カテゴリー「中国地方の灯台」の記事

2015年8月17日 (月)

江崎港竜神埼灯台(山口県)

Botantoudai_2今回紹介する灯台は、山口県萩から北東に進んだ、島根との県境に近い高山岬の一角、江崎港につながる竜神埼に立つ灯台(写真右上)である。

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と、実は偉そうに書けないのである。実は直接灯台を訪れていないのだ。今回の灯台巡りは、気ままな一人旅ではなく、他の目的もあった旅の中に、灯台巡りを組み込んだため、時間的余裕もなく、更にアプローチ時点で道を間違えたこともあって、灯台を目指せなかったのである。

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この日、前日の雨から一変、見事な青空が広がり、高山岬にある灯台2基を、山歩きを覚悟して訪れたのであるが、完全にアプローチを間違えてしまった。言い訳になるが、昔ながらの方法(打ち出した地図を見る)ではなく、スマホのMAP機能を利用したのが間違いだった。この日帰宅予定で、その前に高山岬灯台へも行く予定だった自分に時間は残されておらず、望遠での撮影のみとなってしまった。

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地図上では道は示されていないが、google earth(写真左上)で見ると、南側に道らしき物が写っていた。昔ながらの地図と、現地での感を頼れば、こんなミスはしなかったと反省しきりであるが、再訪するには少し遠い地であるだけに本当に残念である。

望遠で見ると、灯台手前に灯籠が見えて、そこには道がある様に見える。望遠で写真を撮りながら、そこを歩いている自分を想像できただけに、悔やみきれなかった。

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灯台は、高山岬を回り込んで江崎港に入る船舶からは、岩礁が多そうな東側を示す重要なポイントである(写真左下)。望遠で撮影するために対岸を移動しながら、全体を眺めていて改めてそう感じた。そんなことを感じられたことだけを慰めに、写真を撮り終えると時間を気にしながら車に乗ったのである。

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2015年7月24日 (金)

虎ヶ埼灯台(山口県)

Botantoudai_2前回の神島灯台の記事から間隔が開いてしまったが、今回紹介する虎ヶ埼灯台(写真右上)は、春に訪ねた山口県の萩周辺であり、4月に紹介した玉江港灯台から北東の方向にある。萩の城下町をToragasaki5_2北東から見下ろすようにある笠山がある半島で、その先端が虎ヶ埼である(写真地Toragasaki6_2図左上)。

玉江港灯台でも書いたが、萩を中心に巡った二日間。初日は雨で、二日目は晴天だった。雨の中、どうせ洞窟の中ならと、まず秋芳洞を訪れ(写真右中)、その後に虎ヶ埼灯台に立ち寄ったのである。ここは椿が有名で、ヤブツバキの群生林があって、2-3月の晴天であれば散策すると楽しいはずである。私はと言えば、間違ってこの群生林を巡る道の方に進んでしまい、雨風と戦いながら歩いたので、楽しかったとは言えないのだが・・・。Toragasaki2

間違いに気づいて戻って灯台にたどり着くと、とにかく強風に混じった雨。雨滴がレンズに付いて満足な写真がなかなか撮れなかった。それでも被写体にかぶToragasaki3らないように傘の角度を調節しながら写真を撮った。これが案外大変なのだ。左手でカメラ、右手でシャッターを押すから、脇に挟んだ傘の枝を首筋なども利用して固定する。ところが風が強いと容易に回転しながら被写体の前に現れるのである。

虎ヶ埼灯台は、松などに囲まれ、その向こうに一部砂浜もあるが多くは岩肌で海岸線となる。比較的よく目にする小型灯台の立地条件であるが、ふいに宮城県の岩井埼灯台を強く思い出した。もう6年前に東日本大震災の前に訪ねた灯台で、立地的に気仙沼港につながる南側の埼である。震災でどうなったか、その後訪ねておらず、もう一度訪ねたいとToragasaki4_3思った。しかし、他にもよく似た立地条件の灯台は多くあるのに、なぜ夏空の晴天下で松林の間にそびえる岩井埼灯台を今思い出したのかは自分でもわからなかった。

灯台から海側に進んで、傘を脇とあごで固定し、風に吹かれて岩の上でグラグラ揺れながらも踏ん張って写真を撮り終えると、ゆっくToragasaki1りと来た道を戻って車に収まった。上半身はレインウエアを着ていたが、下半身はずぶ濡れになっていた。風邪をひかないように車内で履き替えている姿が、我ながら滑稽だった。

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2015年5月 4日 (月)

玉江港灯台(山口県)

Botantoudai_2「ようやく!」と言っていいくらい灯台巡りに出かける時間が久しぶりに取れた。他の予定に組み込む形で時間を入れて出かけたのだが、理由はともかくも、久しぶりの灯台巡り

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に、気持ちが高まって、雨を呼び込んでしまったようである。あいにくの天気の中、山口県萩市にある玉江港灯台を訪ねた。雨滴がレンズに付くような雨風だったが、写真は修正せずに掲載させていただきました。

新幹線で新山口まで。そこからレンタカーだが、高速道路(現在は無料区間)もあり萩までは随分近く感じた。訪ねたその日は萩市近郊の灯台巡り。一泊して翌日は萩市内観光と島根県境の灯台巡りと考えたが、初日が風雨で翌日は晴天。天は私を見捨てたとのか助けたのか?

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今年はブームとなっている萩。駅周辺や道路を移動していても、大河ドラマとコラボした看板が目に付く。萩市内をぐるっと車で巡った後に、西側に立つ玉江港灯台を目指した。久しぶりの灯台巡り?ってことで勘が働かなかったのか、随分遠くに車を止めて、雨の中歩いて灯台の立つ海岸を目指した。海岸に出ると橋本川を挟んで後方には萩城跡がある指月山が見える(左下地図)。

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灯台は、小さな岩山の上に立っている(写真右下)。遠くから気づいていたが、登り口には鳥居があり、灯台の奥に祠があるのが見える。近づいて驚いた。「厳島神社」なのである(写真左上)。赤い鳥居、赤い祠、そして赤い灯台。ふと京都府に立つ三津港島堤灯台を思い出した。確か同じような赤い小さな灯台で岩山の上に立っていたはずである。

祠にお参りしてから、灯台の写真を撮ったが、風雨が強く、傘をさしても雨滴がレンズに付く。

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灯台巡りでは、滅多に雨に降られない自分なのだが、久しぶりの灯台巡りの喜びが勝ったのか、厳島神社のご利益なのか、楽しくて仕方なかった。

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少し岩山から離れて、萩市内方面に目を向けると、風雨に霞んで歴史ある町並みが広がっている。高い建物がなく、街全体が平坦に見え、そのわずか上空を雨雲が漂っていた。何かしら重いものを感じ、翌日晴天の中萩市内を散策した夏みかんの景観(写真左中)より、この時の情景が心に残っている。

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2013年7月31日 (水)

牛窓港灯台(岡山県)

Botantoudai日本のエーゲ海としてPRされている岡山県の牛窓。以前に初夏の晴天に訪れたこUshimadokou01とがあるが、確かにどこかにリゾート地の雰囲気が漂っていた。と言っても海辺で感じたのではなく、オリーブ畑が有名で有り、近くに建つ白亜のホテル(泊まってはいないのだが)でそう感じたのである。今回は、梅雨の季節に訪ねた牛窓港灯台をUshimadokou07記事にまとめるが、残念ながらエーゲ海と言った雰囲気は味わえなかった。

梅雨が近い日、「曇りのち晴れ」の天気予報に見事にだまされて、岡山県まで足を伸ばした。時間的にはあまりかからないが、レンタカーを直前に予約したため少し不Ushimadokou02安な気持ちで岡山駅を降りたが、空模様が不安な気持ちを生んでいたのかもしれない。無事レンタカーを借りて、牛窓に着いたのは、お昼前だった。

牛窓港灯台は、フェリーで結ばれた「前島」に立っている(地図左上参照:国土地理院より)。フェリー乗り場、と言っても半時間おきにあるため駐車場はそれほど広くなく、一度通り過ぎてしまい、Uターンして列に駐車した。車を止めて降りると、石垣にもたれかかった老婦人二人から声をかけられた。『あの船が来るのかい?』指さす方向に、前島があり、フェリーと言うより連絡船らしい船が見える。『ごめんなさい。Ushimadokou03地元の者じゃないのでわかんないけど、そうみたいですね』との答えから話がはずんだ。この二人は、前島の民宿が行なっている海鮮魚の昼食を食べに行くらしく、倉敷からみえたそうである。私が三重からと聞くと、ますます話が盛り上がったが、一人の婦人が腰痛を訴えたため、船が来るまでレンタカーの助手席に座っていただいた。私は外で窓越しに話すと言った光景は後から考えると滑稽だったかもしれない。Ushimadokou04

島から船が移動し始めると、すぐにこちら側に着き、話し込んでいた老婦人も乗り場に向かわれた。『ありがとうね』と言って、私の手に飴とキャラメル、袋に包まれたあられを渡してくれた。駄菓子の詰め合わせと言った雰囲気に微笑んでしまった。10分ほどで島に着くため車内から降りる人はいない。島に着いてからも係員に手際よく誘導され、すぐに移動である。港から迷うことも無く、牛窓港灯台がある海岸に着いた。

Ushimadokou05灯台は晴天であれば異なった雰囲気を見せてくれたかもしれないが、これまで訪ねた漁港などに立つ灯台と同じ印象であった。小雨もぱらつき始め、早々に港に戻り帰りの船に乗り込んだ。島での滞在は1時間程度であった。

牛窓には歴史的な燈籠堂がある。国土地理院の地図では、燈台として表示されているたUshimadokou06め、当初は燈台がもう一基あるのかと思っていた。せっかくなのでそこを訪ねて、もう一度牛窓港を見渡してみたが、やはり天気のためなのか、エーゲ海のイメージは浮かばなかった。しかし、倉敷からみえた老婦人お二人との会話は、旅のエッセンスとしては十分で有り、更に、家内に頼まれていた食用のオリーブオイルと美容用のオリーブオイルを入手したことで、特別な場所を訪ねたという気持ちになって帰路についた。

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2012年7月21日 (土)

石見大崎鼻灯台(島根県)

Botantoudai私的なことだが、少し体調を崩して定期的な時期での更新が遅れてしまった。不思Ishimioosakihana03_2議なもので、体調が悪いときには普段何とも思わないような行動すら輝きをおびて感じる。今回紹介する島根県江津市に立つ石見大崎鼻灯台(写真右上)を訪ねたとき、灯台へアプローチする道を少し悩んだことや、灯台を目指す過程で着目したちょっとした物は、いつもならここで取り上げないかもしれない。しかし、健康に感謝するとそう言ったちょっとしたことを取り上げたくなる。

Ishimioosakihana07chizuIshimioosakihana08chizu石見大崎鼻灯台は、石見海浜公園の一角に立っている。とは言え地図(地図左上:Mapfanより)を参照していただきたいが、海浜公園は三カ所存在している。勿論灯台が立つ公園を迷うことはないのであるが、問題はアプローチである。公園の一角に立つ以上、ルートは整備されていると思って近づいたのであるIshimioosakihana05が、東側にある小学校側から訪ねたので、その道が荒れていて、少し不安を抱くIshimioosakihana04_2ほどであった。公園の中に入ると、歩道は整備されており、しかも道にプレートが埋め込まれている(写真右中)。石見神楽や島根県の魚はトビウオ・・・などと知識を確認しつつ灯台を目指した。

灯台の立つ埼の東側はきれいな白砂の海岸線が続いている。途中散り始め葉桜に変わりつつある桜越しにその海岸を眺めると、あいにくの曇天ではあるものの景観をより楽しむことが出来た。

Ishimioosakihana02灯台周辺は、歩道から続く雰囲気のままであるが、先ほどまで見てきた東側の海岸線を描いた絵が案内板として掲げられている(写真左中)。燈光会や海保庁の看板ではなく、こう言った地元の案内板は楽しませてくれる。実際の景観と見比べながら景観を楽しんだ。

灯台は真っ白な光が使われているらしく、夜にその姿を見ればより楽しめるかもIshimioosakihana01しれないが、曇天の日中、外観的には特色的なものは感じにくかった。しかし灯台の後方、左後方から景観を楽しむことが出来て、海を背景に灯台が見られる、私のお気に入りの構図である(写真右下)。晴天に是非訪ねてみたい。

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2012年6月11日 (月)

大岬灯台

Botantoudai今回も島根県の灯台を紹介します。これだけ島根県の灯台が続くと、『さぞかし、島Oomisaki4根県は詳しいのでは?』と思われがちであるが、実は松江・出雲・石見と言う名称以外は頭に浮かばず、更に津和野が島根県と言うことも知らなかったのである。今回、地名すら知らなかった浜田・江津・太田という町を海岸線に沿って移動して、大崎ヶ鼻という岬に立つ、大岬灯台にたどり着いたのである(写真右上)。

Oomisaki6chizu2こんな表現をすると地元の人にお叱りを受けるかもしれないが、浜田市を出発して、出雲方面に向かって東に移動していくと、町の景色も徐々に賑わってくる様に思える。宍道湖を中心とした出雲・松江周辺が中心地であることは間違いないであろうが、そう感じた理由のひとつは、自動車道の案内表示のためかもしれない。山陰道は、江津から出雲の間はつながっておらず、そのため江津を過ぎると、出雲インターまで〇〇kmと言った看板が増えてくる。賛否両論がある自動車道であるが、それが与えるイメージは大きいみたいだ(地図左上:Mapfanと国土地理院地Oomisaki2図より)。

港町を抜けて、漁業水揚げ作業場の前の道路が幅広く、岬側に階段を見つけたため、そこに車を止めた。木々に囲まれた場所に出たのだが、灯台の立つ方向に進むと、斜面を利用して墓地が広がっていた(写真左中)。しかし、その墓地の上方に灯台の案内の看板が見える。失礼とは思いつつ、墓地の中の道(迷路のようであったが)を何とかOomisaki5抜けて、灯台につながる階段下まで進んだ。天候は時々小雨がぱらつく曇天。登り切ったら出会える灯台の風景を想像しつつその階段を上がった。

整備された広場が灯台の左手にあり、正面には見晴らしの良い海の景色が広がっていた(写真右中))。晴天であれば、遠くまで海原を見渡せ、同時に灯台の姿も視野に入る、私好みの景観である。それでも、左手につながる江津方面の景色は見ることができ、与えられた今日の天気に満足しつつ、しばらく景色を、そして灯台を味わった。登ってきた方角を振り返ると、ここが大崎ヶ鼻と言われる如く、町の両側に海が広がり、本当に突き出た岬であることがわかった(写真左中)。Oomisaki3

広場の左端に、個人が持ってきたと思われる木製の椅子が、ちょうど景色を眺めるためのように置かれていた(写真右下)。間違いなくこの景観を愛する人が持ってきたのであろう。私もそこに座らせていただき、しばらく曇天ではあるが景色を楽しんだ。

Oomisaki1灯台には、燈光会ではなく、第8管区海上保安部が作成した案内表示が設置されていた。そこには、この灯台の50周年を記念して、1999年に近くの小学生がタイムカプセルを保管したことが記されていた。2024年11月に開けられるそうである(写真左下)。

どの灯台にも歴史を感じさせられることが多いが、この灯台の歴史的役割が1つ増えたわけである。ロマンを感じつつも、その頃もう一度訪ねられたら・・・と考えずにはいられなかった。

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2012年5月28日 (月)

江津灯台(島根県)

Botantoudai今回も、島根県の灯台を紹介する。昨年の夏に島根県の灯台を巡りきれなかったこKouzu03とや天候に恵まれなかったこと、そして私的用事で日程が短縮されたことなどからリベンジを考えていたのであるが、早くもこの春にそのチャンスが訪れ、再び島根県に車を飛ばしたのである。今回紹介するのは江津灯台(写真右上)である。

江津灯台は、島根県のほぼ中央、太田市と浜田市に挟まれた日本海に面した江津市にある(地図左上:Mapfanより)。中国自動車道は出雲市と浜田市につながKouzu01_2っているが、その間は山陰道が整備されつつあるものの、東西の移動は9号線が中心となる。今回は前日夜に浜田市まで進め、早朝から9号線で出雲に向かいながら灯台を巡った。

江津市は、江の川を中心に古くから賑わった港町であり、その海域を守る重要な灯台が江津灯台であり、昭和35年に設置された。9号線を東に進み、渡津町に入り左折して細い道を進むと神社があり、その手前の公民館に車を停めた。江の川から開けた場所であり、予想通りこの周辺には神社が点在している。その神社の横から灯台に向かうことが出来る。地図上、Kouzu02灯台の海側すぐ近くを道が通っているが、それは崖の下であり、灯台へは南側から埼を登って訪ねる。と言っても道も整備されており、車も通れそうで、徒歩でも5分ほどで灯台に着ける。

Kouzu04晴れ男を自称している私であるが、島根県とは天気の相性は良くないようで、曇天(この後降り出してきた)である。しかし神社の入り口では、満開を過ぎたとは言え、桜が出迎えてくれた(写真右中)。灯台の近くにも桜の木はあったが、こちらは既に葉桜と変わっていた(写真左下)。

島根県は私の住む三重県から日帰りはきびしいが、週末を利用して車で訪ねることができるぎりぎりの場所でKouzu05ある。昨年夏に予定の変更で巡れなかった灯台や天候に恵まれなかった場所でのリベンジとばかりに再び出かけたのであるが、今回も天候には恵まれなかった(写真右下)。しかし、例年より開花が遅れた桜に出会うこともでき、更に翌日は回復した青空の下、満開の美保関灯台を見ることも出来た。神の国出雲、嫌われてはいないようだ・・・。

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2012年4月17日 (火)

潜戸鼻灯台(島根県)

Botantoudai今回紹介する灯台は、島根半島の日本海に面した、ちょうど松江市の北に位置Sentohana1する潜戸鼻灯台(写真右上)である。以前紹介した多古鼻灯台の西側にあり、島根原発の東側にあたる(地図左上:Mapfanより)。

多古鼻灯台だけでなく、この時巡った島根県の灯台記事でしつこいくらい書かせていただいたように、時間的制約が厳しい中立ち寄ることができSentohana5chizuた。しかし慌ただしく立ち寄ったにも関わらず、ここを訪ねた思い出は爽やかで、ゆったりと巡れた気がしている。そう感じた理由は、この日巡った灯台の中では、訪ねやすい行程だったことも一因であるが、何よりもその景観から受けたものであるに違いない。Sentohana3

潜戸鼻の付け根部分まで車で行くことが出来、そこから徒歩となるが、鼻を一周する遊歩道が整備されていて、しかも日本海を異なった角度から楽しむ事が出来る(写真右中)。しかもそれほど草木が茂っておらず、見晴らしも良い。私は十分にその景観を楽しみながら灯台周辺を味わうことが出来た。ちょうど灯台の海側Sentohana2は、なだらかな岩場となっていて、少し海に近づく事も出来る。岩場から灯台を見上げると、岩の隙間から延びた夏草の緑と、少しだけ顔を出している青空に映えて立っている(写真左下)。やはり灯台は自然に溶け込めるな~と感じた。灯台の東側に、枯れ木が数本立っていた。日本海から吹き続く風をその姿から感じ取れそうであった(写真右下)。

天候はこの後下り坂で、目的としていた夜の日御碕灯台では雨に降られSentohana4てしまったが、まだこの時は、曇天の合間から青空が顔を出すときもあり、潜戸鼻灯台の爽やかな景観を楽しむことが出来たことに感謝しつつ、慌ただしい灯台巡りの中、少しだけのんびりと過ごしていた。

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2012年3月19日 (月)

境港防波堤灯台(鳥取県)

Botantoudai今回は、訪ねたと言うよりは、写真を撮っただけなのであるが、鳥取県境港の防波Sakaiminatobouhateichizu6堤に立つ、2基の灯台を紹介する。ここは、風光明媚な弓ヶ浜海岸から続く先端(地図右上)で、境水道を挟み島根半島に延びた先端部に当たる(写真左上:wikipediaの写真より)。境港市であり、水産が盛んである以上に、ゲゲゲSakaiminatobouhateichizu7の鬼太郎で知られる水木しげる出生地で、鬼太郎関連のオブジェが通りに並んでいる。

今回私は、鳥取県の灯台に立ち寄る余裕が無く、まだ訪ねていない鳥取県の灯台数基を諦め、島根半島を目指す中で境港防波堤灯台の姿をカメラに収めただけである。とは言え、近くまで訪ねたとしても、海上に延びた防波堤の先に立ち、ほSakaiminatobouhatei1_3とんど海の上であることから、改めて訪ねる機会はそうそう持てないと考え、今回紹介することにした。

Sakaiminatobouhatei4今更ここで書くことではないが、"私の灯台巡り"では、原則として岬や埼、岩肌など自然の上に立つ灯台を紹介しており、防波堤や港の人工物に立つ灯台はひかえている。とは言え、自宅近くの四日市市の磯津港南堤防灯台京都府の三津港島堤灯台など、これまでに微妙な立ち位置や訳ありの灯台は紹介してきた。今回防波堤灯台と言う名称ではあるが、ほぼ海上に立っているとも言える灯台であることから、記事としてまとめることにした。Sakaiminatobouhatei3

地図を見れば一目瞭然であり、境水道への入り口にあたる灯台である。船舶は、前回紹介した美保関灯台を右手に見て進めば、この灯りによって水道や境港に導かれるわけであり、その重要性は言うまでも無い。陸地からすぐの所に立つのが境港防波堤灯台であり、外側から延びたテトラポッドが積まれた防波堤の先に立つのが、境港第2防波堤灯台である。島根半島側から眺めると、この日は曇天ではっきりしないが、後方に大山の姿が浮かんでおり、 弓ヶ浜半島の景観と併せて、天候に恵Sakaiminatodai2bohatei5まれれば、高台からその姿を撮りたいと感じさせられた。

立ち寄ったわけではなく、灯台の詳細な情報は書くことが出来ないが、次回鳥取県の残された灯台を巡るときは、最後に境港市の旧境港灯台を訪ねると考えられ、その時に詳細が語れることを願いたい。

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2012年3月 6日 (火)

美保関灯台(島根県)

Botantoudai美保関灯台(写真右上)をようやく訪ねることができた。あいにくの曇天で、しかもMihonoseki3ノ和鼻灯台の記事にも書いたように、急な予定変更があり、あわただしい訪問となってしまったが、以前から、訪ねたい灯台リストの上位にあっただけに満ち足りた時間を過ごせた気がしている。

Mihonosekichizu1説明する必要もないであろうが、美保関灯台は、日本海に突き出た島根半島の東端、地蔵埼(美保之碕とも呼ばれる)に立つ灯台である(地図左上:Mapfanより)。鳥取県の境港からつながる弓ヶ浜、そして大山のいただきを南に、見る場所であり、境港、そして隠岐の島に続く海域を守る重要なポイントである。

鳥取県米子方面から境港を超えて島根県半島に入り、右折して美保関漁港に立ち寄っMihonoseki2て、去ルガ鼻灯台の記事で紹介した常夜灯を訪ねた。時間的に余裕は無かったのであるが、少しここで気持ちを落ち着かせてから美保関に向かいたかったのかもしれない。ここから美保関灯台まではすぐだった。

Mihonoseki5地蔵埼に着くと、広い駐車場が整っていたが、ほとんど車はなく、登り口のすぐ近くに車を止めることが出来た。ちょうどその前に地蔵埼の案内板があり、それに目を通してから、カメラリュックを背負って灯台に歩き出したのであるが、同時にポツポツと雨が落ちてきた。

向かう道の途中から、灯台の立つ埼が見渡せた(写真右二番目)。緑の濃さに反し、曇天のため海と空の境界がわかりにくい。写真を撮るには最悪かもしれないが、ようやく訪ねることがかなった気持ちに押されて、その時はあまり気にしていなかった。まずは灯台に近づいて、ゆっくりと灯台を眺めながら周辺を歩いてみた。灯台は、剱埼灯台禄剛埼灯台経ヶ岬灯台と同じようMihonoseki6に両側に土台部分があり、裏側は真っ直ぐという作りである(写真左二番目)。それでも敷地内から見るのと、一段下の歩道からと見上げるのでは印象が変わる(写真右三番目)。

Mihonoseki4周辺の案内板や景観を楽しむため、かなり長時間ぶらぶらとしたが、その間にも雨は降ったりやんだりしているものの、本格的な雨にはならずにすんだ。お昼も過ぎ、空腹感も強くなってきたため、その存在を訪ねる前からネットなどの情報で知っていた『灯台ビュッフェ』に入ることにした。店内に入ると以前用いられていた大型のレンズが飾ってある(写真左三番目)。私は、灯台の立つ姿を追いかけている割に、灯台のレンズや投光器についてはまったくうとい。それでも現在備えられている小型の投光器とは比べものにならないことはわかる。このレンズから投光している姿を見てみたいものである。Mihonoseki7

雨も混じる曇天の中、初めて美保関灯台を訪ねた。既に多くの写真でその姿を見ていたが、実際に訪ねた今となっては、私が味わった時のみの記憶が残り、他の写真で見た姿は消えてしまったようだ。予定変更で足早に巡った島根県半島の灯台。必ずまた巡りに来るであろうから、その時は季節と天気を吟味して訪ね、もう少しお気に入りの写真を撮りたいと思う(写真右下)。

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