カテゴリー「灯台までの道(行程)」の記事

2011年1月13日 (木)

大江港灯台への道(熊本県)

Botanway 昨年末クリスマスの時期に、大江港灯台を目指す途中に立ち寄った大江天主堂の記事を載せた。今回は、その目的地である大江港灯台を紹介するつもりだったのだが、思い返すと、灯台までの行程は、語らずにはいられないほど過酷なものだった。夏草に隠された山道、37度の気温、マムシの恐怖など・・・。誰もその行程などに興味が無いのOoekouway06は充分理解しているが、どうしても灯台を紹介する前に、その行程を知っていただきたく、今回紹介させていただくことにした。冬に訪ねれば、何の苦労もなかったであろう猛暑の中の行程を少しでも理解いただけたら嬉しい。

Ooekouway05大江港灯台に向かうのは、山歩きとなる。車から出て、既に大江天主堂での滞在だけでも汗だくになったTシャツを脱いだ。まずは首筋を中心に虫除けスプレーを念入りに吹きかけた。そして、これまでさんざん私を悩ましてきたマムシの恐怖にも立ち向かうため、厚めの長ズボンを短パンの上にはいた。後部座席で乾かしてあるTシャツを着て、その上から登山用のレインジャケットを着た。両手Ooekouway04には指先が出た皮の手袋をし、その上から軍手をはめ、首にタオルを巻き、帽子をかぶった。飲み物も入れたカメラリュックを背負い、伸縮自在の杖を持って準備完了である。既に汗が噴き出している。

海岸を少し進むと埼の山に登る階段が見えてくる(写真右上)。そこを登ると既に道は存在していなかった。いやあるのだが道ではない(写真左上)。それでも進むべき方向はわOoekouway03かる。延ばした杖は、ヘビの存在を確かめるべく、歩きながら、いや登りながら地面をパンパンと叩くのに使った。もう少し進むと、いよいよ道がない、と言うより草で全く隠れている(写真右二番目)。既に紹介した下大戸ノ鼻灯台でマムシを気にして踏み込むのをためらった草むらより草が茂っている。『なんでこんな所行かなきゃいけないだよ』と自分の愚行に愚痴をこぼしながら、パンパンと叩きながら草むらに入り進んだ。少し進むと木々や竹林で薄暗い場所に出た(写真左二番Ooekouway02目)。だが道がはっきりとしていて、草が生えていないだけでも私には平穏な地に思えた。しかしその平穏は長続きしなかった。やがて日射しが頭上に戻ったかと思うと、正面には再び草むらが続いていた(写真右三番目)。しかし、雰囲気は頂上に近い。再びパンパンと地面を叩きながらゆっくりと進んだ。とその時だった。『ガサガサ』と何かが少し前方右側で動いた。驚いて立ち止まった私の目に入ったのは、枯れ枝だけであった。しばらくその場で立ちすくみ、気配を覗ったが、動く物はなかった。数秒の出来事であったのだが、私の汗を確実に冷や汗に変えていた。

Ooekouway01草むらを通り過ぎると、再び両側から延びた木々が日射しを遮り、薄暗いトンネルを作っていた。しかし、少し進むと正面に光が見える。そして更に近づくと白い人工物が見えてきた(写真左下)。Ooekouway07_2

灯台に着いたのは、海岸を歩いた時間も入れると、およそ40分ほどである。既にレインジャケットの下は汗だく。地肌が汗でジャケットと引っ付き気持ちが悪いが、ここで脱げば一斉に蚊の攻撃を受ける。結局顔の汗を拭うだけでがまんした。

『大江港燈台』と縦に刻まれた門の名札を、はっきりと読めたことが何故だか無性に嬉しく感じた(写真右下)。

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2010年3月 4日 (木)

二木島灯台への道(三重県)

Botanway 三重県熊野市に立つ二木島灯台(写真右上)には、私個人、かなり強い思い入れがある。親族が、ここ二木島に住んでいたことから、幼少時から幾度かこの地を訪ねていNigishima3たからであり、ここの風景に思い出が重なるからだ。勿論、当時は灯台を意識していたわけではない。ただ夏休みの数日を、海水浴に明け暮れながら、この何もない港町で過ごしていただけである。しかしそんな夏休みのある日、叔父が小型の船に乗せてくれて、湾内を巡った後熊野灘に出て、今回紹介する二木島灯台が立つ楯ヶ埼を海上から見せてくれた。正直なところ、その時の記憶は揺れる船に大騒ぎしていたことばかりであり、灯台や楯ヶ埼の岩が連なる千畳敷Nigishimachizu19の景観はほとんど覚えていない。しかし間違いなく幼い頃から、この二木島で幾度か夏を過ごし、この目でこの景色を見ていたはずである。

そんな記憶をたどりながら訪ねた二木島灯台を紹介するのであるが、思い入れが強く、長くなりそうであり、今回はまずは灯台への道を案内して、次回灯台そのもののNigishima1記事を書く事にする。

 二木島は、以前紹介した三木埼灯台コスギ鼻灯台より南にあり、熊野市Nigishimachizu18_2に立つ。俗に熊野街道と言われる42号線は、このあたりの海岸線から離れた場所で南北に延びているが、海岸線を走る311号線も比較的整備された道で、一部細い箇所もあるが、ドライブには気持ちがよい(地図左上:Mapfanより)。ちなみに二木島に海水浴場はなく、子供の頃は二木島に滞在しつつも、ひと山越えた南の新鹿まで当時の国鉄紀勢本線を利用して泳ぎに行っていた。Nigishima2_2

311号線で二木島湾が見渡せる(写真右二番目と地図左二番目を参照)展望所が、ちょうど楯ヶ埼への入り口であり、急な下り坂から始まる歩道があNigishima4_2る。この展望所から楯ヶ埼は向こう側になるため見ることはできない。展望所から一度下って、楯ヶ埼全体の山を右側から回り込むように徒歩で進むのである。しかし、展望所に入らず、そのまま車で進むと左折して、展望所の下にある港につながる。ここに車を止めれば、少し近くから歩道に合流することができる。但し、歩道も見えず案内もないので注意が必要だ。歩道は整備されているが荒れてNigishima11いる箇所もある。途中の阿古師神社(写真右三番目)までは上り下りは多いが危険な場所はない。しかし埼に近づくと岩が滑落し道に落ちていたり(写真左三番目)、道の一部が崩れていたり(写真右四番目)と言う場所もある。とは言え山道ではなく、整備された道であり、通行に問題はない。釣り人も多くこの道を使っており、更に楯ヶ埼を観光したい人は通らざるを得ない道である。

Nigishima14遅い人なら40分、早い人なら20分ほどで楯ヶ埼に着く(写真左四番目)。灯台は楯ヶ埼の手前に立っていて、その後方には海や千畳敷と呼ばれる岩原が広がっている。大きな立方体状の岩がいくつも重なって突き上がり、その表面は平らになって、まさに千畳敷である(写真右五番目)。同じような岩で出Nigishima12来た北海道の日浦岬灯台をすぐに思い出したが、そちらは荒くて、平らな部分はなかった。

岩原の表面は、大きなブロックが組み合わされたように岩が重なっている(写真左下)が、その表面の高さは整っていて、海側から山側まで自由に移動できる。怖々海側に移動すると、急な段差となって海に続いていNigishima8_2て、降りることが出来る岩場では、釣り人が数名釣りをしていた。『海が荒れていたら、とても無理だろうけど、穏やかでも危険な場所だな~』などと、思った瞬間に、セピア色にもならない薄い記憶が脳裏をかすめた。その昔、この地を見たときに感じた、恐怖の記憶だったのかも知れない。

次回は、本題に戻って灯台の記事をまとめます。

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2008年12月31日 (水)

三木埼灯台への道(三重県)

Botanway_2   2008年、最後の記事を何にするかで悩んだが、久しぶりに灯台への道(行程)をまとめてみることにした。私の住む三重県は、Mikisaki2 南北に長く、志摩半島を越えて南への道は限られてくるのだが、今回紹介する三木埼灯台(写真右上)は、気象番組などで度々紹介される尾鷲のもう少し南にある。しかし、そうわかっていてもたどり着くためには、複雑な道を通り、更に約30分程の山歩きが必要である。今回は、当初の目的に沿って、灯台までの道を中心にまとめてみた。三木埼灯台については、既にブログ記事としてまとめてあるので、そちらを参照していただきたい。

Waymikisaki4 42号線熊野街道を南下して尾鷲市街を通過し、311号線へ左折して入る。注意が必要なのは、311号線への左折より手前に鉄道と同じように海に沿って左折する道があり、それは桃頭島や久木埼へ続く道であり遠回りをすることになる。311号線を左折したら三木浦町を目指して進む(地図左上:MapFanより)。一山越えると、海が見えてくるが、そこは九木港や九木埼灯台へ向かう道である。鉄道の九鬼駅もここにある。そこを過ぎると、まもなく三木浦トンネルにつながる。しかしトンWaymikisaki2ネルには入らず、その手前で分岐する旧道に入り、山間部を進む(地図右二番目:国土地 理院より)。私も訪ねるまでは、もっと細く不便な道を思い描いていたのだが、道幅も問題なく、案外苦労しない。この旧道を走る途中で左折して更に三木埼に向かって細い道に入るが、まだ十分車で行くことが出来る。

Waymikisaki5 三木埼への徒歩での入り口となるポイントには左手に小さな案内板もあるが、右手に広がる開拓された広場が目印となる。ちょうどその周辺は車を停めることも可能である。案内板の場所から徒歩で山に入る(写真左二番目)。まず上り坂が続くが、石段が整備されており少々きつい登りだが、最初と言うこともあり軽快Waymikisaki6 に登れる。また木々の間から洩れる光がコントラストの効いた景色を演出してくれるので、歩いていて楽しく感じた(写真右三番目)。

登り切ると、そこからが山歩きと言った感じだが、道も整Waymikisaki8備されていて迷うことはない。崖に面し た歩道には柵も設けられており(写真左三番目)、気持ちよく山歩きが楽しめる。しばらく進んでいくと、両側にシダ類が覆い茂った道を通る(写真右四番目:今回から灯台への道のタイトル写真にも利用するくらい、私としてはこの場所が気に入った)。この場所はかなり灯台に近づいたWaymikisaki10場所である。

等高線の入った地図(左四番目地図:国土地理院参照)を見るとわかるが、最 初の登り以外は、直線的に山を登ると言った箇所はほとんどない。分岐点も終盤にあるが、案内表示もあり迷わずにたどり着ける(写Waymikisaki3真右5番目)。ただ、この時は灯台近くの道が崖崩れでも生じたのだろうが、本来なら道を下って、灯台を仰ぐように門に達するのだが、道が崩落していて、少し高い位置(灯台の裏手)から入る形となった。立派な門があるのだ が、当然周辺は荒れていて残念であった。

三木埼灯台への行程で、唯一迷ったのが帰り道である。と言っても問題なかったのであるWaymikisaki9が、来るときの案内で迷わず通過した分岐点を反対方向から見ると(写真左五番目)、少し悩んでしまったのである。ちょうど木々に囲まれた場所で、一休みするにも良いポイントなので、私は地図を確認しつつ、しばらく自然を味わってから残りの帰路につき、無事車までたどり着いた。

Waymikisaki11 後日灯台巡りの大先輩から聞いたのだが、この周辺でも熊は出るそうです。私は灯台巡りで山道を歩くため、いつも熊鈴も着けていましたが、以前熊の恐怖に悩まされた箇所もあり(こちら参照)、少し後から怖く感じました。みなさんも夏の後半から秋に行かれる場合は注意して下さい。

三木埼灯台は、主に東方面の海上に向かって光りを放っており、大晦日の今日、この記事をまとめながら、元日の朝ここから初日の出を見るのもいいな・・・などと考えていました。(尚、前の灯台の記事を含め、三木崎灯台を三木埼灯台と書いていました。今から全て訂正も大変なので、この場を借りて訂正とお詫びを)

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2008年5月13日 (火)

陸奥大島灯台への道(青森県)

Botanmichi

夏泊と言う地名が、爽やかな夏の日に訪ねた私としては、なんとも心地よく感じMutsuoosima07 たのであるが、陸奥湾に突き出た夏泊半島の先端にある陸奥大島灯台(写真右上)への道を今回は紹介する。灯台のブログはこちら↓

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/08/post_b5b4.html

青森市から国道4号線を東に、陸奥湾に沿って走り、陸奥湾から離れた平内町から左折して夏泊方面に進む。(地図左上:MAPfanより)アネコ坂という山間を抜ける道を通ると、一度陸奥湾が左手に見え、もう一度山間部に入り、馬屋尻からWaymutsuooshima02 は再び陸奥湾に沿って走る。この辺りは景観も良くドライブしていて楽しい。陸奥大島灯台は、その名の通り大島という島に立っている。夏泊半島をUターンする先端近くの左手に大島が見えるが、ちょうどここに駐車場がある。大島へは橋が架かっており歩いて渡れ、周辺は釣りや海で遊ぶ人がたくさん訪れるようである。私は、青森市を早朝に出て、平日の午前8時前に着いたためか、駐車場は全くの空車状態であった。周辺道Waymutsuooshima01路の路肩はもちろん駐車禁止だが、駐車するスペースは無いこともない。しかし最も大島に近い場所に駐車場はあった。

parking駐車場のおじさんに料金を支払うとき、『大島の灯台へは行けますか?』と尋ねると、東北弁のため詳細はわからなかったが、足下は悪いが行けると言う意味は伝わった。カメラリュックに、適当に装備を詰め込んで、短パンにTシャツ姿で向かうことにした。駐車場から大島へつながる橋に向かう道沿いに、いわゆる海の家のよMutsuoosima02 うな店屋さんが並んでいたが、まだ開店前の準備状態で、店の人も私を珍しそうに見ていた。橋の欄干には海鳥が、気持ち悪いほど留まっていたが、私が渡り始めるとジッパーを開くように次々と飛び立ち、島に渡ったときには全て飛び立っていた(写真左二番目)。

大島は縦に細長く(地図右二番目MAPfanより)、灯台は橋の反対側にあるため、島の中央部の山となっている所を歩いていくことになる。登り道は階段まで付いていて、整備されているのかと思ったが、すぐに道は草木に被われた山道となった。更に夜露にしっかり濡れていて、短パンもTシャツも濡れて冷たい。Mutsuoosima14

木々を抜けると視界が開けて、前方に比較的背の低い草が丘全体を覆い、そのほぼ頂上に灯台の姿が見えた(写真右三番目)。しかし、そこへは背丈ほどある草むらを抜けなくてはならなかった。通り抜けると、やはり夜露でずぶ濡れ状態。

Mutsuoosima12 しかしそこから先は気持ち良かった。天気もよく、近づくと思ったより背の低い灯台の台座に腰掛け、裸になり衣類を乾かしたsun。灯台から振り返ると、灯台の立つ丘以外は森になった島であることがよくわかる(写真左三番目)。しかも海岸沿いに来ることは出来ないようである。約半時間ほど灯台周辺で過ごしたが、もう少し先にある弁天神社へは草が邪魔していて訪ねることはできなかった(写真右下:灯台の後方に鳥居が見える)。

すっかり乾燥した衣類はリュックにしまって、代わりに持参した雨用のウエアを着て、草木の露を避けMutsuoosima10て車に戻った。車に着くと、待っていたかの様に、駐車場のおじさんが歩み寄ってきて、正確にはわからなかったが、灯台まで行けたかどうかを尋ねた。草木が邪魔して大変だったことや神社までは行けなかったことを伝えると、『んじゃ、祭りまでに草払わんと・・・』と言う内容を東北弁で口にした。私は下見として利用されたのだろうかcoldsweats02・・・と思いつつ、体の汗を拭き落として、安井埼灯台を目指して車を進めた。

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2008年3月31日 (月)

田曽埼への道と桜(三重県)

BotanmichiBotanomake  田曽埼灯台への道を今回記事にすることにしたのには、理由があ  る。以前、暖かな冬の日に田曽埼灯台を訪ねたことTasosaki2_2があり、既にその訪問に関してはブログに書いた。その記事で、『灯台周囲に桜の木々があり、次回は桜の和的な色彩と灯台のコントラストを撮ってみたい』と感じたことを書いた。今回桜の季節を迎え、その時の誓い?を果たすため再び田曽埼を訪れたのである。(写真右上は、前回訪問時の田曽埼灯台) http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2007/06/post_aae0.html

今回おまけ話のタイトルも付けたのは、桜を意識したからであり、基本的には灯台への道を主に記事にして進めたい。

Tasosaki21 3月最後の日曜日、天気は下り坂で、朝からどんよりとした雲が覆っていた。早朝に自宅を出て、伊勢自動車道・玉城インターを降りて260号線で田曽埼に向かった。南勢町から田曽埼につながる道はかなり改修されてきたが、それでも一部細くてカーブの多い道もある(地図右中上:gooより)。午前9時前には田曽埼に着いた。田曽埼灯台は、埼の西側である先端に立っているが、訪ねるにはWaytasosaki2東側にある民家の間から向かう。西側からでは自然の崖をよじ登ることになり危険である。(地図右中下:国土地理院より)東側にある民家の手前の防波堤を民家側に降りる道があり、細いが民家の間を通ってそ のまま遊歩道につながっている。民Waytasosaki1家の間を抜けると急な上り坂が始まり、登り切ると平坦な遊歩道が続き、灯台の立つ埼の先端に向かうことができる。前回の記事でも案内したが、”南勢テクテク会”の方が付けてくださった案内板のおかげで迷うことはない。

歩いている途中でポツポツと雨があたったが、降っているという程のものではない。灯台に着くと、早速前回撮った場所と同じアングルで何枚か写真を撮った(写真左上:右上の写真と同じアングルにて)。しかしさすがに一面雲に覆われた背景であり、灯台は勿 論のこと、桜もまったく引き立たない。カメラの彩度や色設定に気を使って何枚か撮ってみたが、やはりお気に入りとはいかなかった。

Tasosaki23今年桜の開花は事前の予想より早まった。そんな中タイミング良く、桜咲く田曽埼に出向けたことは幸いなのだが、やはり晴れ男を自称する私としては、青空の下訪ねたかった。前回訪ねたときは、2月とは思えない強い日ざしが作り出す強烈なコントラストの灯台をカメラに納めることができた(写真右下)。しかし、それ故にかもしれないが、灯台周囲に桜の木々があることを知って、次回は桜が満開となった時の霞んだ春を連想して、曖昧なコントラストの写真を思い描き、『和的色彩の写真を・・・』と思ったのかもしれない。そうだとすれば、『狙ったとおりの天気ではないか』と自分に言い聞かせ納得した(写真左下)。Tasosaki1

晴れてくれなかった言い訳かもしれないが、前回とは異なった田曽埼灯台の姿を見せてくれた天気や周囲の桜に不満を持つどころか、雨が本降りにならなかったことをありがたく感じながら、灯台を後にして、再び民家の間を通り抜けて車に戻り、帰途に着いた。

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2008年2月24日 (日)

博奕岬灯台(京都府)への道

Botanmichi 京都府の灯台と言えば、やはり経ヶ岬灯台が一番に思い出されるところであるが、私は今回紹介する博奕岬灯台(写真右上)が思い出深い。灯台の姿、周囲の景観なども個人的には好きであるが、それ以上に訪ねたときの苦労や失敗もそう感じさ02 せる要因であろう。今回はそんな思い出の詰まった博奕岬灯台への道を紹介することにした。

博奕岬(ばくち岬)は、船舶が舞鶴湾から日本海に抜けるとき、東側にそびえる岬である。舞鶴若狭自動車道の舞鶴東ICを降り、北上して舞鶴湾の東側にある舞鶴港に架かる大橋を渡り、舞鶴発電所がある北西に車を進め、発電所を左手に見ながら北上し、瀬崎トンネルを抜けWaybakuchimisaki1 て博奕岬につながる。道は迷うことはない。右手に海岸線が開け、間もなく道は行き止まりとなる。右手には砂浜が広がっている。(左上地図:国土地理院より)

地図でもわかるように、道はそのまま灯台の立つ岬の頂上につながっているのであるが、自衛隊所有地のためそこから先は立ち入り禁止となって、門で閉ざされている。しかしここまで来てあきらめるわけにはいかない。と言って、無断で門を乗り越えるのも多少気が引ける。周囲には有刺鉄線などの柵などはなく、ここから続く道 への進入を拒んでいるだけであった。そこで私は、灯台が立つ頂上に向けて真っ直ぐに山の斜03 面を登ることにした。(地図左二番目の赤い印)後から国土地理院の地図を見て知ったのであるが、実は地図上点線で描かれている道が、灯台より北側につながっており、ここを通ればもっと楽にたどり着けていたに違いなかった。しかしこの時は、そんな道の存在も知らず、赤い矢印で示したように斜面を登ったのである。かなり急であったが登り切ると、そこは崖になっていて、数メートル下を入りWaybakuchimisaki3口で閉鎖されていた舗装された道が通っていた。この道の先は灯台である。道まで降りることにしたのであるが、崖はとても降りられない。横から回り込んで降り始めたのだが、何気につかんだ木の枝が『ポキッ』と簡単に折れ、警戒していなかった私は、惨めにも2メートル位下にある木にぶつかって止まった。その際右腰から大腿部を強打したのであるが、そのまま落ちていたらご5~6メートル転がり落ちるところであり、不幸中の幸いであった。

舗装された道に降りて進むと、すぐに灯台の姿が目に入った。この日は晩秋の秋晴れで、青空を背景に白い姿が映えた。灯台からもう少し奥に、自衛隊の航空装備の建物がある。そちらまで歩いて灯台をいろんな角度から眺めた(写真右中)。ちょうど太陽が南東に昇り、東に連なる岬の上に輝き、灯台が逆光の中何とも言えない存在感を示していた。それが、こ こ博奕岬の一番お気に入りの写真となった。(写真右下)Photo

自衛隊員がいるわけでもなく、監視装置や危険な施設があるわけでもないのだが、どこか落ち着くことなく灯台でのひとときを過ごした。帰りは、舗装された道をそのまま下ることにした。およそ20分で閉ざされた門の所に戻った。門の横から容易にすり抜けて出ることが出来る。車での侵入は禁止されているが、人の侵入を拒んでいるわけではなかったのかなと感じ、素直にここをすり抜けて舗装された道を登れば、平穏な灯台巡りが出来たのかも知れないと思った。しかし転落時に木にぶつけた大腿部が少し痛むのを感じつつも、より思い出深くなった博奕岬灯台へのルートに後悔はなかった。

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2008年1月25日 (金)

刈又埼灯台(徳島県)への道

Botanmichi 長い間、灯台への道の記事を書いていなかった。新しい灯台の記事を紹介する前に、今回は徳島県阿南市の椿泊湊の先にある刈又埼灯台(写真右上)へWaykarimatasaki2 の道をまとめてみた。既に灯台自体は記事にしてあるが、この灯台への道として印象深いのは、細い道を挟んでつながる椿泊湊の町並みである。

阿南市の中心で前日は宿泊し、この日早朝からここ椿泊湊を訪ねた。車で、椿泊の地に入る辺りから『阿波水軍』と言う言葉がよく目に入った。ちょうど灯台を訪ねた年に、NHKの大河ドラマで源義経をタッキーが演じて話題となっていたが、この辺りが拠点だったんだと納得した。

実は前日に、蒲生田岬(かもだみさき)の灯台を訪ねる前に、一度刈又埼を目指したのであるが、ほぼ車の幅くらいしかない道を中心にした民家がつながる所へ、よそ者の車(1855mmの車幅のSUV)で侵入するのをはばかって、この日の朝に延ばしたのである。Waykarimatasaki1 幸い折りたたみ自転車を積んでいたので、まだ道幅が広い小吹川原の町に車を止め、今回は自転車を組み立てて埼に向かって進むことにした。(左上:地図国土交通省より)

自転車をこぎ始めた自分は、家々が連なる細い道を、興味深く見渡しながら進んだ。医院もある。日用品店、薬局、食料品店、米屋もある。更に進むと小学校もある。とても車で侵入する気になれなかった細い道を挟んで民家だけでなく、生活に必要な店屋や施設もあるのだ。完全に独立した集落を、この細い道を挟んで細長く形成していたのである。Karimatasaki2

ようやく民家が切れ、道が終わっている場所は、海側は堤防に突き当たっていた。自転車を置き、もう少し先端にある灯台まで歩き始めた。最後の民家は、比較的新しい現代風のお宅で、犬が2匹いた。よそ者の私にも尻尾を振ってくれた。堤防と埼の山肌に囲まれた場所を進み、途中で堤防に登り進むと、正面に雲間からまだ朝焼けが残る太陽が見え隠れした。同時に埼の先端であることを確認し、上方を見ると、灯台の姿が目に入ってきた。(写真右中)

柵などはなく危険と言えば危険だが、足場の良い坂道を登り灯台の立つ埼に上がった。ほんの少し登っただけであるが、視界が広がり対岸には、昨日訪れた蒲生田岬灯台が立つ椿町方面も見えた。登った所に祠があるが、阿波水軍の拠点であった土地でもあり、それが海に対して建てられた物であろう事は容易に想像できた。そうしている間にもKarimatasaki1 沖から何隻もの漁船が早朝の漁を終えて港に戻ってきた。夏の日ざしではないこの時間、更に空気が澄んでいたためか、船に乗っている人たちが、厳しい表情で私の方を見ていることがわかった。きっとよそ者を警戒して見ていたのであろう。

  灯台を越して、もう少し埼の先端に岩場があるが、かなり危険である。それでも、振り返って灯台をカメラに納めたい一心で岩場を乗り越え進んだ。(写真右下)それほど高くないのであるが、足をすくわれそうであった。雲間から見える、黄色っぽい朝日が、自分の立つ埼の真下の海面まで反射して写り、いわゆる朝焼けではなWaykarimatasaki3_2いのだが、絶妙の発色を見せ、少し写真心が弾むのを感じた。(写真左下)

私は、阿波水軍についての知識は皆無に近い。しかし、細い道に沿って独立した集落が存在するこの地を通り抜けし、埼の先端から港を目指す船を見た私は、ただそれだけであるが、彼らを少し理解できたつもりになっていた。

この灯台の記事: http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/11/post_4e36.html

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2007年9月11日 (火)

常神岬灯台(福井県)への道

Botanmichi 青森県の灯台の記事が続いたので、今回は以前訪ねた常神岬灯台への道を記事にすることにした。福井県の南西より、滋賀県の琵琶湖と日本海に挟まれた場所にある三方五湖Joujinmisakiway02から北西に向かって若狭湾に着き出したような岬が常神岬である。 (写真右上)岬の南西側に地方道216号線が走っているが、海に面しており気持ち良いドライブが楽しめる。常神の地図を見るとソテツと記されており、ここに育つ蘇鉄は樹齢1300年とされ有名なのだそうだ。(ソテツの記事は↓ココ)

http://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/kankou/sitesheeing/sotetu/

Joujinmisakiway01_2 道の終点まで行くと、港があり駐車場がある。係の人に灯台を尋ねると、民家の間の細い道を抜けて山に登る道から行けると説明してくれた。詳しく書くと、港から少し左手に港を、右手に民家を見ながら少し、ソテツのある場所に向かって歩き、途中民家の方、つまり山の方に向かって細い道を入る。山に向かって民家の裏庭みたいな所を通り抜けると、畑の間を通って登りの道が見える。最初は登山道という感じの道ではない。いかにも畑の間を通る道のような感じであるが、他に山に向かう道がないので、迷うことはなかった。そこから登Joujinmisakiyamahousiり始めると徐々に本格的な山道となり、この道で良かったんだと思えるようになる。道は細いがちゃんと続いており、迷うことはない。山肌をジグザグに登っていくのがわかる。私が訪ねたのは、夏前で、ヤマホウシが途中綺麗だった。(写真右二番目)

Joujin02 30分ほどの登りであるが、一気に登ると結構きつい。滑りやすい場所もあり注意が必要である。杖を持っていた方が安心だ。頂上に登ると、小さいが平地になっていて、その中心に灯台が立っている。以前は整備されていたのであろうが、私が訪ねたときは、荒れており、草の中に周囲の景観を示した案内板が埋もれていた。(写真左二番目)Joujin01

灯台は、以前にも紹介しているが、 四角の形をしており立派だ。またこの日は曇っていたが、それでも三方五湖方面も見え、また日本海もぐるっと広がっており、もう少し周囲の手入れがされていれば、かなり楽しんで時間が過ごせそうな場所であり、残念だった。(写真右三番目)

灯台のブログはこちら↓

http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/05/post_8c72.html

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2007年7月30日 (月)

猫埼灯台(兵庫県)への道

Botanmichi Nekosakiway03 灯台への道として、記事を書こうと決めた理由の一つに、この猫埼灯台(写真右上)をあげる事が出来る。05年8月のお盆過ぎに夏期休暇を利用して廻った兵庫県日本海側の数カ所の灯台。最後にこの猫埼灯台を目指したのであるが、地図からは考えられない困難を克服して訪ねたと言っても過言ではなかった。私の場合、この時の経験が現在の灯台巡りに生かされているNekosakiway07 と感じており、是非紹介しておきたいと感じていた。

猫埼は、兵庫県の北東、城崎温泉に近い竹野町にある(写真左上)。地方3号線が海岸近くを通るので、迷うことはない。猫埼の東側には竹野浜があり、海水浴場となっている。猫埼の1/3位まで車で入ることができ、ホテルで行き止まりとなっている。ここから先は徒歩となるが、自然歩道の案内表示(写真左2番目)があり、この表示では 道が先端の灯台まで整備されているように描かれていた。そこで私は、短パンにスニーカー、Tシャツ姿でカメラバッグを背負って進んNekosakiway02だ。確かに途中の公園までは道も整備されていたのであるが、そこから先は、壊れかけた柵や意味をなさない踏み石など、『以前は整備されていたのかも?』と感じる物はあるものの、まったく整備などされていなかった。道は草木に覆われ、トンネルのような所もある(写真右2番目)。更に道その物が消えてしまっている場所もあった。細長い猫埼であるから進む方向を間違えることはないが、両側は傾斜が強く、一部断崖の所もあり、不用意にNekosakiway01近づくと危険である。

公園を過ぎてからは草木と戦いながら、足元に注意しながら進むWaynekosaki1_2ことになる。地図(写真右3番目)の如く、先端までに2つの山を越えなくてはならず、実際に見た形もそうなっている(写真右4番目) 写真でわかるように海寄りを通るのは危険であり、まっすぐ埼の中心部を上り下りを繰り返すしかない。

Nekosakiway05_2公園を過ぎてから20分くらい進むと、先端の急斜面の上に出る。とは言って もすぐ下に波の割れる音が聞こえてはいるが、木々のトンネル(写真左3番目)で見えない。ただ右下が急な崖になっていて危険であることはわかる。そこを注意深く進むと、突然視界が開けて日本海が、そして灯台が眼下に見える。灯台まで階段が付いている(写真左4番目)が、写真で見るよりかなり急であり、真っ直ぐ下に降りている感じだ。帰りも同様30分強時間がかかるが、帰りは道に見覚えがある分気楽であNekosakiway06る。来るとき拾って利用してきた杖代わりの丈夫な枝を元の場所に戻してから車に戻った。汗がひき、帰路について運転を始めた頃に足がヒリヒリと痛むし、痒みも感じた。見ると足のいたる所にすり傷が出来、また虫に刺されたような跡が数カ所あった。

Nekosakiway04_2 整備されていない灯台や埼に立つ灯台を目指すとき、登山ほどでなくても、足場の悪い道や道なき草木の中を進んだり、あるいは急な斜面を登らなくてはならないことは十分にありえる。地図上では1km以下であっても、上り下りをすると危険も増え、更に予想以上に体力も消耗する。また虫に刺されたり蛇に咬まれたりする危険もある。クモの巣が顔にまとわり付いて不快になることもある。草木の中には容易に皮膚を傷つける物もあり、草木の汁はアレルギーの原因ともなる。

この猫埼灯台を訪ねたときの経験から以下の点を学んで、私は次のことを守るようにしている。・登山用の杖を持参すること ・虫除けスプレーをしていくこと ・夏であっても長いパンツで裾は隠すこと ・水分を持参すること ・コンパスを持参すること ・出来れば登山用の靴を履くこと ・連絡通信機器を携帯すること などである。

少々大げさに聞こえるかも知れないが、この猫埼灯台以外でも何度か木々に覆われた林の中で苦労をした。高知県の白ノ鼻灯台を目指したときには、山中で完全に迷ってしまった。距離が短いからとか、海に近いからなどと言って安易に考えず、登山と同じような準備が必要であると思う。そして実際にその後の灯台巡りに利用し、私自身はかなり安心して、そして実際に楽になったと感じている。 

この灯台の記事はこちら→ http://toodai.cocolog-nifty.com/toodai/2006/08/post_5bf7.html

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2007年7月29日 (日)

古和浦灯台(三重県)への道

Botanmichi 新たに作成したカテゴリーの『灯台への道』での初めての記事である。この日TVをつけると選挙結果番組ばかりと言うことで、PCに向かって記事をまとめ始めたが、たどり着けなかった灯台を選んでしまった。Kowaura3

三重県の古和浦に立つ灯台である。(右は灯台写真、左上は地図(国土地理院より))三重県の南勢に位置するこの近辺は、典型的なリアス式海岸が続く。牛肉で有名な松坂から大台町、そして尾鷲に続く国道Kowaura1 42号線の途中から、通称紀勢インター線の68号に入り南下すると国道260号線に合流し、東に向かい、古和浦の町に続くトンネル前で海岸線側の細い道に入る。北野神社を通り古和浦町に続く道の途中に灯台があるのであるが、残念ながら道は高い場所を通り、灯台近くまで下る道は見つけられなかった。いや無いのかも知れない。装備があれば降りて行けそうではあるが、高台に立つ展望台から灯台の姿を見て、その困難さを感じ、結局あきらめてしまった。

以前から記事にも書いてきたが、灯台は海上を航行するための物であり、私たち灯台を訪ねる者のためでは決してない。それを承知で陸側から灯台を訪ねようとするとき、自然の厳しさに負けずに立つ灯台に改めて魅せられてしまうのも事実だ。そしてそこを目指す行為の中に、私は自然と向き合える喜びを感じている。

Kowaura2 とは言え、この日は厳しい傾斜や崖、そして多い茂った木々にあっさりと負けて断念した灯台への道であった。蛇足となるが、古和浦はハマチの養殖など行われており、浦内に見える養殖のいかだが夏の日差しに眩しかった。(写真左下)

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