるほどではないが)などと感じた。しっかりと田曽埼に通じるワインディングロードも楽しませてもらった。Amasakishima2

さてそろそろ本題に戻るが、その帰りに、以前から視界には入るものの、望遠を持ち合わせていないために写真撮影を諦めていた尼埼に立つ、間鼻島灯台の写真を撮ることにしたのである(写真右左下)。カメラを何故持参したかというと、友人の新車の写真を撮ってあげるというのも、約束の一つだったからである。何カ所か車を止めてみたが、結局宿浦から尼埼方面を見る形で撮影することにした(地図左上)。と言っても,1km以上離れた距離を400mmの望遠で撮るのであり、もっと近づけたらと言う気持ちもあった。しかし、この日の主役は、新車であAmasakishima1る。ここからの撮影で満足することにして、帰りは錦方面から最近つながった大内山インターへ出て帰路についたのである。

ちなみに田曽埼漁港の近くで、友人の愛車写真を撮り、田曽埼灯台へは足は運びませんでした。帰りは友人が運転。ぎこちなかったギアチェンジも徐々に慣れてきて、帰りはシフトダウンを多用して運転してみては?と言うアドバイスに従って、練習しながら帰ったのでありました。

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2012年4月30日 (月)

島ヶ崎灯台(三重県)

Botantoudaiゴールデンウイーク真っ直中の今日更新する記事は、地元三重県鳥羽市の答志島Shimagasaki05にある島ヶ崎灯台(写真右上)であり、昨日4月28日に訪ねたばかりである。考えてみると、鳥羽の島々には、GWにばかり訪ねている。2007年には神島灯台に、2008年には菅島灯台を訪ねた。GWに遠出をする習慣のない自分にとって、日帰りで県内の灯台を訪ねるのは、最も充実した休日の過ごし方でもある。

Shimagasaki07chizu答志島は鳥羽港に近く、定期船で15分ほどで渡ることが出来る。島は東西に長く、島ヶ崎灯台へは、島の北西に位置する桃取港が便利である(地図左上:Mapfanより)。4年ぶりに鳥羽港を訪ねると、ターミナルが新しくなり、とても利用しやすい雰囲気に変わっていた。GWと言っても地元の利を生かし、早朝に訪ね始発の船で渡るため、駐車場をはじめ、ターミナルなどに人の姿は少ない。Shimagasaki01

桃取港につくと、地図を確認し、桃取小学校を目指した。その裏側からのルートが最も最短だからである。小学校の手前に灯台への道しるべが設置されてShimagasaki03おり、ちょうど小学校の裏側を通って山に向かう(写真右二番目)。すぐに左手に山に向かう道と、右手に畑沿いに進む道があるが(写真左中)、ここは方向的にも、直感的にも右手を選んだ。後で考えると、もし道を間違うとすればここくらいしかない。しばらくはずっと登りであるが、整備された遊歩道がそこから続く。ひとしきり登ると、答志島を縦走する遊歩道と合流している。私は、少し灯台とは反対の東側の遊歩道を登って、桃取港を見下ろしてみた(写真右三番目)。いつの間にかShimagasaki02かなり高くまで登っていたことに驚きつつ、晴天のGW、早朝からの心地よい汗と共に、景観や新緑を楽しみながら灯台を目指した。

一度少し下る途中にかなり巨大な貯水タンクがある。そこを過ぎるとアップダウンを繰り返して高圧電線の鉄塔に出る。船上から灯台を見たときに、その後方に大きな鉄塔が確認できており(写真左下)、もう少し先に灯台があるとわかった。鉄塔の立つ広場では一瞬進む方向に迷ったが、これも直感で進んだ右手奥に案内Shimagasaki08が表示されていた。

ほどなく細い道の右手に海が広がり、その先に灯台の姿が見えた。しかし右手の木々が邪魔して灯台の全景が見えづらい。幸いにも左手の断崖の手前に緑豊かな場所があり(柵を乗り越えて少し危険な場所ではあるが)そこからゆっくりと灯台を味わうことが出来た(写真右下)。灯台は、二段式に立っていて、船上から、つまり北側から見ると下段の部分が見えないため、スリムな形を想像していたが、実際には安定感Shimagasaki04のある形である。木々の隙間から北側の海も少し眺めることが出来る(写真右上)。

この日気温も高く、新緑の季節ですがすがしい。のんびりと写真を撮って時間を過ごしたが、菅島を訪ねたときに、帰りの定期船に飛び乗った記憶がよみがえり、半時間以上前には、港に向かうことにした。自宅には昼前には戻れて、GWの一日を充実して過すことが出来た。

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2011年4月15日 (金)

清水灯台(静岡県)

Botantoudai西日本がいつも通りに生活して、経済活動を続けてがんばらなくては!と思いつつShimizutoudai07も、続く余震や安定しない原発問題の報道などを見ていると、不自由を強いられている被災地や避難されているみなさまのことを考えてしまう。そして、普通に生活ができるだけでもありがたく感じて、自粛するつもりはなくても、どうしても趣味や娯楽のために外出したり、時間を使ったりしづらくなっている。当然私の場合、灯台巡りも出かけていない。

Shimizutoudai02そんな時に、荷物を運ぶため東京都内に、車で出向いた。節電の影響で街の灯りが暗く、店や飲食店の看板も消えていて、ショッピングモールも暗い。ますます普通の生活ができるありがたさを感じつつ、その夜は大きな余震にも驚いて過ごした。翌日荷物を積んで帰路についたのであるが、東名高速道路で火災炎上事故のため焼津から富士の間が通行止め。しかたなく一般道路を走ったのであるが、ひどい渋滞であった。その時に海を見て、清水灯台を昨年末に訪ねたことを思い出した。・・・・と前置きが非常に長くなったが、今回はその清水灯台(写真右上)の写真を幾つか紹介して記事をまとめることにした。Shimizutoudai03

既に『今年も使えなかった夜明け』のタイトルで一枚だけ写真を紹介したが、富士の朝焼けを背景に点灯する清水灯台の写真を狙って出かけたのである。結局、富士山の手前周辺のみ雲がかかり、願った写真は撮れなかったわけである。

清水灯台は、景勝地と知られる三保の松原の近くに立つ。余談になるが、三保の松原は天女の羽衣伝説が有名であるが、私がお気に入りの場所である滋賀県の余呉湖にも同様の伝説がある。しかし夜明け前の薄暗い海岸を歩き、遠くに富士山の姿が見えると、スケールでも、こちらの伝説の方が勝っている感は否めなかった。

Shimizutoudai05まだ暗い時間帯には人は少なかったのであるが(写真左上)、夜明けが近づくにつれてどこからともなく人が集まってくる。週末と言うこともあったのであろうが、やはり観光地なのだと感じずにはいられない。伊豆半島方面の空が茜色に染まり始めると、思った通り富士山も少しずつ染まってきた。しかし、その頃から雲が気になり始めた。結局灯台が点灯している時間帯に富士山はすっきり見えることは無かったのである(写真右中)。

清水灯台は、明治45年に我が国初の鉄筋コンクリート造りとして立てられた歴史ある灯台Shimizutoudai06である。しかし、富士山という日本を代表する山の姿が背景に収められなかった事で、この時は物足りない気分であった。普通の生活が過ごせるだけでありがたいと感じている東日本の震災後であるが、この時は、全くの自己虫になっていたようである。やがて伊豆半島から太陽が顔を出し夜明けを迎えたが、その景色を見ながら灯台を後にした(写真右下)。

東日本震災被災者の皆様の一日も早い復興を心からお祈りいたしております。

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2011年2月10日 (木)

日没後の御前崎灯台(静岡県)

Botantoudai前回、御前崎灯台(写真右上)を訪れたのも夕暮れ近くだった。既にこちらOmaezaki_2ブログで紹介したが、その時は天気予報に裏切られ、どんよりとした雲が西の空を覆い夕焼けが見られなかった。今回天気は悪くなかったのであるが、冬至に近いこの日、日没時間を考えずに思いつきで自宅を飛び出した結果、夕暮れの時間に間に合わなかったのである。

Omaezakichizu02御前崎灯台(写真右上)は、私が住む三重県からはそれほど遠くない。同じく静岡県に立つ私の大好きな掛塚灯台からもう少し東・・・くらいのつもりでいる(左上地図:Mapfanより)。しかし、その距離差は大きく、しかも高速道路を降りてからかなり時間がかかる(左下地図:Mapfanより)。更に冬至の頃であり、日没は5時頃。考えてみれば土曜日午後2時まで仕事の自分が、思い立って出かけて日没に間に合うOmaezakichizu01はずもなかった。しかしこの日、綺麗な夕焼けが期待できそうな快晴につられて、日没時間まで考えずに車に飛び乗ってしまったのである。

浜松を過ぎる頃、既に西の空は茜色に染まり初めていたのであるが、自分はちょうど良い時間に到着できると信じていた。しかし牧ノ原のインターを降りる頃、日没前の夕焼けショーが始まっていた。進行方向右手に時々見える茜色の夕日は、徐々に低くなり、やがて山肌に重なりはじめた。先行車の速度が異常に遅く感じ、菊川インターから向かうべきだったのかとも考えた。結局御前崎に近づいたときには、夕日の姿は消えていた。

既に完全に日は沈み、西の空の低い部分だけが茜色に染まっていた。すぐにカメラと三脚をOmaezaki03準備して、前回訪問したときと同じポジションに構えた。そう言えば、前回は灯台自体がライトアップされていたために、闇に浮かびあがる灯台の姿が印象的であった。しかし今回はライトアップされておらず、空全体を覆い始めた闇の中で、灯台が光りを放っている、その姿だけが強調され、力強く感じられた。そしてその姿が美しいとも感じた(写真下二枚)。

Omaezaki05それにしても間に合っていたら、みごとな夕焼けだったに違いない。しかし間に合わなかった事を残念と考えるより、「また機会があれば来ようっと!」と思っている自分であった。

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