カテゴリー「北陸地方の灯台」の記事

2013年6月21日 (金)

立石岬灯台(四度目の訪問)

Botantoudai三度目までなら、いろいろ言い訳も出来るが、四度目となると何も言えない。ただこTateishimisaki41_2の灯台が好きであると言うこと。この灯台への行程がちょうど良い距離であること。そして勿論灯台の立つ風景が好きだからである。今回は、4度目の訪問となる福井県の立石岬灯台について、雑談を交えてまとめることにした。

Tateishimisaki43勤務医時代に、GWだからと休もうとすると、必ず呼び出されたり、受け持ち患者様の容態が悪くなる、と言う教訓から、GWに出かけることは開業医となった今もほとんどしない。出かけるとしても日帰り程度だ。しかしこの頃の季節。車を運転したくなるし、汗もかきたくなる。GWに行けなかった代わりに、思い立って5月12日の日曜日に車を走らせることにした。適度に運転を楽しめる距離と行程、適度に汗をかける山道となれば、思いつくのが立石岬への山登りである。立石岬を初めて訪れたのは2006年で、その後すぐにもう一度訪ね、2009年6月に夕焼け時に三度目の訪問をした。全て5-6月の季節である。間違いなく同じ動機でここを目指したような気がする。すなわち、ドライブと山歩きである。言うまでも無く、立石岬灯台の立つ風景が好きだからこそである。初めて訪れた後、集中豪雨で通行止めとなったり、熊が出没したとの情Tateishimisaki44_3報が流れたりで、訪ねにくいこともあったが、やはりこの灯台は私の原点であるような気もする。

今回も同じように気ままに日曜早くに車を走らせた。10時前には灯台近くの漁港に車を止めてカメラリュックを背負って灯台を目指した。初めて訪問したときと比べて、間違いなく『熊に注意』の看板が増えている。それだけじゃ無い、『イノシシ注意』の看板もある。これまでこの灯台を目指すときには、リュックの奥に入れたままてあった「熊鈴」を取り出し、外側に取り付け、歩くと小気味よくカランカランと鳴るようにしてから山道に踏み込んだ。

Tateishimisaki45ここを訪ねた方ならご存知であろうが、道は整備されているが、最初に急な階段が続く。最初の階段を登ったところで、既に汗が流れ落ちた。鶯の鳴き声と、風に揺れる木々の音、そして私が放つ熊鈴だけが響く中、灯台を目指した。階段の後にはコンクリートで固められた坂道。日陰の部分が多いため、うっすらと緑色の苔が覆い、登りには気にならないが、下りでは足を滑らせ転倒しそうになる。

半時間もかからず灯台にたどり着けるが、要した時間以上に灯台が高い位置に立っていることがわかる。こんなに高くまで登ったんだと驚くほど急な登り坂なのだと実感できる。Tateishimisaki46

灯台はいつもの姿で私を迎えてくれた。まだ草も茂っておらず、広々とした印象を改めて持った。少し霞んでいて、海上を見渡す景観は今ひとつであるが、春の日射しは予想以上に強く感じた。まだまだ緑が黄色い木の葉から漏れる光も夏の日射しに似ている気がした。

またきっと訪ねるに違いないが、次回こそは異なった季節に訪ねて、その違いを味わってみたいと思う。春ではないその季節。きっと違いがよくわかるはずだ。

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2011年9月21日 (水)

安宅灯台(冬の思い出)

Botantoudai今日台風15号が日本列島を駆け抜けた。豪雨にも関わらず、東海地方ではあるAtaka25jpgが、幸い私の町では被害が無かった。被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げます。
台風が去った後に、秋の空が少し顔を出した(写真右上:携帯より)。季節はこれから秋本番・・・そんな事を考えていたら、冬の景色を求めて訪れた安宅灯台を思いだした(随分ずれて、強引な振り方かもしれないが・・・)。既に紹介した加佐岬灯台のAtaka24早春を思わせる記事にまとめたように、真冬に訪ねたのに、その日だけぽかぽか陽気だった北陸。今回はその後に立ち寄った安宅灯台を紹介する(写真左上)。

前に安宅灯台を紹介した記事は、5月半ばに訪れたものである。海岸線に流れ着いたゴミの山に、嘆かわしく感じた記事だった。今回は冬のイメージを求めたのであるが、加佐岬灯台と同様に、真冬のイメージからは少し離れていた(写真右中)。しかし、加佐Ataka22_4岬に比べて曇り空であった分だけ冬のイメージは伝わるかもしれない。

安宅と言えば、やはり安宅の関。義経・弁慶で有名な勧進帳の舞台のはずであるが、何故かTVなどで描かれるシーンは山の中のイメージが強い気がする。前回訪ねた時も、日本海を見渡してそんなことを考えていたことを思い出した(写真左下)。

Ataka23前回訪ねた時は、見事な日本晴れで、その後美川灯台近くに沈む日没ショーを楽しんだ記憶がある(産経iza専門家ブログより)。この日は曇っていたが、晴れた冬の日に同じように夕日を味わうことができたら、どう異なっているのだろう?と次回の課題を思いつきながら安宅灯台の周囲を散策した。

事後談になるが、戻って現像した写真は、やはり冬のイメージが薄かった。思Ataka21い切って寒冷調に仕上げた写真(写真右下)は、あまりに強調しすぎていたのだが、心はこんなイメージを求めていたに違いない。

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2011年6月25日 (土)

赤礁埼灯台(福井県)

Botantoudai福井県の記事をまとめるのは、久しぶりである。越前岬灯台がリニューアルされAkagurisaki2た記事を除けば、2008年の高浜城山灯台の記事が福井県としては最後だった。 福井県は、私の住む三重県北中部から訪ねやすい地であり、灯台を巡り始めて三重県より早くに、ほぼ制覇できた最初の県である。今回紹介する赤礁埼(あかぐりさき)灯台(写真右上)も、実は最初の頃に既に訪ねている。しかしデジタルの典型的な失敗で、写真のデータを消去してしまい、今回まで紹介できなかったのだ。

Akagurisakichizu1実を言うと、赤礁埼灯台を紹介するのをこれまで引き延ばしてきた理由がもう一つある。鋸埼灯台をいつか訪ねる機会があれば、その時に一緒に・・・と考えていたからだ。鋸埼灯台は赤礁埼灯台から2kmほど北、大飯原子力発電所の東の埼であり、敷地内を通らないとたどり着けない(地図左上:Mapfanより)。海上からのアプローチや公開の機会に併せて訪ねると言う願いがかないそうにもなく、更に原子力発電所が問題となっているこの時期に敷地内を通過する許可が出るとも思えず、今回赤礁埼灯台のみを2011年のゴールデンウイークに再訪問して写真を撮り直してきた。Akagurisaki6

赤礁埼灯台周辺は、公園として整備され、近くにはオートキャンプ場もある。こう言った施設がある場合には、時として駐車スペースが制限されていたり、入場料が必要であったりするので、気ままに灯台巡りを楽しんでいる私には不都合なことが多い。前回訪ねた時はゲートが開放されていたが、今回はGW中と言うこともあり、有料であった。

Akagurisaki4有料スペースに入り、大きな遊具が備えられた公園を通り抜けして、赤礁埼につながる橋に向かう。前回も天気が良くなかったが 今回は更に天気が悪い。しかし橋が架かった赤礁埼への景観は悪くない。島へ渡ると言う単純な行動のイメージを膨らませてくれる(写真右中)。橋を渡り、少し奥に進むと正面やや左手に灯台が見えてくる。地図上では、島のほぼ中央だが、島の奥に立っているように感じられる。赤と白の灯台で、その姿は赤礁埼の名前通りかもしれない。横から見ると前後に照射部のお皿が飛び出していて、以前はもっと大きな照射灯だったことを想像させる(写真左中)。いろんな角度から灯台の写真を撮っている間、地響きのような低い音で『ゴーー』と言う、波と岩礁で砕ける音の融合が響き渡っていた(写真右下)。数年前、福島県小名浜近くの小良ヶ浜灯台を訪ねた時にも、同じような海鳴りとも言える音を聞いてAkagurisaki5驚いたことを思い出した。震災や津波被害に加えて長引く原子力事故問題で次回訪ねられるのは、いつになるのだろうか・・・、ふとそんな事を考えながら、しばらく低いうなり声のような海の音を聞き、何度も迫り来る波、砕け散る波しぶきを見ていた。

Akagurisaki3

灯台以外何もない赤礁埼の島であり、釣り客以外は観光と言うほどでもないかも知れない。しかし、橋が架かってそこに渡ることが出来るということ自体が、私には単純に嬉しく、曇天の中、モノクロのイメージで灯台を楽しむことが出来た。

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2011年2月22日 (火)

早春のイメージ(加佐岬灯台)

Botantoudai私には、雪の中の真冬らしい灯台の写真を撮影した記憶がない。真冬に撮影した写真は何枚かあるのだが、雪が積もった、或いは吹雪の中で点灯する様なモノクロに近いイメージで写真を撮ったという記憶はない。そう思うと撮りに出かけたくなる自分。この冬は必ず出かけようと決心し、2月の最初の土日を利用して出かけることを予定していた。このKasamisaki203冬は、日本海側では例年にない大雪とのことで、行き帰りの足を心配することはあっても、当日の天候を気にすることはなかった。しかし、私が訪ねたその週だけ、急に暖かくなって、更に青空も見えた。日頃晴れ男と信じている自分であるが、今回だけはそんな自分が恨めしかった。

2011年1月の最後の週末は、福井県を中心に大雪であった。そして次の週末福井・石川県の灯台を目指したのであるが、北陸道は敦Kasamisaki202_2賀インターを越えた辺りから、両側に除雪した雪が高く積まれている。山肌もほぼ雪が覆っている。私はそんな景色を見ながら、辺り一面真っ白な雪に覆われた各地の灯台を思い浮かべて、口元が緩んでいた。しかし道路には、まったく雪はなかった。

灯台を目指して市街地を走ると、道路が少し狭くなるように両側に雪が積まれているものの、やはり道路には雪はない。田畑など土の上で、人の出入りの無い場所は雪に覆われているのだが、日が当たる屋根や側道には雪は残っていない。どこか不安を抱きつつ加佐岬に到着した。岬に続く細い道にも雪はなく、岬の駐Kasamisaki201車場で始めて雪の上を少し走ったくらいである。カメラリュックを背負い灯台に向かうと、地道の上には雪が残っているものの、木々に雪はなく、更に日が当たる斜面に雪はなかった。白の占める割合はほんの僅かである。

既に4度目で、通い慣れた加佐岬灯台(写真右上)と言える。灯台の真後ろから近づくと、その向こう側には、青空が広がっている(写真左上)。しばらく見ぬ間に、電線が無くなり太陽光発電が照射灯の後ろ側に付いていた。まずは、岬から突き出た埼に向かって歩いた。道にはシャーベット状になった雪が残っているが、埼にはまったく雪はない。振り返っKasamisaki204て灯台を見ても、逆光の光の中に冬の感じは漂うが、思い描いた光景ではない。できる限り冷調色のイメージで現像しようと思いつつシャッターを切った(写真右下)。その後岬の左側に移動して少しでも残った雪を入れて写真を撮った。構図的には大好きなアングルである。しかし青空を背景に、ほぼ溶けてしまって、わずかに雪が残るこの光景は、冬のイメージと言うよりも、早春の灯台の景色であった(写真左下)。

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2010年8月16日 (月)

越前岬灯台(福井県)

Botantoudai既にご存知の人が多いと思いますが、越前岬灯台は平成20年改築Echizen21_2、と言うより建てかえられており、以前このブログで紹介した灯台とは別の灯台となっている(写真右上)。思い返せば、以前訪ねた時は、私自身が灯台巡りを始めた頃であり、当時の記事を今読み返すと笑ってしまいそうになる。今回再訪ではあるが、新しくなった越前岬灯台を見上げながら、「随分あれから多くの灯台を巡ったものだ」、と少し感慨深くなった。

Echizen23『日本の灯台』の著者長岡日出雄氏が、以前の越前岬灯台をロケット発射台の様な、と評した左右対称の姿ではないが、灯塔の形やイメージは以前とあまり変わらない。ただ建てかえられた場所が写真を撮る者には嬉しくない。海を背景に狙うと電線が邪魔をするからだ(写真左上)。なんとか海を背景に、電線をいれないようにすると、灯台を見上げる角度はかなりきつくなる(写真Echizen25_2右2番目)。灯台の正面の向きも変わっていて、越前岬灯台と書かれた名称板は以前と反対側となり、登ってくると正面に見える位置に変更された(写真左2番目)。電波塔は以前と同じである。以前の灯台は電波塔と並んで立っていたイメージだが、今回は少し離れていて私的には以前より対照的に感じられた(写真右3番目)。

Echizen22そう言えば、私の記憶違いかもしれないが、以前は水仙ランドの料金所を通過しないと車では入れなかった記憶があるのだが、今回も前回同様午後5時前に着いたが、料金所を通過せず灯台にたどり着いた。記憶違いか、季節によるものなEchizen24のだろうか?更に灯台の向こう側に駐車場まで整備されていて少し驚いた。場所的にも灯台を訪ねる人のためのようにも思える。

今回訪ねたのは、2010年8月最初の土曜日。最近忙しく灯台巡りに出かけられていなかったのだが、仕事を終えた午後2時に思い立って車を走らせた。今回は海岸線を走らず、北陸自動車道で鯖江インターまで行き、東の山側から越前町を貫くように灯台を目指した(地図左3番目)。結Echizen27chizu果的には敦賀から海岸線を走るよりはかなり時間が短縮できた。ところが、おかげで早く着きすぎた。イメージ的には夕暮れ時を狙うつもりだったのだが、まだ太陽は水平線からかなり高い位置にある(写真右4番目)。しかもこの日昼食を取らずに出てきたため空腹で、向かう途中から、帰りには新鮮な海の幸を味わおうと決めていたのである。と言うことで、あっさり夕焼けの灯台写真より夕食を選んでしまったのだが、また気軽に訪ねられるという思いがあったことも事実である。そう考えたからかもしれEchizen26ないが、灯台周辺で写真を撮り終えると、丘を登り灯台を見下ろすように海を眺めてみた。夕焼けが綺麗な秋の季節を狙うならもう少し太陽は北側に沈むから・・・などといろんな位置から新しくなった灯台を眺めながら、実は帰りに食べる海の幸を考えていたのも事実である。しっかりと旬のイカとカニを味わってから帰宅したのだった。

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2010年6月 5日 (土)

岩崎ノ鼻灯台(富山県)

Botantoudai毎年のことであるが、ゴールデンウイークは仕事が入る可能性が高かいためIwasakinohana3、何も予定のないまま迎えた。しかし連休が始まると、出かけたくなる。「せめて灯台巡りの1箇所くらいは行きたいな」と思い立ち、5月1日の土曜日に仕事が終わった後から宿を確保して、富山県の高岡に向かうことにした。運良く渋滞にも遭わず夕暮れまでに着くことができたのである。ちょうどこの日、高岡市内は高岡御車山祭で賑わっていたが、夕方からのイベントはなく、商店街を中心に多くの出店が並び、そこに集まった人の群れが祭りの余韻を残していた。私も宿を出Iwasakinohanachizu8て人混みを歩いて祭り特有の開放感に包まれ、気がつくと屋台でお好み焼きや牛串焼きを買い求めていた。途中のコンビニでビールを買ってから宿に戻り、鼻歌気分で味わったのである。その日は酔いにまかせて早くに床につき、翌朝5時に宿を出て目指したのが、今回紹介する岩崎ノ鼻灯台(写真右上)である。Iwasakinohana1

富山湾は、比較的なだらかな形(地図左上)をしており、このため富山県に灯台の数は少ない。以前紹介した生地鼻灯台が東の拠点とすれば、今回紹介する岩崎ノ鼻灯台は、西の拠点と言える。朝日が昇った直後の高岡市内は静寂にIwasakinohana7包まれていたのであるが、前日の祭りを意識していた私は、サウダージとしてそれを感じようとしていたかもしれない。

すぐに岩崎ノ鼻に着いた。登り口にあった廃墟の敷地内に車を停めて歩き始めたのであるが、すぐに気になる看板が目に飛び込んだ(写真右二番目)。「熊注意」である。登山者だけでなく、岬や埼に立つ灯台を目指す者にとっても熊は要注意である。しかし警戒しすぎると、青森県の黒崎灯台を訪ねた時のようにたどIwasakinohana6り着けなくなってしまう。注意看板の後ろにゴミ捨て場があり、熊も食べ物がないとゴミをあさるんだろうな~などと考えながら、前方を見ると、既に灯台の姿が見えていた。熊を気にしなくても良さそうである。

Iwasakinohana5広い整った公園のような敷地に、柵で囲まれて灯台は立っていた(写真左二番目)。まだ低い朝日が灯台や木立を朱に染め、抜ける様な青空を背景に、どの場所に居ても清々しい気持ちにさせてくれる(写真右三番目)。灯台の背後からでは海を背景にした写真が撮れないため、側面から海を入れて狙うことにした(写真左三番目)。木立の木漏れ日にも関わらず、Iwasakinohana2空の青さがはっきりと見える。正面に回って灯台を見ると、更に青空が強調されるが、白い灯台が浮き上がって、背面から見るよりも灯台は小さく見えた(写真左下)。

Iwasakinohana4ゆっくりと灯台の回りを歩きながら景色を楽しんだが、海だけでなく高岡市街も望める。しかもその高さが程良い。高すぎず低すぎず。少し気持ちに余裕が生まれる高さなのだ。そう言えば、灯台入り口に古墳の跡であることを紹介する看板もあった(写真右下)。太古の昔からこの地はそう感じられる場所だったのだと一人で納得していた。

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2010年5月 3日 (月)

生地鼻灯台(富山県)

Botantoudai以前、石川県能登半島の灯台を紹介したいくつかのブログで、能登くらいまでならドライブ感覚で・・・などと書いた。だが実際に灯台巡りをするとなると、日帰りは少しきつい。今Ikujihana5回紹介する富山県は、実際には能登へ行くより近いかもしれないのだが、灯台巡りとなると同様であり、これまで機会が持てなかった。東海北陸自動車道が通じて便利にもなったが、私の住む三重県からでは、北陸自動車道を利用してもあまり時間は変わらない。富山県の灯台は少なく、氷見や魚津など有名な漁Ikujihanachizu1港があり意外であるが、地理的に海岸線はなだらか(地図左上)であり納得できる。今回は、富山湾を東側から見守る生地鼻(いくぢはな)灯台(写真右上)を紹介する。Ikujihana7

富山県の海側を移動していると、どこからでも立山連峰をはじめ遠くに雄大な山の姿が見える。私の住む町も、スケールが違うが鈴鹿山脈が連なって見え、そのためか何故か親近感が湧く。高岡市方面から海岸線に沿って移動して、魚津を超え黒部市に入ったのが、午前9時過ぎで、迷うこともなく生地鼻灯台にたどり着いた。

周辺は平地である上に、高い建物などもなく、灯台の姿はすぐに目に飛び込んできた。白黒のツートンは、私としては随分ご無沙汰で、青森県の大間埼弁天島灯台以来である。灯台の手前に広い駐車スペースがあり、中心部には生地台場(砲台跡)が整えられている(写真右Ikujihana4中)。富山湾の入り口とも言えるこの場所であるが、置いてある大砲は小さく、富山湾の広さから考えると、とても沖合の船には届かないのでは・・・と史跡よりも現実的なことを考えてしまった。

海側は背の高い堤防が整備され、灯台は堤防から少し離れ、道を挟んだ民家の間に立っている。平成4年に自動化されたらしく、その名残か敷地Ikujihana6内に別の建物があり、周囲も整備されていた(写真左中)。門の隙間から中に入り灯台を見上げると、背が高い。水面高こそ違うが、灯塔の高さだけなら、残波岬灯台鹿島灯台に匹敵する高さであり、尻屋埼灯台よりも高い。周辺をいろんな角度から灯台を見上げて回ったが、平地であり、更に高い堤防のため海を背景に写真が撮れない。かろうじて後方から海を入れて写真を撮った(写真左下)。

Ikujihana3堤防に登り灯台を見ると、後方に黒部峡谷を形成する山々が連なって見える。逆光と霞のためにはっきりしないのが残念であるが(写真右下)、富山湾を目指す船上からも同様に見えるはずである。壮大な山々を背景に点灯する生地鼻灯台の姿も、きっと力強く見えるに違いない。

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2010年2月 8日 (月)

佐渡沢埼灯台(新潟県)

Botantoudai_3 今回で、2009年9月に巡った佐渡の灯台紹介も最終となる。他にも堤防状や海上にはいくつかの灯台があるのだが、原則として土や岩の上に立つ灯台を紹介してSadosawasaki4_2いるので、一応最後としたい(また、ネタが切れたら紹介するかもしれないが・・・)。最後に紹介する佐渡の灯台は、佐渡最西端に立つ沢埼灯台(写真右上)である。

この灯台を最後に紹介する理由は、やはり私のお気に入りの灯台となっていることである。『お気に入り』と言った定義は絶対的なものではない。以前紹介した『私のお気に入りの灯台vol.1vol.2』にも書いたが、その時の気分、天候、時間帯など種々の要素が絡み合ってお気に入りとなるのである。沢埼灯台がお気に入りとなった理由も踏まえて紹介する事にする。

Sadosawasakichizu7_3

沢埼は佐渡の最西端に位置する。既に紹介した台ヶ鼻灯台同様、真野湾に続く海域を照らす重要な位置にある(地図左上:Mapfanより)。佐渡の中心部と言える中興や河原田から沢埼に向かうためには、真野湾から一度離れ、南の海岸線に出て、小木港から続く道を利用しなくてはいけない。と言ってもそれほど時間はかからない。のどかな天気の下、南西の海岸線に沿って車を進めると、正面に沢埼灯台の姿が見えてきた(写真右中)。車を止めて眺めてみると、手前に巨大な防波堤の様な人工物がある。沢埼鼻に渡る橋を守って建てられた物のようであるが、正直なところ違和Sadosawasaki5_2感と同時に水を差された気分であった。景観の良い灯台と聞いて、楽しみにしていたのであるが、あれだけの人工物が近くにあると言う事実が、私の中にあったイメージを脅かしたからである。

Sadosawasaki1

橋を渡り、灯台が正面に見えて、大きく右に曲がったところで、道路は工事区間となり終わっている。いずれは、トンネルも完成し、真野湾に沿ってここに来られる様になるであろう。私は、途切れた道路の路肩に車を止めて灯台に向かうことにしたのだが、近づくにつれて、先ほど人口堤防が見た時に抱いた悪いイメージは消え去りつつあった。正面に草原とまでは言えないが、野原が続き、その先に青空や海を背景に灯台がそびえていたのである(写真左中)。こう言った形で灯台に近づくとき、私は子供のように嬉しくなる。大好きな構図だからだ。更に近づいて灯台の左側に回ると、海が下方に開けて、岩礁もSadosawasaki2見え、これまたお気に入りの光景ある(写真右下)。

感動を覚えつつ灯台を越えて海側に進むと、海岸線はかなり急な断崖もあるが、十分に奥行きがあり、回り込む形で灯台を見上げることができた。後方には、台地のように沢埼の緑が構え、晴天の空には秋の雲が遊ぶように形作っている(写真左下)。更に藍色した海が右側に広がっている。そして何よりも、先ほど目にした人口の堤防は視界にまったく入らないのである。と言うか、その存在すら忘れて灯台の景色を味わっている自分であった。

Sadosawasaki3

私の中にある佐渡のイメージは、けっして大きさに関連したものではない。日本海に浮かんだ、『おけさ』が代表するように民謡的な島である。しかし、私が味わった沢埼は、そのイメージから離れて、時間的にも空間的に大きく感じられるものであり、お気に入りと言えるほどに印象深い灯台であった。

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2010年1月25日 (月)

佐渡城ヶ鼻灯台(新潟県)

Botantoudai既に佐渡を訪れてから4ヶ月が経つ。長手岬灯台弾埼灯台のブログをまとめSadoshirogahana2 ていた頃は、思い出に浸りながらまとめていたのだが、さすがに今は自分の中でも少し色あせ始め、今頃ブログにまとめるのも少し気が引ける。しかし灯台を紹介しているブログとして外すわけにはいかない。今回は、残り少なくなった未紹介の灯台の中から、ある意味悔いが残る訪問となった佐渡城ヶ鼻灯台(写真右上)を紹介する。

シルバーウイークと称された2009年限定とも言える連休を利用して佐渡に渡った。城ヶ鼻灯台は、フェリーが着いた小木港から北東に海岸線に沿って姫埼を目指す途中にある(地図左上:Mapfanより)。既に鴻ノ瀬鼻灯台のブログ記事で紹介したように、昼に小木港Sadoshirogahanachizu5 に着いてから昼食をとれないまま灯台巡りを続け、その途中に城ヶ鼻灯台に立ち寄ったため、空腹の絶頂でもあった。

トンネルに入る手前から灯台の姿は確認できた。ちょうど手前陸側に公園が整備され、そこに車を止め、用を足してから灯台の姿を眺めてみた。夏空と言える様な青空を背景に、埼に立つ灯台は、もっともよく目にする点滅タイプのものである。トンネルの上から海に突き出た埼は、ありふれた景色ではあるが、その先端部に灯台があると言うだけで、私には特別な景色に思えてくる(写真右中)。何枚か写真を撮った後、車に戻っSadoshirogahana1て地図(地図左中;国土地理院より)を見てみた。国土地理院の地図上、徒歩で進める箇所 は点線で道が描かれていることが多いのだが、灯台に続く道は描かれていなかった。

さあー、それから数分間葛藤した。いつもであれば、道など描かれてなくてもこれだけ近い距離であれば、木々の間をすり抜けてでも灯台まで行くはずである。ところが、Sadoshirogahanachizu4 とにかくお腹が空いていた。付け加えるなら、朝食は軽く午前6時に摂っており、その後全く何も口にしていないのだ。・・・・そう結局、空腹に負けて私は、灯台巡りの旅であるにも関わらず、灯台まで行くことを放棄してしまった。

もう一度、望遠レンズで灯台を狙ったのであるが、空腹のため三脚を組むことすら煩わしく感じ、手持ちで撮影した。今となっては空腹に負けて埼に踏み込まなかったことなど後悔ばかりであるが、言い訳として付け加えておきたいが、このときはそうした自分を責める気すらなかった。Sadoshirogahana3

ただ眺めただけの、藍色した海と青空と言う背景に立つ城ヶ鼻灯台。私の中では、違った意味で思い出深い灯台である(写真右下)。

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2010年1月 5日 (火)

台ヶ鼻灯台(新潟県佐渡)

Botantoudai年が明けて最初の記事は、昨年から続いている佐渡の灯台である。私が佐渡滞在Daigahana2 中に宿泊していた長手岬から、少し南に立つ台ヶ鼻灯台(写真右上)を紹介する。訪ねたのは初日で、既に紹介した姫埼灯台を訪ねた後、両津港周辺を見学してから佐渡の中心部を通り抜けて西側に出て(地図左上:Mapfanより)、ここ台ヶ鼻灯台に立ち寄った。姫埼灯台までは空腹状態であったが、佐渡の中心部を通り抜けるときに、かなり遅い昼食も摂れ、コンビニも見つけてスナックなDaigahanachizu6 ど入手したため、少しゆとりを持って訪ねられた気がする。

佐渡は、大小二個の豆を右に傾けて、互いに少しずらしたような形をしており、北側が少し大きい。中心部はこの接点の部分に広がる平地である。両津港から西に向かう350号線周辺が中心部と言えると思う。台ヶ鼻灯台は、350号線から相川に向かう45号線に入り、もう少し西に進んだところにある。ちょうど稲刈りの頃で、刈り取り前の黄金色の稲田、そして刈り取られた後の土色とのコントラストに目を奪われながら走った。Daigahana1

台ヶ鼻に続く道は、わかりにくかった。45号線の路肩に止めて、疑わしそうな細い道を徒歩で進むと、小さな畑に突き当たった。こちらに背を向け、一生懸命畑仕事をする老婆の姿があり、道を尋ねるべく声をかけた。

『すいません』・・・ 返事がない。『すいませーん』・・・ 返事がない。『すいませーん

ようやく振り向いてくれた老婆は、ニコニコしながらこちらに足を運んでくれた。台ヶ鼻灯台への行き方を尋ねると、親切に教えてくれただけじゃなく、しばらく曲がった腰で、私を先導するように移動してくれた。『クモの巣が多いから、気をつけて』とも言われたが、確かにクモの巣Daigahana3 はすごかった(写真右中)。道に覆った草木の全てにクモの巣が張っている。長い枝を振り回してクモの巣を絡めながら進んだ。

灯台の周辺は一応整備されている様であるが、人が訪ねた痕跡は少ない。敷地の周囲には塀があるが、それ以上にその外側の草木が邪魔をしている。塀に登ればかろうじて海は見えたが(写真左中)、海を背景にお気に入り写真を撮ることはできなかった。灯Daigahana5 台は、訪ねるまで知らなかったが照射灯も併設(写真右下)されている。照射灯があると、その方向に目を凝らして、どんな岩や場所を照らしているのか、見たくなるのであるが、それは出来そうになかった。

Daigahana4 クモの巣に囲まれた奥にあり、失礼ながら名前から想像した灯台より立派である。しかし考えてみれば、真野湾に続く海域を、南の沢崎灯台とで照らしているのであり、当然のことかも知れない。老婆に案内されてたどり着いた灯台は、夕焼けが始まる前の西日を浴びて少しだけ朱色に輝いていた(写真左下)。

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